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★ get a fever
後編
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その頃奏は夢を見ていた。
けれどあまりの非現実さに夢の中で笑ってしまった。
風邪をひいて看病をしてくれる人なんて、奏には誰もいなかったからだ。
それなのに夢の中では、母親が甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
母親と言っても顔は真っ黒に塗られていて、奏の感覚で“お母さん”と捉えているだけだ。第一、奏自身の母親とは体格も違う。
つまり、どこかで、例えばドラマや映画で見た“母親”を夢の中で自分の母親として登場しているのだろう、そう奏は夢の中でも冷静に感じていた。
奏は両親に心配してもらった事なんて一度もない。
だからこれは夢。ありえない夢。
そう思っても奏だって普通の子供だった。
だったらいいなという夢があった。
──────おれのりょうしんも、こうだったらいいのにな。
ぽろりと涙を流すと、夢の中で母親が「大丈夫?」と優しく問いかけ笑顔で拭ってくれる。
──────ああ、夢だ。これは、絶対、夢。
ポロポロと涙をこぼす奏の姿を、ベッドの脇に腰掛けた龍二は覗き込んだ。
奏は知らないだろうけれど、奏を買った後から龍二の愛人になるまでの間、熱を出してこうして泣く姿を龍二は幾度となく見ている。
最初はこんな環境に身を投じる事になった──龍二自身がそうしておいてなんだが──為に、発熱も相まって精神的に混乱しているからだろうと思っていた。
けれどある日、熱の引かない奏を“知り合いの医者”に預けた時、医者が泣いている理由が判ったよとわざわざ連絡してきた。
こんな親だったらいいなと言う願望が夢に出てきて、それが絶対にありえない事だと嫌になる程理解しているから、それで苦しんでいるんだろう。と。
自分の身を置く場所も、そして親兄弟の家業も、素晴らしいとは言えないけれど親からの愛情くらいは──龍二が素直に受け取ったかは別として──あったと龍二は理解している。
自分を養子に出した実の両親を恨んでもいないし、今でこそ会えば互いに「体に気をつけて」くらいのやり取りはする。養父母は実の親よりも大人になった今は距離を置きたい相手になりつつあるが、それでも息子としてなにかとやってくれた事を忘れているわけでもない。
けれど奏は自分ですら向けられた愛がないのかと、純粋に驚いた。
一応、買った直後に奏の出自を調べ報告は全て読んだけれど、読んで解った事と、目の当たりにして理解するのでは感じ方も違ったようで、龍二は驚いたのだ。
「あんなクソ野郎達の事なんて、お前、心からも追い出しちまえばいいだろうになア」
ひくひくと泣く奏の涙を龍二は優しく拭く。
暫くそのまま覗き込んでいたが時計を見て時間を確認すると、奏の額の冷却ジェルシートをゆっくり剥がし、新しいものを貼り付ける。
涙と汗で顔に張り付いた髪の毛も優しく払い、奏の鼻の頭にキスを落とした。
ベッドに腰掛け泣いている奏の手を布団の中で握り、弱々しく握り返す手の甲を親指で撫でてやっていると、奏が目を開けた。
「よお、起きたか?馬鹿は風邪ひかねぇって言うのになァ」
「はれ……りゅーじさん?」
龍二が返事の代わりに頭をゆっくり撫でると、奏は嬉しそうに目を細める。
「んもー、りゅーじさんだめだよ」
「何だよ、突然」
「夢の中でもおれね、ねつだしてたんだ」
「そうか。寝ても覚めても辛いなァ」
まったくだよ、と唇を尖らせる奏は、龍二の手をぎゅっと強く握りしめる。強くと言っても、力が入らないのかいつもより弱々しいけれど。
「ゆめのなかでも、ちゃんと様子、見にきてくれなきゃ。おれ、さみしーよ」
「夢の中に入る方法を知らないもんでな。今度、浅倉にでも聞いてみるか。野郎、胡散臭い事も平気で言うからな」
ニヤリと笑う隆二を見上げ、奏もふふふと笑う。
「でも、いーよ。起きたらりゅーじさんがいたもん。それでいーや。うれしーな。夢じゃないよね?」
「夢じゃねぇよ」
小首を傾げる奏の頭を撫でていた手で、龍二は奏の鼻を摘んだ。
「起きたらなんか食うか?南のやつが、ゼリーにプリンにババロアに……あー、あとなんだったか、ああそう、アイスとシャーベット、それと粥を用意してくれてる」
「えー、おいしそう。龍二さんは?」
「俺の夕飯も作らせておいた」
「そっか」
ほこ、と笑った奏は布団から手を出し、龍二にそれを伸ばした。
龍二は何も言わずにまた手を握って、親指で甲を撫でる。
「おさけのむ?」
「いいや」
「ご飯、ここで食べる?」
