屋烏の愛

あこ

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本編

12(完)

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お見合いの日からお香が若干強引になった。とは船宿吉村の奉公人達と夫勇蔵の弁だ。
呉服屋の息子と付き合う事になった娘を、今までの地味──別に地味、ではなかったのだが──のまま過ごさせるのは彼女のが許せなかったようである。
しかし、なんだかんだと言って今まで強引に何かをされた事があまり無いゆづかには、その強引さもどこか嬉しいようだ。さすがに無理だと思うと父である勇蔵に助けを求めるのだから、彼も立派に、いや、改めて“子供としての本当の一歩”を踏み出したのかもしれない。
そんな風に「助けて」と可愛く自分を盾にするゆづかを見て幸せそうに笑う勇蔵が、実のところお香から助ける事がのも、今ではこの吉村の奉公人に取って良く見る光景である。

一方の兵馬は兄二人に“全て”を話した上で、ゆづかの事を話した。そこでよもや
「あぁ……吉村屋さんの、可愛い娘さんね。私はあの子は好きだよ、愛らしくて」
と長男礼蔵の口から飛び出したのは驚いたようだ。どうも付き合いで吉村を使った事が幾度かあり、健気に何かを手伝おうとしている姿勢が
「幼い時に遊んでばかりの兵馬に見習わせたい程愛らしかった」
と言う事らしい。礼蔵は男色を聞いてなかった訳ではないだろうが彼の生き方がそうさせるのか、愛している人といる事を許されるのは良い事だ、で終わりになって拍子抜け。次男伊織は唖然としたようだったが、少しずつ理解していくよ、と結局はそれで終わってしまった。
それでもやはりなんだかんだと可愛がる弟の性的趣向について結構あっさりと、兵馬が思うよりも簡単に「兵馬がそれが自分であるなら、まあいいのだけど」なんて受け止めてしまうのだろう。
このまま兵馬とゆづかの二人は、二年後には祝言をあげるだろう。そして兵馬は吉村の婿養子になる。
呉服屋以外はさっぱりな兵馬は時折吉村で次期主としてのあれこれを教わってもいるそうで、もう先の事は決まっている様な物、なのだと思う。



「ゆづか」

いつの間にか“ちゃん”が取れたそれにも、ゆづかは随分と慣れた。
店の二階、川に突き出して作られた部屋は全部で五つある。その一番奥の部屋がゆづかのお気に入りだ。
船宿と言っても宿ではなく、今で言うならタクシーの待ち合い場所とでも言った方が良いかもしれない。それでもこうして部屋が有るのは待っている間に酒や肴を出したり、馴染みの客の“密会”や接待に貸したりとするからで“旅籠”の様に泊まる為に有る訳ではない。それでも二階に十部屋、一階には五部屋あるのはそれだけ此所が繁盛しているからだろう。
一番奥のゆづかの好きな部屋、というのは川にせり出しているが、店の横にある大きな木のお蔭で時間になると日陰になる。それが良いという客もいるだろうが、待っている間影になる部屋に店はすすんで人を入れないのだからこうしてゆづかがのんびりといる事も可能で、名前を呼んだ兵馬としても探すのが楽で良い。

