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未練ノート
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屋上へと続く扉を開けると眩しい光が怜を包み込む。雲ひとつない空をトンビが悠々と飛んでいる。
昼休憩のチャイムがなるとともに怜の足はここに向かった。昨日、見知らぬ男の子に言われた言葉がどうも忘れられない。私は一刻も早くこの世を後にしたい。そう思っている。あの男の子のいう「未練」とかなんとかはこれっぽっちもない。だからあんな言葉、無視すればよいのに。どうしても頭の中を駆け巡る。
昼間だというのに誰もいない屋上はしんとしている。昨日の男の子の姿も見えない。馬鹿正直に屋上に来た自分がばかみたいだ。教室に戻ろうと怜が屋上に背を向けて扉に手を伸ばす。すると突然上から、「待って」と慌てる声がした。
少し後ろに下がり上を見上げると昨日の男の子の姿がそこにあった。寝ぐせのついた頭を片手で搔きながら怜に近づく。
「ごめん、ごめん。眠ってて気づかなかった。ここで話そう。風が気持ちいよ」
男の子はどこかを指さして続ける。
「この梯子から上ってきて」
男の子の指をたどると、壁に取り付けられた梯子があった。梯子は錆びついていて、触ると手に茶色い粉が付いてくる。これを上れというのか。上を見上げるとちょうど男の子と目があった。
男の子は首を傾げた後、「はっ」と何かに気づいたように駆け寄ってきて手をあわせる。
「ごめん。もしかして高い所、苦手だった? やっぱり僕が下に行くよ」
「そんなんじゃないよ」
怜が気づいたときにはもう男の子と同じ地面を踏んでいた。少し上に上っただけなのに、四方に壁がないからか、下よりも全身に風が流れて心地よい。
男の子は怜が上って来るのを見届けてから床に置かれている鞄に向かった。ごそごそと中をあさり、ある一冊の大学ノートを手に取った。題名には「未練ノート」と書かれている。
「何それ」
怜が疑問を漏らす。
「これはね。未練ノートって言って、この世にある未練を達成するためのノートなんだ」
男の子はノートを怜に差し出す。題名の下に小さく「高橋 優」と書かれている。
「君、優っていうんだ」怜がつぶやく。
「ねー。知らなかったの。僕ら同じクラスだよ。君は怜だよね」
優は怒ってますよと言わんばかりに地団太を踏む。
でも本当にこんな顔の子見たことないし、優っていう名前にも聞き覚えがない。怜は顎に手をあて、首をかしげる。
「まあ僕、授業さぼってるし。学校もほとんど来てないからわからないよね」
優は元気に答える。だけど、どこか無理をしているように思えてならないのは気のせいだろうか。目の奥に光が見えなかった。
優は思い出したように再び鞄をあさり筆箱からペンを取り出すと怜に差し出した。
「君の名前もノートに書いてね」
まだ協力すると決めたわけではないんだけどな。ペンを早くとれと優が「ん」と怜の手に押し付ける。怜はしぶしぶペンを受け取り、ノートに「服部 怜」と書く。
ノートを後ろからぺらぺらっと見ていくが何も書かれておらず、最後の1枚、すなわち1ページ目だけに文字が書かれていた。
それも、1. 友達を作りたい。2. いっしょにお弁当を食べたい。とだけ……。
「これはなに」怜が尋ねる。
「未練を少しだけだけど書いてみたんだ。本当はもっとあるんだけど君と交互に未練を書いていくことにしたからまだ我慢」
優は言い終わると同時にその場でぴょんとジャンプした。まるで小さな子供が「すごいでしょ」とお母さんに自慢するように。
これがこの子の未練……。未練というにはあまりにも小さすぎる。だってこんなのすぐにでも達成できるではないか。怜は困惑し、優の顔を見つめることしかできない。
ふたりの間に少しの沈黙が流れた。
さきに沈黙を破ったのは怜だった。
「このふたつはもう達成できたね」
「え」
