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第1章
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ユスティが通う学園の長期休暇は後ひと月。
この長期休暇以外の連続した休暇はほぼない。
初夏のあたりから王都で社交シーズンと言われるものが始まる。終わりは大体狩りが始める頃。
社交シーズン前の春あたりが一番王宮での議会に貴族が集まり活発になるので、この辺りから王都は賑やかになる。
そこでヴェヒテは決断をした。
「ユスティ。お前はお爺さま──────お義父上と共に領地へ戻れ。ハイルを連れて行ってほしい。グスタフとマーサもだ」
前ガルムステット侯爵、ドン・トールビョルン・ガルムステット。
朝夕の鍛錬を怠らないこの男こそ、ヘレナの父親である。ちなみに鍛錬は趣味だ。
ドンがヴァールストレーム辺境伯爵家のタウンハウスにきたのは連絡を受けてすぐだった。
それは孫に会えるという気持ちだけではなく、ユスティと共に辺境地へしばらく行ってもらえないかという手紙を持ちドンに会いに行ったニコライがハイルの事を然りげ無く酷く遠回しで話したからである。
「『呪われた子は一人もいない。加護が得られなくとも、同じことである。』これが私の持論だったから……あの子の話を聞いた時は辛かったものだよ」
執務室で向かい合うドンとヴェヒテ。
「ここにいるのは危険だと思います。ですのでしばらく、ユスティの長期休暇が終わるまで辺境地でと考えております。グスタフとマーサもつけますし、領地に入ったら大体の敵は排除出来ますでしょう」
「ははは……ほとんど全てと言ってもいいのではないかね?君の部下たちは実に優秀だよ」
「ありがとうございます」
ドンは受け取っていたブランデーの入ったグラスを口につける。
口の中を湿らせる程度で十分だ。
「私を共にというのは解る。ヴェヒテくんの事だ、誰かから研究の事でも聞いたのだろう?」
「いいえ、実は、ティナから……」
言ってティナが盗み聞きしてしまった話を伝えた。
ドンの切長の目がグッと大きくなる。当然聞かれていたとは思いもよらなかったのだろう。
「加護について教会から圧力がかかる様な何かがあるのだと分かり、彼をここで保護するのは危険だと思いました。そして彼のためにも、お義父上にお力をお借りしたいのです」
もう一度グラスの中身を、今度は先より多く含んだドンは飲み干して
「『彼のためにも』、という『も』は一体何を指しているんだい?まさかヴェヒテくんの知り合いに何か?」
「違います。ユスティです」
「ユスティは加護を持っているだろう?」
音が外へ漏れない部屋なのに、ヴェヒテの声が若干小さくなった。
「実は、どうにも、ハイルの事を気にかけ過ぎている様なのです」
「それは……一目惚れの類ではないのか?」
ヴェヒテは首を振り
「本人もよく分からない様なのですが、どうにも離れられないと」
──────父上、俺にはわかるんです。ハイルは暖かいのです。優しい何かに包まれているのです。俺にはわかるんです。ハイルは、ハイルには得難い何かがあるんです。俺は、そばにいたいと思ってます。
──────俺にもわかりません。でもハイルがいいんです。よくわからないけど、ハイルのそばにいたいと思う気持ちが溢れるんです。
言われたそのままをドンに伝えると、ドンは驚きで瞬きを繰り返し、口に手をやって考え込んだ。
「彼の状態では到底一目惚れはかないますまい。あまりにひどい状態です。話した事がない今、性格がという事はないでしょう」
「なるほど。ヴェヒテくんは、ユスティのその感情が彼の加護なしに関係していると、そう思っているわけだな」
「はい」
「もしそうなら、ここにいない方がいいと思うのは当然だろう。王都に近ければ近いほど、教会の圧力がかかる」
「私とティナはシーズンが終わるまではここにいます。教会がおかしな動きをしても気がつけるでしょう。教会の行動は見張っておくつもりです。ユスティは流行り風邪で領地に送る事にします。今年のはかなり強い様ですからね」
「流行り風邪で領地に帰るのは良いアイディアだ。ヴェヒテくんの領地は医学に精通している」
