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第二章
中間テストを襲う光
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フィヨルドが話を広めたのか知らないが、闘技場にはけっこうな数の生徒が観客席に着いていた。その中にアオイの姿はなかった。
なんだよ、応援に来てくれてもいいのに…。
「ふん、大勢の観客の前で負けるのはイヤか?
今からでも俺の元へ来れば、恥をかかずにすむんだぜ?」
エリィは無反応だ。というか興味なさげに右から左へ聞き流してる感じだ。
「その態度、後悔させてやる」
フィヨルドの肩に乗っていたドラゴンが元の姿になり咆哮した。
いつ見てもスゲー迫力だ。空気がビリビリ震えているのが分かる。
それでもエリィは動じることなく突っ立っている。
「それでは試合開始!」
審判役の生徒の合図で勝負が始まった!
「ガァッ!」
先手はドラゴンが取り、火炎を大量に吐き出す。
しかしエリィはその華奢な身体からは想像できないくらい大きく跳んでこれを躱す。
着地の瞬間を狙って丸太のような太い尻尾が風を切って迫る。
エリィは足がつく直前に魔力の衝撃波を地面に向かって放ち、その反動でタイミングをずらして躱した。
「いいぞ、相手は避けるので精一杯だ! このまま攻撃を続ければ、いずれ疲れて動きが鈍くなるぞ」
それは違う。精神が繋がっているから、エリィの魔力が高まっていってるのが分かる。
「『雷光蛇龍針』!」
錨みたいに大きく鋭い爪が振り下ろされようとした時、ドラゴンの周りの地面から取り囲むように複数の稲妻が龍のように伸び、いっせいに降りかかる。
「グガァーッ!!」
激しい雷撃を受けそのままドシンッ、と巨体が倒れこんだ。
倒れたままピクリとも動かないけど大丈夫か?
死んだんじゃないかとビックリして顔を覗いてみたら、グルグルと目を回していた。
あっ、コレ大丈夫なやつだ。
「勝負あり! 試合終了」
「そんなっ、俺のドラゴンがSRランクに負けるなんて!!」
エリィは勝利して喜ぶでもなく淡々とした表情で戻ってきた。
「すごいじゃないか! SSR相手に一発で勝つなんて」
「『竜を制する者』
ドラゴンに対して与えるダメージが増す、アタシの能力の一つよ」
へぇ~、そんな能力があるのか。ランクだけで全てが決まるわけじゃないんだな。勉強になった。
ん? 勉強といえば………
「しまったぁーーーー!!」
「何よ? いきなり大きな声出して」
エリィが迷惑そうな顔をする。
「明後日から中間テストだったの忘れてたっ!」
どうりでこの場にアオイがいないはずだ。
アイツ、一人でちゃっかりテスト勉強してたんだ。
「あきれた…」
エリィはため息をついて、仕方ないわね、と俺の手を握った。
「アタシが勉強を見てあげるわ。
ほら、早く行くわよ」
「えっ、エリィって勉強できんの?」
「失礼ね、アタシを誰だと思ってんのよ」
ムッとした表情で睨まれた。
「次は絶対勝つからなー!」
小さくなってゆくフィヨルドの声を聞きながら、半ば強制的に自室に連行された。
「数学は公式が大事なの。だからここでこの式を代入すると答えが出るわ」
俺の部屋でエリィ先生による肩を並べた授業が行われている。
少しでも右に動けばぶつかってしまうくらい、エリィとの距離が近い………。
よく漫画なんかで女の子の良い香り、なんて言葉を見るけど実際どんな匂いなんだよってずっと思ってた。
すぐ隣から香るいい匂いと柔らかそうな膨らみ2つが、俺の思考をえぐり取る。
「ちょっとどこ見てんのよ!」
視線がノートにいってないことに気づいたエリィが両腕で胸をかばう。
「イヤイヤチャントベンキョウシテルヨ」
はぁ~、とエリィは腕をどかす。
「しょうがないわね。アンタが勉強に集中できるようにしてあげるわ」
こうして俺はエリィと一夜を共にした。
………………………
なんてなー! わざと勘違いされる言い方したけど、現実はそんなに甘くはない(涙)
実際は集中力アップと眠らなくても大丈夫になる魔法をかけられ、一晩中試験勉強をさせられたのだ。
(ヒイィーッ、魔王様スパルタ!)
