シュピーラドの恋情

あこ

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第1章

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牢に閉じ込められたままのハイルは、まだ暴力を振るわれてはいない。
すぐにに戻ると思っていた身としては、拍子抜けするほどである。
食事は一食、硬いパンと水の様なスープだけ。出されるとも思っていなかったからハイルはにも随分驚いていた。
今日もその食事をとり、スープの皿を牢の檻の隙間から向こうに押し出す。
丁度皿が通る高さに檻の端に隙間が開いているので、そこから食事が押し込まれる。ハイルはそれに倣い、同じ様に食器を返却していた。

一体、いつまでここにいればいいのだろうか。
いつ死ぬんだろうか。
辺境地は大丈夫だろうか。

何も分からないから、疑問だけが溜まっていく。
牢の隅で、ほぼ地面に寝ている様な薄い布団の上で小さくなっていると、コツコツと階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
ハイルがじっとここに通じる扉を見ていると、几帳面が服を着ていたらこんな男だろうと思う風貌の男が入ってきた。
ハイルの感想としては“容姿が整っている真面目そうな人”である。
男は牢の檻の前で立ち止まり、ハイルをジッと見て
「お前がハイル・ロルフ・アスペルを殺したのか?」
と聞いてきた。ハイルは何を言ってもきっと無駄だろうと、過去──────虐待ばかりの人生だったあの頃を思い出して無言になる。
男はまた聞く。
「他人が信じるかどうかはどうでもいい。どうなんだ」
ハイルは男の睨みつける目に、久しぶりの感じたにゾッとして思わず口を開く。
こういう視線には逆らってはいけない、と彼はこれまでの人生でずっと感じていたのだ。
「いえ、それはぼくだとおもいます。ぼくがそのハイル・ロルフ・アスペルです」
「加護なしのハイル・ロルフ・アスペルがお前だと?」
「加護なしではありません。加護はあります。判別できないだけだそうです」
ハイルの言葉に男はハッと鼻で笑う。
全く信じていない様だし、馬鹿にもしていた。
「お前がどちらでも構わないが、死ぬ時はそう言って喚くと丁度いい。不満がお前にぶつかって良さそうだ」
満足した男はハイルに背を向け扉の向こうに消えていく。
扉の向こうにどうやら人がいた様で、その人物が男を「王太子殿下」と呼んでいるのを耳にし、王子様かとハイルは至った。
そういえば姉と言われる人の婚約者に少し似ていた様な気がする、とも。
ちゃんと見た事はないが、この牢よりもひどいに閉じ込められていた時、機嫌のいい声が聞こえた事がよくあった。その声に反応しそっと壁に開いた小さな穴から外を見た時、姉が今の男に似た顔の男と庭を歩いていたのだ。

翌日、エングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルを殺しこの国を混乱に陥れたとして、“捕らえたハイル”を数日中に処刑されると兵士がハイルに告げにきた。
どこか同情している様な兵士は、ハイルに「何か言いたいことはあるか」と聞く。
あの時の団員だとハイルは気がついた。
「ヴァールストレーム辺境伯爵のみなさまは、無事ですか?」
ハイルの言葉に兵士は大きく頷いた。
これでハイルには思い残す事はない。あの幸せな場所を、大切なユスティの場所を守れたのだから。



王都では大々的に『エングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルを殺しこの国を混乱に陥れた罪人である“ハイル”の公開処刑が決まった。日取りは追って知らせる』と発表がされた。
議会でエングブロム公爵が「ハイルが加護なしと言われた時に教会が『殺せば悪魔に呪い殺され、国が破滅するであろう』と発表した通りの事が起きている」と言った事もあり『罪人のハイルが死ねば加護を失う事はなくなる』と“”も“”もつかない形で一気に広まった。
貴賤関係なく早く殺せという声が大きくなっている。
国王は息子の王太子から「偽物のハイルなんか目じゃないくらい美しい子供だった。あんな子供に、“守られている貴族の息子”が殺せるはずがないだろ」と言われ、エングブロム公爵を王宮へ呼んだ。
そして二人でひっそり話し合う。
このまま処刑台にあげると“幼く美しい子供”という姿が目立ち、同情が集まる可能性や、本当にあれが犯人かと思われる可能性があるのではないかと。
エングブロム公爵もそれには同意した。同情が集まるかどうかは別として、塔へ連れていかれる姿を見た時のあのあまりに幼い姿に自分自身だって「あれが殺人を犯したと思えるか?」と疑問に思ったのだ。
王都ではエングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルは“健康体で16歳の貴族らしい体つき”であると、教会に落ちてきた一件もあって広まってしまっている。