ヴェヒテはいつもとは違う、息子を心配する父親の顔でその目を不安げに揺らす。
その目を見てドンは優しく笑い、ヴェヒテの肩を叩いた。
「任せなさい。ユスティの事も、彼の事も。私が出来うる限りあちらで調べてみよう。辺境地に行く前に私の屋敷から資料を持ってくるから、少し待っていてほしい」
「はい。それとお義母上の事ですが、辺境地に共に行かれても、私としては一向に構いません。むしろユスティもリネーも喜びます」
「そうだな……それが良いかもしれん。ヘレナの情の深さはアレに似ている。彼の傷を癒すには最適かもしれんな。それにたまには旅行に連れて行かないと、この歳で離婚なんて言われたら大変だわいな!」
アッハハハハと豪快に笑うドンのおかげで、ヴェヒテの心配も軽くなった。
「ヴェヒテくんは安心してくれ」
「ええ、ありがとうございます。向こうに着いたらリネーに領地経営のなんたるかも、厳しく教えてやっていただけると助かります」
「それはいい。たまにはそういうのも若返りそうで良いな」
こうして、未だ起きないハイルはユスティを含めそれなりの人数に守られる様に、王都を離れる事となった。
寝ているハイルと同じ馬車に乗っているのはユスティとドン、そして護衛役のグスタフ、ドンの従者が一人。
別の馬車にはマーサとドンの妻であるカルロッテ・ウリカ・ガルムステット、そしてカルロッテの侍女と辺境伯爵自慢の女騎士が二人護衛に同乗している。
また、数人の護衛騎士も馬で守り固めている。
最初はマーサとハイルは同じ馬車の予定だったが、ハイルと同じ馬車がいいと譲らないユスティを中心に考えこの様になった。
寝ているハイルに教える様にドンと話をするユスティ。
寝ているから聞いていないんじゃないのかな、と言うドンに「寝てても聞こえてるって言うから、起きたら『聞こえてた?』って聞いてみようと思ってる」なんて言ってやめない。それに何かと甲斐甲斐しく世話を焼く。
ドンにとってユスティは素直で元気、そして弟気質というのか、甘えるのが上手な孫である。
それがこうなっているのだから、ドンの驚きは仕方がないだろう。
これを見ていれば、なるほど確かに、ヴェヒテの気持ちは分かる。
──────ユスティのその感情が彼の加護なしに関係していると考えている。
少ない時間でも孫をよく知るドンだってそう思う。これは何か関係しているに違いない。
絶対とは言えないけれど、絶対と思えるほどの強さでドンは考えていた。
休憩のたびにハイルにはマーサの治癒魔法をかけ、寝ているハイルに負担がかからない様、けれども早い速度で移動する。
マーサとハイルを分けたのはよかった、と思ったのはドンと妻のカルロッテ。
あまりに献身的な様子に、同じ馬車であったらマーサが移動と治療の疲労で倒れていたのでは、と思ったのである。
そして想定よりも少しだけ早く、彼らは領地へとついた。
ヴァールストレーム辺境伯が守る領地は広い。
隣国であった場所との境にある山を背に大きく頑丈な領主が暮らし政治をする城を立て、それを中心に半円を描く様に城下町が広がっている。城下の1番の広い道は2本。城下町のほぼ中心でクロスし東西と南北伸び、そのうちの一本が二つある門のうち、主に使われる一つを挟んで外へと続く。この、門の外まで伸びていく馬車三台──小降りなものなら四台はゆとりを持って並べるだろう──が悠々と並び走れる大きな道は王都の方へと伸び、途中途中で枝分かれするように少し細い道が伸びている。その先に村や街が存在した。
また城の背中に聳える山を越えると、大きな森が広がっている。
昔はこの森が敵対している隣国の辺境伯領であったため、隣国から自国への侵略を防ぐためにもここに堅牢な城とここを守る軍隊、彼らのために必要な都市が作られ今日に至っている。
建設はどんどんと進み、ここは堅牢な城塞都市として隣国からの脅威を防いでいたのである。
しかしある日突然この相手国の辺境伯領が森に覆われ、隣国自体も滅亡。今では隣国は地図の上に足跡一つも残っていない。
森は他者の侵入を防ぐ天然の塀と化し、ヴァールストレーム辺境伯領は他国の侵入のために備えた全てをそのままに、けれど何かの侵略に怯える事もなく城塞都市として今もその圧倒的な姿を残していた。
