彼者誰時に溺れる

あこ

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あまいひと

後編

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「お前、これ、じゃねえだろ」
「よくわかンないけど、しっかりしてる!」

寝室のベッドの上に置いてあったのは白衣。
そして聴診器に伊達メガネである。
思わず白衣を手に取った龍二の言葉が先の通り。プレイ用じゃねえだろ、だ。
「すごいよね。俺ね、自分で選んで買ってみようって思ったんだ。なんでも売ってる驚安の殿堂で」
「ああ」
龍二のジャケットを受け取った奏はステップを踏みながら、そのジャケットをめずらしく適当に放り投げた。
意外かもしれないが、奏はそういうところはちゃんとしている。龍二のスーツに限るが。
「でね」
言って聴診器をさっと手にして龍二に掲げ見せる。
「そこで偶然巽さんにあってね。『今日は“テーマパーク”でするの』とか色々話したら『俺が送るから、お前は余計な事をするな。お前のその“テーマパーク”に入り込んだら、めんどくせえコトになるだろ』って言ってね、今日届いたんだ」
「てめえはまた坊ちゃんに迷惑かけやがったのか!」
吠えるように言った龍二の胸に、奏はケロッとした顔で聴診器を当てた。
「テーマパークだもん。俺の年齢で入ったらダメなとこ入って、エロイの買っちゃうもん」
「可愛いツラで何言ってんだよ、お前は……」
自分がそういう奏にしておいて言ってのける龍二は、ネクタイを緩めもせずに聴診器を当てられ
(お前がそう言う事を言うから、行動しやがるから、坊ちゃんがお前、こういうもんを送って……送って……はあ)
それこそ適当に、奏のいう『テーマパーク』で適当に買って送って来ればいいものを、どのコネを使ったのかそれとも普通に売っている──を龍二は持っていないので知らないのである──のかなんなのか、本物を揃えて送ってきた巽に龍二はなんとも言えない気持ちになる。
変なところで奏に真面目に付き合う巽の事だから「面倒なこと言うかもしれねーし。ペラペラの安物じゃねえのにしとくか」とかなんとか言って買ったのだろうと想像に固い。
誰があんな人に育てたんだろうか、と思考が飛んだ龍二だが、二人の関係を知る全員は言うだろう。
──────お前だよ。椿田龍二。
と。

「で、お前は何してンだよ」
「え?俺、

いそいそとルームウェアの上から白衣を羽織る奏に龍二は額に手を当て、ふらりとベッドに座り込んだ。
「奏、お前なに、そういうプレイがしたいのかよ」
「いつもと違う服装がもえて、一味違うセックスになって楽しめるんだって。いつもと違う刺激的なセックス!」
どこの情報だ。と言う言葉を龍二は飲み込んだ。どうせこうなった奏はしか言わないのだから。
「で、奏が医者?俺が患者って?」
「うん!」
聴診器の前に伊達メガネをかけた奏は大きく頷く。
ルームウェアに白衣に伊達メガネ。
「中途半端だな」
思わず龍二は言ってしまった。
こうなった奏はこれでセックスがいいと言い出して聞かない。そしてそれを自分が甘やかしてそうしてやるというのは目に見えている。火を見るより明らかだと龍二は分かっている。
奏はいつもと違った趣向でしたいと言って、ここに至った。白衣やらなにやら用意して、なっている。
なのにどうして、んだろうか。龍二はついそんな事に気を取られてしまったのだ。
「ルームウェアで診察はしねえだろ」
真っ当な龍二の言い分を龍二に跨って聞いた奏は言う。
「でも、はするよ?」
「お前の中で医者はあのヤブだけなのかよ」
龍二のいう“ヤブ”とは奏に何かあれば掛かる医者で、動物病院を親子で営んでいる。裏では綾田の男や女を診てやる闇医者だ。
「他のお医者さんにはかかったコトないもん。でもドラマとかでルームウェアじゃないのは知ってるよ」
知ってるならそっちを参考にしろ、と喉まででかかって龍二はまたも飲み込んだ。
「じゃあ、これから龍二さんをエッチな診察して、どろどろのぐちゃぐちゃになろうと思う」
「それは宣言してやるようなもんなのかよ」
「じゃあさ、突然『はい、椿田さん。お口開けてくださいね』とか言ったりすればいいの?」
龍二は無言になった。それはそれで違うだろう、というところだろうか。
そもそもきっと、龍二はこの白衣を見た瞬間からペースを崩されて流されてしまった。
「奏が、医者ねェ……」
膝の上を跨るように座り聴診器に興味津々の奏を見下ろしながら、ネクタイを外しかけた龍二が無意識につぶやくと奏はハッとして顔を上げる。
そして伊達メガネを龍二にエイッとかけると、満足そうに頷いて
「じゃあ、ヤクザなお医者様の龍二さんに治療と称してエロイことされて『先生やめて』とか『だめ、だめですう』とか言って体中精液まみれになる患者の俺ってプレイする」
龍二は本当に沈黙した。
百歩譲って白衣を着て眼鏡をかけセックスをしてやっても、何が悲しくてプレイを。と。
綾田の夜叉は完全に沈黙をした。