まぁ、そのおかげでテストはかなりいい点数取れたんだけどね…。
「さぁ今日は実技試験だ」
学科の試験は無事終わり、本日は街の外に出て実技テストが行われる。
内容はギルドで学生用に用意されたクエスト、モンスター討伐・素材収集・ダンジョンのアイテム入手などなどの中から一つを選び、夕方までにクリアすること。
俺とエリィが選んだのはもちろんモンスター討伐。というか、入手系クエストはつまらないからとエリィが拒絶。
そこで選択したのが、この先の丘で目撃されている曲竜類のモンスター討伐。
全身が装甲のように硬く、並の武器では傷つけることさえできない。
今回のテストのために用意されたクエストの中でも最上位の難易度だ。
「止まりなさい」
目的地までにはそれなりに距離がある。当然、そこに辿り着くまでに他のモンスターとの遭遇の可能性はある。
目の前に現れたのは5匹の群れ。唸り声を上げて、今にも飛びかかってきそうだ。
「ようやく見つけましたよ」
透きとおるような綺麗な声が耳に届くと同時に、目の前のモンスターが一掃された。
あれっ、なんか既視感。
「あんたは!?」
声に反応して珍しく険しい表情をするエリィ。
しかし、俺も声がしたほうを見て驚いた。
二人の同年代の男と女が立っていた。女の方は腰まで伸びる銀髪が太陽の光をキラキラと反射して、それがまるで後光のように神々しい美少女だった。
そっちは見覚えはなく、もう一人がよく知る人物だった。
「兄さん!!」
向こうも俺を見て驚いて声を上げた。
「ジョセフさんのお兄さんなのですか?」
ジョセフと呼ばれたのは俺の双子の弟だ。双子といっても顔は似ておらず、俺と違って魔法の才能に恵まれていて中学を卒業してすぐ、世界を見て回りたいと旅に出ていたのだ。
「はい。まさか兄さんが魔王を召喚した者だったなんて……」
「お前なんでそれをっ!?」
エリィが魔王であることは誰にも話していない。学園にだって黙っているから誰にもバレていないはずなのに。
「こんなところまで追いかけてくるなんて。アンタもしつこいわね、神」
ジッと睨みつけたままいつになく真剣な雰囲気のエリィ。
「かみ! それって異世界でエリィと戦ったっていうあの神様か!?」
エリィの発言にビックリして目の前の少女を見る。
天使の翼なんか生やしていない普通の人間のようだが。
「アタシと同じで力の大半を使ったから姿が違うのよ」
俺の疑問を察したエリィが解説してくれた。
「この世界に喚ばれたのは偶然でした。ですがあの時、あなたが封印する直前に召喚魔法によって消えたのは分かっていましたから。
私は使命を果たすため、ジョセフさんにお願いしてあなたを探していました」
「相変わらず使命使命って。そういうの吐き気がするわ」
「使命って…?」
「二度とあの悲劇を繰り返さないために。邪悪なる魔は滅しなければなりません」
場の空気が変わった。
二人が臨戦態勢になり、俺はエリィを庇うように前に踏み出そうとして
「邪魔はさせない」
ジョセフに風の魔法で吹き飛ばされた。
「くっ!」
飛ばされた勢いのまま地面をゴロゴロと転がる。
「ジョセフ! お前何をするんだ!」
起き上がった俺の前にジョセフが立ちはだかる。
「神様が魔王を倒すのを兄さんはそこで見ていてくれ」
離れたところで魔王と神の戦いが始まった。
「『氷龍輪舞撃』」
「『炸裂する聖なる光』」
激しい魔法の応酬。魔法を放ったかと思うとすぐさま次の魔法を唱え、爆炎に紛れて急接近して至近距離からの攻撃をしようとすれば、相手も待ち構えたように応戦する。