軍は人との戦いから魔獣との戦いへと役目を変え、今も忙しく──とはいえ、毎日毎日戦のような大掛かりの魔獣討伐があるわけではないけれど──働いている。
この領主の城がある城下町はとても広く、山をも使ってぐるりを街を囲む石造りの塀にはふたつの門、そして遠くの敵も発見するために作られた大きな塔が外からの人間をやすやすと城下町に入れさせない。
領主の息子と義理の両親がいるこの馬車は並んでいる馬車を尻目に、悠々と城下町へと入っていった。
尻目にとは言え、領主、そして重要な客人のための“第3の門”がこの塀には隠されているので、そこを使うのだけれども。
ユスティが帰ってきたこの領地は相変わらずだ。
ここを『王都』と言っても、本当の王都を知らなければ真実だろうと思ってしまう、賑やかさ。活気に溢れている。
領主の家族はよく町に降りては領民と近い距離で付き合った。
それはいつ攻め込まれてもおかしくなかった時代──といってもそれはヴィヒテの養父の時代まで、つまり最近までであるのだけれど──の名残でもある。
この領地が戦場になったらここを守ると領民の男は──だけではなく名乗りを上げる女も──全員が敵と戦うための訓練を受け、実際に戦い生きてきた。
この地を守るために命をかけ戦ってもらう事になる領民にとって、領主は必要程度に怖く、しかし慕い敬える様にならなければならない。
その教えで領民とのコミュニケーションを大切にしていたのだ。
──────領民に命をかけてここを守ってもらう。それは領地で暮らす子供たちを守る戦いでもある。
だからこそ歴代当主は領民にとって『良き領主』でなければらなかった。
それは隣国の恐怖がなくなった今も変わらず、だからユスティも父や母に連れられ、時には兄と二人きりで、城下町に行っては平民に混じって遊び学び生きてきた。
門を過ぎたところで領主の馬車と判るそれに乗り換えた彼らを、領民は手を振って歓迎する。
活気あふれる城下町の大通りの正面、山を背に立つ金城鉄壁の城。
知らせを受けて城で待つ、リネーがまだかまだかと待ち侘びているだろう。
そこへ起きる気配のないハイルを連れ、一行はゆっくりと入っていた。
この長期休暇以外の連続した休暇はほぼない。
初夏のあたりから王都で社交シーズンと言われるものが始まる。終わりは大体狩りが始める頃。
社交シーズン前の春あたりが一番王宮での議会に貴族が集まり活発になるので、この辺りから王都は賑やかになる。
そこでヴェヒテは決断をした。
「ユスティ。お前はお爺さま──────お義父上と共に領地へ戻れ。ハイルを連れて行ってほしい。グスタフとマーサもだ」
前ガルムステット侯爵、ドン・トールビョルン・ガルムステット。
朝夕の鍛錬を怠らないこの男こそ、ヘレナの父親である。ちなみに鍛錬は趣味だ。
ドンがヴァールストレーム辺境伯爵家のタウンハウスにきたのは連絡を受けてすぐだった。
それは孫に会えるという気持ちだけではなく、ユスティと共に辺境地へしばらく行ってもらえないかという手紙を持ちドンに会いに行ったニコライがハイルの事を然りげ無く酷く遠回しで話したからである。
「『呪われた子は一人もいない。加護が得られなくとも、同じことである。』これが私の持論だったから……あの子の話を聞いた時は辛かったものだよ」
執務室で向かい合うドンとヴェヒテ。
「ここにいるのは危険だと思います。ですのでしばらく、ユスティの長期休暇が終わるまで辺境地でと考えております。グスタフとマーサもつけますし、領地に入ったら大体の敵は排除出来ますでしょう」
「ははは……ほとんど全てと言ってもいいのではないかね?君の部下たちは実に優秀だよ」
「ありがとうございます」
ドンは受け取っていたブランデーの入ったグラスを口につける。
口の中を湿らせる程度で十分だ。
「私を共にというのは解る。ヴェヒテくんの事だ、誰かから研究の事でも聞いたのだろう?」
「いいえ、実は、ティナから……」
言ってティナが盗み聞きしてしまった話を伝えた。
ドンの切長の目がグッと大きくなる。当然聞かれていたとは思いもよらなかったのだろう。
