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𝐷𝐴𝑌 𝟙 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟝 𝑆𝑈𝑁
しおりを挟む海開きを翌日に控えた須野海岸にライフセーバー達の警備本部が建てられて、監視台や存在感のある黄色と赤色の目印があちこちに出現した。
浜辺で遊んでいた人たちも"何だ何だ"とカラフルのヒーローたちに興味深々だ。
「よし、それじゃみんな集まって下さい」
同じユニフォームを着た男女が炎天下の浜辺にずらりと並ぶ。今年は総勢18人のライフセーバーが集った。久しぶりに顔を合わせる者もいればこの海岸で毎日のように顔合わせるようなメンバーもいる。
「みんな今年も集まってくれてありがとうございます。何とか無事に明日海開きが出来そうです」
東は須野のベテランライフセーバーでキャプテンを任されて4年目。周りからの信頼も厚く、ライフセーバーの仲間だけではなく、海岸組合や海の家などのお店や遊泳客にも信頼がある。
「それじゃ毎年恒例の作業から始めましょう」
明日の海開きにあたり大事な作業を全員で始める。透明の袋と長いトングを手に恒例のゴミ拾いは、浜の見た目の美化はもちろん砂で埋もれたビンや危険な物も見つけ怪我を事前に防ぐ為にもっとも基本的な仕事の一つ。
広い浜辺を指示された各位置に散らばるライフセーバー達をまとめるキャプテンの仕事は山積み。バインダーに挟んだ"本日のスケジュール"と題した紙はびっしりと書き込まれて更に追加するようにペンは走らせる。
『すいません。東キャプテンですか?』
背後から聞こえた声に東は書く手を止めて振り返る。同じ黄色と赤のユニフォームの礼を見てすぐにピンときた。
「日本ライフセービング協会の運営マネジメントグループから来ました、真壁礼です」
「どうもはじめまして、東 光基です」
挨拶し合う初対面の二人は同じくらいの年齢で若いながらも経験豊富で誰が見ても漂う貫禄を持ち合わせていた。お互いもアイコンタクトだけでそれは感じとっていた。
「4月頃に協会から連絡頂いて聞いてました。優秀だと伺っていたので会えるの楽しみでしたよ」
「辞めてください。僕もこの海に関しては東さん以上に詳しい人はいないって伺ってますよ」
「ちょっと、誰がそんな事を!?」
「須野海岸の組合本部の方が、、白髪で眼鏡の」
「副本部長か。プレッシャーになるからお互いやめましょう。あっ、今他の皆は清掃活動中で。よければその間海岸を案内しますよ。確か2、3日前に来たばかりだとか?」
「そうなんです。車で通ったくらいで。すいませんがお願い出来ますか?」
そして歩き出した二人を清掃中のライフセーバーも遠くから見つけ、いっぱいに入ったゴミ袋を置いて汗を拭きながら見ていた。
「あれ?東さん誰といるんだ?」
「ほんとだ!?見たことねぇよな。新しい人か?」
「うーん。けど新人って雰囲気じゃなくない?キャプテンぐらいなんかオーラあんじゃん」
「えー怖い人だったらやだなー」
見慣れない礼に様々な推測をする。ライフセーバーの世界は一風変わっている。ほとんどの人がライフセーバーのみで生計を立てるのは厳しいのが現実。
須野にいるライフセーバーもほとんどが本業の仕事を持っていたり、学生のボランティアが多い。夏のこの時期だけ海岸に来てシーズンが終わればまた別の仕事に戻る。
もちろん、人命救助に関わる知識や技術はしっかりと取得しているが職業は何か?と聞かれると別の答えになるだろう。
しかし"プロライフセーバー"となれば別の話。ライフセービング競技といういくつかある競技の試合に出場する言わばアスリートの顔も持つ。プロ契約を結んでいるライフセーバー、それがキャプテンを務める東だ。
たんまりと入ったゴミ袋の中に瓶や缶が何十袋にもなり一箇所に集められた。清掃を終え集まるライフセーバー達の背後から二人が歩いて戻って来た。