「ジョセフ、そこを通してくれ」
「なに言ってるんだ兄さん。兄さんが行って何になるっていうんだ? 危険なだけじゃないか」
「ぐっ………」
確かにジョセフと違って俺があの場に行っても足手まといになるだけだ…。
それにしても皮肉なものだ。アニキが魔王を召喚して、弟が神を召喚する。そして対立することになるなんて…。
絶え間ないエネルギーの衝突で周辺の動物はおろか、モンスターさえも逃げ出す。
「『神聖なる裁槍』」
降り注ぐ光の槍の合間を縫って神との距離をつめるエリィ。
「はぁっ!」
攻撃すると見せかけて足元の地面を破壊して、神のバランスを崩した。
「『散魔光弾』」
すかさず周囲の空間に無数の魔法弾を発生させ、神を攻撃する。
「風よ!」
神は魔法で風を操り、体勢を整えると同時に魔法弾の軌道をずらす。
数発は食らったが大きなダメージは免れたようだ。
「『風精の闘刃』」
風をそのままかまいたちのようにして攻撃に転じる。
「させない!」
エリィも風の刃を作り出す。
お互いの風が絡み合い、暴風となって周囲の木々が切り倒された。
「『精蛇竜流波動』」
「『真なる光』」
その風が止まぬうちに双方バッと移動して同時に魔法を放った。
「く………きゃあっ」
相殺しきれなかったエネルギーがエリィに流れ込んだ。
「エリィッ!」
駆け出そうとするが、ジョセフが壁になる。
「どけっ、なんで邪魔するんだよ!」
「兄さんこそ。あれは魔王なんだよ、なんで魔王の味方をするんだ」
魔王だからって何なんだよ…。エリィがこの世界で一体なにをしたっていうんだ?
「魔王、これで最後です」
先ほどの一撃が大きかったらしく、エリィは膝をついたままだ。
「くそっ!」
ジョセフをすり抜けてエリィのもとへ駆け寄ろうとするが、後ろから羽交い締めにされた。
「離せっ!」
「兄さん、目を覚ますんだ。ぼくらは世界のために魔王を倒さないといけないんだ」
「逃げろエリィ!」
「今度は逃がしません」
神が生み出した魔法の鎖がエリィを拘束した。
そして右手にトドメの魔力が集まっていく。
「チクショーッ!」
「兄さん!」
なんとかジョセフを振り払って走るが、神が魔法をエリィに向けて放った!
ダメだ、間に合わない!
「『自集向転術』」
エリィへと放たれた魔法が向きを変えて俺を直撃する。
「ぐあぁーーーーーっ!」
「フォックス!!」
「兄さん!?」
「!?」
全身を激痛が暴れまわる。骨や筋肉、内臓までもが悲鳴をあげる。
プシュー、と身体から煙が立ち上って倒れる。
「なぜ………、なぜ身代わりになったのですか?」
今の魔法は攻撃対象を自分に代えるもので、今回のテストのために覚えておいたのだ。
ホントは敵の注意を俺に引き付けてその隙にエリィが攻撃する、という連携が取れたらいいなぁと思って覚えたのだが、まさかこんな使い方をすることになるとは思わなかった。
「この者は魔王なのですよ? 今は力を失っていても、いずれこの世界にも災厄をもたらす邪悪な存在です」
「そうだよ兄さん。なぜ兄さんが魔王を庇うんだ?」
「うるせーんだよごちゃごちゃと」
「に、兄さん?」
「エリィが魔王かどうかなんて、ンなこたどうでもいいんだよ!
エリィはこんななんの才能もない俺と一緒に戦ってくれたり、勉強をみてくれて意外と面倒見が良かったり。
俺にとってはそれが全てなんだよ。それがエリィなんだよ。
だから俺はエリィの味方は絶対にやめねぇ!」
「………………」
威勢よく言ったはいいが、立ち上がることもできない。魔力もさっきのでほとんど残っていない。
さて、どうする?
パキィッ!
