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★ get a fever
前編
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熱いなと奏自身も思っていた。
だからこそ奏は、普段なら「心配かけてやる」と言う理由から一切お世話にならない風邪薬のお世話にもなった。
ある程度の発熱ならば「ちょっと風邪ひいちゃった」と言って甘えて我儘三昧ついでに「風邪ひいていると寂しいから、いてくれなきゃやだ」とおねだりしてみせる事が出来るが
(これは絶対にやばいやつだ)
この直感が正しいとなると、おねだりとか我儘とか言っていられなくなる。
そんな理性的に──────つまり、ダメだと言われても「だよね、わかってるもん」と諦めるという選択肢を頭の隅に置いたまま“おねだり”や“我儘”を言うのではなくて、本気で、本能的に、頼み込んでしまうだろう。
それはもし「無理だ」と言われたら、奏だって何をしでかすか、自分の事ながら判らない。
熱で朦朧として失言するなんて、奏は絶対にしたくなかった。
奏は可愛い我儘を言ったり、気ままに行動したり、それで龍二にむくれて怒ってみせる、そういう可愛い愛人でいたいのだ。
叶えてくれなくても、ダメだと言われても「龍二さんは俺ばっか我慢させる、さいてーやろうだ」と文句を言いたい。あくまで理性的でいたいのだ。
それなのに、龍二の“可愛い愛人”になって以降──買われてから愛人になるまでの間に限定すると、暴力に晒されて高熱は良く出した──未だかつてない高熱を出したら、普段なら「なら仕方ないねー」と言えるところで言えないかもしれない。そんな事だけは、奏はしたくはない。
──────何としてでも、熱を下げなければ。
奏はその気持ちを込めて昼の分の薬を飲み込んだ。
奏が高熱を出したと知らせを受けた時、龍二は移動中の車内にいた。
「マンションに寄れ。直ぐに戻る」
そう運転手に告げ、マンションに着くと足早に奏の部屋を目指す。
部屋に入るとキッチンには南智也がおり、龍二に頭を下げ
「今、薬で寝たところです。起きたら、少しでも食べてもらって、飲み物も。看病もしますから、任せてください」
言ってキッチンテーブルの上にあるものをしまっていく。
フルーツやらなにやらと、所狭しと並んでいた。
「あ、申し訳ありません……奏さんが少ししか食べられなくても栄養をとってもらいたくて、いろいろ買ってしまいました」
龍二の視線に気がついて智也が慌てて言うと、龍二はフッと笑った。
「色々と考えさせて悪いな。一時間半くらいで戻ってくる。夕飯は粥でも作っておいてくれ。それと、奏が食いそうな甘いもンと。あと、俺の夕飯もやっておいてくれ」
智也は大きくひとつ頷いて
「任せてください!奏さん、きっとすごく喜びます」
頼んだと龍二は来た時同様、足早に車に戻ると運転手に先を急がせた。
きっかり一時間半後、龍二は約束通りマンションに戻ってきている。
龍二はマンションに向かう前に、智也と共にマンションにいる大西克巳に連絡をしていた。
奏がどうしているか、聞くためだ。
智也ではなく克巳に連絡を取ったのは、智也よりも適任だからである。
奏についている護衛のうち、克巳が一番素直に話してくれるのだ。
他の三人が多少言葉を濁すような事でも、言葉の意味通り“そのまま”報告する。
それは報告した結果奏がどうなってもいいとか、龍二が怒鳴り出してもいいとか、報告結果で自分の身に危険が及ぶと考えていないとか、そう言う鈍感さからくる事ではなく、それが奏にとって一番大切で幸せな事だと彼が信じているからだった。
多少龍二が怒っても、自分があの鋭い眼光にさらされても、聞かれた事は素直に伝える事、そして時には聞かれていなくてもその時々で適切な相手に報告する事で奏が幸せになれるだろうなと思うから彼はそう行動する。
折節、奏の思わぬ行動や、自身の判断ミスで龍二の殺気に晒される事もあるけれど彼はそれでも止めなかった。
今回も龍二のその気持ちに応えるように、克巳は報告をしている。
──────奏さんが寝ているか確認をした時、寝ながら泣いていました。辛そうです。
だから龍二は克巳を買っている。
奏の部屋に入るとまずリビングに向かう。
智也は隆二の夕食の準備を終えたところのようで、「出来ています」と何かを盛り付け下を向いていた顔を上げた。
「奏のは」