「お弁当はまだ食べてないけど今から一緒に食べたら良いよ」
優はしばらく動きを止めた後、静かに涙を流した。
昼休憩のチャイムがなるとともに怜の足はここに向かった。昨日、見知らぬ男の子に言われた言葉がどうも忘れられない。私は一刻も早くこの世を後にしたい。そう思っている。あの男の子のいう「未練」とかなんとかはこれっぽっちもない。だからあんな言葉、無視すればよいのに。どうしても頭の中を駆け巡る。
昼間だというのに誰もいない屋上はしんとしている。昨日の男の子の姿も見えない。馬鹿正直に屋上に来た自分がばかみたいだ。教室に戻ろうと怜が屋上に背を向けて扉に手を伸ばす。すると突然上から、「待って」と慌てる声がした。
少し後ろに下がり上を見上げると昨日の男の子の姿がそこにあった。寝ぐせのついた頭を片手で搔きながら怜に近づく。
「ごめん、ごめん。眠ってて気づかなかった。ここで話そう。風が気持ちいよ」
男の子はどこかを指さして続ける。
「この梯子から上ってきて」
男の子の指をたどると、壁に取り付けられた梯子があった。梯子は錆びついていて、触ると手に茶色い粉が付いてくる。これを上れというのか。上を見上げるとちょうど男の子と目があった。
男の子は首を傾げた後、「はっ」と何かに気づいたように駆け寄ってきて手をあわせる。
「ごめん。もしかして高い所、苦手だった? やっぱり僕が下に行くよ」
「そんなんじゃないよ」
怜が気づいたときにはもう男の子と同じ地面を踏んでいた。少し上に上っただけなのに、四方に壁がないからか、下よりも全身に風が流れて心地よい。
男の子は怜が上って来るのを見届けてから床に置かれている鞄に向かった。ごそごそと中をあさり、ある一冊の大学ノートを手に取った。題名には「未練ノート」と書かれている。
「何それ」
怜が疑問を漏らす。
「これはね。未練ノートって言って、この世にある未練を達成するためのノートなんだ」
男の子はノートを怜に差し出す。題名の下に小さく「高橋 優」と書かれている。
「君、優っていうんだ」怜がつぶやく。
「ねー。知らなかったの。僕ら同じクラスだよ。君は怜だよね」
優は怒ってますよと言わんばかりに地団太を踏む。
でも本当にこんな顔の子見たことないし、優っていう名前にも聞き覚えがない。怜は顎に手をあて、首をかしげる。
「まあ僕、授業さぼってるし。学校もほとんど来てないからわからないよね」
優は元気に答える。だけど、どこか無理をしているように思えてならないのは気のせいだろうか。目の奥に光が見えなかった。
優は思い出したように再び鞄をあさり筆箱からペンを取り出すと怜に差し出した。
「君の名前もノートに書いてね」
まだ協力すると決めたわけではないんだけどな。ペンを早くとれと優が「ん」と怜の手に押し付ける。怜はしぶしぶペンを受け取り、ノートに「服部 怜」と書く。
ノートを後ろからぺらぺらっと見ていくが何も書かれておらず、最後の1枚、すなわち1ページ目だけに文字が書かれていた。
それも、1. 友達を作りたい。2. いっしょにお弁当を食べたい。とだけ……。
「これはなに」怜が尋ねる。
「未練を少しだけだけど書いてみたんだ。本当はもっとあるんだけど君と交互に未練を書いていくことにしたからまだ我慢」
優は言い終わると同時にその場でぴょんとジャンプした。まるで小さな子供が「すごいでしょ」とお母さんに自慢するように。
これがこの子の未練……。未練というにはあまりにも小さすぎる。だってこんなのすぐにでも達成できるではないか。怜は困惑し、優の顔を見つめることしかできない。
ふたりの間に少しの沈黙が流れた。
さきに沈黙を破ったのは怜だった。
「このふたつはもう達成できたね」
「え」
「お弁当はまだ食べてないけど今から一緒に食べたら良いよ」
優はしばらく動きを止めた後、静かに涙を流した。
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