エリィが拘束を破ってこちらに近づいてきた。
無言で俺に手をかざすと暖かい光が包み、スッと痛みが楽になった。
「エリィ?」
「アンタはそこで待ってなさい」
「待てよエリィッ」
「大丈夫。必ずアンタのところに帰ってくるから」
それは今まで見たことがない優しい笑顔だった。
神のほうを向きなおったエリィの背中にはうっすらと翼と尻尾が見えたような気がした。
「決着をつけるわよ」
「フォックスさんには申し訳ありませんが、やはり魔族をそのままにしておくわけにはいきません」
「これで最後よ」
「『真なる光』」
「『黒竜殲滅波』」
お互いに魔力を極限まで高め、強力な一撃を放つ。
ドガーーーーーーーンッ!!
太陽が爆発したのかと思うくらいものすごい轟音と光で感覚が麻痺する。
「エ、エリィ……」
光と音がおさまっていき、視界も復活する。
大地には巨大なクレーターができていた。その中心に二つの人影。
「はぁはぁ……」
最後まで立っていたのはエリィだった。肩で息をしながらも、しっかりと両足で立っている。
神は倒れこそはしてないが、さっきのエリィのように膝をついている。
「待ってください」
その場を去ろうとしたエリィに声をかける。
「トドメをささないのですか?」
「アンタが勝手に勝負を仕掛けてきたんでしょ」
エリィがこちらを見た。神と何か話をしてるようだけど、ここからでは聞こえない。
「アタシはアイツと一緒にいられればいいのよ」
神から離れてこちらにやって来た。
「さぁ、帰ろっか♪」
差し出された手を握り返す。
「いいんですか神様? ぼくと神様が一緒に戦えば、今からでも魔王を倒せるはずですよ?」
「よいのですよ」
神は表情を柔らかくして答える。
「最後の魔法、あれは力を失う前の彼女の力に限りなく近いものでした。
ジョセフさんも知ってのとおり、召喚された者は契約者との絆が深くなれば、より強い力を引き出すことが出来ます」
神は世界の夜明けを見るような気分で小さくなっていく人影を見守る。
「私はもっといろんなことを知らないといけないようですね」
遠ざかる俺達にこの会話が聞こえることはなかった。
「はぁー、今日は疲れたな」
身体の痛みはもうない。しかし、精神的にとても疲れた。
コンコン
「はーい、どちらさん?」
ノックがしてトビラを開けるとエリィが立っていた。
「エリィじゃん、どうしたの? とりあえず中にどーぞ」
「用が済めばすぐ帰るからここでいいわ」
「用って?」
少し言いにくそうに視線をずらす。
「その、今日はありがとね」
「なに?」
「アンタは何度もアタシのこと助けてくれてすごく感謝してる。
アタシが魔王であっても気にせず味方でいてくれるって言ったこと、嬉しかった…」
仲間を守ろうとするのは当然のことだが、改まって言われるとなんだか照れくさい。
「なんだよエリィ、当たり前のことなんだから気にしなくていいのに」
「エメラダ」
「へ?」
「エメラダ。アタシの本当の名前よ。
アンタには本当の名前で呼んでほしい」
エリィ…じゃなくてエメラダは恥ずかしそうにうつむく。
「そうなのか、綺麗な名前だな」
「元の世界でもこの名で呼ぶことを許したやつなんてほとんどいないのよ」
「そっか。それじゃあ改めてよろしくな、エメラダ」
最近は握手することに緊張しなくなった。
「用はそれだけよ。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
エメラダは足どり軽く部屋に帰っていった。
「寝るか」
今日はいい夢見れそうだ。
なんだよ、応援に来てくれてもいいのに…。
「ふん、大勢の観客の前で負けるのはイヤか?
今からでも俺の元へ来れば、恥をかかずにすむんだぜ?」
エリィは無反応だ。というか興味なさげに右から左へ聞き流してる感じだ。
「その態度、後悔させてやる」
フィヨルドの肩に乗っていたドラゴンが元の姿になり咆哮した。
いつ見てもスゲー迫力だ。空気がビリビリ震えているのが分かる。
それでもエリィは動じることなく突っ立っている。
「それでは試合開始!」
審判役の生徒の合図で勝負が始まった!
