bounty

あこ

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★ bounty 02

latter

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ジュリオの奥様──ジュリオは同性婚をしており、奥様は評判の教師である──に感謝されて翌日。
ランチタイムまでの勤務だったアンは、買い物をしようと市場にいた。
相変わらずの賑やかさで、アンは顔馴染みから声をかけられては挨拶をする。
「アン、大丈夫?」
「え?」
いつも買う、スパイスやハーブを販売している店でアンは突然女主人に言われた。
「俺、何かしてた?」
アンが代金と品物を交換し、品物を蔦で編んである買い物籠に入れながら言えば
「よく分からないけど、ストーカー被害にあってるんでしょ?」
「は!!?」


身に覚えのない店主の発言にアンは目をまん丸にして聞き返した。
「え?違うの?聞いたんだけど?あそこの魚屋の息子さんから『アンが配送屋のスタッフからストーカーにあってるらしい』って」
「配送屋?ストーカー?え?何の話?俺、身に覚えがないんだけど」
「あら、じゃあかしら?それとも伝言ゲームみたいに話が変わってたのかしら?」
「どっちだろう。もし別のアンならそのアンが心配だけど、俺だったら一体何の話だろ……伝言ゲームみたいな何かじゃない?」
違うだと分かり不思議ねえ、と笑みを溢した店主と別れ、アンは次の店へと歩く。
(一体何の話だろう。ストーカー?俺、ストーキングされてたの?いやいや、ない)
身に覚えがなさすぎる事に頭を振って今度は肉屋。
市場には肉屋が三店舗ある。それぞれ特色が違い、アンがいるここが一番庶民的でお財布に優しい店だ。
「おや、テオはいないのか?」
「仕事でいないんだ。だからたくさんは買わないよ」
「ははは!そりゃそうだな。アンとブランじゃそんなに必要はないよな」
「俺がテオ並みに食べたら、笑えない体型になるよ。絶対に俺とテオじゃエネルギー消費量が違うから」
「それもそうか!俺も少しは運動するべきかねえ。カミさんにはさ、少しはしなさいって言われるんだけどねー、ははは」
困ったもんだよと笑う店主は、アンから注文された肉とブランにとおまけを渡す。いつもついついブランへのおまけをしてくれるのは、彼が動物好きだからだろうとテオの発言である。
今日もおまけをありがたく貰い籠に入れたアンが、市場を出たところでぐっと腕を取られた。
何事かと驚き振り返ると、がいる。
「やあ、見かけたから少しお茶でもどうかなって思って」
「え、いや、買い物を保冷庫に入れなきゃいけないし、何より俺は俺に好意を持っている人と二人きりってのは無理だから」
「荷物ならうちの馬車の保冷庫に入れておけば良いし、二人きりがいけないなら同僚も一緒だから問題ない」
問題は大有りだと思うアンに構う事なく、男はアンを半ば強引に近くのカフェに連れて行く。
馬車はどうしたとか、同僚はどうしたとか疑問しかないアンを少し奥の席に押し込めると、男はアンに小さな魔力石を渡した。
触れると冷たいこれは、各家庭に一つはある冷風石だろう。これが発見されて食品の保存だけではなく調理方法が一気に飛躍した、と歴史の教科書にも載るアイテムだ。
アンは肉を傷めるのは本意ではないから、それを籠の中に入れた。
「あの、俺何度も言ってますけど、彼氏がいるんです」
「うん、聞いてるし、周りの人からも聞いてるよ」
「だからお付き合いは勿論ですけど、告白のお返事もお断りしか出来ません」
さっさと言ってさっさと帰る。そのつもりで言うが男は表情を変えない。
「そうだ、俺は自分の紹介をちゃんとしてなかったね」
聞く耳を持たない男にアンは頭痛すら覚えそうだ。
「俺はこの首都を挟んで両隣の都市を含む三都市に跨って荷物を運んでいる荷馬車の会社で働いてるんだ。名前は言ったけどシュレインだ。よろしくね、アン」
なるほどだからいない期間があったのかと納得したアンに
「隣街に本社があって、ここにも支店があるんだけど」
「はあ」
「君と付き合えたら、俺はここに勤務地を変えてもらおうと思ってて」
「いや、だからお付き合いはしませんから」
どうしてこの相手は自分と付き合えると思っているのか、アンは不思議でならない。
二人が黙ったタイミングで店員が注文を受けにきたが、アンは首を横に振り、男シュレインはコーヒーを頼んだ。
「アンの彼氏、ハンターだか何だがで、よく家を空けるそうだね。俺なら君を一人にしないんだけどな」
「俺は別に一人にされる事に対して不満はないですよ。仕事は仕事です」
「そうかな。一人だと不安になる事もない?一人だと寂しい事もあるんじゃない?何日も恋人を置いて家を開けるなんて、俺はちょっと考えられないかな」
まるでさも何でも解ってあげている風に言われ、アンは顔に出さないがイライラとしている。
どうしてテオが今、アンが“怪我しないで”というような仕事をしているのか、プラント鉱物ハンターという職がになってしまっているのか、何も知らない相手にさもテオがアンを何も思っていないような口ぶりで評されなければならないのか。
アンは、黙った自分を「ほら思ってるんでしょ」と言わん顔で見ているシュレインを視界に入れたらイラつきを抑えられなかった。
籠から石を出しテーブルに乗せると、すっと立ち上がる。
「テオを、俺とテオとの付き合いを知らないのに、さも知ったように言わないで欲しい。悪いけど、俺は絶対にテオとは別れない」
睨まないように耐えながら手を握りしめ、一気に捲し立ててアンはカフェを出て行く。
途中で店員とすれ違い心配そうな顔で見られたが、小声で大丈夫だと言って足早に。