「ふらふらのお前を移動させるのもなんだしな」
「あーんしてくれる?」
「お望みなら」
「一緒にここで、食べてくれる?」
「お前を一人にするのは嫌だからな」
「は、え、あ、へへ、うれし。仮病も好きだけど、熱もいいね。龍二さんが看病してくれる」
熱で頬を赤くして、潤んだ目を細めて幸せそうに奏は笑う。
「お前にしかしてやらないぞ、こんな事」
「うん、信じてるから、だっこ」
一瞬考えた様子だった龍二は、小さく溜息を吐くと奏の体を抱き上げる。その時、普段ならリビングのソファに置いてある大きな膝掛けを奏の肩にかけてそれごとだ。
多分今日の護衛のどちらかが、置いておいたものだ。万が一、予定よりも龍二の帰りが遅い、もしくは来れなかった時のためにここで一晩看病するために、だろう。
「飯の支度してきてやるから」
「うん」
「粥じゃなくてもいいから何か食え」
「お粥食べて、プリン食べる」
「なら持ってくるから、ほら」
ほら、の言葉と共にベッドに奏を戻し、龍二は立ち上がる。
奏は熱のせいでぽんやりとした顔で龍二を見上げ、
「あとね、あとで、おれの部屋からうさぎの抱き枕も持ってきてほしい」
「……あんなでかいのどうするんだよ」
「ギュッてして寝る。寂しくないもん」
弱々しい声で、きゅっと唇を噛んで奏はつぶやく。
龍二は奏の頭を叩こうと思った手で、奏の頭をぐしゃぐしゃと、髪を掻き回すように撫でた。
「あんなもんがあっちゃ俺がここで寝れないだろうが。俺がお前を抱き枕にして寝るんだよ」
「だって、え、だって」
「ぶちぶち文句言ってねぇで、嬉しいなら喜んでおけ。お前にはそれが一番効く薬だろ?ほら、で?」
扉に手をかけ振り返った龍二に、奏はポロポロ涙を流して
「いっしょにねて、ぎゅってして、いい子いい子もしてね」
「奏がそれを望むなら、喜んでいくらでも」
「ちょー望んでる!りゅーじさん、早くごはんにしよ、で、さっさと寝よ」
「はいはい」
待ってろよ、と扉を開けたままリビングへ向かった龍二の背中に
「龍二さんが風邪ひいたら、おれが介護してあげるね!」
と目一杯の声で叫んだ。
龍二は喉の奥で押し殺したような笑い声をあげ、頭を振る。
「介護かよ……」
奏の思う介護がなにかを、先日重人との会話を聞いていた龍二は良く知っている。それは絶対に避けたい。
しかし仮に看病だったとしても、どちらにしても奏のやる事だ。安心して身を任せられないなと龍二は思い、そうならないようにこの先はより気をつけなければと口元を上げた。
けれどあまりの非現実さに夢の中で笑ってしまった。
風邪をひいて看病をしてくれる人なんて、奏には誰もいなかったからだ。
それなのに夢の中では、母親が甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
母親と言っても顔は真っ黒に塗られていて、奏の感覚で“お母さん”と捉えているだけだ。第一、奏自身の母親とは体格も違う。
つまり、どこかで、例えばドラマや映画で見た“母親”を夢の中で自分の母親として登場しているのだろう、そう奏は夢の中でも冷静に感じていた。
奏は両親に心配してもらった事なんて一度もない。
だからこれは夢。ありえない夢。
そう思っても奏だって普通の子供だった。
だったらいいなという夢があった。
──────おれのりょうしんも、こうだったらいいのにな。
ぽろりと涙を流すと、夢の中で母親が「大丈夫?」と優しく問いかけ笑顔で拭ってくれる。
──────ああ、夢だ。これは、絶対、夢。
ポロポロと涙をこぼす奏の姿を、ベッドの脇に腰掛けた龍二は覗き込んだ。
奏は知らないだろうけれど、奏を買った後から龍二の愛人になるまでの間、熱を出してこうして泣く姿を龍二は幾度となく見ている。
最初はこんな環境に身を投じる事になった──龍二自身がそうしておいてなんだが──為に、発熱も相まって精神的に混乱しているからだろうと思っていた。
けれどある日、熱の引かない奏を“知り合いの医者”に預けた時、医者が泣いている理由が判ったよとわざわざ連絡してきた。
こんな親だったらいいなと言う願望が夢に出てきて、それが絶対にありえない事だと嫌になる程理解しているから、それで苦しんでいるんだろう。と。
自分の身を置く場所も、そして親兄弟の家業も、素晴らしいとは言えないけれど親からの愛情くらいは──龍二が素直に受け取ったかは別として──あったと龍二は理解している。
自分を養子に出した実の両親を恨んでもいないし、今でこそ会えば互いに「体に気をつけて」くらいのやり取りはする。養父母は実の親よりも大人になった今は距離を置きたい相手になりつつあるが、それでも息子としてなにかとやってくれた事を忘れているわけでもない。
けれど奏は自分ですら向けられた愛がないのかと、純粋に驚いた。