「ガァッ!」
先手はドラゴンが取り、火炎を大量に吐き出す。
しかしエリィはその華奢な身体からは想像できないくらい大きく跳んでこれを躱す。
着地の瞬間を狙って丸太のような太い尻尾が風を切って迫る。
エリィは足がつく直前に魔力の衝撃波を地面に向かって放ち、その反動でタイミングをずらして躱した。
「いいぞ、相手は避けるので精一杯だ! このまま攻撃を続ければ、いずれ疲れて動きが鈍くなるぞ」
それは違う。精神が繋がっているから、エリィの魔力が高まっていってるのが分かる。
「『雷光蛇龍針』!」
錨みたいに大きく鋭い爪が振り下ろされようとした時、ドラゴンの周りの地面から取り囲むように複数の稲妻が龍のように伸び、いっせいに降りかかる。
「グガァーッ!!」
激しい雷撃を受けそのままドシンッ、と巨体が倒れこんだ。
倒れたままピクリとも動かないけど大丈夫か?
死んだんじゃないかとビックリして顔を覗いてみたら、グルグルと目を回していた。
あっ、コレ大丈夫なやつだ。
「勝負あり! 試合終了」
「そんなっ、俺のドラゴンがSRランクに負けるなんて!!」
エリィは勝利して喜ぶでもなく淡々とした表情で戻ってきた。
「すごいじゃないか! SSR相手に一発で勝つなんて」
「『竜を制する者』
ドラゴンに対して与えるダメージが増す、アタシの能力の一つよ」
へぇ~、そんな能力があるのか。ランクだけで全てが決まるわけじゃないんだな。勉強になった。
ん? 勉強といえば………
「しまったぁーーーー!!」
「何よ? いきなり大きな声出して」
エリィが迷惑そうな顔をする。
「明後日から中間テストだったの忘れてたっ!」
どうりでこの場にアオイがいないはずだ。
アイツ、一人でちゃっかりテスト勉強してたんだ。
「あきれた…」
エリィはため息をついて、仕方ないわね、と俺の手を握った。
「アタシが勉強を見てあげるわ。
ほら、早く行くわよ」
「えっ、エリィって勉強できんの?」
「失礼ね、アタシを誰だと思ってんのよ」
ムッとした表情で睨まれた。
「次は絶対勝つからなー!」
小さくなってゆくフィヨルドの声を聞きながら、半ば強制的に自室に連行された。
「数学は公式が大事なの。だからここでこの式を代入すると答えが出るわ」
俺の部屋でエリィ先生による肩を並べた授業が行われている。
少しでも右に動けばぶつかってしまうくらい、エリィとの距離が近い………。
よく漫画なんかで女の子の良い香り、なんて言葉を見るけど実際どんな匂いなんだよってずっと思ってた。
すぐ隣から香るいい匂いと柔らかそうな膨らみ2つが、俺の思考をえぐり取る。
「ちょっとどこ見てんのよ!」
視線がノートにいってないことに気づいたエリィが両腕で胸をかばう。
「イヤイヤチャントベンキョウシテルヨ」
はぁ~、とエリィは腕をどかす。
「しょうがないわね。アンタが勉強に集中できるようにしてあげるわ」
こうして俺はエリィと一夜を共にした。
………………………
なんてなー! わざと勘違いされる言い方したけど、現実はそんなに甘くはない(涙)
実際は集中力アップと眠らなくても大丈夫になる魔法をかけられ、一晩中試験勉強をさせられたのだ。
(ヒイィーッ、魔王様スパルタ!)
