進行性乙女症

あこ

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授業と授業の合間のひととき。
窓の外を見つめ溜息をつく匡に、教室にいたクラスメイトが頬を染めた。
彼は実に平凡な普通の顔つきなのだが、ノンケすら「抱かれてもいい」と思うほど男の色気が溢れており、男子校のここでは『ノンケクラッシャー』とまことしやかに言われている。
再び匡が「はぁ……」と憂いを帯びた溜息を一つ落とすと、このクラスにいる彼の親衛隊隊員が眩暈を起こしたように机に倒れこむ。だから、誰も大袈裟にしない。本人が自然に回復するのを見守るばかりである。

この学校にはいくつか、ここならではの特色があるがその一つが親衛隊と言われるファンクラブだ。
家柄や見目のいい生徒には大小様々なそれが存在する。
見目や家柄ではなく『生徒の実績』でも作られる場合があるが、それは本当に限られた生徒だけの“特権”。例えば部活動のエースであったり、芸術専攻科の生徒はその道でファンを作ったりと、そういう場合だ。
しかしそれでもなく『最早毒みたいな色気』で作られた普通容姿の生徒は、後にも先にも匡くらいだろう。

「はあ、会いたいなあ」

憂いを帯びた声が嫌に色っぽい。
これに平然と声をかける事が出来るクラスメイトは、中等部入学時から今までずっと寮で同室者である樹々ききくらいかもしれない。彼は匡曰く「歯磨き粉の広告がすっごい似合いそうな爽やかくん」であるが、中身はごくごく普通。父親の影響で植物が大好きになったお陰で、今にも無くなりそうな園芸部員をしている爽やかイケメン。運動能力は母親のお腹に置いてきてしまった、と嘆いて早十ン年の運動音痴少年だ。
「マサくんや。お主は彼氏に会いたいのか」
「おー。会いたい。すっごい会いたい。キキがに会いたいように、会いたい」
「そうそう。おれすっごくジ──────っておい、いや、確かにそれ名前の由来だけど、オレはの猫が好きだよ。黒猫よりキジトラ猫だよ。あの模様に正義をかんじるね」
樹々は入寮初年度は匡の色気にオロオロしたものだけれど、流石に寮で共に暮らせば──本人の自己宣告としては──“麻痺”するらしく、前の席のクラスメイトが突っ伏してしまっても平然としていられた。
匡の同室者は一年目で麻痺した彼がずっと担っている。
下手な人間と同室にしたら匡の身が危ない。
だっけ?まっさかマサくんに愛する人が出来るなんてねえ」
「なんだそれ。俺は別に、愛なんて信じないとかそういうタイプじゃないんだけど」
「そりゃ知ってるし。そうじゃなくてさ、気がついたら恋人と自称する相手が何人もいそうなイメージ」
「キキくんや。俺ともう何年もの付き合いになるのに、キキくんは俺がそういう流されるタイプに見えていたのかね?」
「いんや。流されるとは思ってない。だから言ってるでしょ、自称。自称彼女や彼氏。へたしたら自称セフレ、あと妊娠したとか騒ぐ女とか、いそうじゃんか」
「恐ろしいこと言わないでくれる?なかったことにしたい過去をほじくり返されてる気分がする……」
「ちょいまて、その発言が恐ろしいわ!マサくんってばマジでに遭ったの!?」
「当時まだ小学五年。知らない間に年上の彼女が出来てた」
「え、まじ?」
「妊娠騒動はなかった。けどそう言う事が何度かあって、小学生には堪えたわけで、引きこもりになった」
「え!?」
「これはまずいと親が必死に探してここを見つけて、親の勧めでここにきた。男ばっかりヒャッホーとか思ったけど、そうではなかった事に驚いていた一年目が懐かしい」
「いやいや、妙な振り返り方しないで」
「ついでに言うと、長期休暇で帰ると不思議と恋人がいた時もあった」
「怖いよ!!」
ホントホント人って怖いよね、と力なく笑う顔。しかしそれを見て倒れた生徒が一人。
もはや凶器。そう言った昨年度卒業した生徒会会長は匡に「ハーレム作れよ!」と清々しい笑顔とともに大学部に進んだ。勿論、匡はハーレムは作っていない。

