シュピーラドの恋情

あこ

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第2章

02

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「すまない。向こう精霊界では二日ほどしか立っておらぬのだ……。ハイルがわたしの名を呼べば飛んでいける。そうハイルにも伝えていたが、最後まで呼ばないとは思わなんだ……」
「あの子はそう言う子だと、あなたが言っていたではないですか……。第一ユスティは突然いなくなり、王都に出現したかと思うと今度は塔を……多分破壊したのはあの子なんでしょうけれど、破壊してハイルと共に行方不明。どうしたらいいんですか?ハイルを守りきれなかったのは俺の落ち度でしょう、まさかあんなことをするとは夢にも思いませんでした。それは俺の落ち度ですけど」
シュピーラドが握りしめているヴェヒテの拳から力が無くなり、腕がだらんと力なく下がる。それでもまだシュピーラドはそれを握りしめていた。
「あの二人の行き先はわかっておる。わが僕が幾体か、自然へ帰れなくなるのも厭わず全ての力を投げ出したのだ」
「どういうことですか?」
「精霊はすべての力を完全に無くして自然に帰るわけではない。わずかに残った力で自然に帰り、また自然から生まれる。わずかに残さねば自然に帰ることも生まれることも叶わぬ。すべての力を投げ出せばそれは消滅しかない。本当に二度と生まれ変われなくなる、消滅だ。ユスティの悲痛な思いに呼応し、精霊が何体もその命を彼の願いが叶う様にと使ったのだ。わたしは今からハイルとユスティを迎えに行こうと思っておる」
しもべ、と言う割に本当に精霊たちを慈しんでいるシュピーラドの表情は暗い。
もちろんこの暗い表情の中には、またしてもハイルを危険に晒してしまったことへの後悔も入っているだろうけれど。
「わたしは、まだまだ人がわかっておらぬのか……。まさかまだハイルを利用しようなどと、そんなことを考えるとは思ってもいなかった。ここで幸せに生きてくれるとそう、思っていたんだ」

シュピーラドはヴェヒテの手をはなし、フッと息を吐く。
王座の上の花がふわりふわりと空中に浮かび、空いた王座にシュピーラドが座り込んだ。頭を抱えている姿は王にしては弱々しすぎる。
この姿だけ見れば、ただのどこにでもいる、とびきり容姿に優れたの男だ。