まぁ、そのおかげでテストはかなりいい点数取れたんだけどね…。
「さぁ今日は実技試験だ」
学科の試験は無事終わり、本日は街の外に出て実技テストが行われる。
内容はギルドで学生用に用意されたクエスト、モンスター討伐・素材収集・ダンジョンのアイテム入手などなどの中から一つを選び、夕方までにクリアすること。
俺とエリィが選んだのはもちろんモンスター討伐。というか、入手系クエストはつまらないからとエリィが拒絶。
そこで選択したのが、この先の丘で目撃されている曲竜類のモンスター討伐。
全身が装甲のように硬く、並の武器では傷つけることさえできない。
今回のテストのために用意されたクエストの中でも最上位の難易度だ。
「止まりなさい」
目的地までにはそれなりに距離がある。当然、そこに辿り着くまでに他のモンスターとの遭遇の可能性はある。
目の前に現れたのは5匹の群れ。唸り声を上げて、今にも飛びかかってきそうだ。
「ようやく見つけましたよ」
透きとおるような綺麗な声が耳に届くと同時に、目の前のモンスターが一掃された。
あれっ、なんか既視感。
「あんたは!?」
声に反応して珍しく険しい表情をするエリィ。
しかし、俺も声がしたほうを見て驚いた。
二人の同年代の男と女が立っていた。女の方は腰まで伸びる銀髪が太陽の光をキラキラと反射して、それがまるで後光のように神々しい美少女だった。
そっちは見覚えはなく、もう一人がよく知る人物だった。
「兄さん!!」
向こうも俺を見て驚いて声を上げた。
「ジョセフさんのお兄さんなのですか?」
ジョセフと呼ばれたのは俺の双子の弟だ。双子といっても顔は似ておらず、俺と違って魔法の才能に恵まれていて中学を卒業してすぐ、世界を見て回りたいと旅に出ていたのだ。
「はい。まさか兄さんが魔王を召喚した者だったなんて……」
「お前なんでそれをっ!?」
エリィが魔王であることは誰にも話していない。学園にだって黙っているから誰にもバレていないはずなのに。
「こんなところまで追いかけてくるなんて。アンタもしつこいわね、神」
ジッと睨みつけたままいつになく真剣な雰囲気のエリィ。
「かみ! それって異世界でエリィと戦ったっていうあの神様か!?」
エリィの発言にビックリして目の前の少女を見る。
天使の翼なんか生やしていない普通の人間のようだが。
「アタシと同じで力の大半を使ったから姿が違うのよ」
俺の疑問を察したエリィが解説してくれた。
「この世界に喚ばれたのは偶然でした。ですがあの時、あなたが封印する直前に召喚魔法によって消えたのは分かっていましたから。
私は使命を果たすため、ジョセフさんにお願いしてあなたを探していました」
「相変わらず使命使命って。そういうの吐き気がするわ」
「使命って…?」
「二度とあの悲劇を繰り返さないために。邪悪なる魔は滅しなければなりません」
場の空気が変わった。
二人が臨戦態勢になり、俺はエリィを庇うように前に踏み出そうとして
「邪魔はさせない」
ジョセフに風の魔法で吹き飛ばされた。
「くっ!」
飛ばされた勢いのまま地面をゴロゴロと転がる。
「ジョセフ! お前何をするんだ!」
起き上がった俺の前にジョセフが立ちはだかる。
「神様が魔王を倒すのを兄さんはそこで見ていてくれ」
離れたところで魔王と神の戦いが始まった。
「『氷龍輪舞撃』」
「『炸裂する聖なる光』」
激しい魔法の応酬。魔法を放ったかと思うとすぐさま次の魔法を唱え、爆炎に紛れて急接近して至近距離からの攻撃をしようとすれば、相手も待ち構えたように応戦する。
「ジョセフ、そこを通してくれ」
「なに言ってるんだ兄さん。兄さんが行って何になるっていうんだ? 危険なだけじゃないか」
「ぐっ………」
確かにジョセフと違って俺があの場に行っても足手まといになるだけだ…。
それにしても皮肉なものだ。アニキが魔王を召喚して、弟が神を召喚する。そして対立することになるなんて…。
