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41【海斗Diary】気づき①
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『好きな人いないならさ、私とお試しで付き合ってみない?』
高校二年生も終わりがけの三月半ばに、海斗は別のクラスの松田莉奈にそう言われた。莉奈に告白され、少し返事に困っていた海斗に、大きな黒目をくりくりとさせた莉奈はどこか楽しそうにそう提案した。
中学生の頃から海斗は時々女子から告白をされていて、その度に部活や男友達と天秤にかけては告白を断ってきた。告白してくる女子はサッカー部での海斗の活躍を見たファンのような存在が多く、一度も話したこともないような子たちばかりだったので、海斗はいつもあまり深く考えずに遠慮なく振っていた。たまたま自分のポジションがフォワードで派手なプレイをすることが多く目立つだけだと海斗も自覚していたし、よく知らない女子とどうにかなりたいなど、本当に微塵も思っていなかった。
『は? お試しってなんだよ……』
『しばらく恋人ごっこで過ごして、私のことどう思うか検証するの。万が一好きになってもらえたらそのまま正式に付き合うし、なんとも思わなかったら、そのときは遠慮なく振ってくれていいから』
今までのよく知らない女子とは違い、莉奈とは一年のとき同じクラスだった。特別親しいわけではなかったが、顔を合わせれば廊下でくだらない雑談くらいはする仲で、いつもと同じように無感情でばっさりと告白を断るには少し勇気のいる相手だった。
『……そんなことしたって、多分、オレ……』
『そんなに重く考えないでいいよ、軽いノリでいいの。海斗に好きな人いるならすっぱりあきらめるけど、そうじゃないなら』
『好きなやつは……いない……けど』
『じゃあちょっとだけ、やってみない? 私のこと嫌になったら、すぐやめてくれていいから』
なんだか丸め込まれたような気もしたが、莉奈がそのお試しで気が済むのならと、海斗は本当に深く考えずに承諾した。莉奈のことを好きになれる自信はまったくなかったが、海斗にも、この機に少し確かめたいと思っていることがあった。
ひと月と期間を決めて、海斗は莉奈とお試しの恋人ごっこを始めた。ちょうど春休みのタイミングだったので、部活のない日は二人で遊びに出掛けたり、図書館へ課題をしに行ったり、夜には電話で少し話したりした。一応眞空にも言っておこうかと思ったが、結果がわかっていることをわざわざ言う必要もないかと、聞かれでもしない限りは黙っておくことにした。莉奈と過ごす時間はそれなりに楽しかったが、やはりそれだけだった。
『莉奈ごめん。オレ、やっぱおまえとは付き合えない』
お試しの期限が来た四月の金曜に、海斗は莉奈にきっぱりとそう告げた。放課後の部活のあと、同じく軟式テニス部の練習で学校に残っていた莉奈と、グラウンドの隅で落ち合った。
『あー、やっぱそっかぁ……。うん、まぁ、薄々勘づいてはいたから』
勘づいていたというわりには弱々しい目を隠さず、それでも莉奈は笑って海斗に向き合ってくれる。
『ごめんね、私のわがままに付き合わせて』
『オレの方こそごめん』
『気持ちないのに嘘ついて付き合ってもらうより、潔く振ってもらう方が全然いいよ。次、いけるしね』
傷つけてしまったのにまだちゃんと笑ってくれる莉奈に甘えて、海斗が今の気持ちを吐露する。
『……オレさ、好きって、正直よくわかんねぇんだ』
かわいいとか、綺麗だなとか、女子に対して思うことはあっても、そこにそれ以上の感情はのらない。人並みにエロいことはしてみたいとは思うが、じゃあ誰と? となるとその誰かは思い浮かばない。
『人、好きになったことないの?』
莉奈が少し驚いて、海斗を見つめる。彼女がいないことはもちろん知っていたが、今までにそういう感情さえも抱いたことがないのかと、モテるのにどうりで手強いわけだと苦笑するしかない。
『ない、はず……』
正確には怪しい存在がいるのだが、そんなわけないと激しく否定してくる自分もいる。否定してくる自分は、その感情をとても悪いもののように扱ってくる。
『なにそれ。迷ってる感じ』
『ほんとにわかんねぇんだよ。……おまえに訊くのもまじでおかしいけど、好きって、なんだ?』
