チートやガチ勢に負けないまったり勢の冒険譚

葉十進部

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第二章

中間テストを襲う光

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 フィヨルドが話を広めたのか知らないが、闘技場にはけっこうな数の生徒が観客席に着いていた。その中にアオイの姿はなかった。
 なんだよ、応援に来てくれてもいいのに…。
「ふん、大勢の観客の前で負けるのはイヤか?
 今からでも俺の元へ来れば、恥をかかずにすむんだぜ?」
 エリィは無反応だ。というか興味なさげに右から左へ聞き流してる感じだ。
「その態度、後悔させてやる」
 フィヨルドの肩に乗っていたドラゴンが元の姿になり咆哮した。
 いつ見てもスゲー迫力だ。空気がビリビリ震えているのが分かる。
 それでもエリィは動じることなく突っ立っている。
「それでは試合開始!」
 審判役の生徒の合図で勝負が始まった!
「ガァッ!」
 先手はドラゴンが取り、火炎を大量に吐き出す。
 しかしエリィはその華奢な身体からは想像できないくらい大きく跳んでこれを躱す。
 着地の瞬間を狙って丸太のような太い尻尾が風を切って迫る。
 エリィは足がつく直前に魔力の衝撃波を地面に向かって放ち、その反動でタイミングをずらして躱した。
「いいぞ、相手は避けるので精一杯だ! このまま攻撃を続ければ、いずれ疲れて動きが鈍くなるぞ」
 それは違う。精神が繋がっているから、エリィの魔力が高まっていってるのが分かる。
「『雷光蛇龍針スパークアンピプテラ』!」
 錨みたいに大きく鋭い爪が振り下ろされようとした時、ドラゴンの周りの地面から取り囲むように複数の稲妻が龍のように伸び、いっせいに降りかかる。
「グガァーッ!!」
 激しい雷撃を受けそのままドシンッ、と巨体が倒れこんだ。
 倒れたままピクリとも動かないけど大丈夫か?
 死んだんじゃないかとビックリして顔を覗いてみたら、グルグルと目を回していた。
 あっ、コレ大丈夫なやつだ。
「勝負あり! 試合終了」
「そんなっ、俺のドラゴンがSRランクに負けるなんて!!」
 エリィは勝利して喜ぶでもなく淡々とした表情で戻ってきた。
「すごいじゃないか! SSR相手に一発で勝つなんて」
「『竜を制する者ドラゴンドミネーター
 ドラゴンに対して与えるダメージが増す、アタシの能力の一つよ」
 へぇ~、そんな能力があるのか。ランクだけで全てが決まるわけじゃないんだな。勉強になった。
 ん? 勉強といえば………
「しまったぁーーーー!!」
「何よ? いきなり大きな声出して」
 エリィが迷惑そうな顔をする。
明後日あさってから中間テストだったの忘れてたっ!」
 どうりでこの場にアオイがいないはずだ。
 アイツ、一人でちゃっかりテスト勉強してたんだ。
「あきれた…」
 エリィはため息をついて、仕方ないわね、と俺の手を握った。
「アタシが勉強を見てあげるわ。
 ほら、早く行くわよ」
「えっ、エリィって勉強できんの?」
「失礼ね、アタシを誰だと思ってんのよ」
 ムッとした表情で睨まれた。
「次は絶対勝つからなー!」
 小さくなってゆくフィヨルドの声を聞きながら、半ば強制的に自室に連行された。

「数学は公式が大事なの。だからここでこの式を代入すると答えが出るわ」
 俺の部屋でエリィ先生による肩を並べた授業が行われている。
 少しでも右に動けばぶつかってしまうくらい、エリィとの距離が近い………。
 よく漫画なんかで女の子の良い香り、なんて言葉を見るけど実際どんな匂いなんだよってずっと思ってた。
 すぐ隣から香るいい匂いと柔らかそうな膨らみ2つが、俺の思考をえぐり取る。
「ちょっとどこ見てんのよ!」
 視線がノートにいってないことに気づいたエリィが両腕で胸をかばう。
「イヤイヤチャントベンキョウシテルヨ」
 はぁ~、とエリィは腕をどかす。
「しょうがないわね。アンタが勉強に集中できるようにしてあげるわ」
 こうして俺はエリィと一夜を共にした。
 ………………………
 なんてなー! わざと勘違いされる言い方したけど、現実はそんなに甘くはない(涙)
 実際は集中力アップと眠らなくても大丈夫になる魔法をかけられ、一晩中試験勉強をさせられたのだ。
 (ヒイィーッ、魔王様スパルタ!)
 まぁ、そのおかげでテストはかなりいい点数取れたんだけどね…。