「兵馬様、いらしていたんですか?」

兵馬が手で立ち上がりで迎えようとするのを制すると、ゆづかは大人しくそのままでじっと見上げる。
自分もどうして外では無表情と言われる兵馬だったが、ある意味ゆづかも無表情だと気が付いたのは初めての逢瀬の時だ。
互いに想い合ったにも拘らずゆづかの笑顔は誰に見せるのも同じであった事に、これもある意味無表情だろうと兵馬は思ったのである。
「どうか、なさいましたか?」
目の前で立っているだけの兵馬にゆづかが言う。は、と下を見てふとこの子供の表情が変わるのは何かあるだろうかと瞬間、思いを巡らした兵馬は楽しそうに笑うと目の前にどかりと座った。
「いやね、ゆづかが一向にになってくれない物だから、いかに変わってもらえるのか考えてみたんだよ」
「変わった?おなごは変な顔は致しません」
「……そりゃそういうのは私だって、わざわざゆづかにしてくれと言ったりはしないよ」
自分をと言うゆづかに違和感を持っていた兵馬だが、これも解ってしまえばなんて事は無い物だ。
今更男らしくあれと言われて出来ないゆづかは、ここでも女姿でいようと決めた時に──とはいえ、男に戻れるとはゆづか自身も思えないのだから決めるも何もないかもしれないけれど──そうである男として生きられない自分を本当の意味で受け入れてしまっただけで、
(それが普通になってしまっている、っていうだけなんだね)
であって、それを本当を知る周りが違和感を感じる事でもないという事だった、という結論をつけた兵馬だ。
「でも……だろうねえ……」
きょとんと小首を傾げたゆづかに兵馬は小さく首を振る。
「いいや、何も」
「ふふ、変な兵馬様」
女の様な男を兵馬は相手にした事が無い。子供もだ。二年後、どう考えてもやっぱりゆづかはこのままだろうし、自分はもう少し大人の男になっているだろうと兵馬は想像する。
どう見ても少女、しかし男で子供にしか見えない。そんな子をどうみたって大人にしか見えない自分が押し倒す。
今までの兵馬だったら「なんて趣味だ」と眉を寄せ言ってしまうだろう状況を今度は自分がのだから、他の誰が普通と言おうと兵馬にはどうしたって「なんだか倒錯的だな」なんて思ってしまう。
そもそもどちらかと言えば兵馬は自分がだと思っていたのだから、そんな事を想像する自分が末恐ろしくも感じているのかもしれない。

「私に変なクセがついたら、ゆづかの所為だね」
「私の所為でございますか?先ほどから兵馬様、お話が見えません」
「言うのは良いのだけど言った途端に、このお付き合いは無かった事に、となりそうだからね。いつか言うよ」
「……その時お前の所為だというのは、無しでございますよ?」
「あぁ言わない言わない。そのかわり、ゆづかも無しだよ」
「私は兵馬様の所為で酷いクセはつきそうにございません」

煙管を煙管入れから抜き取って、部屋に入る時に持って来た煙草盆を自分の横に兵馬が置く。火をおこすのが面倒だな、と思いつつ
「いけないな、今度座禅でもしてこようか……」
「一体どうなさったんですか?兵馬様、本当に何もないのですか?本当は何かあったのではないですか?」
「いや、ただね、男は碌でもなくて情けなくて、比較的自分の所為で自分の首を絞めているやつが多いのではないかっていうのを実感しているだけだよ」
「何か……ございましたか?私、何か粗相をしてしまっていますか?」
結局火をつけるのを止めて煙草盆の中に銀色の煙管を置くと、不安そうな顔のゆづかに笑う。
「いいや。私が勝手に首を絞めただけさ。それよりも、おいで、ゆづか」
兵馬が両手を広げれば、少し恥ずかしそうなゆづかは素直に兵馬の胸にすり寄る様に体を預ける。ゆづかの髪を飾るあの簪は見立ての通りよく似合った。
今では共に買い求める事もあるが、どうしてもゆづかは自分を引き立てる気がさらさらないと言わんばかりの物を選ぶ。だから兵馬は容赦なく似合う物を選んだ。困った様子でも必ずそれを使うゆづかがいるのだから、兵馬は手を緩めたりはしない。
兵馬はこのところ、この件では面白い程に気が合うお香と共に選ぶ事もあった。図らずもそのお蔭で義理の母になるお香と婿養子になる兵馬は頗る良好な関係、と世間様に教える事になっている。
「兵馬様、私、がんばって兵馬様に似合う、好かれる娘になります」
「これ以上そうなられたら、私は本当に後悔ばかりして暮らしそうだから止めてもらいたいね」
「どうしてですか?」
不安そうに己の着物を握る手に力を込めたゆづかの頭を優しく撫でると、兵馬は長息を吐き出して顔を夕焼けに染まった川に向けた。

「二年なんて馬鹿みたいな長さを決めた自分を、心底怨みそうだからね。これ以上、私にお前の魅力を見つけさせないでおくれよ」

反応のないゆづかを不思議に思い、胸に顔を押し付ける小さな頭を見下ろすと
(なるほどね、少しずつ自分でを引き出すのが良いと。恋って言うのは面白く出来ている物だ)
ゆずかの耳が赤い。無理矢理にでも顔を上げさせたらどんな顔なのかそう思うも、好いた人間の家の屋根にとまる烏さえ愛おしくなる状態の兵馬なのだから

「本当に後悔してきそうだよ」

しかし落ちた自分の楽しそうな音色の声に、兵馬は思わず笑い声を漏らしたのだった。
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