我が儘お嬢様。異世界の夢を見る

双葉珠洲

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「お嬢様。あまり無理をなさらない方が」
「何をいうか。無理をしてこその練習でしょう。それに競馬関連ではお嬢様呼びは禁止だと言ったはずよ」
「あのお嬢様、ベル様が……」
「はぁ。感傷に浸るのは止めないけれど、手伝ってくれないのね」


 毎朝の日課としている騎乗訓練はいつものように茶番で終わる。

 私の騎乗訓練は多くの人に見守られて行っている。
 それは技術協力や視察というモノでは無く本当の意味での見守り。
 医者や使用人が私の身の安全に気を張っている。

 訓練時に着用する衣服には防護の魔法が付与されており落馬しても大怪我にはならない。
 それなのに大勢の人が見守っているのは父との取り決め。
 貴族令嬢がするようなことではなく危険だと反対されたが何とか万全の体制を整えることで承諾を得た。
 といっても私を見守る人材も父が集めた優秀な方々。
 その人材全てが女性というのも父の思惑なのだろう。

 ひとまずいつもの茶番をする使用人を受け流して訓練に付き合ってくれた馬を馬房へと誘導する。

 見守り人は私を心配するだけなので馬には非協力的。
 というよりは動物を怖がっている。
 感傷に浸っている使用人もなんだかんだで距離を取っている。

 確かに馬は見た目で言えば怖く思えないでもない。
 けれど走る姿は格好いいし顔なんかは比較的可愛らしい。
 加えて賢いので未だに上手く乗れていない身ではある私だけれど馬は従ってくれる。
 というよりは私の意図をくんで自ら歩いてくれる。
 それもゆっくりと私を気遣うように歩いてくれる。

 馬が賢いのは確かだが私に気遣ってくれるのは私の持つ僅かばかりの恩恵のおかげでもある。

 世界には魔法という技術の他に恩恵という生まれ持った才能がある。
 それは魔法の元となる魔力を感知出来るモノや特定の魔法が上手くなるというモノもある。

 その中で私の恩恵は人間以外の生き物と意思疎通が出来るというモノ。
 意思疎通といっても会話ができるような高尚なモノでは無く雰囲気を察せるという程度のモノ。
 更に言えば全ての生き物に対応できるのではなく一部の好意的な生き物だけという制限もある。
 それでも幼く力のない私には十分な恵みだ。
 夢を観る前の私であれば嘆いていただろうが人生とは何が起きるか分からないものだ。

 世界には会話の出来る人や生き物に自我を芽生えさせることの出来る恩恵もあるとか。
 それはそれで食事や生活で大変になりそう。
 そういった意味では軽い恩恵で良かったと思わないでもない。

 馬に揺られ馬房へと向かうと調教師が待っていた。


「お嬢様。今日もお疲れ様」
「婆や。ここではお嬢様はなしと言っているでしょう」
「私にとってはお嬢様はいつまでもお嬢様ですから」
「はぁ、まあいいわ。取りあえず助けてくれるかしらロシェル先生」
「畏まりました、お嬢様」


 私を出迎えた調教師は婆やことロシェル・シェイク。
 騎乗訓練に使用させてもらっている馬や馬場はロシェル所有のモノ。
 父との取り決めで安全を確保できる場所という事もあるのだが女で幼児な私が訓練できる場所がここしかなかったという事もある。
 調教師や騎手が元軍人や元傭兵などで殆どの厩舎が男社会。
 いくら貴族令嬢でも女児という事であしらわれてしまった。

 因みに婆やは競馬事業が始まると同時にオブライエン家の護衛を辞めた。
 そして調教師に転職して日々を謳歌している。
 調教師会の会長にも就任しているので全てが個人の趣味という事もないのだろう。
 男社会になりつつある調教師の中でも歴戦の猛者である婆やは無視できない。
 というよりは師事しているところもあるとか。
 下手な文官が取りまとめるよりは仲間先達であるロシェルの方が受け入れられているという事なのだろう。


 ロシェル先生に馬から降ろしてもらい馬具を外してもらいながら訓練を振り返る。
 私の訓練はまだまだ騎乗の練習とは言えず馬に乗る練習という段階。
 まともに馬を追えていない状況なのだが乗りこなすだけでも大変。
 まず馬に乗っていること自体がかなりしんどい。
 馬が歩けば揺さぶられるので体勢を保つだけでも足腰がやられる。
 競馬にするためにはそこから馬の速度を上げる必要があるわけで速度が上がれば揺れも大きくなるわけで更に体力筋力が必要になってくる。

 当然私はこれまでまともな運動をしたことが無いわけで簡単にいかない。
 ダルダルの腕や脚で何とか振り落とされないようにするだけで精一杯。
 今でこそある程度姿勢を整えられているが始めなど馬にしがみついていただけ。
 未だに変なところに力が入る所為で手や足の裏の皮が持っていかれている。
 最初の頃は毎日皮が剥がれ血まみれに。
 今も時折出血する。

 それでも馬に乗れたこと、少しは走ることが出来てその素晴らしさを体感できたので痛みなど二の次だ。
 湯浴みの時は心底後悔するのだがだからこそもっと巧くなろうと思える。

 幸いこの世界には魔法というモノがあり傷を簡単に治せてしまう。
 魔法は誰にでも使えるモノでは無く才能と努力が必要だが市井に普及するほどには存在する。
 残念ながら私にはそちらの才能や素質はなかった。
 市井に普及しているのは道具化されたモノで私の様な人間でも使えるようになっている。
 それら魔道具によって生活は豊かになっている。

 勿論父の用意した見守り隊の中には治癒魔法を仕える魔法師もいる。
 当然のこと女性。
 ただ、訓練の疲労を魔法で癒してしまうと体力の定着を阻害してしまうので傷以外にはなかなか使えないのが悩ましいところだ。
 マメや裂けた皮膚を治してもらえるだけ十分だけれど。
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