「さぁ今日は実技試験だ」
 学科の試験は無事終わり、本日は街の外に出て実技テストが行われる。
 内容はギルドで学生用に用意されたクエスト、モンスター討伐・素材収集・ダンジョンのアイテム入手などなどの中から一つを選び、夕方までにクリアすること。
 俺とエリィが選んだのはもちろんモンスター討伐。というか、入手系クエストはつまらないからとエリィが拒絶。
 そこで選択したのが、この先の丘で目撃されている曲竜類のモンスター討伐。
 全身が装甲のように硬く、並の武器では傷つけることさえできない。
 今回のテストのために用意されたクエストの中でも最上位の難易度だ。
「止まりなさい」
 目的地までにはそれなりに距離がある。当然、そこに辿り着くまでに他のモンスターとの遭遇の可能性はある。
 目の前に現れたのは5匹の群れ。唸り声を上げて、今にも飛びかかってきそうだ。
「ようやく見つけましたよ」
 透きとおるような綺麗な声が耳に届くと同時に、目の前のモンスターが一掃された。
 あれっ、なんか既視感デジャヴ
「あんたは!?」
 声に反応して珍しく険しい表情をするエリィ。
 しかし、俺も声がしたほうを見て驚いた。
 二人の同年代の男と女が立っていた。女の方は腰まで伸びる銀髪が太陽の光をキラキラと反射して、それがまるで後光のように神々しい美少女だった。
 そっちは見覚えはなく、もう一人がよく知る人物だった。
「兄さん!!」
 向こうも俺を見て驚いて声を上げた。
「ジョセフさんのお兄さんなのですか?」
 ジョセフと呼ばれたのは俺の双子の弟だ。双子といっても顔は似ておらず、俺と違って魔法の才能に恵まれていて中学を卒業してすぐ、世界を見て回りたいと旅に出ていたのだ。
「はい。まさか兄さんが魔王を召喚した者だったなんて……」
「お前なんでそれをっ!?」
 エリィが魔王であることは誰にも話していない。学園にだって黙っているから誰にもバレていないはずなのに。
「こんなところまで追いかけてくるなんて。アンタもしつこいわね、神」
 ジッと睨みつけたままいつになく真剣な雰囲気のエリィ。
「かみ! それって異世界でエリィと戦ったっていうあの神様か!?」
 エリィの発言にビックリして目の前の少女を見る。
 天使の翼なんか生やしていない普通の人間のようだが。
「アタシと同じで力の大半を使ったから姿が違うのよ」
 俺の疑問を察したエリィが解説してくれた。
「この世界に喚ばれたのは偶然でした。ですがあの時、あなたが封印する直前に召喚魔法によって消えたのは分かっていましたから。
 私は使命を果たすため、ジョセフさんにお願いしてあなたを探していました」
「相変わらず使命使命って。そういうの吐き気がするわ」
「使命って…?」
「二度とあの悲劇を繰り返さないために。邪悪なる魔は滅しなければなりません」
 場の空気が変わった。
 二人が臨戦態勢になり、俺はエリィを庇うように前に踏み出そうとして
「邪魔はさせない」
 ジョセフに風の魔法で吹き飛ばされた。
「くっ!」
 飛ばされた勢いのまま地面をゴロゴロと転がる。
「ジョセフ! お前何をするんだ!」
 起き上がった俺の前にジョセフが立ちはだかる。
「神様が魔王を倒すのを兄さんはそこで見ていてくれ」
 離れたところで魔王と神の戦いが始まった。
「『氷龍輪舞撃アイスドラッヘロンド』」
「『炸裂する聖なる光ホーリーエクスプロージョン』」
 激しい魔法の応酬。魔法を放ったかと思うとすぐさま次の魔法を唱え、爆炎に紛れて急接近して至近距離からの攻撃をしようとすれば、相手も待ち構えたように応戦する。
「ジョセフ、そこを通してくれ」
「なに言ってるんだ兄さん。兄さんが行って何になるっていうんだ? 危険なだけじゃないか」
「ぐっ………」
 確かにジョセフと違って俺があの場に行っても足手まといになるだけだ…。
 それにしても皮肉なものだ。アニキが魔王を召喚して、弟が神を召喚する。そして対立することになるなんて…。
 絶え間ないエネルギーの衝突で周辺の動物はおろか、モンスターさえも逃げ出す。
「『神聖なる裁槍セイクリッド・ジャッジスピア』」
 降り注ぐ光の槍の合間を縫って神との距離をつめるエリィ。
「はぁっ!」
 攻撃すると見せかけて足元の地面を破壊して、神のバランスを崩した。
「『散魔光弾ソーサリーバレット』」
 すかさず周囲の空間に無数の魔法弾を発生させ、神を攻撃する。
「風よ!」
 神は魔法で風を操り、体勢を整えると同時に魔法弾の軌道をずらす。
 数発は食らったが大きなダメージは免れたようだ。
「『風精の闘刃シルフスラッシャー』」
 風をそのままかまいたちのようにして攻撃に転じる。
「させない!」
 エリィも風の刃を作り出す。
 お互いの風が絡み合い、暴風となって周囲の木々が切り倒された。