絶え間ないエネルギーの衝突で周辺の動物はおろか、モンスターさえも逃げ出す。
「『神聖なる裁槍』」
降り注ぐ光の槍の合間を縫って神との距離をつめるエリィ。
「はぁっ!」
攻撃すると見せかけて足元の地面を破壊して、神のバランスを崩した。
「『散魔光弾』」
すかさず周囲の空間に無数の魔法弾を発生させ、神を攻撃する。
「風よ!」
神は魔法で風を操り、体勢を整えると同時に魔法弾の軌道をずらす。
数発は食らったが大きなダメージは免れたようだ。
「『風精の闘刃』」
風をそのままかまいたちのようにして攻撃に転じる。
「させない!」
エリィも風の刃を作り出す。
お互いの風が絡み合い、暴風となって周囲の木々が切り倒された。
「『精蛇竜流波動』」
「『真なる光』」
その風が止まぬうちに双方バッと移動して同時に魔法を放った。
「く………きゃあっ」
相殺しきれなかったエネルギーがエリィに流れ込んだ。
「エリィッ!」
駆け出そうとするが、ジョセフが壁になる。
「どけっ、なんで邪魔するんだよ!」
「兄さんこそ。あれは魔王なんだよ、なんで魔王の味方をするんだ」
魔王だからって何なんだよ…。エリィがこの世界で一体なにをしたっていうんだ?
「魔王、これで最後です」
先ほどの一撃が大きかったらしく、エリィは膝をついたままだ。
「くそっ!」
ジョセフをすり抜けてエリィのもとへ駆け寄ろうとするが、後ろから羽交い締めにされた。
「離せっ!」
「兄さん、目を覚ますんだ。ぼくらは世界のために魔王を倒さないといけないんだ」
「逃げろエリィ!」
「今度は逃がしません」
神が生み出した魔法の鎖がエリィを拘束した。
そして右手にトドメの魔力が集まっていく。
「チクショーッ!」
「兄さん!」
なんとかジョセフを振り払って走るが、神が魔法をエリィに向けて放った!
ダメだ、間に合わない!
「『自集向転術』」
エリィへと放たれた魔法が向きを変えて俺を直撃する。
「ぐあぁーーーーーっ!」
「フォックス!!」
「兄さん!?」
「!?」
全身を激痛が暴れまわる。骨や筋肉、内臓までもが悲鳴をあげる。
プシュー、と身体から煙が立ち上って倒れる。
「なぜ………、なぜ身代わりになったのですか?」
今の魔法は攻撃対象を自分に代えるもので、今回のテストのために覚えておいたのだ。
ホントは敵の注意を俺に引き付けてその隙にエリィが攻撃する、という連携が取れたらいいなぁと思って覚えたのだが、まさかこんな使い方をすることになるとは思わなかった。
「この者は魔王なのですよ? 今は力を失っていても、いずれこの世界にも災厄をもたらす邪悪な存在です」
「そうだよ兄さん。なぜ兄さんが魔王を庇うんだ?」
「うるせーんだよごちゃごちゃと」
「に、兄さん?」
「エリィが魔王かどうかなんて、ンなこたどうでもいいんだよ!
エリィはこんななんの才能もない俺と一緒に戦ってくれたり、勉強をみてくれて意外と面倒見が良かったり。
俺にとってはそれが全てなんだよ。それがエリィなんだよ。
だから俺はエリィの味方は絶対にやめねぇ!」
「………………」
威勢よく言ったはいいが、立ち上がることもできない。魔力もさっきのでほとんど残っていない。
さて、どうする?
パキィッ!
エリィが拘束を破ってこちらに近づいてきた。
無言で俺に手をかざすと暖かい光が包み、スッと痛みが楽になった。
「エリィ?」
「アンタはそこで待ってなさい」
「待てよエリィッ」
「大丈夫。必ずアンタのところに帰ってくるから」
それは今まで見たことがない優しい笑顔だった。
神のほうを向きなおったエリィの背中にはうっすらと翼と尻尾が見えたような気がした。
「決着をつけるわよ」
「フォックスさんには申し訳ありませんが、やはり魔族をそのままにしておくわけにはいきません」
「これで最後よ」
「『真なる光』」
「『黒竜殲滅波』」
お互いに魔力を極限まで高め、強力な一撃を放つ。
ドガーーーーーーーンッ!!