加護なしで悪魔とも言われた子供を家族皆が愛している。という話が広がった時、けれどもどんな人間がハイルなのかほとんどの人が知らないままだった。
ハイルに会えた人間の話が広がれば広がるほど、人の興味だけが大きくなる。
どんな子供なのか、どんな顔をしているのか、どんな性格でどんなふうに暮らしているのか。と。
少しそれらが──────人の興味と関心が薄れていたところで、ハイルが死に、また人の興味を誘った。
実はハイルが死んだと発表された時に「放置していたから衰弱死したんじゃないか?どうせ愛してるなんて嘘だったんだろ」というも広がっていたのだ。だから余計に大きく、爆発的に人は再びハイルに興味を持ったのである。
そんな様々な憶測も広がる中で、今度は教会の前に遺体が落ちてきた。
死体を見た人間に、それを見ていない人間は聞くだろう。怖いもの見たさの様な、そんな感じで。
虐待されていたようだったか?本当に綺麗だったのか?男だったかどうかなんていうのを聞いた人間もいたほどだ。
見た人間は見たままを言う。だからエングブロム公爵や王家が思っていたよりものだ。
エングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルは、16であるのだと。
その健康な16歳を殺したのが到底そうとは見えない幼い子供だなんて、魔法を使ったのだろうとかそんな事を考える前に「無理じゃないか?」と思われかねない。

王家とエングブロム公爵はここで初めて、教会と手を組んだ。
教会も、その方が金儲けに都合がいいと踏んで喜んで手を取った。
ハイルには大人をも簡単に殺せる加護を持っている事、その悪魔の様な加護で愛されているハイルを殺したのだと。加護の判定は教会がしたと王都に触れを出し、同時にその加護が危険である事も書き示しておいた。
教会の下級聖職者を数人、普通の人間なら一瞬でも見れない様な惨たらしい方法で殺した。それを彼らの家族に見せ、罪人のハイルの加護に立ち向かった英雄だと、彼らのおかげで罪人の加護を封じる事が出来たと、教会の幹部たちがそろって涙を流し遺族に尊い犠牲だと教会を上げて頭を下げる。
そうしておけば遺族はいくだろう。
最後は、罪人のハイルを“抵抗をしながらも加護を封じられた罪人”に見えるようにすればいい。

身体中、見えるところも見えないところも、久しぶりにひどく暴力を受けたハイルが今牢の中にいるのはなのである。
指も一本も動かせそうにない痛みに、ハイルの意識は混濁し、彼は今起きているのか寝ているのかも判らないし、生きているのか死んでいるのかだってよく判っていない。

ユスティが“それ”を読み、王都の人間が撒き散らす嘘をきっとほとんど聞き尽くしたのはこの頃であった。

爆発したと思った次の瞬間突然王城が見えるどこか──後でそこが王都が一望出来る高台だと知ったのだが──に立ちすくんでいた彼は何が起こったのか、時間の経過も一切分からないまま、今自分が王城が見える場所にいるのだと気がついてタウンハウスに向かう事にした。
高台からなんとか道に出ると持ち前の人懐っこさで王都に荷物を運んでいると言う幌馬車の荷台に乗せてもらい、平民が多く住むそこで降りるとあとはひたすら歩いた。
走って途中で苦しみ休むより、一定のペースで歩き続ける事をユスティは選んだ。
タウンハウスに着く頃には、突然高台に立った時から丸1日が過ぎていた。
急に現れたハイルに使用人たちはとても驚いたが、それもなんとか適当に誤魔化し、ユスティはとにかくハイルがどこにいるのか探そうとそれから毎日王都を歩き回った。
そんな生活をしていれば、いつかきっと自分がここにいる事が辺境地にいる父親の耳に入るだろう。そうなれば連れ戻される可能性だってある。
ユスティの気持ちは急く。
そしてついにハイルが処刑されると耳にし、その翌日には“悪しき加護を封印した。尊い犠牲を払った”と言う教会の発表も耳にしたのだ。
このままではハイルが処刑される。しかも全くの冤罪で。
ユスティの中にまた、グワッとしたが広がった。
あの時の様に、このままではがまた起きてしまう。
ユスティはなんとか治めなければと、自室のベッドの上で体を丸くしジッとした。
両手でタオルをきつく握り、力を分散させようともがく。
あの時は王都に飛んで来れたけれど、次こそどこに行ってしまうか分からない。
ハイルの処刑が──────日が決まっていない様だが、確実に決行されるのに今どこかへ行ってしまったら助ける事も出来ない。
どうにかしてこの感情を、何かよく分からない暴走しそうなものを抑え込もうとしているユスティの耳に、唐突に聞こえた。
ユスティの名前を呼ぶ、優しいハイルの声が。
「俺のハイルを、返せ」
思わず呟いてしまったらダメだった。
ユスティの、理性の様な、それに似た何かが一瞬で膨らみ爆発した。
本当には、刹那の出来事である。