アンは自分とテオの問題を含む、二人の付き合いを何も知らない相手にああやって決めつけるように言われる事だけは耐えられない。
誰にも言えない問題だけれど、二人の間で起きなくても良いのに起きてしまった問題は確かにある。そのせいで──誰も知らないけれど──テオが本来の職である“プラント鉱物ハンター”ではない事をしているのも事実だ。
アンはそんな事をしなくて良いと頼んだのに、テオがアンを、アンとの未来を思い今に至っているのだ。
そのせいで確かに、テオは今まで以上にアンを一人にさせているだろう。事情を知らないとは言え、それを見てさもかわいそうにと突くなんてアンは許せない。
(それに文句を言って良いのは、俺だけだ)
テオの愛は嫌になる程分かっている。だからこそ、ああした事を言ってナンパするような相手は嫌いだった。

休みの翌日、アンは音信──文字通り音信公社に頼み文字を特殊な音に変え飛ばしてもらい、それを配送目的地のある音信公社で文字に変えて配送先へ届けてもらう仕組みで、隣接の都市程度の距離であれば半日で相手側に手紙が届く。電報のようなもの、である──を受け取った。
相手はテオだ。
『アンちゃん、良い子にしてるか?なんか困った事はねえか?もうすぐ──────そうだな、これが届いて次の日くらいにゃあ帰れるからな。ルプに全力疾走させて帰るから、待っててな。今度こそ、迎えに出てくれりゃあ俺は嬉しいんだけどなあ』
どんな顔でこれを書いてそれを公社に渡したのか想像出来て、アンは小さく笑い声を漏らす。
出来るなら、変な男がいる話をしてみたい気持ちはある。
それはしつこい男がいるのだという話がしたいのではなく、相手に腹を立てていると言う話をしたいからだ。変に言い寄られていると言う話ではないのが、アンらしいというか、それだけ怒っている度合いというのか。
(それに、あんなナンパの話──────テオだって良い気分になるわけもない)
アンに対して好意を持つ相手誰にでも威嚇するようなテオではないが、しつこい相手となれば話は別だろう。
アンはこれ以上、テオに迷惑をかけたくはなかった。
テオは自分の気持ちの問題だと言い今の仕事をしているが、もしその事で何かあったらと思うとアンは耐えられなかった。
アンのせいじゃない、アンのためじゃなく俺のためだ。何度もそう言って本当に強引にアンに“分かった”と言わせたテオだけれど、アンは今の状態を良しとなんてしていない。自分のせいだと思わない、なんてそんな事もない。
テオの馬鹿とか遅いとか文句はたくさん言うし、今でも出迎えたりなんてしないし、数え上げたらキリがないほどにテオに文句も八つ当たりもするけれど、それは全て自分のせいでもあると言う自分に苛立った気持ちがついそう言う形で現れてしまうから。そしてそんなアンをテオが良しとするから甘えてしまうところもあるから、結局今もそうしてしまうのだ。