「加護について教会から圧力がかかる様な何かがあるのだと分かり、彼をここで保護するのは危険だと思いました。そして彼のためにも、お義父上にお力をお借りしたいのです」
もう一度グラスの中身を、今度は先より多く含んだドンは飲み干して
「『彼のためにも』、という『も』は一体何を指しているんだい?まさかヴェヒテくんの知り合いに何か?」
「違います。ユスティです」
「ユスティは加護を持っているだろう?」
音が外へ漏れない部屋なのに、ヴェヒテの声が若干小さくなった。
「実は、どうにも、ハイルの事を気にかけ過ぎている様なのです」
「それは……一目惚れの類ではないのか?」
ヴェヒテは首を振り
「本人もよく分からない様なのですが、どうにも離れられないと」
──────父上、俺にはわかるんです。ハイルは暖かいのです。優しい何かに包まれているのです。俺にはわかるんです。ハイルは、ハイルには得難い何かがあるんです。俺は、そばにいたいと思ってます。
──────俺にもわかりません。でもハイルがいいんです。よくわからないけど、ハイルのそばにいたいと思う気持ちが溢れるんです。
言われたそのままをドンに伝えると、ドンは驚きで瞬きを繰り返し、口に手をやって考え込んだ。
「彼の状態では到底一目惚れはかないますまい。あまりにひどい状態です。話した事がない今、性格がという事はないでしょう」
「なるほど。ヴェヒテくんは、ユスティのその感情が彼の加護なしに関係していると、そう思っているわけだな」
「はい」
「もしそうなら、ここにいない方がいいと思うのは当然だろう。王都に近ければ近いほど、教会の圧力がかかる」
「私とティナはシーズンが終わるまではここにいます。教会がおかしな動きをしても気がつけるでしょう。教会の行動は見張っておくつもりです。ユスティは流行り風邪で領地に送る事にします。今年のはかなり強い様ですからね」
「流行り風邪で領地に帰るのは良いアイディアだ。ヴェヒテくんの領地は医学に精通している」
ヴェヒテはいつもとは違う、息子を心配する父親の顔でその目を不安げに揺らす。
その目を見てドンは優しく笑い、ヴェヒテの肩を叩いた。
「任せなさい。ユスティの事も、彼の事も。私が出来うる限りあちらで調べてみよう。辺境地に行く前に私の屋敷から資料を持ってくるから、少し待っていてほしい」
「はい。それとお義母上の事ですが、辺境地に共に行かれても、私としては一向に構いません。むしろユスティもリネーも喜びます」
「そうだな……それが良いかもしれん。ヘレナの情の深さはアレに似ている。彼の傷を癒すには最適かもしれんな。それにたまには旅行に連れて行かないと、この歳で離婚なんて言われたら大変だわいな!」
アッハハハハと豪快に笑うドンのおかげで、ヴェヒテの心配も軽くなった。
「ヴェヒテくんは安心してくれ」
「ええ、ありがとうございます。向こうに着いたらリネーに領地経営のなんたるかも、厳しく教えてやっていただけると助かります」
「それはいい。たまにはそういうのも若返りそうで良いな」
こうして、未だ起きないハイルはユスティを含めそれなりの人数に守られる様に、王都を離れる事となった。
寝ているハイルと同じ馬車に乗っているのはユスティとドン、そして護衛役のグスタフ、ドンの従者が一人。
別の馬車にはマーサとドンの妻であるカルロッテ・ウリカ・ガルムステット、そしてカルロッテの侍女と辺境伯爵自慢の女騎士が二人護衛に同乗している。
また、数人の護衛騎士も馬で守り固めている。
最初はマーサとハイルは同じ馬車の予定だったが、ハイルと同じ馬車がいいと譲らないユスティを中心に考えこの様になった。
寝ているハイルに教える様にドンと話をするユスティ。
寝ているから聞いていないんじゃないのかな、と言うドンに「寝てても聞こえてるって言うから、起きたら『聞こえてた?』って聞いてみようと思ってる」なんて言ってやめない。それに何かと甲斐甲斐しく世話を焼く。
ドンにとってユスティは素直で元気、そして弟気質というのか、甘えるのが上手な孫である。
それがこうなっているのだから、ドンの驚きは仕方がないだろう。
これを見ていれば、なるほど確かに、ヴェヒテの気持ちは分かる。
──────ユスティのその感情が彼の加護なしに関係していると考えている。
