彼者誰時に溺れる

あこ

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★ 常闇に蕩ける

前編

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甲斐甲斐しく世話をするなんて言う言葉が似合わない龍二も、奏相手では違う。
彼なりに、と言わなければならないかもしれないけれど、それでも甲斐甲斐しく世話をするのだ。



情事の色が濃ゆく残る部屋は、それでも清潔な空気が漂っている。
奏のために用意されたこのマンションは、龍二が自分の目で確かめて用意したもので整えられている。
シーツの一枚でさえそうだ。
勿論奏が自分で買って増やしたものも数多くある。
奏が不機嫌さを顕にし手元にあったからという理由だけで床に叩きつけた美しいグラス、他にも怒りに任せていくつもの割れ物を床や壁に叩きつけ壊した。そうやって自分で壊したものの代わりに何かを買ってみたり、一目惚れしたと言って買ってきた──値段はもちろんである──ものなどを含め細々したものはあるけれど、元から用意されていたものは全てが龍二のセレクトによるものだ。
それに今日に至るまでにも、龍二が何かで見聞きして奏に似合うと思うものがあれば際限なく増えてもいる。
この男がこんな事をする人間だったなんて、どれほどの人間が知っているだろうか。
きっと、殆どの人間は知らなかっただろう。

ともかく、龍二が奏のために選んだ心地よい眠りを提供するベッドの中で、奏は龍二の寝衣のシャツだけを着ている状態で龍二にぴったりとくっついて寝息を立てていた。
対して龍二は奏の着ているシャツとセットであるズボンのみを着用している。
──────何故か。
それはである。でなければこうはならない。
龍二は別に奏にこうした服装で寝る事を望まないし、本人もこんな姿で寝る趣味もない。
ある日突然奏が「彼シャツ!俺が上着る、龍二さんは下だけね。これからずっとそうだからね」と言ってからずっとその通りなのだ。
奏の中でブームが去るまで、仮に世間様が彼シャツがどれほど昔の過去のものと扱っていても、化石のようなものへと変化をしたとしても、とにかく奏が飽きるまではずっとずっと二人はこのままである。

足を絡めてぐっすり寝ている奏を余所に、龍二はヘッドボードにもたれ本を読んでいた。
もそもそと動いてより良い寝やすい場所を探しながら寝ている奏は、それでも絡めた足を外さない。
(寝てるっつうよりも、気絶したままって感じだよな)
本から目を離し奏の頭を見た龍二は思う。

ドロドロに蕩けさせる程に愛撫し、体の内で暴れる快感に喘ぎ咽び泣く奏を見下ろしながら噛み付き喰い殺したい気持ちを押し殺し堪え、それでも我慢出来ない凶暴性と抑えられない独占欲と執着心で体中に噛み付き時には叩き、まさに蹂躙して
そして全てを受け止め歓喜し精魂尽き果て倒れた奏を、今度は優しく手当てするように清めていく。
汚すのも、綺麗にしてやるのも、自分の手で全てこなす龍二。
当たり前だと言われるかもしれないこの行動全てを、龍二を知る人間は『恐ろしいほど甲斐甲斐しく世話を焼く』と言う。
この男は自分が気持ちよければ──────いや、のであれば相手なんてどうでも良かったし、出すものを出した後相手がどうなっていようともそのまま放置だ。
それでも愛されていたい──のか、庇護されていたかったのか、愛人と呼ばれる立場でいるならそれで良かったのかは愛人ら本人以外知らない事だが──と思う相手はそれで良かったし、龍二は彼女たちに“適当な好き”を言っておけば都合よく使えたしで双方問題は──仮に表面上だったとしても──生まれなかった。
それが奏に執着し異常で過剰な愛を注いでから──奏に対して、だけだが──変わった。

ドロドロに蕩けさせて喘がせ狂わせたい。
全身に自分の痕を、血が滲むほどつけてやりたい。
汚しに汚して自分の手で綺麗にしてやりたい。

ではなくて、
そんな気持ちを持った。
恥ずかしいようなむず痒いような、なんとも言えない充足感も得られる不思議な感覚。
なかなか悪くないと思ううちにどんどんと欲が膨れ上がってしまったのだから、笑えてしまう。
最初はその感情や感覚に困惑し振り回された龍二だが、受け入れてしまうと面白いほど簡単に馴染んだ。
それに“染め上げた”奏は龍二の暴力的な愛情全てを喜び受け取るから、龍二が自制する事も必要ない。

楽しくてたまらなかった。

本を適当に置き、ぺろりと掛け布団をめくると奏の剥き出しの足が見える。
龍二の足に絡みつく白い太腿には皮膚が擦り切れ赤々と痛々しい色になっている歯形がいくつもあった。
暫くすると赤から紫かがった青になり黄色味を帯びて消えていくそれらの痕。
消える前にまたどこかにそれらが現れ、またそこが消える前にまた増える。
奏を着飾るのも好きな龍二は、夏場だけは身に付けさせる服に困るような事はが、基本的に人の目に晒されないような太腿は通年この通りだ。
「寝るか」
照明を少し落とし、奏を起こさないように布団の中に潜り込む。
腰に抱きつくようにしていた奏を優しく引き剥がし、腕の中に仕舞い込むと目を閉じた。
その時、さっさと寝るかなんて思っている龍二の腕の中から不貞腐れたような声がする。
「起きた」
「は?」
腕の中の声に龍二が目を開ける。
「もー、おれ、きもちよく寝てたのに、ごそごそしないでよう」
「悪かったな」
おざなりに謝る龍二の体の上に、目をしばしばさせながら奏が乗り上げ鎖骨あたりに頬を寄せうつ伏せに寝そべる。
華奢な奏の負荷はそれほどでもないのか、龍二は気にした様子もない。
もし負荷が“それほど”だったとしても、龍二は奏の好きにさせてしまうのだろうけれど。
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この小説は『Tally marks』とリンクしています。
あちらの主要登場人物が出張してくる事もあるかもしれませんが、『Tally marks』を読んでいなくてもわかる様に書いてあります(そのはず!)
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