「早く帰ってこいよ、テオ。俺、変なのにナンパされてるんだから」
音信に向けてアンは言う。
テオの代わりに返事はブランがニャンとした。
「ナンパの男、しつこいんだよ、ブラン。テオにこんな事、言えないよな。こっちの気持ちが伝わらないのも不気味で怖いし、なんかいやだけど、それよりテオを決めつけてるかんじは本当にむかつくよ」
抱き上げ目を合わせてアンが愚痴を言えば、ブランはまんまるの目でアンを見つめて「ふーん」という感じか、「にゃー」と鳴く。
「なんで俺の気持ちが変わると思うかな。俺ってほいほいついてくように見えちゃうのかね」
ブランに聞いても答えてくれるはずもなく、アンは音信をそっと手にして頬を緩ませながら自室のテーブルの隣にあるチェストを開ける。
その一番下の棚の一番奥からお菓子の箱を取り出した。
開けると今までテオが今回のように送ってきた音信が全て入っている。
そこに今日来たそれもしまって、またそっと箱を中に戻した。
テオはアンが音信を取っているとは思っていない。大した用事ではないから、印刷紙だって一番安いもの──音信を頼む際には届け時の紙を指定する必要があり、それらはで用意されている──を指定しているし、いつ帰るとかそんな連絡ばかりであるから読んだら捨ててるんだろうなとテオは思っている。
けれど全て、アンは保管していた。
一番安い紙に印刷されている帰宅の予定は、アンにとっては“大した用事”だから。

翌日、アンは家を出て少し歩いたところでシュレインを見かけた。
誰かを待っているようでアンは思わず曲がり角を利用して隠れる。
自分を待っている、なんて自意識過剰だとアンは思うが知りもしないテオについてあれほど決めつけていう相手だ。警戒しても間違いはないだろう。
きょろきょろとあたりの様子を見ているシュレインに気がつかれないよう、アンは遠回りをして店に向かう事にした。
オーナーをはじめアンがシュレインに言い寄られている事を知っている人たちには、あんまり酷い時はテオに相談するようにと言われている。アンは最後にはそうすると約束した上でテオには絶対に言わないでと頼み込んでいた。
このままではげんなりするかもしれない。でもテオには言いたくない。
(俺だって男だし、何よりテオにはこんな事を気にしてほしくない)
アンはそう決意を新たにして店の裏口から店内に入った。