「『精蛇竜流波動アイアタルカレント』」
「『真なる光ジェニュイン・シャイン』」
 その風が止まぬうちに双方バッと移動して同時に魔法を放った。
「く………きゃあっ」
 相殺しきれなかったエネルギーがエリィに流れ込んだ。
「エリィッ!」
 駆け出そうとするが、ジョセフが壁になる。
「どけっ、なんで邪魔するんだよ!」
「兄さんこそ。あれは魔王なんだよ、なんで魔王の味方をするんだ」
 魔王だからって何なんだよ…。エリィがこの世界で一体なにをしたっていうんだ?
「魔王、これで最後です」
 先ほどの一撃が大きかったらしく、エリィは膝をついたままだ。
「くそっ!」
 ジョセフをすり抜けてエリィのもとへ駆け寄ろうとするが、後ろから羽交い締めにされた。
「離せっ!」
「兄さん、目を覚ますんだ。ぼくらは世界のために魔王を倒さないといけないんだ」
「逃げろエリィ!」
「今度は逃がしません」
 神が生み出した魔法の鎖がエリィを拘束した。
 そして右手にトドメの魔力が集まっていく。
「チクショーッ!」
「兄さん!」
 なんとかジョセフを振り払って走るが、神が魔法をエリィに向けて放った!
 ダメだ、間に合わない!
「『自集向転術ターンプロヴォーク』」
 エリィへと放たれた魔法が向きを変えて俺を直撃する。
「ぐあぁーーーーーっ!」
「フォックス!!」
「兄さん!?」
「!?」
 全身を激痛が暴れまわる。骨や筋肉、内臓までもが悲鳴をあげる。
 プシュー、と身体から煙が立ち上って倒れる。
「なぜ………、なぜ身代わりになったのですか?」
 今の魔法は攻撃対象を自分に代えるもので、今回のテストのために覚えておいたのだ。
 ホントは敵の注意を俺に引き付けてその隙にエリィが攻撃する、という連携が取れたらいいなぁと思って覚えたのだが、まさかこんな使い方をすることになるとは思わなかった。
「この者は魔王なのですよ? 今は力を失っていても、いずれこの世界にも災厄をもたらす邪悪な存在です」
「そうだよ兄さん。なぜ兄さんが魔王を庇うんだ?」
「うるせーんだよごちゃごちゃと」
「に、兄さん?」
「エリィが魔王かどうかなんて、ンなこたどうでもいいんだよ!
 エリィはこんななんの才能もない俺と一緒に戦ってくれたり、勉強をみてくれて意外と面倒見が良かったり。
 俺にとってはそれが全てなんだよ。それがエリィなんだよ。
 だから俺はエリィの味方は絶対にやめねぇ!」
「………………」
 威勢よく言ったはいいが、立ち上がることもできない。魔力もさっきのでほとんど残っていない。
 さて、どうする?
 パキィッ!
 エリィが拘束を破ってこちらに近づいてきた。
 無言で俺に手をかざすと暖かい光が包み、スッと痛みが楽になった。
「エリィ?」
「アンタはそこで待ってなさい」
「待てよエリィッ」
「大丈夫。必ずアンタのところに帰ってくるから」
 それは今まで見たことがない優しい笑顔だった。
 神のほうを向きなおったエリィの背中にはうっすらと翼と尻尾が見えたような気がした。
「決着をつけるわよ」
「フォックスさんには申し訳ありませんが、やはり魔族をそのままにしておくわけにはいきません」
「これで最後よ」
「『真なる光ジェニュイン・シャイン』」
「『黒竜殲滅波バハムートエクスターミネーション』」
 お互いに魔力を極限まで高め、強力な一撃を放つ。
 ドガーーーーーーーンッ!!
 太陽が爆発したのかと思うくらいものすごい轟音と光で感覚が麻痺する。
「エ、エリィ……」
 光と音がおさまっていき、視界も復活する。
 大地には巨大なクレーターができていた。その中心に二つの人影。
「はぁはぁ……」
 最後まで立っていたのはエリィだった。肩で息をしながらも、しっかりと両足で立っている。
 神は倒れこそはしてないが、さっきのエリィのように膝をついている。
「待ってください」
 その場を去ろうとしたエリィに声をかける。
「トドメをささないのですか?」
「アンタが勝手に勝負を仕掛けてきたんでしょ」
 エリィがこちらを見た。神と何か話をしてるようだけど、ここからでは聞こえない。
「アタシはアイツと一緒にいられればいいのよ」
 神から離れてこちらにやって来た。
「さぁ、帰ろっか♪」
 差し出された手を握り返す。
「いいんですか神様? ぼくと神様が一緒に戦えば、今からでも魔王を倒せるはずですよ?」
「よいのですよ」
 神は表情を柔らかくして答える。
「最後の魔法、あれは力を失う前の彼女の力に限りなく近いものでした。
 ジョセフさんも知ってのとおり、召喚された者は契約者との絆が深くなれば、より強い力を引き出すことが出来ます」
 神は世界の夜明けを見るような気分で小さくなっていく人影を見守る。
「私はもっといろんなことを知らないといけないようですね」
 遠ざかる俺達にこの会話が聞こえることはなかった。


