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★ bounty 03
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自分は死ぬんだろう、とテオはあの時初めて思った。
今まで、そう、軍人として生きてきた時だってそんな事は一度も考えなかったテオが、初めて。
“死を前にした”恐怖を感じたのもあの時が初めてだった。
このまま死んでしまったら悲しむ人がいると言うそれがテオに、死を前にした恐怖を与えたのだ。
テオはこの国から、海を渡って山脈を越えた先の国で貴族の人間として生まれた。
父親と母親、良くも悪くも貴族の両親と二人の兄。
祖父から使える家老がおり、執事や従者に侍女そしてメイドをはじめとする使用人に傅かれる生活。
上の兄二人は後継とスペア。二人の兄は、テオが物心ついた時には既に厳しい教育を施されていた。
三男のテオは上二人よりも“優しい”教育が待っていたのだが、テオは兄たちと違いじっと勉強しているのが性に合わず、どちらかと言えば“放蕩息子”になりかねないと父親は頭を抱えていた。
だからと言って放り出しては家名が泣く。プライドもある。しかしこのままでは家にとって足手纏いになるだろう。
父親と家老は相談し、どうせ三男、継ぐものもない。ならば継ぐための教育は一切捨て違う事を教えようと決まったのだ。
そして父親の知り合いの勧めでテオは戦う術を、剣を習い始めた。
すぐに紹介された教師に並んだ。これには父親が素直に驚いたほどだ。
──────ご子息には、実践的な闘い方を教える人間を教師としてみてはいかがでしょうか?
悪い意味で“騎士”である最初の教師の意見を取り入れ、次の教師はギルドの紹介で引退した冒険者を雇った。
家老はいい顔をしなかったが、綺麗な闘い方を教えた騎士である最初の教師のようなタイプでは決して教えない、汚く、人間の闘い方を知る相手の方がいいと父親が押し通したのである。
それは的中しテオはメキメキと上達した。
引退したとは言え名のある冒険者だった男は、素直に学び、疑問は全て聞き、食らいついてくる少年が面白く、自分の知る事を次々にテオへ教えていった。
その過程でテオは剣術以外の事も多く学んだ。所謂サバイバル術を覚えたのも、この頃だった。
人間相手だけではない、魔獣や獣との闘い方も、“卑怯な相手”との闘い方も、男はなんでも教えていく。
男も、教えた事をどんどん吸収していく少年に教えるという事が思っていた以上に面白く、夢中になっていっていた。
そして師の勧めで軍に入隊。入隊する最低限の年齢になって直ぐの事だ。
怖いもの知らずな幼いテオは頭角を表し、次々と武勲を立てた。
手柄を立てるたびに元冒険者の男に報告に行った。家族よりも早く。
男は時々心配そうな顔をして「お前に自分のために戦う事を教えられなかったのかもしれない。俺はそれが心残りだ」と言う事もあったが、その時のテオはそれがどういう意味なのかさっぱり分からなかった。
そうやって手柄を立てて行ったテオは最年少で一つの隊を任され、そして次はその上の隊を、と順調に出世していく。
これには再び父親が驚き、スペアをテオにするべきだったかもしれないと思ったほどである。
周りの人間が「このまま順調にいけば近い将来一つの団を纏めるのではないか。もしかしたらもっと大きな役職を得るのではないか」と言い出した頃、父親が突然死んだ。
スペアでもなかったテオは家の事は気にせずこれまでと同じように軍に身を置いていたのだが、ある日前触れもなく家が没落。
テオは後ろ盾やコネがあって出世していたわけではなかったから、この件でテオに与えた影響は『貴族ではなくなる』という事だけだったが、この事でテオは初めて立ち止まった。
初めて、自分は何がしたいのか、この時考えたのである。
貴族としての勉強をしたくなくて、それならと提案されて体を鍛えた。
自分で用意した選択肢ではなく、「お前にやれる爵位もない。しかし貴族の生まれとして国の為に働け。軍人になるか、役人として働くか。お前はどうするんだ」と貴族の父が用意した選択肢から、勉強は苦手だからと体を動かす事を選んだのだ。
他の選択肢があればそれを選んだかもしれないが、テオはただ父親に言われ提示された二つからただ消去法で選んだだけ。
──────こんな子供が入ったのか?お前、なんで兵士になったんだ?
