彼者誰時に溺れる

あこ

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あまいひと

前編

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奏は諦めの悪い子供である。
このまま年を重ねようと、これは決して変わらない。
諦めが悪い子供で良しとしてしまった、“飼い主”のせいである。
そのせいで周りが戦々恐々としたり、心臓が止まりそうになったり、死ぬかもしれないなんてするような事があったとしても、奏は気にしない。
だって“飼い主”がそれでいいと言って、それが可愛いと言ってくれたのだから。



フンフン、と鼻歌でご機嫌さを表す奏はカッターナイフを手に荷物の前に座った。
荷物は先ほど、黒い猫が目印の配達員さんが届けてくれたもの。受け取ったのは本日の護衛の一人吾郎である。
荷物は大きさの割に軽く、中でカサカサと音を立てた。
ローテーブルの上に荷物を置き、ラグの上に座った奏は荷物のガムテープをカッターナイフで切っていく。
智也はご機嫌なのは何よりだ、と夕食作りに励む。それを横目に椅子に腰掛けた吾郎は突然胃の痛みに襲われた。
(あれだ。だろ。これ)
吾郎は本人全く望んでいないけれど、嫌な予感に対しての勘が素晴らしく当たるようになった。
嫌な予感と言ってもとばっちりが来なければ可愛いものだ。
護衛の誰かが暴力を振るわれるわけでもないし、生死を分けるでもない。
でも、なるべくならば巻き込まれたくない、自分のいないところでお願いしたい、そんな何かが起きる予感である。
信じてもいない神や仏に
(俺のいないところで起きますように……)
などと願っている吾郎の心中を知らず、智也は火を消したところでキッチンカウンターの向こうから奏に声をかけた。
「奏さん、誰から何が届いたんですか?」
奏はガムテープを全て剥がし切ったところで返事をした。
「巽さーん」
「巽さんからですか?何かプレゼントですか?」
「ううん。俺の代わりに買ってもらったんだあ」
うふふ、と頬を少し染めて嬉しそうに笑う奏に智也は釣られて笑う。
吾郎だけは嫌な予感がますます強くなって右の人差し指と中指を擦り合わせた。タバコを欲している時の無意識の癖である。現在吾郎は禁煙中、余計に禁断症状が出たのだろう。
「何買ってもらったンです?奏さんがに買えないなら、俺たちが買ってきますよ?」
年齢的に買えないものってなんだ、とか突っ込む人間不在。
奏ならアダルトな意味で年齢制限で購入出来ないものでも、嬉々として自分で購入しにいきかねない。それがにつながると彼は知っているからだ。
その辺りの性癖に関わりそうな事は横に避け、巽に買ってもらったというものが気になる智也は手作りネクターをグラスに入れラグに座った奏にそれを渡し、自分は奏の正面に周り座った。
「開封の儀!」
勇ましく──いつもの奏比、である──言い奏はダンボールを開けた。
中から出てきたものに智也も唖然とした。
「いや、え、巽さんに買わせたんですか?」
「うん。だって相談したらね『お前が直接買いに行くなんざしやがったら、お前の周りの人間が過労死するかもしれねェだろうが……。いいか、護衛って役目も……いや、この辺はもうお前にゃどうでもいい。俺が買って送る。いいな、俺が、買って、お前に送るからな』って」
「……優しさがそこかしこにあった気がしますね」
「巽さんもなんだかんだ甘いからね」
フフン、と得意げにいう奏に護衛二人は思った。
(巽さん、だから、組長が過保護に……)
(だからじゃね?巽さん『龍二の野郎の脳みその血管くらい、労ってやンねーとな』って言ってたよ)
(組長の血管の心配とは……?)
(巽さんも素直じゃないらしいから……)
目と目で会話をし終え、奏が巽から届けられた荷物を抱きしめニンマリを笑うのを見つめる。
(ゴロ、今日は組長が帰ってきたら速攻帰ろう)
(この状況でどうなるかまで見届ける勇気はまだ持てねえ)
この上なく機嫌がいい奏と護衛二人。
それぞれ違う気持ちで龍二の帰りを待つのであった。

「では、また明日組長の出る時間にお迎えにあがります」
「その時交替もします。お疲れ様でした」

龍二が帰ってくるや否や、護衛の二人が龍二に伝える事を伝えて失礼にならないように気をつけながらもさっさと帰っていった。
龍二はそれを訝しげに見送り、玄関まで迎えにきた奏に視線を移せば奏は嬉しそうに笑っている。
ここに帰って来れば奏はいつだって嬉しそうに出迎えるから、奏の表情は不思議ではない。
(まあ、若干してやがるが……)
しかし、護衛の智也と吾郎のあの静かに素早く帰っていく姿は
(何があったんだ?女か?いや、あいつら「女よりバイク」と「女よりバイト」って女の前で言うバカだったな)
今は割り切ったお付き合い、と言って趣味に走る二人だったとますます首を傾げた龍二は寝室に入って二人の後ろ姿を納得した。
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