一応、買った直後に奏の出自を調べ報告は全て読んだけれど、読んで解った事と、目の当たりにして理解するのでは感じ方も違ったようで、龍二は驚いたのだ。
「あんなクソ野郎達の事なんて、お前、心からも追い出しちまえばいいだろうになア」
ひくひくと泣く奏の涙を龍二は優しく拭く。
暫くそのまま覗き込んでいたが時計を見て時間を確認すると、奏の額の冷却ジェルシートをゆっくり剥がし、新しいものを貼り付ける。
涙と汗で顔に張り付いた髪の毛も優しく払い、奏の鼻の頭にキスを落とした。
ベッドに腰掛け泣いている奏の手を布団の中で握り、弱々しく握り返す手の甲を親指で撫でてやっていると、奏が目を開けた。
「よお、起きたか?馬鹿は風邪ひかねぇって言うのになァ」
「はれ……りゅーじさん?」
龍二が返事の代わりに頭をゆっくり撫でると、奏は嬉しそうに目を細める。
「んもー、りゅーじさんだめだよ」
「何だよ、突然」
「夢の中でもおれね、ねつだしてたんだ」
「そうか。寝ても覚めても辛いなァ」
まったくだよ、と唇を尖らせる奏は、龍二の手をぎゅっと強く握りしめる。強くと言っても、力が入らないのかいつもより弱々しいけれど。
「ゆめのなかでも、ちゃんと様子、見にきてくれなきゃ。おれ、さみしーよ」
「夢の中に入る方法を知らないもんでな。今度、浅倉にでも聞いてみるか。野郎、胡散臭い事も平気で言うからな」
ニヤリと笑う隆二を見上げ、奏もふふふと笑う。
「でも、いーよ。起きたらりゅーじさんがいたもん。それでいーや。うれしーな。夢じゃないよね?」
「夢じゃねぇよ」
小首を傾げる奏の頭を撫でていた手で、龍二は奏の鼻を摘んだ。
「起きたらなんか食うか?南のやつが、ゼリーにプリンにババロアに……あー、あとなんだったか、ああそう、アイスとシャーベット、それと粥を用意してくれてる」
「えー、おいしそう。龍二さんは?」
「俺の夕飯も作らせておいた」
「そっか」
ほこ、と笑った奏は布団から手を出し、龍二にそれを伸ばした。
龍二は何も言わずにまた手を握って、親指で甲を撫でる。
「おさけのむ?」
「いいや」
「ご飯、ここで食べる?」
「ふらふらのお前を移動させるのもなんだしな」
「あーんしてくれる?」
「お望みなら」
「一緒にここで、食べてくれる?」
「お前を一人にするのは嫌だからな」
「は、え、あ、へへ、うれし。仮病も好きだけど、熱もいいね。龍二さんが看病してくれる」
熱で頬を赤くして、潤んだ目を細めて幸せそうに奏は笑う。
「お前にしかしてやらないぞ、こんな事」
「うん、信じてるから、だっこ」
一瞬考えた様子だった龍二は、小さく溜息を吐くと奏の体を抱き上げる。その時、普段ならリビングのソファに置いてある大きな膝掛けを奏の肩にかけてそれごとだ。
多分今日の護衛のどちらかが、置いておいたものだ。万が一、予定よりも龍二の帰りが遅い、もしくは来れなかった時のためにここで一晩看病するために、だろう。
「飯の支度してきてやるから」
「うん」
「粥じゃなくてもいいから何か食え」
「お粥食べて、プリン食べる」
「なら持ってくるから、ほら」
ほら、の言葉と共にベッドに奏を戻し、龍二は立ち上がる。
奏は熱のせいでぽんやりとした顔で龍二を見上げ、
「あとね、あとで、おれの部屋からうさぎの抱き枕も持ってきてほしい」
「……あんなでかいのどうするんだよ」
「ギュッてして寝る。寂しくないもん」
弱々しい声で、きゅっと唇を噛んで奏はつぶやく。
龍二は奏の頭を叩こうと思った手で、奏の頭をぐしゃぐしゃと、髪を掻き回すように撫でた。
「あんなもんがあっちゃ俺がここで寝れないだろうが。俺がお前を抱き枕にして寝るんだよ」
「だって、え、だって」
「ぶちぶち文句言ってねぇで、嬉しいなら喜んでおけ。お前にはそれが一番効く薬だろ?ほら、で?」
扉に手をかけ振り返った龍二に、奏はポロポロ涙を流して
「いっしょにねて、ぎゅってして、いい子いい子もしてね」
「奏がそれを望むなら、喜んでいくらでも」
「ちょー望んでる!りゅーじさん、早くごはんにしよ、で、さっさと寝よ」
「はいはい」
待ってろよ、と扉を開けたままリビングへ向かった龍二の背中に
「龍二さんが風邪ひいたら、おれが介護してあげるね!」
と目一杯の声で叫んだ。
龍二は喉の奥で押し殺したような笑い声をあげ、頭を振る。
「介護かよ……」
奏の思う介護がなにかを、先日重人との会話を聞いていた龍二は良く知っている。それは絶対に避けたい。
しかし仮に看病だったとしても、どちらにしても奏のやる事だ。安心して身を任せられないなと龍二は思い、そうならないようにこの先はより気をつけなければと口元を上げた。
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