「みんなお疲れさまです。次の作業に移る前に一人紹介する方がいるので少し時間を」
そこにいる誰もが東の隣にいる礼に視線を向けて何者かを知りたがっている。戻ると早速、東がそう言って礼に合図をした。
「みなさんおはようございます。ライフセービング協会の運営マネジメントグループから派遣されて来ました、真壁礼です。協会の人間と聞くと硬いイメージがあるでしょうが、この須野の海に関しては素人ですのでみなさんから教わる事も多いと思います。二ヶ月半よろしくお願いします」
パラパラとした拍手に多少の遠慮と緊張感が伺えるが、協会の人とは言え優しそうな雰囲気にひとまず安心した全員。
「それではこれからの明日からの各自の分担と作業を伝えるからよく聞いて下さい」
東が一人一人の名前と明日の持ち場を発表していく。それを横で聞きながら顔と名前を照らし合わせて頭に入れて覚えていく礼。
「休憩は各自合間に指定の場所でとって下さい。それでは業務に移って下さい!」
"はい!"と体育会系の返事が浜辺に響いて気合い溢れる黄色の戦士達は散らばって浜辺の砂を蹴って行く。
警備本部の中で二人になると、東はおもむろに何十台と並んだトランシーバーを手に取ってイジリ始めた。普段の監視業務で全員の連携と大事な事を伝え合う必要不可欠なアイテムだ。
「何してるんですか?」
「これはトランシーバーの作動チェックです」
「えっ、これ全部?一人で?」
「えぇ。冬の間ほとんど動かす事がなかったので壊れてなきゃいいけど」
「いや、だけど東さん一人の業務が多すぎます。もう少し分担しないと」
「これぐらい大丈夫ですよ。もう慣れましたし、結局人に任せたところで自分でやらないと気が済まないんです。それに一応副キャプテンの奴がいて、僕がいない日は任せられ相棒もいるんで大丈夫ですよ」
「それで、、今日はその方はどちらに?」
「今日は茨城の方に大会に出場するために行っます。大丈夫、明日の朝イチには戻ると聞いてますので安全祈願祭には間に合うでしょう」
そう言って手を動かしながら部屋の掛け時計に目をやると作業をやめてデスクの書類を手にした東。
「あっ!ちょっと僕は明日の打ち合わせに海岸本部に行ってくるのでここお願いしてもいいですか?真鍋さんは真鍋さんでやるべき仕事あるかと思いますし、遠慮なくやって下さいね」
「あっ、はい。わかりました」
忙しくじっくり座る暇もなく動き回る東を見送って礼もやっと自身の仕事を取り掛かる。
開いたパソコンには本部からのメールが届いて未読マークがずらりと連なっている。
「……人の事心配してる場合じゃないか」
"お疲れ様ですー…"と上司からのメールを一つずつ返信をする。そして未読メール一覧に表示された仕事とは関係のない名前に手が止まった。
差出人"仲根佑香"と女性の名前に写真を添付されてるようだ。メールを開くと短い文章に向日葵の写真が添えられていた。
"そっちの生活はどうかな?千葉はこっちより暑い?今日はひまわり畑に来たよ。結婚前に3人で行ったあのひまわり畑に。
天気も良くてついあの頃思い出してしまったな。また連絡するね。体には気をつけて"
添付されたひまわりの写真を拡大する。サンサンと降り注ぐ日光を浴びたひまわり達はみんな同じ方向を向いて空を仰ぎ太陽と雨を吸収して生かされていた。
"写真ありがとう。自分も今このひまわりみたいに知らない場所で新しい事を吸収しているよ。でも海はつながっているからどこにいても同じです。また近いうちに会いましょう"
そう打ち込んで送信をした。SNSもしない、何処にいるか誰かに伝えることもほとんどない礼の居場所を唯一知っている相手。
そう、海はすべて繋がっている。
だからどこへいても愛する人を感じられる。
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