「はぁー、今日は疲れたな」
 身体の痛みはもうない。しかし、精神的にとても疲れた。
 コンコン
「はーい、どちらさん?」
 ノックがしてトビラを開けるとエリィが立っていた。
「エリィじゃん、どうしたの? とりあえず中にどーぞ」
「用が済めばすぐ帰るからここでいいわ」
「用って?」
 少し言いにくそうに視線をずらす。
「その、今日はありがとね」
「なに?」
「アンタは何度もアタシのこと助けてくれてすごく感謝してる。
 アタシが魔王であっても気にせず味方でいてくれるって言ったこと、嬉しかった…」
 仲間を守ろうとするのは当然のことだが、改まって言われるとなんだか照れくさい。
「なんだよエリィ、当たり前のことなんだから気にしなくていいのに」
「エメラダ」
「へ?」
「エメラダ。アタシの本当の名前よ。
 アンタには本当の名前で呼んでほしい」
 エリィ…じゃなくてエメラダは恥ずかしそうにうつむく。
「そうなのか、綺麗な名前だな」
「元の世界でもこの名で呼ぶことを許したやつなんてほとんどいないのよ」
「そっか。それじゃあ改めてよろしくな、エメラダ」
 最近は握手することに緊張しなくなった。
「用はそれだけよ。それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
 エメラダは足どり軽く部屋に帰っていった。
「寝るか」
 今日はいい夢見れそうだ。
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