「会いたいなあ……」

ぼんやりとした力のない声だが、その目は愛おしい恋人衛を思い浮かべているのだろう蕩けるような甘さがある。
授業をしようと入ってきた教師さえ声をかけられず、教卓の前でただ立つだけだ。

──────何してるんだろう。

ガッシャン、と音を立てフェンスにもたれて座り込んだ衛は、口の中の飴を忌々しいと言わんばかりにガリガリと噛み砕いた。
衛の通う高校は不良が多くなんてよくある事だ。
この時間は授業中であるはずの衛もその一人。
二つある屋上の一つ、北側のここはとされているために、ここで何をしていても誰にも邪魔はされなかった。
(なんだよ、なんだよ。ふざけんなよ……ッ。だよって)
来週半ばから、衛の学校では期末試験が行われる。
対して匡の学園は二学期制なので期末試験はこの時期に行われず、衛に少しでもいい点数を取ってほしいなという思いから、匡は
(先々週から会ってねえとか、ねえし!!!)
衛の試験勉強を慮ってデートの自粛を要請。匡の、には勝てない衛は言われるがままに了承し、今に至っていた。
このあたりのやり取りを知っている衛の姉は哀れんだ目で「あんた、本当におバカね。」と肩を叩いたという。

はあ、と溜息をついて寝そべった衛はテストと言われても、と言った気持ちでいっぱいである。
“名前を書けば合格出来る”なんてそんな学校ではないが、出席日数が足りていてよっぽどの点数を取らない限りなんの問題もない学校だ。
衛は留年してもいいとか卒業出来なくてもいいとかそんな事は一切考えていないから、このまま卒業も問題ないだろう。
つまり、試験勉強よりも匡と会う方が、衛にとっては非常に大切なのだ。
(でも言えねーよ。あんな格好良い顔でくそ。くそ。『衛の邪魔したくないから、ね?』なんて!あの野郎!き、き、キスとか、卑怯じゃねえか!!)
寝そべっている衛にも、最期の授業が終わった事を知らせるチャイムが届く。
寝そべったままスマートフォンを取り出してみるが、匡からのメッセージはない。
じいっと真っ黒い画面を見つめてから、ゆったりと起き上がり胡坐を組んだ。
恋人にどうやって甘えたら良いのか。を考えているとは思えない睨み付けるような目つきでスマートフォンを見ていると、それが突然鳴りだした。

その週末。
いつもよりは大人しめの、デニムにシャツ、アクセサリーは最低限にピアスと匡とお揃いのアンクレットをつけ、トートバッグにのものを詰め込んだ衛は、休日の姉に「乙女ちゃん、忘れ物ない?気をつけてね。あ、お小遣いあげるから、お昼とお夕飯はこれで食べなさい」と見送られて家を出た。
衛は自主的に訪れたりしないだろうそこへ、バスと電車で向かうと入り口で人目を引く彼が立っている。
マスタード色のボトムに白のTシャツに帆布の鞄を持っている彼、匡は衛を見つけてふんわりと笑って手を振った。
衛はそれに喜び半分威嚇半分で近づいていく。
フェロモンに魅せられた人間がますます匡を見つめているから、彼氏の衛は心中穏やかではない。
素直にはなかなか言えないが、彼は自分が嫉妬深いという事を諦めて認めつつある。
「ごめんね、モリ。俺が言い出したのに会えないとかもう、ちょっと耐えられなかった」
「べ、べつに、何とも思ってねーし」
「中、涼しいからほら、はいろ」
衛の手を握りかけた匡はそれを止めて腕を優しく掴み、衛をここ、図書館の中に連れて入った。
中は確かに心地の良い温度になっていて、衛は知らずホッとした息を吐いた。
「俺、手続きしてくるから、待ってて。もし必要なものがあったら借りてて。ごめんね」
態々入り口付近の椅子まで連れて行って座らせると、それだけ言って匡は窓口まで行くと手慣れた様子で手続きをはじめた。
五分もせずに匡はプレートを持って衛のところまで戻り、また衛の腕を優しく掴むと奥のエレベーターを使って三階に上がる。
三階入り口の係員に先のプレートを見せた匡は、ぽかんとあたりを見ている衛を可愛いと思いながらさくさくと受付を済ませて個室へ入った。