「色々準備しておきました。ゼリーにプリン、あとババロア。お粥は炊飯器でやりました。温かいまま置いておけるので。以前お粥にした時、梅や昆布の佃煮が欲しいと言われたので、それらはいつもの通りの場所に入っています」
「そうか」
「他にもアイスとシャーベットも作って冷凍庫に。組長の夕食はそこに、朝食は冷蔵庫です。明日の昼は連絡いただけたらすぐに」
「解った。あとはいい、俺がやる」
「はい」
智也が調理器具などを片付けているリビングを後に、いつも以上に手を洗いうがいをした龍二は寝室を覗き込んだ。
中には克巳が一人でい、龍二に気がつくとすっと立ち上がり廊下に出てくる。
「ぐっすり寝ています。良くも悪くも変わりはありません」
「解った。南がもうすぐ終わる。二人で帰っていい。必要になったら明日連絡する」
「解りました」
話している間に、帰る支度が終わった智也が克巳の荷物も持って廊下に顔を覗かせた。
二人が帰る後ろ姿に龍二は、二人に聞こえるように
「助かった」
とだけ告げ、玄関のオートロックが閉まる音を確認した。
マンションのエレベーターに乗った二人は顔を見合わせ、智也が言う。
「“助かった”ってさ」
「奏さんが一人にならなくて、看病してくれて、助かった。って事だろな」
と克巳は返し、奏には甘いなあと独り言ちる。
「組長があんな事、平気な顔で言えるのは奏さんだからだよな」
しみじみと智也が言ったところで地下駐車場についた。
自分達の乗ってきた車の隣に、龍二の車が駐車してある。
それを見て智也は目を瞬かせて克巳を見て言う。
「自分で運転してきたんだよな、これ。こんな事言ったと知れたらどうなるか分らないけどさ、これ、焦ってた感じがする。いつもはもっと綺麗に駐車するのにな」
「本当だ。鍵あるか?」
二人の目の前に止めてある龍二の車は、若干斜めに止まっている。
龍二はもっと綺麗に駐車しているから、見た目よりも斜めに駐車しているという印象が強い。
「直しておこうぜ。一応、念のため」
「同意だ。万が一、何かの弾みで傷ついたらシャレになんねぇ。南にそっちは任せた」
渡されている車のキーで龍二の車を綺麗に止め直し、二人は自分達が乗ってきた車でマンションの駐車場から外に出た。
「今までの元愛人たちも、いい加減アホな喧嘩売らないで欲しいよな。あれじゃ逆立ちしても勝ち目なんてないんだし」
智也もそれに深く頷き、二人揃ってマンションを後にした。
だからこそ奏は、普段なら「心配かけてやる」と言う理由から一切お世話にならない風邪薬のお世話にもなった。
ある程度の発熱ならば「ちょっと風邪ひいちゃった」と言って甘えて我儘三昧ついでに「風邪ひいていると寂しいから、いてくれなきゃやだ」とおねだりしてみせる事が出来るが
(これは絶対にやばいやつだ)
この直感が正しいとなると、おねだりとか我儘とか言っていられなくなる。
そんな理性的に──────つまり、ダメだと言われても「だよね、わかってるもん」と諦めるという選択肢を頭の隅に置いたまま“おねだり”や“我儘”を言うのではなくて、本気で、本能的に、頼み込んでしまうだろう。
それはもし「無理だ」と言われたら、奏だって何をしでかすか、自分の事ながら判らない。
熱で朦朧として失言するなんて、奏は絶対にしたくなかった。
奏は可愛い我儘を言ったり、気ままに行動したり、それで龍二にむくれて怒ってみせる、そういう可愛い愛人でいたいのだ。
叶えてくれなくても、ダメだと言われても「龍二さんは俺ばっか我慢させる、さいてーやろうだ」と文句を言いたい。あくまで理性的でいたいのだ。
それなのに、龍二の“可愛い愛人”になって以降──買われてから愛人になるまでの間に限定すると、暴力に晒されて高熱は良く出した──未だかつてない高熱を出したら、普段なら「なら仕方ないねー」と言えるところで言えないかもしれない。そんな事だけは、奏はしたくはない。
──────何としてでも、熱を下げなければ。
奏はその気持ちを込めて昼の分の薬を飲み込んだ。
奏が高熱を出したと知らせを受けた時、龍二は移動中の車内にいた。
「マンションに寄れ。直ぐに戻る」
そう運転手に告げ、マンションに着くと足早に奏の部屋を目指す。
部屋に入るとキッチンには南智也がおり、龍二に頭を下げ
「今、薬で寝たところです。起きたら、少しでも食べてもらって、飲み物も。看病もしますから、任せてください」
言ってキッチンテーブルの上にあるものをしまっていく。
フルーツやらなにやらと、所狭しと並んでいた。