太陽が爆発したのかと思うくらいものすごい轟音と光で感覚が麻痺する。
「エ、エリィ……」
光と音がおさまっていき、視界も復活する。
大地には巨大なクレーターができていた。その中心に二つの人影。
「はぁはぁ……」
最後まで立っていたのはエリィだった。肩で息をしながらも、しっかりと両足で立っている。
神は倒れこそはしてないが、さっきのエリィのように膝をついている。
「待ってください」
その場を去ろうとしたエリィに声をかける。
「トドメをささないのですか?」
「アンタが勝手に勝負を仕掛けてきたんでしょ」
エリィがこちらを見た。神と何か話をしてるようだけど、ここからでは聞こえない。
「アタシはアイツと一緒にいられればいいのよ」
神から離れてこちらにやって来た。
「さぁ、帰ろっか♪」
差し出された手を握り返す。
「いいんですか神様? ぼくと神様が一緒に戦えば、今からでも魔王を倒せるはずですよ?」
「よいのですよ」
神は表情を柔らかくして答える。
「最後の魔法、あれは力を失う前の彼女の力に限りなく近いものでした。
ジョセフさんも知ってのとおり、召喚された者は契約者との絆が深くなれば、より強い力を引き出すことが出来ます」
神は世界の夜明けを見るような気分で小さくなっていく人影を見守る。
「私はもっといろんなことを知らないといけないようですね」
遠ざかる俺達にこの会話が聞こえることはなかった。
「はぁー、今日は疲れたな」
身体の痛みはもうない。しかし、精神的にとても疲れた。
コンコン
「はーい、どちらさん?」
ノックがしてトビラを開けるとエリィが立っていた。
「エリィじゃん、どうしたの? とりあえず中にどーぞ」
「用が済めばすぐ帰るからここでいいわ」
「用って?」
少し言いにくそうに視線をずらす。
「その、今日はありがとね」
「なに?」
「アンタは何度もアタシのこと助けてくれてすごく感謝してる。
アタシが魔王であっても気にせず味方でいてくれるって言ったこと、嬉しかった…」
仲間を守ろうとするのは当然のことだが、改まって言われるとなんだか照れくさい。
「なんだよエリィ、当たり前のことなんだから気にしなくていいのに」
「エメラダ」
「へ?」
「エメラダ。アタシの本当の名前よ。
アンタには本当の名前で呼んでほしい」
エリィ…じゃなくてエメラダは恥ずかしそうにうつむく。
「そうなのか、綺麗な名前だな」
「元の世界でもこの名で呼ぶことを許したやつなんてほとんどいないのよ」
「そっか。それじゃあ改めてよろしくな、エメラダ」
最近は握手することに緊張しなくなった。
「用はそれだけよ。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
エメラダは足どり軽く部屋に帰っていった。
「寝るか」
今日はいい夢見れそうだ。
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居眠り運転の車から20人の命を救った主人公,神代弘樹は実は全能神と魂が一緒だった。人々の命を救った彼は全能神の弟の全智神に成長チートをもらって伯爵の3男として転生する。成長チートと努力と知識と加護で最速で進化し無双する。
戦い、商業、政治、全てで彼は無双する!!
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質問、誤字脱字など感想で教えてくださると嬉しいです。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~
小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ)
そこは、剣と魔法の世界だった。
2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。
新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・
気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
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無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

闇属性転移者の冒険録
三日月新
ファンタジー
異世界に召喚された影山武(タケル)は、素敵な冒険が始まる予感がしていた。ところが、闇属性だからと草原へ強制転移されてしまう。
頼れる者がいない異世界で、タケルは元冒険者に助けられる。生き方と戦い方を教わると、ついに彼の冒険がスタートした。
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※週に三話ほど投稿していきます。
(再確認や編集作業で一旦投稿を中断することもあります)
※一話3,000字〜4,000字となっています。
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