我が儘お嬢様。異世界の夢を見る

双葉珠洲

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 模擬競走の日がやって来た。

 不安を内包した市民も今日は表面上は盛り上がってくれている。
 大々的なお披露目ではないけれど領内からはそれなりの人数が集まっている。
 人が集まれば活気が生まれるというのが街というモノ。
 この賑わいが引き起こせるのであれば興行として成功と言えるだろう。

 問題はこれを継続して引き起こせるか、だが。
 まあ、無理だろう。

 今日の賑わいは領内から集めた競馬場建設の人員も含まれているので純粋な観光目的の領民は少ない。
 その観光目的の者も物珍しさに集まった者や競馬に未来があるか偵察に来た者が大半。
 純粋に競馬を楽しみに来た領民は皆無といっていい。

 そもそもオブライエン家領の人口はそれほど多くない。
 領首都など一部の街であればそこそこの人口を抱えているが領全体では大した事が無い。
 加えて皆が裕福という訳でもないので娯楽に割ける資金は少ない。
 仕事を休み観光できる領民はまだまだ少ないのだ。

 とはいえ今日は他家領からの流入がない。
 一部の来賓はあるが市民はやってきていない。
 それを考えれば観光客はもっと見込める。
 他家や帝都の市民もそれ程裕福ではないのでそれ程の人数にならないだろうけれど。


 さて、模擬競走の日だが競馬の発案者であり騎手である私は忙しい。

 先ずは帝国の中枢関係者への挨拶。

 模擬競走は新規事業としての試験の役割があるので帝都から人員が派遣されてきている。
 領地経営は貴族の選任事項ではあるのだけれど事業となると帝国中枢の許可が必要。
 正しくは帝室、皇帝の認可なのだが俗事は中枢貴族が取り仕切っている。
 事前交渉は事務官を通して行っているがお披露目会にはそれなりの御仁たちがやって来た。
 それはそれだけ競馬に関心があるという事で喜ぶべきことなのだろうけれど色々と面倒くさい。

 貴族がやってくるとなれば歓迎しなければならないわけで模擬競走を前に立食会の様なモノを行っている。

 そこでは主催貴族令嬢として競馬の発案者として参加して対応しなければならない。
 事前交渉した貴族や父を理解している貴族たちは良い。
 挨拶もそこそこで切り上げてくれる。
 一応次期当主なので色々と思惑があるのだろうけれど父の性質を理解して配慮してくれる。

 問題は事前交渉もしていない面倒な貴族様方の相手。
 媚を売ってくるならまだしも爵位だけで言えば上級だからと脅してくるの者たちが面倒くさい。
 オブライエン家は男爵で中枢貴族は殆どが上級。
 とはいえ中枢政治に感けている貴族と領主貴族では勝手が違う。
 こちらとしては中枢の権威をかざされても大して意味は無い。

 面倒な者はそういう事をしっかりと把握していないわけで厄介。
 勿論そんな相手を私がするわけはないのだけれど名ばかりの貴族とうちの使用人とのやり取りを見させられるのが面倒くさい。
 使用人たちは父の意向を理解しているので私を過度に保護したがる。
 それはそれで有難いのだけれど押し問答を見させられるのは少々退屈だ。


 退屈で実のない立食会を終えた後は競馬の発案者として、騎手として模擬競走の準備。
 といっても細かい段取りはマイさんたち競馬会が行っているので今更行うことは無い。

 私が行うのは模擬競走に参加する者への叱咤激励。

 私の目の前には多くの者。
 競争を管理運営する競馬会の職員。
 競走馬を管理する調教師や牧場関係者。
 そして競走馬を導く騎手。
 模擬競走を直後に控えて手を離せない一部の者を除いて殆どが集まっている。

 競馬会の小屋の前には300を超える人。
 その者たちを歓迎するように私は台に立ち彼ら彼女らに言葉を送る。
 私の趣味全開の発案に協力してくれる者を前には感謝から入る。


「お前たちにはそんなつもりも無いだろうが、あえて言わせてもらう。こんな私の、不出来で我が儘で傲慢で唯の小娘でしかない私の趣味に協力してくれたことに礼を。有り難う」


 参列している者たちを一度見渡してから首を垂れる。

 貴族家の娘として、次期当主としては領民に首を垂れるという行為は良くないのかもしれない。
 けれど感謝は感情は言葉にして行動として示さなければ伝わらない。
 特に私は不出来で傲慢なのだからしっかりと伝えなければならない。
 しっかりと数十秒頭を下げておく。

 礼を示した後は士気あげ。
 発破のひとつでもかけておこう。


「さて、諸君は私の様な小娘の感謝は嬉しくないだろうから実務的な話に移ろう。もとの提案通り今日この場所に多くの民が集まっている。勿論帝都からもだ。つまりは諸君の努力が本物かどうかが帝都の貴族様が判断してくれる。勿論諸君らは怠けていたわけではないのだろうから魅せてくれるのだろう?」


 今日この時ばかりは父の干渉も緩くなるので男女分け隔てなく並んでいる。

 競馬会の女性陣には自負と誇りの表情が浮かんでいる。
 彼女たちの仕事は既に終わっているようなモノ。
 そしてそれらは蓄積と努力が物を言うのでそれは彼女らにとってそこに不安はない。

