1 / 2
出会い
しおりを挟む
照明が落とされ、窓から入る夕日のみに照らされる教室で、怜だけがただ一人机に座っていた。静まり返った教室とは裏腹に廊下の先からは吹奏楽部が奏でる楽器の音が、窓の外からは運動部の叫ぶ大きな声が聞こえる。彼ら彼女らと声をともにしていた中学生のころが懐かしく、今では遠く過去のものとなってしまった。
幼稚園に通っていた時は私もみんなと同じようにお花屋さんになりたいとか、そんな普通の夢を言っていたのに。いつの日からか、私はお母さんの言う通りの人生しか歩めなくなってしまった。勉強をするために部活には入らないでおきなさいと言われれば入らないし、医者を目指しなさいと言われれば目指す。
こんな人生、生きていても意味がない。
椅子が床に擦られる音が教室に響く。怜は机に掛かる鞄をとり、教室を出た。薄暗く、しんとした廊下に怜の足音だけが重くこだます。その足取りに迷いはなくまっすぐと階段へと向かい、屋上に上っていく。
目の前に立ち入り禁止と書かれた扉が現れた。さすがに鍵がかかっているか。諦め半分でドアノブを回すと冷たい風が怜の頬を撫でた。橙色に染まった空が怜を包みこむ。
屋上は四方を低い壁によっておおわれていた。近づくとその壁は高さがちょうど怜の胸あたりまであり、奥行きは足一つ分あるようだ。壁の上に遺書と靴を並べるのも良いけれど遺書を出す前に誤って落ちてしまったらいけない。
怜は鞄から「遺書」と書いた封筒を取り出して床に置き、履いていた靴で抑える。足裏がコンクリートによって冷やされていくのを感じつつ壁に手を乗せ、ぐっと力を籠める。コンクリートから足が離れ、冷たい風が怜の足裏をくすぐった。
下を覗き込むと中庭の木がさわさわと揺れているのが見える。今から死ぬ私を見送っているのだろうか。木の周りは薄暗く、まるで死後の世界のようだ。
今行くよ。
壁によじ登ろうと足をあげる……。が、怜の足はいまだぶらんと壁に沿って揺れている。確かに今、脳に向かって足をあげるように指示を出したのに。
おかしい。どうして。
数秒後、怜の足はコンクリートに戻っていた。何度かリベンジしたが結局、手がしびれてきて力が抜けた。私は命を絶つことすらも自分で選択できないのか。怜は地面にへたり込んだ。
視界がぼやけ、頬を水が伝う。死にたいのにどうして死なせてくれないの。疑問だけが頭の中を交錯していたとき、ふと後ろからまだ若い男の子の声が聞こえてきた。
「死ぬのはこわいよね」
振り返るがそこにはさっき開けた扉があるだけで誰もいない。気のせいだったのだろうか。左右を見ても、一面に広がる夕焼けがあるだけだ。あたりを見渡していると再び声をかけられる。
「ここだよ」
声が聞こえた方、上の方を見ると学生服を着た男の子がいた。緑色のスリッパをはいているところを見るに同級生だろう。ただ、見たことのない顔で誰なのかは検討もつかない。
「君はすごいね。自分で死を選べて。僕はまだそれもできない」
男の子はそう言って怜のもとへと降りてきた。背は同年代の男子に比べて低く、怜と同じか、それ以下。日焼けを全くしていない所を見るに文化部か帰宅部といったところだろうか。人が死のうとしたところを目撃した人とは思えないくらい能天気ににこにこと明るい表情を向けてくる。
「でもよかった。この世に未練があっても死を選ぶことはできるんだね」
「どういうこと」
「そのままの意味だよ。君は死を選んだ。でも死ねなかった。それはきっと、まだこの世に未練を残してしまっているからだって僕は思うんだよ」
とまどい何も言えない怜を良いことに、男の子は続ける。
「僕と協力しない?」
「何を」
「未練をいっしょに失くしていこう」
男の子は満足したように怜に背を向けると扉の向こうに片足を踏み込む。今にも出ていってしまいそうだ。
「じゃあまた明日のお昼に集合ね」
「待ってよ」
「もう最終下校の時間だよ。君も早く出た方が良いよ。」
言い終わるとともに扉がガチャンと音を鳴らす。男の子が言ったように校舎からチャイムの音が鳴り始める。怜は急いで靴で汚れた遺書を鞄にしまい、屋上を後にした。
幼稚園に通っていた時は私もみんなと同じようにお花屋さんになりたいとか、そんな普通の夢を言っていたのに。いつの日からか、私はお母さんの言う通りの人生しか歩めなくなってしまった。勉強をするために部活には入らないでおきなさいと言われれば入らないし、医者を目指しなさいと言われれば目指す。
こんな人生、生きていても意味がない。
椅子が床に擦られる音が教室に響く。怜は机に掛かる鞄をとり、教室を出た。薄暗く、しんとした廊下に怜の足音だけが重くこだます。その足取りに迷いはなくまっすぐと階段へと向かい、屋上に上っていく。