軍に入ったばかりの、周りよりも幼かったテオは多くの兵士たちと話をし、よくそんな風に言われた。
なぜそんな事を聞くのだろうか、と素直に疑問を口にすれば彼らも素直に答えてくれる。
その多くが「自分でなりたくてなった」とか、「本当は違う職に就きたかったが金がなく無理だったから」とか、「家族を養うにはこれしか残っていなかった」など、幼いテオにも分かりやすい嘘偽りない言葉で話してくれた。
そして“心優しい”お節介な人間は「本当はもっとしたい事があるんじゃないか?まだ子供なんだから、考えてもいいはずだよ」とか「考える時間は今しかないぞ。ゆっくり考えて夢を見つけてもいいと思うぞ」と言ってくれたし、「楽しい事を知っているのか?遊びに行った事はあるのか?」と言って休日に普通の家族のように街へ連れ出してくれた人間もいた。
彼らはテオが入隊最低年齢で入ってきたのを知っていると同時に、貴族の三男である事も知っている。
しかしそれでもそんなお節介をしていたのは、テオが家族に見放され捨てられたのだと思い、憐れんだからでもあった。
別に父親は見放したわけではなく家の役に立てという気持ち、そして「どうせ“父親が望むような勉強”が出来ないのだからいつ軍に入ってもいいだろう」とテオ自身が思ったからである。同時に父親はそれを“子供を捨てた”という行動ではないと考えていた。しかし、周りはそう思わなかったのだ。
テオ自身はそんなふうに考えてはいなかったが、最低年齢で入隊をした貴族の子供が必死になる姿をみて「家族に認められたいのでは?」と思った人間も多く、同情していた人間がいたのも事実。
だからテオはそうやってお節介な人間に心配されたり憐れまれたり、優しくされながら、手柄を立てた。
そんなテオは家が没落して初めて、フッと立ち止まったのだ。
──────お前、なんで兵士になったんだ?
テオは彼らの言葉を思い出した。
果たして自分は本当に軍に入りたかったのか、勉強がしたかったのか、一体どうして兵士をしているんだろうか。と深く悩んだ。
そして決めた。
貴族ではなくなった今したい事は、何だろうか。
戦う事は嫌いではなかった。
だからと言って、いくら戦争とはいえ、人を殺したかったわけではない。
結果が出るのは面白いとは思ったが、別に人を殺し陥れて楽しいと思ったわけではない。
こんなに多くの勲章が欲しかったわけではなかったのに、なんでこんなに戦っていたんだろうか。
──────俺は、何がしたかったんだろう。
家にも国にも、面白いほどに未練はなかった。
元冒険者である師に「家もなくなったから、国を出ようと思う」と言えば、男は大声で笑いながらそれがいいと言って背中を押してくれた。
病で倒れ臥せっていた一人で暮らす師を看取ってから国を出ようと決めたテオは、国を出る準備を始める。
止める声は全て無視し、師の葬儀を終えたその日彼は国を出た。
まず最初に行ったのは師の息子が暮らしてる隣の国。少しだけ彼の家に滞在した後は気の向くままに旅をした。親の言うままに他の事を考えないでいた幼い頃の自分と向き合うような旅を。
そうして今の国にたどり着く頃には、植物と鉱物のハンターとして生きていた。
時に人と戦う事もあったけれど、兵士の時よりもずっと良かった。戦う理由が“国の意思”ではなく、“自分の意思”であったからかもしれない。
軍に身を置き戦の真っ只中に行くのを思えば、──テオにとっては、と注釈をつけ──ハンターという職業はとても負担が少なく怖くもなかった。
魔獣退治は軍にいた頃に多くやったし、師はテオに様々な魔獣を教え同時に退治する方法も細かく教えてくれている。
幼い頃から身についた術で、ハンターとしても立派に生計を立てる事に成功したのだ。
ある街のギルドで「こんな依頼を躊躇なく受ける植物ハンターなんていない」と言われたテオは「戦場のど真ん中に行くより楽でいいぜ」と言い変な顔をされたが、あれは本心だった。
魔獣の巣のど真ん中に行って目的を達成する方が楽だったし、何より楽しかった。
そう、テオは“今”が楽しかったのだ。
街から街へ、気の向くままに旅をした。
時に引き返してみたりしながら、思うがままに行動をした。
色々な場所でさまざまな人と出会った。
知らない土地で出来た友と別れを惜しんだ事もある。一晩限りの愛を囁き合った事もあれば、少しだけ本気になった事もあった。
子供を助けた事も、大人を保護した事も、人を人から守った事も。
そうやって旅をしながら、何かを見つけて採取し生計を立てる。
子供じみた言い方をすると宝探しのような職業は、テオが幼い頃に乳母が読み聞かせてくれたキラキラ目を輝かせて聞いた冒険物の絵本のようで、初めて“楽しい”と思え“続けたい”と意思を持った。
そしてふらふらしていたテオはこの国に来てすぐ、安くて上手いと評判だと聞きつけ入った店でアンを見つけたのだ。
──────ご注文はお決まりですか?