 それに対して男性陣の表情は少し強張っている。
 男性陣、騎手や調教師の仕事はこれから。
 自分たちの判断が行動が正しかったのかこれから判断される。

 そして。


「そしてそれらは我がオブライエン家の行く末を決める。貴様たちの力がこの街をこの土地を支えるのだ。けれど、それに恐れ怯える者などいないと私は信じている。そんな者が私を小娘と侮り無下に扱ったなど思いたくも無いからな」


 少しおどけた口調で煽ってみる。
 気の良い者たちがそれに合わせて笑ってくれる。
 私を無下に扱った数人の顔色を窺うと強張っていたモノが幾らか解けている。
 解けているというよりは無理して取り繕っているという様子。
 取り繕える程度には持ち直したとしておこう。

 緊張していた者たちが幾らか落ち着くのを待って再度語り掛ける。


「さて、男どもへの復讐はそれくらいにしてだ。正直なところ貴族様への諸々は終わっている。事故さえなければ模擬競走は成功と言えるだろう。……けれど、それでは私が満足できない。私の思い描く競馬とは感動と興奮を運んでくるモノ。そこには予定調和などなく予想の出来ない夢が詰まっている。と、信じている。それを諸君らと共に叶えたい。だから私に力を貸してくれ」


 私の言葉は夢にみた異世界の知識が影響している。
 そういった方が都合がいい、聞こえがいい、そう理解して使っている。
 技術として利用していると自覚している。
 不出来で傲慢なお嬢様では上手くいかないので小賢しく小手先に頼ってしまった。

 けれどそこに嘘はない。
 競馬には予想の出来ない物語があり感動と興奮を呼ぶものだと信じている。
 それを為すためには私だけの力では実現できない。
 というより彼ら彼女らの力が無ければ成り立たない。

 だから変なモノに縛られて不出来なモノになってほしくない。
 彼ら彼女らには気概があり意地がある。
 けれど帝都貴族が来ているとなれば変に気を使いかねない。
 それは私の望むモノでは無い。

 そう言葉にするのだけれど皆は少し戸惑ってしまう。

 そんな私を助けてくれたのは高齢の調教師。


「今更お嬢様に言われなくとも私らは持てる力を出しますよ。けれど宜しいのですか?」
「どう言う事かな、婆や。いや、ロシェル調教師?」


 助けに入ってくれたのは婆やことロシェル。
 ロシェルはふてぶてしく笑みを浮かべている。


「それはあれですよ。帝都貴族様がお見えになっているところで私たちが真剣に取り組んでしまっても、という事ですよ」


 好戦的で高圧的。
 それでいて獲物を狩るのではなく労るようなものですらある。

 ロシェルはこういいたいのだろう。
 私たちが真面目に取り組めば小娘が勝てるはずがないと。
 そうなれば他の貴族の前で恥をさらすことになるのではないかと。

 それは他の調教師や騎手に対する演技なのだろうがその瞳の奥は笑っていないし、冗談だと思っていない。
 ロシェルは本気で私を負かすつもりだし、負けるという事を考えていない。
 それはロシェルだけではなく他の騎手調教師もそう考えているのだろう。
 引いて考えればそれは当然の事で何の訓練もしてこなかった温室育ちの小娘が男連中や狂戦士に勝てるはずもない。

 けれど私は彼ら彼女らに堂々と宣言する。


「なんだ。そんなことか。いや、ああ、それもそうだね、そういう事もあるか」
「どうしましたかお嬢様?」
「いや、申し訳ない。貴方たちがそんなところで予防線を張るとは思わなかったので」
「予防線、ですか」
「そうよ。だって、その本気を出していいのかという問いは私に負けた時に使う言い訳のためでしょう。貴族の令嬢様が真剣に取り組みなさいと言ったけれどそれは貴族的な意味。家臣や領民が勝つなんて大それたことが出来るはずがない。そういうための発言なのでしょう」


 私の言葉に男連中の緊張と不安が吹っ飛んでいく。
 そして私に対する憤怒と羞恥が滾る。
 それは当然目の前の婆やも当然の事で、歴戦の狂戦士は今にでも食って掛かってきそうな瞳をしている。

 それでもロシェルは礼儀を弁えて落ち着き冷え切った言葉で私に確認を取る。


「それでは我々はお嬢様に勝って良いと? それで咎められることは無いという事で良いのですね。そこに貴族的配慮は必要無いのですね」


 真剣で本気なロシェルから一度視線を外し他の騎手調教師を一瞥する。
 ロシェルと同じような鋭い目つきになっている。

 そんな彼らを軽く鼻で嗤う。
 そして傲慢で不遜な貴族令嬢らしく高圧的な口調で言ってあげる。


「つべこべ言わずにかかってきなさい。大丈夫、どうせあなた方は私には勝てない。だから咎めを心配する必要はないわ。ああ、でも負けた言い訳だけは考えておいた方が良いかしらね」


 さて、こうして模擬競走の準備は整った。
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