「あ、申し訳ありません……奏さんが少ししか食べられなくても栄養をとってもらいたくて、いろいろ買ってしまいました」
龍二の視線に気がついて智也が慌てて言うと、龍二はフッと笑った。
「色々と考えさせて悪いな。一時間半くらいで戻ってくる。夕飯は粥でも作っておいてくれ。それと、奏が食いそうな甘いもンと。あと、俺の夕飯もやっておいてくれ」
智也は大きくひとつ頷いて
「任せてください!奏さん、きっとすごく喜びます」
頼んだと龍二は来た時同様、足早に車に戻ると運転手に先を急がせた。
きっかり一時間半後、龍二は約束通りマンションに戻ってきている。
龍二はマンションに向かう前に、智也と共にマンションにいる大西克巳に連絡をしていた。
奏がどうしているか、聞くためだ。
智也ではなく克巳に連絡を取ったのは、智也よりも適任だからである。
奏についている護衛のうち、克巳が一番素直に話してくれるのだ。
他の三人が多少言葉を濁すような事でも、言葉の意味通り“そのまま”報告する。
それは報告した結果奏がどうなってもいいとか、龍二が怒鳴り出してもいいとか、報告結果で自分の身に危険が及ぶと考えていないとか、そう言う鈍感さからくる事ではなく、それが奏にとって一番大切で幸せな事だと彼が信じているからだった。
多少龍二が怒っても、自分があの鋭い眼光にさらされても、聞かれた事は素直に伝える事、そして時には聞かれていなくてもその時々で適切な相手に報告する事で奏が幸せになれるだろうなと思うから彼はそう行動する。
折節、奏の思わぬ行動や、自身の判断ミスで龍二の殺気に晒される事もあるけれど彼はそれでも止めなかった。
今回も龍二のその気持ちに応えるように、克巳は報告をしている。
──────奏さんが寝ているか確認をした時、寝ながら泣いていました。辛そうです。
だから龍二は克巳を買っている。
奏の部屋に入るとまずリビングに向かう。
智也は隆二の夕食の準備を終えたところのようで、「出来ています」と何かを盛り付け下を向いていた顔を上げた。
「奏のは」
「色々準備しておきました。ゼリーにプリン、あとババロア。お粥は炊飯器でやりました。温かいまま置いておけるので。以前お粥にした時、梅や昆布の佃煮が欲しいと言われたので、それらはいつもの通りの場所に入っています」
「そうか」
「他にもアイスとシャーベットも作って冷凍庫に。組長の夕食はそこに、朝食は冷蔵庫です。明日の昼は連絡いただけたらすぐに」
「解った。あとはいい、俺がやる」
「はい」
智也が調理器具などを片付けているリビングを後に、いつも以上に手を洗いうがいをした龍二は寝室を覗き込んだ。
中には克巳が一人でい、龍二に気がつくとすっと立ち上がり廊下に出てくる。
「ぐっすり寝ています。良くも悪くも変わりはありません」
「解った。南がもうすぐ終わる。二人で帰っていい。必要になったら明日連絡する」
「解りました」
話している間に、帰る支度が終わった智也が克巳の荷物も持って廊下に顔を覗かせた。
二人が帰る後ろ姿に龍二は、二人に聞こえるように
「助かった」
とだけ告げ、玄関のオートロックが閉まる音を確認した。
マンションのエレベーターに乗った二人は顔を見合わせ、智也が言う。
「“助かった”ってさ」
「奏さんが一人にならなくて、看病してくれて、助かった。って事だろな」
と克巳は返し、奏には甘いなあと独り言ちる。
「組長があんな事、平気な顔で言えるのは奏さんだからだよな」
しみじみと智也が言ったところで地下駐車場についた。
自分達の乗ってきた車の隣に、龍二の車が駐車してある。
それを見て智也は目を瞬かせて克巳を見て言う。
「自分で運転してきたんだよな、これ。こんな事言ったと知れたらどうなるか分らないけどさ、これ、焦ってた感じがする。いつもはもっと綺麗に駐車するのにな」
「本当だ。鍵あるか?」
二人の目の前に止めてある龍二の車は、若干斜めに止まっている。
龍二はもっと綺麗に駐車しているから、見た目よりも斜めに駐車しているという印象が強い。
「直しておこうぜ。一応、念のため」
「同意だ。万が一、何かの弾みで傷ついたらシャレになんねぇ。南にそっちは任せた」
渡されている車のキーで龍二の車を綺麗に止め直し、二人は自分達が乗ってきた車でマンションの駐車場から外に出た。
「今までの元愛人たちも、いい加減アホな喧嘩売らないで欲しいよな。あれじゃ逆立ちしても勝ち目なんてないんだし」
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