我が儘お嬢様。異世界の夢を見る

双葉珠洲

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 私の誕生日会は朝から盛大に行われた。

 会としては晩餐会が最大の盛り上がりとなるけれどそれはそれとして様々な来客がある。
 街の権力者や親族は当然のこと子爵侯爵家や帝室からも参加者があった。
 そしてその参加者は主役に気に入られるために豪勢な手荷物を持参している。
 それはひとりの娘の誕生日にしては盛大過ぎるモノばかり。

 目の前にはこの街のこの国のこの世界の髄があった。
 絹織物の綺麗な衣装。
 絢爛豪華な宝石を散りばめられた礼装。
 凡人であれば平民であれば一生体験することの出来ない瞬間。
 貴族家子息令嬢であっても簡単には出来ない事だ。

 だが、それらは私を全く揺さぶらなかった。
 普段の、いや昨日までの私であれば心底喜んでいただろう。
 自分がこの世界の神であるかのように酩酊していただろう。

 変な夢を観てしまった私は現実を素直に喜べなかった。

 目の前のモノは確かに豪勢だ。
 手に入れるのは容易ではない。
 けれどそれらは夢に劣る。
 遠く離れたところにいる人と簡単に連絡を取れる機材がない。
 この瞬間を永遠に保存できる機械がない。
 甘味も旨味も足りない。

 この世界は夢の世界で言えば中世程度。
 詰まる所、前時代的で時代遅れ。
 魔法と恩恵という特殊なモノがあり優れているところはあるが全体的に劣化が酷い。
 私の目の前にあるのは想像の範囲内。
 現実の延長線上。
 それも劣化品。
 退屈でつまらない。


 そう感じてしまう私は私を寿ぐ大人たちを受け流して夢の中に観た映像を何度も思い返していた。


 地鳴りのような蹄鉄が地面を蹴り上げる音。
 迫りくる馬たちが運ぶ身体を揺さぶる振動。
 それらと共に高鳴る興奮。
 馬が群れを成し、時には単独で颯爽と駆けていく。

 それは決して速さだけが全てではない。
 人と馬による駆け引きがある。
 策を弄し戦局を読み切り最後のその時だけ抜け出せればいい。
 後方待機から直線一気で駆ける馬。
 前半から先行し最後まで先頭で逃走する馬。
 後方から競り掛けられ抜かされて尚盛り返す馬。
 様々な物語。

 想定した事を裏切られる快感。
 予想を超えていく感動。
 あれが忘れられない。

 脳裏にこびりついている映像を何度も思い返して退屈な現実をやり過ごしていた。
 あの映像を思い返すだけで時間はあっという間に流れていく。
 ただ、不満があるとすればおじさんは素敵で素晴らしい競馬に熱心ではなかった事。
 趣味程度でしかないので絶対数が少ない。

 思い返せば思い返すほどあの興奮が恋しい。
 けれど所詮は夢。
 実体験ではなく想像であり妄想。
 ならばいっそ……


「お嬢様。今日のお品物は満足できませんでしたか。私の知る限り過去最高の誕生会だと思いますが」


 朝から続いた参列者が途絶えた中休み。
 一旦自室に戻り休憩していると婆やが心配そうに声をかけて来た。


「確かに私の人生上最高のモノだったと思うわ。でも、そうね。私の想像の範囲だったの。だからちょっと残念ね」
「……想像の範囲内、ですか。婆からすればそれはそれは素敵でしたよ」
「まあ、そこは、ね。時代もあるから」


 婆やことロシェル・シェイクは先々代当主時代からオブライエン家に仕える護衛。
 使用人でも家令でもないのはばあやが騒乱期に生き抜いた兵士だから。
 ロシェルの全盛期は70年ほど前。
 帝国国内で起きた最も苛烈だったと言われている最後の騒乱期。
 槍と魔法を駆使して戦場を駆けまわっていたという。
 そう遠くないうちに実年齢が三桁になるはずだけれど未だ若々しいのは戦闘狂ゆえか。

 見た目は兎も角、ロシェルの若かりし時代は戦乱の中。
 食事にしても工夫や手間が加えられていない事が多い。
 そんなロシェルからすれば平和で多少発展した今の時代の贅には驚きや憧れがあるのかもしれない。

 そんなことより、戦乱といえば、だ。


「そう言えば、婆やは兵士だったのよね。馬に乗るっていうのはどういう感じなの」
「馬、ですか。そうですね、馬にも色々といますから一概には言えませんが息の合った馬とは風に乗っていると感じることもありました。勿論馬は気難しいので乗り方を工夫する必要がありましたが」
「ああ、やはり素晴らしいモノなのだろうね。うちにも何頭かいたはずよね。数を当たれば私にもあった馬が見つけられるかしら」
「ええ。オブライエン家は軍馬の生産も盛んでしたから。それなりには。……お嬢様、急にどうされたのですか」
「そうね。言ってしまえばとても心躍る夢を観たのよ。今はそれの事が頭から離れないのよ」
「……あの我が儘なお嬢様をここまで変えるとは。随分と素晴らしい夢でしたのね」
「そうね」


 随分な言われようだけれど事実なので仕方がない。
 甘やかされて生きて来た私は傲慢で尊大。
 好きなモノは豪勢な服と煌びやかな宝石。
 自らの力は何もなく借り物の力で威張っているだけの阿呆な娘。
 ロシェルの指摘は間違っていない。

 けれど今は違う。
 そんな愚かな人間ではいけないことを理解した。
 ま、見知らぬおじさんのおかげなのは何とも気分が宜しくないのだけれど。
 それは良いとして。

 問題はこれからどうするかだ。
 幸いは馬がいるという事か。
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