少ない時間でも孫をよく知るドンだってそう思う。これは何か関係しているに違いない。
絶対とは言えないけれど、絶対と思えるほどの強さでドンは考えていた。
休憩のたびにハイルにはマーサの治癒魔法をかけ、寝ているハイルに負担がかからない様、けれども早い速度で移動する。
マーサとハイルを分けたのはよかった、と思ったのはドンと妻のカルロッテ。
あまりに献身的な様子に、同じ馬車であったらマーサが移動と治療の疲労で倒れていたのでは、と思ったのである。
そして想定よりも少しだけ早く、彼らは領地へとついた。
ヴァールストレーム辺境伯が守る領地は広い。
隣国であった場所との境にある山を背に大きく頑丈な領主が暮らし政治をする城を立て、それを中心に半円を描く様に城下町が広がっている。城下の1番の広い道は2本。城下町のほぼ中心でクロスし東西と南北伸び、そのうちの一本が二つある門のうち、主に使われる一つを挟んで外へと続く。この、門の外まで伸びていく馬車三台──小降りなものなら四台はゆとりを持って並べるだろう──が悠々と並び走れる大きな道は王都の方へと伸び、途中途中で枝分かれするように少し細い道が伸びている。その先に村や街が存在した。
また城の背中に聳える山を越えると、大きな森が広がっている。
昔はこの森が敵対している隣国の辺境伯領であったため、隣国から自国への侵略を防ぐためにもここに堅牢な城とここを守る軍隊、彼らのために必要な都市が作られ今日に至っている。
建設はどんどんと進み、ここは堅牢な城塞都市として隣国からの脅威を防いでいたのである。
しかしある日突然この相手国の辺境伯領が森に覆われ、隣国自体も滅亡。今では隣国は地図の上に足跡一つも残っていない。
森は他者の侵入を防ぐ天然の塀と化し、ヴァールストレーム辺境伯領は他国の侵入のために備えた全てをそのままに、けれど何かの侵略に怯える事もなく城塞都市として今もその圧倒的な姿を残していた。
軍は人との戦いから魔獣との戦いへと役目を変え、今も忙しく──とはいえ、毎日毎日戦のような大掛かりの魔獣討伐があるわけではないけれど──働いている。
この領主の城がある城下町はとても広く、山をも使ってぐるりを街を囲む石造りの塀にはふたつの門、そして遠くの敵も発見するために作られた大きな塔が外からの人間をやすやすと城下町に入れさせない。
領主の息子と義理の両親がいるこの馬車は並んでいる馬車を尻目に、悠々と城下町へと入っていった。
尻目にとは言え、領主、そして重要な客人のための“第3の門”がこの塀には隠されているので、そこを使うのだけれども。
ユスティが帰ってきたこの領地は相変わらずだ。
ここを『王都』と言っても、本当の王都を知らなければ真実だろうと思ってしまう、賑やかさ。活気に溢れている。
領主の家族はよく町に降りては領民と近い距離で付き合った。
それはいつ攻め込まれてもおかしくなかった時代──といってもそれはヴィヒテの養父の時代まで、つまり最近までであるのだけれど──の名残でもある。
この領地が戦場になったらここを守ると領民の男は──だけではなく名乗りを上げる女も──全員が敵と戦うための訓練を受け、実際に戦い生きてきた。
この地を守るために命をかけ戦ってもらう事になる領民にとって、領主は必要程度に怖く、しかし慕い敬える様にならなければならない。
その教えで領民とのコミュニケーションを大切にしていたのだ。
──────領民に命をかけてここを守ってもらう。それは領地で暮らす子供たちを守る戦いでもある。
だからこそ歴代当主は領民にとって『良き領主』でなければらなかった。
それは隣国の恐怖がなくなった今も変わらず、だからユスティも父や母に連れられ、時には兄と二人きりで、城下町に行っては平民に混じって遊び学び生きてきた。
門を過ぎたところで領主の馬車と判るそれに乗り換えた彼らを、領民は手を振って歓迎する。
活気あふれる城下町の大通りの正面、山を背に立つ金城鉄壁の城。
知らせを受けて城で待つ、リネーがまだかまだかと待ち侘びているだろう。
そこへ起きる気配のないハイルを連れ、一行はゆっくりと入っていた。
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