目の前に立ち入り禁止と書かれた扉が現れた。さすがに鍵がかかっているか。諦め半分でドアノブを回すと冷たい風が怜の頬を撫でた。橙色に染まった空が怜を包みこむ。
屋上は四方を低い壁によっておおわれていた。近づくとその壁は高さがちょうど怜の胸あたりまであり、奥行きは足一つ分あるようだ。壁の上に遺書と靴を並べるのも良いけれど遺書を出す前に誤って落ちてしまったらいけない。
怜は鞄から「遺書」と書いた封筒を取り出して床に置き、履いていた靴で抑える。足裏がコンクリートによって冷やされていくのを感じつつ壁に手を乗せ、ぐっと力を籠める。コンクリートから足が離れ、冷たい風が怜の足裏をくすぐった。
下を覗き込むと中庭の木がさわさわと揺れているのが見える。今から死ぬ私を見送っているのだろうか。木の周りは薄暗く、まるで死後の世界のようだ。
今行くよ。
壁によじ登ろうと足をあげる……。が、怜の足はいまだぶらんと壁に沿って揺れている。確かに今、脳に向かって足をあげるように指示を出したのに。
おかしい。どうして。
数秒後、怜の足はコンクリートに戻っていた。何度かリベンジしたが結局、手がしびれてきて力が抜けた。私は命を絶つことすらも自分で選択できないのか。怜は地面にへたり込んだ。
視界がぼやけ、頬を水が伝う。死にたいのにどうして死なせてくれないの。疑問だけが頭の中を交錯していたとき、ふと後ろからまだ若い男の子の声が聞こえてきた。
「死ぬのはこわいよね」
振り返るがそこにはさっき開けた扉があるだけで誰もいない。気のせいだったのだろうか。左右を見ても、一面に広がる夕焼けがあるだけだ。あたりを見渡していると再び声をかけられる。
「ここだよ」
声が聞こえた方、上の方を見ると学生服を着た男の子がいた。緑色のスリッパをはいているところを見るに同級生だろう。ただ、見たことのない顔で誰なのかは検討もつかない。
「君はすごいね。自分で死を選べて。僕はまだそれもできない」
男の子はそう言って怜のもとへと降りてきた。背は同年代の男子に比べて低く、怜と同じか、それ以下。日焼けを全くしていない所を見るに文化部か帰宅部といったところだろうか。人が死のうとしたところを目撃した人とは思えないくらい能天気ににこにこと明るい表情を向けてくる。
「でもよかった。この世に未練があっても死を選ぶことはできるんだね」
「どういうこと」
「そのままの意味だよ。君は死を選んだ。でも死ねなかった。それはきっと、まだこの世に未練を残してしまっているからだって僕は思うんだよ」
とまどい何も言えない怜を良いことに、男の子は続ける。
「僕と協力しない?」
「何を」
「未練をいっしょに失くしていこう」
男の子は満足したように怜に背を向けると扉の向こうに片足を踏み込む。今にも出ていってしまいそうだ。
「じゃあまた明日のお昼に集合ね」
「待ってよ」
「もう最終下校の時間だよ。君も早く出た方が良いよ。」
言い終わるとともに扉がガチャンと音を鳴らす。男の子が言ったように校舎からチャイムの音が鳴り始める。怜は急いで靴で汚れた遺書を鞄にしまい、屋上を後にした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
サンタの教えてくれたこと
いっき
ライト文芸
サンタは……今の僕を、見てくれているだろうか?
僕達がサンタに与えた苦痛を……その上の死を、許してくれているだろうか?
僕には分からない。だけれども、僕が獣医として働く限り……生きている限り。決して、一時もサンタのことを忘れることはないだろう。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
うちでのサンタさん
うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】
僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。
それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。
その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。
そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。
今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。
僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…
僕と、一人の男の子の
クリスマスストーリー。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる