シュピーラドの恋情

あこ

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第1章

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ドンは、ユスティとマーサが見た“ハイルの周りに輝いたもの”が何か、それを自分の目で確かめるためにユスティの勉強時間に顔を出す様になった。
ハイルにどれだけの負担がかかるか見当がつかない──悲しい事にハイルは自分の体に負担がかかる事に慣れすぎていて、本人もまだを理解していない──ため、あの日と同様、通常の勉強の合間にハイルに息抜きと言って魔法の時間を組み込む様にしている。
そして分かったのは、ハイルは全属性の魔法が使える事。
今はハイルの魔力量が分からない──判断するにはハイルに負担がかかりすぎる──ために初歩の魔法で確認したが治癒魔法以外は使えるというのが、エディトの見解である。
治癒魔法は魔力を多く消費するものでハイルの魔力量が分からない今、ほんの少しだけだと言っても試しに使うのも躊躇われる。マーサは人一倍以上の魔力量を持つからこそ、治癒魔法をポンポンと使えるのだ。

ハイルが魔法を使うとマーサとユスティはハイルの周りに輝くものを見る。
何が輝いているのかはやはり不明のままだったが、それはハイルの目の輝きと同じものであると説明した事から、これが見えないドンとエディトもどんな輝きかは想像が出来た。
日を改めてカルロッテとヘレナも“授業参観”と言ってハイルが魔法を使うところを見たが、二人ともハイルの目が輝くのは確認出来たがやはり、マーサやユスティのようなものを見る事は出来なかった。
ヴェヒテも別の日に確認して同じだったが、リネーだけはまた違う事を言う。

「ハイルの目の輝きしか確認出来なかったけれど、俺が契約している精霊がはしゃいだような感じがした気がする。気がする、程度だけど……」


リネーが契約している精霊は風の精霊。
精霊は属性で性格が違うとも言われるが、精霊を研究していたドンは「人と同じで属性に拘らず性格は違う」と考え、リネーもそれを支持している。
なぜなら、ニコライが契約している風の精霊と自分の精霊があまりにも違いすぎるからだ。
リネーの精霊は契約した通りに呼び出せば来てくれるが、来たところで行動してくれるかはである。
リネーもそんな精霊に何か頼むのは不安しかないため、滅多に頼まない。
しかしニコライの精霊は契約したからにはと、ニコライとの契約を必ず守った。そうするのが精霊と人との契約ではあるので、リネーの精霊がのだが、それでもこの差だ。
そしてリネーがハイルの魔法を見ていた時、リネーは自分と契約した精霊が突然現れ興奮している様なそんな空気を感じた。
この空気というのは契約している人間だけが感じる“何か”であって、本人がそう感じたのだからそうなんだろうとしか言えない、“曖昧な”何かなのである。

ハイルが魔法を使うと、マーサとユスティはハイルの周りが輝いている様に感じ、ハイルの瞳は輝き、リネーの精霊が突然現れ興奮した。

またしても謎が深まるハイル。
ドンが自分の精霊を呼び出した上でハイルに魔法を使ってもらおうかと考えている時だった。

とある貴族が持つその領地の美しい森の木が、一夜にして全て枯れた。
何が起きたのか誰も分からない。原因の特定も出来ないまま教会の司教によって浄めの儀式が行われたと、その出来事から七日ほど経った今日辺境地のここへ報告が届いたのであった。
ヴェヒテは報告してきた男に、今分かっている事を報告書に纏めた後その領地へ赴き聞き込んでくる様に、もし原因と思しき事が聞き出せそうであればそうしてくれとも付け加え、彼を下がらせた。
命を受けたこの男は報告書を完成させたらその足でそのまま、件の領地へ、もしかしたら王都までも行くだろう。優秀ゆえに酷使してしまい、その信頼に応えたいと酷使される事を喜ぶ関係だ。
報告を聞き、ヴェヒテはドン、そして司祭を呼びこの現象について、そしてハイルの事について話し合う場を設けた。
時間は夜。なるべく早くとした結果、報告を受けた日の夜となったのである。
司祭の方にも少なく無い情報が来ていたようで、結果分かったのは『原因について教会は何も掴んでいないどころか、積極的に調べようともしていない』という事。また『その領地が何か、原因となるような大きな問題を抱えている事はなかった』という、ヴェヒテの方でも分かっている事だった。
そして、ハイルの事に関してはもう少し様子を見ようという事以外、対応のしようがないという方向になった。
何せ何の資料もないだけじゃなく、ハイルの体力が人よりも遥かにない。ハイルに何かをしてもらい確認をしようとするにも、難しいのだ。
つまり、全員、様子見以外に出来る事はないと言って終わりにするしかなかったのである。

しかし翌日、全てがひっくり返った。

朝、ヴェヒテは朝食前に城の敷地内にある神殿──これは元々ここにあったもので、城を建てる時取り壊さず修繕しそのままにしておいたもの、と“言われている”──へ行くのが日課だ。
この神殿が建てられた頃、神殿は鮮やかな着色がなされていたとされているが城がここに作られる時にはすでに色が落ちた白亜の神殿となっており、修復しようにも資料もなくそのままになっているけれども美しい神殿。
建物はそこまで大きくはない。神殿に入る唯一の出入り口の扉は木で出来ていたようで、今は朽ちてなくなっているため出入り口から中を見る事が出来る。
長方形の建物で出入り口から一本道があり左右に石造りの長椅子が並んでいる。この国によくある教会の形に似た作りだ。
祭壇はなく、一番奥に天窓──と言っても窓にはまっていたものも朽ちて何もないため、雨や雪が降った場合は兵士たちが自主的に掃除をする──から落ちる光に照らされる王座の様な立派な、重厚感のあるこれも石で作られた一部が欠けた椅子があるだけ。この椅子は見た目から王座と呼ばれており、こちらも神殿同様資料がないので風雨にさらされ欠けた場所がどうであったかや本来の色などは判断出来ない。
ともかくヴェヒテは毎朝、ここに来て王座の前に跪き、今日1日の平穏を祈るのだ。