良くある客への問いかけに、テオはナンパ男も大笑いの文句しか言えなかった。
──────いつ仕事が終わるのか、聞いてもいいかな。良かったら終わってから、どこかに飲みに行かねえ?
目をまん丸にしたアンを今までに無いほどしつこく追いかけながら、テオは旅を始めてから初めて、宿ではなくて共同住居の一室を借りた。
何度もアンを誘い、口説いて、必死に必死に愛を伝えて、付き合えるとなって、今住んでいるこの家を買った。
この家はつまり、テオの本気でもあった。
もうどこにも行かない、別の国に住む事もない。
アンが好きなこの国で自分もずっと暮らすのだという、アンへ、目に見える形で示した本気だった。
土地を買った、家を建てる。二人でずっと暮らしたいから。そうテオが言った時のアンは唖然としてから口を戦慄かせ、最後に「馬鹿じゃないの。俺と別れたらどうするのさ」と嬉しそうに笑った。
そしてテオ主導により、アンの意見も聞きながら、ここを建てた。
目一杯の愛と夢見る未来を詰め込んだ。
「帰ってこれて、本当によかった」
ここは幸せが詰まっている場所でいなければならない。
いつかは、もしかしたら、年齢的に自分が先に死ぬかもしれない。
でも、その時までにこの家には幸せを詰め込んで詰め込んで、とにかく多くの幸せを詰め込んでおくのだ。
一人になったアンが思い出に触れて泣く事もあるだろうけれど、その倍以上笑顔になるように。
まだまだ幸せを詰め込めていない今、テオは心底思う。
帰ってこれて良かった、と。
今まで、そう、軍人として生きてきた時だってそんな事は一度も考えなかったテオが、初めて。
“死を前にした”恐怖を感じたのもあの時が初めてだった。
このまま死んでしまったら悲しむ人がいると言うそれがテオに、死を前にした恐怖を与えたのだ。
テオはこの国から、海を渡って山脈を越えた先の国で貴族の人間として生まれた。
父親と母親、良くも悪くも貴族の両親と二人の兄。
祖父から使える家老がおり、執事や従者に侍女そしてメイドをはじめとする使用人に傅かれる生活。
上の兄二人は後継とスペア。二人の兄は、テオが物心ついた時には既に厳しい教育を施されていた。
三男のテオは上二人よりも“優しい”教育が待っていたのだが、テオは兄たちと違いじっと勉強しているのが性に合わず、どちらかと言えば“放蕩息子”になりかねないと父親は頭を抱えていた。
だからと言って放り出しては家名が泣く。プライドもある。しかしこのままでは家にとって足手纏いになるだろう。
父親と家老は相談し、どうせ三男、継ぐものもない。ならば継ぐための教育は一切捨て違う事を教えようと決まったのだ。
そして父親の知り合いの勧めでテオは戦う術を、剣を習い始めた。
すぐに紹介された教師に並んだ。これには父親が素直に驚いたほどだ。
──────ご子息には、実践的な闘い方を教える人間を教師としてみてはいかがでしょうか?