気がつけばどこか、窓のない薄暗い廊下にユスティは立っていた。
息を潜め柱の影にそっと身を隠す。この場所がどこか分かっていない今無駄に動く事は避けた方が賢明だと思えるくらいには、ユスティは冷静になっていた。
誰も来ないと判断し、ゆっくり歩く。どちらに行けばいいか分からないから、ここに出てきた時に向いていた方へ向かっている。
迷っているよりも歩いた方がいいと、そういう考えだ。
少しすると人の気配がした。
ハイルを守るために本気で訓練をしていたユスティは、気配を殺す。
誰がそこにいるのか、どんな職業の人間か、一般人なのか兵士なのか貴族なのか、全く分からない。だからこそ、判じる材料を探してジッと息を潜めた。
何分、何十分かも分からないが時が経ち、気配のそれがポツリと言う。
声は思う以上に空間に反射し、ユスティにはっきりと届けた。
「あんな子供が人殺しとは……自分が悪しき加護持ちだから、加護なしで愛されていたぼっちゃんを殺したって、ひでえ話だよ。ここにいるって知られちゃ暴動が起きるだろうけどさあ、俺もここに犯人がここにいるぞって言いたくもなるよ」
怒りで視界が真っ赤に染まった錯覚もあったが、それでもユスティは耐える。
時間が経っても先の声に何も反応がないのを見て、ユスティは“それ”が一人であると推断した。二人だったとしても、ユスティは今、負ける自信はなかった。
自分が死んでも、ハイルを助ける。何があっても、ハイルだけは守る。
その気持ちでユスティは素早く影から出ると、突然飛び出してきたユスティに驚いた男に飛びかかり、男が抜く前に男の腰にぶら下がっていた剣を抜くと、男の腹に切っ先を埋め同時にここに来る直前に握りしめていたタオルを男の口に捩じ込んだ。
モゴモガとしか言えない、死の恐怖を前に震え失禁する男の体に埋め込んだ刃をより深く入れそのまま横に、男の腹を切り裂く様に薙ぎ払う。
あたり一面に血が飛び散り、ユスティにもかかる。
ユスティは扉の近くの椅子にかかっていた今死んだ男のものであろう隊服で返り血を拭い、剣の血と油も出来るだけ拭った。
ピクリとも動かない男の体を探り鍵を見つけると、扉の鍵穴に入れ扉を開ける。
中はじめっとしており、空気の流れも良くない。
しかし扉を開けた事で中の空気が動き、それで中にこもっていた血の匂いをユスティが感じ取った。
暗闇に慣れると牢の一つに、こんもりとした塊がある。
ユスティは急いでそこへ近づくとそれがハイルである事に気がつき、手が震え剣が滑り落ち、その震えが止まらない手で必死に牢の鍵を探した。
男の死体から見つけた鍵は束になっており、全部で20もある。
一番大きなもので扉が開いたので、残りはここを含めた牢屋のものなのだろう。
焦るほどに手が震え、間違えてはまた焦る。
12個目でようやく牢の扉が開いた。
ユスティはふらふらと塊に近づき、暴行を受けボロボロになったハイルをそっと抱きしめた。
本当にかろうじて、なんとか、胸が上下している。
生きているのだ。

ユスティは泣いた。
こんな事にならないために、こんなふうにしたくないから、守れる様に強くなろうとしたのに。
大好きなのに、好きだってやっと自分の気持ちに気がつけたのに。
(俺が頼りないから、ハイルは自分達を守るためにこれを望んだ!俺がもっと、ハイルに言っていれば……ハイルに、ハイルが一人で恐怖と向き合わなくていいんだって、もっとちゃんと伝えていれたら)
悔しくて悲しくて、守ると決めたのに守れない自分が不甲斐なくて
「あ……あ、ああああああああああーッ!」
ユスティは王都中に響き渡るのではないかと言わん音声で、声のかぎり叫んだ。
「俺の、俺のハイルを──────」
自分の体からまた何かが溢れる。
ハッとユスティが息を呑んだその瞬間、あたりが一面真っ白になった。

王都の一角、罪人を収容する塔がひとつ吹き飛んだ。
大きな音を立てて崩れ落ちたそこには、生きているものの姿はひとつもない。
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