「なんだ、ここ」
「ふふ、ここは図書館内の学習室だよ。四人までのグループ学習が出来る個室で、誰でも借りれるんだよ」
四人がけのテーブルが真ん中に、壁側にはホワイトボードも置いてあった。
「モリはどこに座る?」
「匡はどこ座るんだよ」
威嚇するように言われたが匡は当然気にしない。
どんな衛も匡には可愛かったり格好良かったり、兎に角としてしてしまうのだ。
「俺はモリの隣がいいな」
匡の笑顔を受けた衛は「しかたねえな」と言いながら顔を真っ赤にして目の前の椅子に座った。

ここに二人でいるのは、あの日、匡がこんなメッセージを送ったからだ。
──────自分から勉強の邪魔したくないからって会わないって言ったけど、寂しくてもう無理。モリのお勉強のお手伝いって感じで、図書館デートしたいな。
このメッセージを受け取った衛はにやけそうな顔を必死に押さえて、嬉しくて嬉しくて屋上の床を転がり回りそうになったのも抑えた。
どうやって甘えてたらいいのかと悩んでいるそのタイミングでこのメッセージ。甘えられない自分を、絶妙のタイミングで甘やかす匡に衛がキュンキュンとしないはずがない。
彼はただの不良ではない。乙女になりそうな不良なのだ。
図書館なんて色気も何もない場所で勉強する事になったとしても、そんなのは衛にとって取るに足らない瑣末な事だ。
喜び勇んで誘いに乗った。

二人がゆったり並べる幅のテーブルに、二人で並んで座る。
ほとんど開かないから綺麗なままの教科書と今日のために買ったまだ何も書かれていないノートを広げて、衛は眉間に皺を寄せながら教科書の文字と喧嘩を始めた。
やればの衛だけれど、彼のやる気は好きな事と恋人の事以外には向かわない。
だから改めてに向かい人相悪くなる衛だが、けれど匡はそれを幸せそうに眺めて時々「ここを使うんだよ」とか「どこに躓いてる?」と、聞かれた衛が顔を真っ赤にするような声で尋ねては、アドバイスをする。その顔は周りにもし別の人間がいたら、衛が「出て行け!!!」と怒鳴りかねない人を魅了するものが溢れていた。
「俺、今までで一番幸せな勉強の時間だなあ」
「なんだよ、そりゃ。匡は何にも勉強してねーだろ」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた衛に匡はきょとんとしてから、ふふふと笑った。
「本当は俺も勉強しようかなって、ほら、持ってきたんだけど。衛の横顔見て、衛の試験対策勉強手伝ってる方が幸せだなって、嬉しいなって思って手がつかないんだ。今日は俺、衛の横顔眺めてる事にした」
「ば、ばっかじゃねえの!?」
「俺、この件に関しては、馬鹿でいい」
とろりと蜂蜜をかけて甘い顔に耳まで赤く染めた衛は
「な、なら、俺が良い点取れるように、お前は先生役しろよ」
と教科書を匡と自分の間にずらす。
匡は勿論と頷いて、椅子を動かす。
匡は椅子と椅子がぶつかるほどに衛の椅子に自分が使っている椅子を近づけた。
勉強する距離ではない顔の距離になる。

「試験終わったら、デートたくさんしてね」
「当たり前だろ、馬鹿!俺だって、俺だって、寂しかったんだからな」

この期末試験結果だが。
衛の姉が叫ぶほど良いものになり、匡はお礼にと食事に呼ばれる事になる。
その時「改めて見たけど、こりゃ乙女ちゃん化が進行して当然だわ」と森の姉が言い、匡が嬉しそうな恥ずかしそうな顔をしているのを複雑そうな顔で見ていた衛がいたとかいないとか。
何はともあれ、姉から見ても衛の乙女化は、日々少しずつでもしているようである。
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