悪い意味で“騎士”である最初の教師の意見を取り入れ、次の教師はギルドの紹介で引退した冒険者を雇った。
家老はいい顔をしなかったが、綺麗な闘い方を教えた騎士である最初の教師のようなタイプでは決して教えない、汚く、人間の闘い方を知る相手の方がいいと父親が押し通したのである。
それは的中しテオはメキメキと上達した。
引退したとは言え名のある冒険者だった男は、素直に学び、疑問は全て聞き、食らいついてくる少年が面白く、自分の知る事を次々にテオへ教えていった。
その過程でテオは剣術以外の事も多く学んだ。所謂サバイバル術を覚えたのも、この頃だった。
人間相手だけではない、魔獣や獣との闘い方も、“卑怯な相手”との闘い方も、男はなんでも教えていく。
男も、教えた事をどんどん吸収していく少年に教えるという事が思っていた以上に面白く、夢中になっていっていた。
そして師の勧めで軍に入隊。入隊する最低限の年齢になって直ぐの事だ。
怖いもの知らずな幼いテオは頭角を表し、次々と武勲を立てた。
手柄を立てるたびに元冒険者の男に報告に行った。家族よりも早く。
男は時々心配そうな顔をして「お前に自分のために戦う事を教えられなかったのかもしれない。俺はそれが心残りだ」と言う事もあったが、その時のテオはそれがどういう意味なのかさっぱり分からなかった。
そうやって手柄を立てて行ったテオは最年少で一つの隊を任され、そして次はその上の隊を、と順調に出世していく。
これには再び父親が驚き、スペアをテオにするべきだったかもしれないと思ったほどである。
周りの人間が「このまま順調にいけば近い将来一つの団を纏めるのではないか。もしかしたらもっと大きな役職を得るのではないか」と言い出した頃、父親が突然死んだ。
スペアでもなかったテオは家の事は気にせずこれまでと同じように軍に身を置いていたのだが、ある日前触れもなく家が没落。
テオは後ろ盾やコネがあって出世していたわけではなかったから、この件でテオに与えた影響は『貴族ではなくなる』という事だけだったが、この事でテオは初めて立ち止まった。
初めて、自分は何がしたいのか、この時考えたのである。
貴族としての勉強をしたくなくて、それならと提案されて体を鍛えた。
自分で用意した選択肢ではなく、「お前にやれる爵位もない。しかし貴族の生まれとして国の為に働け。軍人になるか、役人として働くか。お前はどうするんだ」と貴族の父が用意した選択肢から、勉強は苦手だからと体を動かす事を選んだのだ。
他の選択肢があればそれを選んだかもしれないが、テオはただ父親に言われ提示された二つからただ消去法で選んだだけ。
──────こんな子供が入ったのか?お前、なんで兵士になったんだ?
軍に入ったばかりの、周りよりも幼かったテオは多くの兵士たちと話をし、よくそんな風に言われた。
なぜそんな事を聞くのだろうか、と素直に疑問を口にすれば彼らも素直に答えてくれる。
その多くが「自分でなりたくてなった」とか、「本当は違う職に就きたかったが金がなく無理だったから」とか、「家族を養うにはこれしか残っていなかった」など、幼いテオにも分かりやすい嘘偽りない言葉で話してくれた。
そして“心優しい”お節介な人間は「本当はもっとしたい事があるんじゃないか?まだ子供なんだから、考えてもいいはずだよ」とか「考える時間は今しかないぞ。ゆっくり考えて夢を見つけてもいいと思うぞ」と言ってくれたし、「楽しい事を知っているのか?遊びに行った事はあるのか?」と言って休日に普通の家族のように街へ連れ出してくれた人間もいた。
彼らはテオが入隊最低年齢で入ってきたのを知っていると同時に、貴族の三男である事も知っている。
しかしそれでもそんなお節介をしていたのは、テオが家族に見放され捨てられたのだと思い、憐れんだからでもあった。
別に父親は見放したわけではなく家の役に立てという気持ち、そして「どうせ“父親が望むような勉強”が出来ないのだからいつ軍に入ってもいいだろう」とテオ自身が思ったからである。同時に父親はそれを“子供を捨てた”という行動ではないと考えていた。しかし、周りはそう思わなかったのだ。
テオ自身はそんなふうに考えてはいなかったが、最低年齢で入隊をした貴族の子供が必死になる姿をみて「家族に認められたいのでは?」と思った人間も多く、同情していた人間がいたのも事実。
だからテオはそうやってお節介な人間に心配されたり憐れまれたり、優しくされながら、手柄を立てた。
そんなテオは家が没落して初めて、フッと立ち止まったのだ。
──────お前、なんで兵士になったんだ?