「愛し子を思う僕は、なぜあなたに伝えなかったのですか?」
「精霊は愛し子の想いを汲んでしまうのだ。極端な例えであろうが愛し子が『自殺したい』と心の底から思いそれが本心であれば、精霊は喜んで愛し子を殺してしまう。愛し子のために、愛し子の望むことをするのだ。だからハイルが『このまま死刑になってもいい』と思っていたら、精霊はそれを黙って見ているしかできない。彼らがそれを無視するのは、人が思うよりも難しいのだ。でも、そうだな……そういところは変えられたらいいのだがな……難しいであろうな。であったから」
「そうですか……ではいつ気がついたのですか?」
「ユスティの気配が消えた時、あれだな、ハイルが監禁された塔が破壊された瞬間だ。あの時に気がついて人間界へと急ぎ戻った。しかしそれでも人間界では塔が壊れてから一日……二日であろうか……過ぎていた様だ。ユスティとハイルは問題がないと思ってな、わたしは精霊王らしいことをしようと思ったのだ。それが最後のチャンスであったが、欲深い人間には伝わらなんだ」
そういいシュピーラドは教会関係者にを出したのだと言った。
加護なしが愛し子であること、愛し子のハイルに手を出すなと言うこと、彼の愛しているヴァールストレーム辺境伯爵領地に関与をするなと言うことを。
「しかしわたしの言葉すら最後まで信じなかったのか……それとも夢だと思ったか……金を前に正常な判断ができなかったか」
シュピーラドはここまでやれば嫌でも理解すると思っていたのだろう。その顔は最後まで違う方向へ舵を切り続けたものへの呆れが滲む。
「わたしの二の舞にならぬ様、人に対することでも書に認め精霊界に残しておこうと思っているが、それはわたしの愛し子とユスティをここへ連れ戻してからであろうし、わたしが精霊王から退いてからにしようと考えておる」
「え?精霊王から?」
「そうだ。祖父も言っていたが、愛し子のことになるとがバカになる」
言ってシュピーラドは自分の頭を指差す。
「ハイルにしたことがどうしても許せぬ。もう我慢できぬと怒りが爆発してしまおうて、光の柱を見たであろう?あれはわたしの怒り。強く相手を憎み、呪い殺したいと思うほど煮え滾らす怒りだ。あの光に包まれたものはみな、呪い殺されよう。さすがにここまで残虐をした王はわたしが最初で最後になるだろう。その様なわたしはこのまま王ではいれまい。いや、は問題ないと思うからこそ息子が何も言わぬのだろうが、わたしはそうではない。理性が一つ働いたからで済んだのだ。理性が一欠片も残っていなければ、わたしは僕を使いこの国を本当の意味で消していたかもしれぬ。そのようなわたしはもう、王にはなれまい」
寂しそうにいう彼の周りに、キラキラと輝く光が現れた。
その数は多く、ヴェヒテは思わず手で光を遮る。それほど強く数の多い光だ。
「はは……ヴェヒテ、お前も少し見える様になったのか?その光はわたしの僕よ」
ヴェヒテの前でシュピーラドは優しく慈しむ様に光に手を伸ばし、撫でる様な仕草をする。
きっと精霊のことを労っているのだろう、そんな様子だ。
その様子を見ていたヴェヒテは、言わずにはいられなかった。
「きっと、王にふさわしくないと言わないでほしい、そんなあなたの僕の主張ではありませんか?王を辞める辞めないは、ただの人間には何もいえませんがこれだけはいえます。あなたが国を消しさろうが、誰かを呪い殺そうが、あなたを慕うものはこうしてあなたのそばにたくさんいるんですよ。この光の数、いいえきっとこれ以上、もしかしたら世界中の精霊が、あなたを大切に思っていますよ」
「そうであれば、いいのう」

弱々しいシュピーラド相手ではどうにもこうにも調子が狂う。
ヴェヒテはもう一つ言って彼の尻を叩くことにした。

「それにご存知ですか?あなたが光に包んだ場所から、無事に逃げたものが多くいることを。きっと王のために、善良だとあなたの僕が判断したものを、彼らが逃したのでしょう。あなたを愛しているから」

悲しそうな顔で笑うシュピーラドの周りが一層輝く。
それに「感謝する」と呟きシュピーラドは立ち上がった。
ヴェヒテになのか、僕と呼ぶ精霊たちになのか分からない。ヴェヒテは両方にだろうと思った。彼は僕を愛しているから。

「わたしが戻る前に、ハイルのことを領民に明かしておけ。そして加護なしの真実を徹底させろ。わたしは今からハイルとユスティを迎えにいく。向こうの時間では一日もいらんが、この世界の時間では判断もつかぬ。が、必ず戻ろう」
「ありがとうございます」
「やめろ。今回もわたしのせいだ。お前に頭を下げられると、居心地が悪い。ああ、それと、わたしはまだハイルを傷つけたやからに怒り狂っておる。やつらに近づくことは叶わぬだろうが、近づこうとするな。すればわたしの怒りがお前にも向いてしまうだろう」
「大丈夫ですよ。俺はヴァールストレーム辺境伯爵として、ハイルのことを周知徹底させるという役目をいただきましたからね。他のことはできそうにありませんからよ」
シュピーラドは輝く光と共に消えた。
ヴェヒテの足取りは軽い。早く妻に、ハイルを知る関係者に、そして城の皆に、ハイルとユスティの無事を知らせなければならない。
そして今度はみなに協力を仰ぎ、ハイルの──────精霊王と加護なしと言われた愛し子のことを周知させなければならない。

「よかった……ああ、よかった」

ヴェヒテの足取りは、軽い。
転んでしまいそうなほどに、軽かった。
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