「あーん、白衣の龍二さん、えろい。格好いい。もう、俺、頭と溶けそう」

沈黙をしたくせに、やっぱり奏に甘い。甘すぎる龍二はネクタイを整え直され、白衣を着て、眼鏡をかけ奏に抱きつかれていた。
この歳になってどうしてこんなプレイを、とか。そもそもセックスでこういう事をしたいと思った事も──というよりも彼の奏以外の相手とのセックスは基本自分本位だが──ないというのに、とか。
ご機嫌でキスをしてくる奏に好きにさせながら、様々な事──────主に“白衣を脱いでいつも通りのセックス”に変える方法が龍二の頭には浮かぶのに、それよりも目の前で嬉しそうに擦り寄る奏を見ていると、で付き合ってやろうという気持ちになる。
(でも、絶対になりきったプレイはせんがな)
そこだけは譲れないが
(どうせ正気を保っている間は、満足すンだろ)
自分は服装は変えるがどうせ態度は変えられない。奏が勝手に自分で自分を患者にしてなり切るなら止めはしないが、それに乗ったりはしない。
それでも奏はどうせ嬉しそうにするのだ。
そう想像するだけで、白衣の一つくらいまあいいかなんて、椿田龍二らしからぬ事を考え納得してしまう。

そうして結局、奏が正気を保って患者でいられるまではねだられるままに白衣を着て、奏の思考がぐちゃぐちゃになったらいつもと同じセックスに変わる。
体に噛み跡を残して幸せそうな顔で寝ている奏に思わず微笑んで、龍二も隣へ潜り込み奏を抱き寄せた。
擦り寄ってくる奏をギュッと腕の中に閉じ込めた龍二は、目を閉じてフッと思う。

──────奏と俺に取って、いつもと違うセックスってあれじゃねえか?普通の、一般的な快感しかねえっていうような、優しい甘いセックスなんじゃねえか?

よぎった疑問は奏には言わないでおこうと龍二は思った。
こればかりは自分がしてやれる自信が、彼にはなかったからだ。
だって龍二は奏を食べてしまいたいほどに愛している。
どうしたってそれを抑えると、痛みも快感だと教え込んで結果それを快感だと受け取る奏とする、になってしまうのだ。

「でもま。お前がそれをしてほしいっていやア、俺も努力はしてやるんだけどな。きっとそいつは無理だろうなァ……。何せお前を食っちまいたいほど、愛してるからねェ」
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この小説は『Tally marks』とリンクしています。
あちらの主要登場人物が出張してくる事もあるかもしれませんが、『Tally marks』を読んでいなくてもわかる様に書いてあります(そのはず!)
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