しかし今日は違った。
王座に腰掛ける男がいたのだ。

男の容姿は美しすぎた。
わずかにピンクが入ったプラチナの長髪が風になびき、天窓の光を反射させ輝く。ヴェヒテを見るその目は今は睨んでいるからなのか鋭く、色はブロンド。
王座に座っているが手足の長さで、その長さに見合う長身である事も分かる。
服は白一色。布を幾重にも重ねた様な服で、ヴェヒテの見た事もない服であった。
誰かも分からない得体の知れない男だが、けれどもヴェヒテは慌てて男に近寄りその足元に跪く。
ヴェヒテの本能が言っているのだ。
この男は、であると。
じっと跪き顔を下げているヴェヒテに、王座に座る男の声が降り注いだ。
「して、お前はをなんとしている?お前が私の愛し子に手を上げたのではあるまいな?」
「愛し子……とは?」
ヴェヒテの顔は下がったまま、彼の背中にはツッと冷や汗が流れる。
「わたしの愛し子はひとり、かわいいかわいい愛おしゅうてしかたがない、、ただひとりである」
「ハイル……あの子が?あの子が、愛し子?」
「そうだ。わたしの唯一である。このわたし、精霊王の愛し子である」
じわじわと理解したヴェヒテはバッと顔を上げ、睨む様に見下ろす男をそのままの姿勢で見上げた。
ヴェヒテの目にも、男に負けないほどの怒りが隠っている。
「でしたらなぜ、あの子が苦境に立たされ、一人苦しみ、虐待をされていた時、救ってやらなかったのです!偶然私が彼を見つけなければ、今頃彼は死んでいました!愛し子だの、唯一だのと言うのなら、なぜ守ってやらないのですか!!」
男の顔が歪む。グッと言葉に詰まり、ヴェヒテに立つ様に手で促した。
「愛し子が生まれるのは、あるかないかの奇跡。いつ生まれるかもわからぬ奇跡……。生まれたと知りハイルと言う名を受け取った赤子を見たのち、わたしは眠りについた。愛し子が愛し子の唯一を見つけるまで、わたしは寝ていようと。何、人の時間はだと思った。あまり早くから愛し子の生活に介入すべきではないと、わたしの祖父がわたしたちへ言い含めていたのもある。それに愛し子の存在はわたしの祖父にあたる精霊王がというから、安心してな。わたしも耄碌した部分もあっただろう。ハイルのこれまでを思うと、時の流れが違う事を、人というものに対して甘く見ていたのも、わたしの間違いであっただろう。しもべに起こされようやく知ったのだ。まさか教会が──────この国の教会が、精霊王を崇め祀っている教会が、あのように腐敗していようとは」
立ち上がったヴェヒテは苦悩する男──────彼は精霊王だったのだが、の言い分に驚きと怒りを覚えた。
「つまり、ハイルがあの様な目に遭っていたのは、教会のせいでもあると同時に、精霊王様のせいでもあるという事でしょうか」
「そうなるな。わたしにも問題はあったが、わたしは人を許さぬ」
精霊の感覚と人間の感覚は違うというからヴェヒテはこれ以上は何も言うまいと治めたが、教会も教会だがこの男だって男だ。
けれど精霊に対する怒りはという理不尽さに、ヴェヒテは何度も深呼吸し自分を落ち着かせる。
「人であればお前の様にわたしにも怒りを向けるのだろう。しかしわたしにその気持ちはわからん」
「ハイルを思うのであれば、人の思いにも心を傾けていただきたく」
「……そうであろうな。だがあの子はわたしの愛し子。言われなくとも心を向け、慈しむ。案ずる事はない」
どうしても信憑性に欠けると言うか、信頼性に欠けるというか、そんな気持ちにしかならないがそれもヴェヒテは飲み込んだ。
精霊を研究していた義理の父からも「精霊は人と感覚はもちろんだが考えも全く違う」とは言われていたし、「精霊はなところがある」とも言われた。その言葉を理解していたが、現実に出会い話すと理解ではなくだったのだとヴェヒテは実感した。これは“あんまりな違い”である、と。
しかし、彼に今のヴェヒテの怒りをそのままむけて理解してもらおうなんて、無理なのだ。相手は何せ、なのだから。
「お前たちはわたしの名は知っているのだろうな?」
「はい、もちろんです」
「なぜハイルはわたしを呼ばなかったのであろうか……愛し子が呼べばわたしはすぐに助けにいけたのに……」
「ハイルが王の名前を知らなかったからでしょう。あの子は何も知らぬまま、虐げられ生きてきましたから」
お前のせいでもあるんだぞ、と言葉に込めた。それが伝わっているのかいないのか、男の顔からは分からない。
「わたしはしばらくここに、この椅子に座って僕たちからの言葉を聞くとする。その前に聞きたい事があれば聞くがいい。教えられる範囲で教えてやろう」
ヴェヒテは頭を下げる事をせず
「でしたら。どうして精霊は王の愛し子と知りつつ、あの子を助ける様にとあなたに談判しなかったのですか?」
「……愛し子を精霊たちが知るのはわたしが僕たちに言い含めるか、『愛し子精霊に触れた時』初めて知るのだ。わたしは愛し子の生活に介入しても問題ないだろう時になるまで、それを言わずにいると決めていた。精霊は愛し子にところがある、そのところを不安に思ってだ。だからそうだ……きっと何かの精霊を、それと知らず使役したのだろう。精霊を呼び出すような、そのような何かを使った可能性が高いだろうな」
水の魔法の時か、とヴェヒテは当たりをつけた。
「では。どうして愛し子なのに、加護を得られないのですか?」
「加護?ハイルへの加護はすでにあろう?精霊王の愛し子には、わたしの加護がついている。人にはわからぬのか?」
「王の加護を得ていると、他の精霊は加護を与えられないと言う事ですか?王の加護を得ていると、他の精霊は気がつけるのですか?」
「わたしの加護は誰よりも大きく重い。わたしの愛し子への愛情と同じである。それを上書きし加護を与えられる様な僕はおらぬ。わたしの息子でも叶わぬ事。そしてもう一つの質問だな……わたしの僕たちは無意識に愛し子への加護を避ける。それは人の言うだ。お前も危ないと分かっていてむやみやたらに手を出すまい?だが無意識に避けるだろう?僕が愛し子だと確信するのは、先の通りだ。これは精霊の理……今ほどそれを恨んだことはない」
「つまり、ハイルは精霊王が『大丈夫』だと、今の教会の内部を知らずに楽観視していたためにあの様な思いをし、精霊たちは理のせいでハイルの事を知らないから報告出来なかったと」
「……そうであるな」
男の顔がまた歪む。
苦しんでいるのだろうとヴェヒテにも伝わるが、という気持ち以外に芽生えなかった。
ヴェヒテは、正直に言ってハイルの代わりに目の前の男を罵倒したいところを抑えているのだ。
敬うべき精霊王だとも理解し、跪きもしたが、その気持ちは徐々に減ってきている。きっと目の前の男にもそれは伝わっているだろう。
だからなのか、男はヴェヒテに、ヴェヒテも驚き言葉を失う様な事を言った。

「お前……いや、この地を、この“神殿”をも守るヴァールストレーム辺境伯爵ヴェヒテ・イーヴァル・レンナルトソン、貴殿に感謝する。わたしの愛し子を保護し愛しんだそなたにわたしのくちからわたしの名を告げよう。我が名はシュピーラド。精霊王である」
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