テオは彼らの言葉を思い出した。
果たして自分は本当に軍に入りたかったのか、勉強がしたかったのか、一体どうして兵士をしているんだろうか。と深く悩んだ。
そして決めた。
貴族ではなくなった今したい事は、何だろうか。
戦う事は嫌いではなかった。
だからと言って、いくら戦争とはいえ、人を殺したかったわけではない。
結果が出るのは面白いとは思ったが、別に人を殺し陥れて楽しいと思ったわけではない。
こんなに多くの勲章が欲しかったわけではなかったのに、なんでこんなに戦っていたんだろうか。
──────俺は、何がしたかったんだろう。
家にも国にも、面白いほどに未練はなかった。
元冒険者である師に「家もなくなったから、国を出ようと思う」と言えば、男は大声で笑いながらそれがいいと言って背中を押してくれた。
病で倒れ臥せっていた一人で暮らす師を看取ってから国を出ようと決めたテオは、国を出る準備を始める。
止める声は全て無視し、師の葬儀を終えたその日彼は国を出た。
まず最初に行ったのは師の息子が暮らしてる隣の国。少しだけ彼の家に滞在した後は気の向くままに旅をした。親の言うままに他の事を考えないでいた幼い頃の自分と向き合うような旅を。
そうして今の国にたどり着く頃には、植物と鉱物のハンターとして生きていた。
時に人と戦う事もあったけれど、兵士の時よりもずっと良かった。戦う理由が“国の意思”ではなく、“自分の意思”であったからかもしれない。
軍に身を置き戦の真っ只中に行くのを思えば、──テオにとっては、と注釈をつけ──ハンターという職業はとても負担が少なく怖くもなかった。
魔獣退治は軍にいた頃に多くやったし、師はテオに様々な魔獣を教え同時に退治する方法も細かく教えてくれている。
幼い頃から身についた術で、ハンターとしても立派に生計を立てる事に成功したのだ。
ある街のギルドで「こんな依頼を躊躇なく受ける植物ハンターなんていない」と言われたテオは「戦場のど真ん中に行くより楽でいいぜ」と言い変な顔をされたが、あれは本心だった。
魔獣の巣のど真ん中に行って目的を達成する方が楽だったし、何より楽しかった。
そう、テオは“今”が楽しかったのだ。
街から街へ、気の向くままに旅をした。
時に引き返してみたりしながら、思うがままに行動をした。
色々な場所でさまざまな人と出会った。
知らない土地で出来た友と別れを惜しんだ事もある。一晩限りの愛を囁き合った事もあれば、少しだけ本気になった事もあった。
子供を助けた事も、大人を保護した事も、人を人から守った事も。
そうやって旅をしながら、何かを見つけて採取し生計を立てる。
子供じみた言い方をすると宝探しのような職業は、テオが幼い頃に乳母が読み聞かせてくれたキラキラ目を輝かせて聞いた冒険物の絵本のようで、初めて“楽しい”と思え“続けたい”と意思を持った。
そしてふらふらしていたテオはこの国に来てすぐ、安くて上手いと評判だと聞きつけ入った店でアンを見つけたのだ。
──────ご注文はお決まりですか?
良くある客への問いかけに、テオはナンパ男も大笑いの文句しか言えなかった。
──────いつ仕事が終わるのか、聞いてもいいかな。良かったら終わってから、どこかに飲みに行かねえ?
目をまん丸にしたアンを今までに無いほどしつこく追いかけながら、テオは旅を始めてから初めて、宿ではなくて共同住居の一室を借りた。
何度もアンを誘い、口説いて、必死に必死に愛を伝えて、付き合えるとなって、今住んでいるこの家を買った。
この家はつまり、テオの本気でもあった。
もうどこにも行かない、別の国に住む事もない。
アンが好きなこの国で自分もずっと暮らすのだという、アンへ、目に見える形で示した本気だった。
土地を買った、家を建てる。二人でずっと暮らしたいから。そうテオが言った時のアンは唖然としてから口を戦慄かせ、最後に「馬鹿じゃないの。俺と別れたらどうするのさ」と嬉しそうに笑った。
そしてテオ主導により、アンの意見も聞きながら、ここを建てた。
目一杯の愛と夢見る未来を詰め込んだ。
「帰ってこれて、本当によかった」
ここは幸せが詰まっている場所でいなければならない。
いつかは、もしかしたら、年齢的に自分が先に死ぬかもしれない。
でも、その時までにこの家には幸せを詰め込んで詰め込んで、とにかく多くの幸せを詰め込んでおくのだ。
一人になったアンが思い出に触れて泣く事もあるだろうけれど、その倍以上笑顔になるように。
まだまだ幸せを詰め込めていない今、テオは心底思う。
帰ってこれて良かった、と。
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