シュレインを警戒しながら働いていたのは最初の一時間ほど。あとはひっきりなしにくる客と注文に忙殺されて考えてもいなかった。
一息つけるようになったのはランチタイムが過ぎて一時間くらい経ち店が束の間の休みに入ってからだ。
美味しくて安いメニューも豊富なこの店は、給料日前の料理が苦手──または弁当を作る時間のない──独身者で賑わう。
アンはすっかり忘れていたが、今日はその賑わう日のひとつなのだ。
「こういう時なら誰が来ても声をかけにくいのにねえ、アン」
厨房から顔を出したスタッフに言われ、アンは苦笑いで返事に変える。
「なんか起きそうなら、その前にテオに言いなよ?俺たちは頼まれた通り言わないよ。約束だからね。でも、それはアンがちゃんと何かある前にテオにいうって約束をしているからだから」
「うん、ありがと。ごめんね。でも、そろそろ飽きるよ」
「そうかなー。なんかしつこそうだったよ?アンってしつこい男にモテるんだね。テオもしつこくって私途中から笑っちゃってたもん。あのしつこさ、凄すぎるって」
「わかる!」
「私はしつこいのは嫌かな。テオはかっこいいし包容力あるし頼り甲斐もあるけど、しつこさでマイナスすぎてダメ!」
「ははははは!でもそう言いたくなるほどだったよな、テオってさ」
ホールスタッフと厨房のスタッフがテオのしつこさを思い出して笑っているのを、しつこくされた当人であるアンが他人事のように聞いている。
たしかにあれはしつこいと言っていいだろうが、テオは決してアンの気持ちや価値観などをするような事はしなかった。
だからつい、今回のように拒否しなかったのだろう。あとはきっと、のだとアンは思っている。
二人のおしゃべりに耳を傾けていると、しつこくて笑えたと言うホールスタッフが何かに気がついて店の外を見てアンに外を指さす。
またシュレインだったらどうしよう、と眉を寄せて振り返ると店の窓から中を覗いているテオがいた。
「テオ!」
珍しく、いやきっと初めて、アンは立ち上がると店を飛び出す。
思わぬ行動に店のスタッフは全員何も言えなかった。
扉がガチャンと音を立てるほどの勢いで飛び出して、まさか飛び出してくるとは思っていなかったテオにアンは飛びついた。
「うお!ど、どうしたんだよ、アン。な、なにかあったんじゃねえだろうなア?」
「おかえり、テオ」
アンのぎゅっと背中に回った腕が、テオのコートを強く掴む。
「そりゃあ俺はさあ、おかえりって出迎えてくれたら嬉しいっつたけども、こりゃあ熱烈だねえ」
嬉しそうに目尻を下げてテオはアンを抱きしめ返した。

アンはシュレインのテオに対しての発言でシュレインに怒りを覚えていてそれで見えていなかったけれど、拒否しても分かってもらえないしつこい相手への不安が、アンの中にアンが思うより大きく存在していた。
それがテオを見て爆発したのである。
本人はきっと気がつかないだろうけれど、怒り以外の感情がアンの心には着実に淀みのように溜まっていたのだ。
「アンちゃん、今日は俺が飯作って待ってるから、仕事早く終わらせてくれな?」
「じゃあお客さんに『テオのために食べたらさっさと帰って』とか言えば良い?」
「……それをやると俺がオーナーにぼこぼこにされちまう。やっぱりちゃんとやって帰ってきてな。いや、迎えに来るから待っててくれよ」
「うん、待ってる」
「帰りにデートがてら、なんか買ってさ、家でゆっくりそれ食ってのんびり過ごすとしねえ?」
「うん、それもいいね」
「じゃあ、迎えに来るからな。ちゃんと良い子で待っててくれよ?」
アンをぎゅっと強く抱きしめたテオは、アンの前髪を避けて額にキスを落としてからアンに背を向け家の方へと向かう。
背中に武器を背負い直し歩くテオにアンは満足そうに笑った。

「おかえり、テオ」

店に入ったアンは、この様子を見て物言いたげに荷馬車に乗り込んだシュレインがいた事を知らない。
仮に知っていてもアンにはどうする事も出来ないだろうしするつもりもない。強いて言うならば「だから諦めて」と言うくらいだろうし、他にあるとすればシュレインが何を思うか分からないがこれ以上言い寄っても何もいい事は起きないと思ってくれた事を願うくらいだろうか。
ともかくアンは改めて、テオが手の届く顔が見えるそばにいてくれるだけで心がとても穏やかになれ、何が起きてもきっと大丈夫だと安心出来ると言う事を実感したのである。

「俺はやっぱりテオ以外は嫌だな」

この人だから、この人でなければ。
これは他の誰でも代わりにならない、唯一の人。
万が一次またシュレインが何か言い出したその時は、今まで以上にしっかり断り全てを終わらせようと決め、アンは心穏やかに店に戻った。 
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