悪気なく純粋な目で訊いてくる海斗に呆れて、莉奈は本気で笑ってしまう。振った相手にそれを訊くかぁと苦い顔をしつつも、その海斗らしさに口元はふと緩んでしまった。何かに迷っているような海斗に、莉奈は仕方なく肩を貸す。
『もう、しょうがないなぁ。……これは持論だけど、いちばんの要素は……嫉妬、って思ってる』
『嫉妬……』
『他の人にとられたり、他の人と幸せになるのが、すっごく嫌だって思う』
『とられるのが、嫌……?』
『そう。人を好きって思うのって、もっとふわふわして、あったかい感情のイメージあるけど、私は結構重たくて苦しくて、ぐちゃぐちゃな気持ちになることの方が多いかな。ずっと余裕なくて、みっともない感じ。そういうの、わかる?』
振られた相手に何を教えているのかと馬鹿らしくもなるが、あまりにも素直に言葉を吸収しようとしてくれている海斗に、莉奈は静かに悟ってしまった。自分には到底越えられない存在が、きっともうすでに海斗の心を占めている。本人が認めていないだけで。
『その人が自分以外の誰かのものになるの、許せないの。誰にもとられたくない。とられたら哀しくてつらくて、自分を保っていられなくなる』
『……』
海斗はいつの間にか、うつむいていた。グラウンドのよく見慣れた土をじっと見つめている。
『……海斗にも、ほんとはいるんじゃないの? そういう人』
悔しかったが、莉奈はそう口にした。はっきり教えてもらった方が、自分の想いを供養できる気がした。
『それってさ』
『?』
『家族を大事に思う気持ちとは、全然違う気持ちだよな?』
海斗は顔を上げ、きょとんとしている莉奈の顔を見た。
『え?』
海斗にとって、とられて嫌だと思う人は、ずっと昔からひとりしかいない。
高校二年生も終わりがけの三月半ばに、海斗は別のクラスの松田莉奈にそう言われた。莉奈に告白され、少し返事に困っていた海斗に、大きな黒目をくりくりとさせた莉奈はどこか楽しそうにそう提案した。
中学生の頃から海斗は時々女子から告白をされていて、その度に部活や男友達と天秤にかけては告白を断ってきた。告白してくる女子はサッカー部での海斗の活躍を見たファンのような存在が多く、一度も話したこともないような子たちばかりだったので、海斗はいつもあまり深く考えずに遠慮なく振っていた。たまたま自分のポジションがフォワードで派手なプレイをすることが多く目立つだけだと海斗も自覚していたし、よく知らない女子とどうにかなりたいなど、本当に微塵も思っていなかった。
『は? お試しってなんだよ……』
『しばらく恋人ごっこで過ごして、私のことどう思うか検証するの。万が一好きになってもらえたらそのまま正式に付き合うし、なんとも思わなかったら、そのときは遠慮なく振ってくれていいから』
今までのよく知らない女子とは違い、莉奈とは一年のとき同じクラスだった。特別親しいわけではなかったが、顔を合わせれば廊下でくだらない雑談くらいはする仲で、いつもと同じように無感情でばっさりと告白を断るには少し勇気のいる相手だった。
『……そんなことしたって、多分、オレ……』
『そんなに重く考えないでいいよ、軽いノリでいいの。海斗に好きな人いるならすっぱりあきらめるけど、そうじゃないなら』
『好きなやつは……いない……けど』
『じゃあちょっとだけ、やってみない? 私のこと嫌になったら、すぐやめてくれていいから』
なんだか丸め込まれたような気もしたが、莉奈がそのお試しで気が済むのならと、海斗は本当に深く考えずに承諾した。莉奈のことを好きになれる自信はまったくなかったが、海斗にも、この機に少し確かめたいと思っていることがあった。
ひと月と期間を決めて、海斗は莉奈とお試しの恋人ごっこを始めた。ちょうど春休みのタイミングだったので、部活のない日は二人で遊びに出掛けたり、図書館へ課題をしに行ったり、夜には電話で少し話したりした。一応眞空にも言っておこうかと思ったが、結果がわかっていることをわざわざ言う必要もないかと、聞かれでもしない限りは黙っておくことにした。莉奈と過ごす時間はそれなりに楽しかったが、やはりそれだけだった。
『莉奈ごめん。オレ、やっぱおまえとは付き合えない』
お試しの期限が来た四月の金曜に、海斗は莉奈にきっぱりとそう告げた。放課後の部活のあと、同じく軟式テニス部の練習で学校に残っていた莉奈と、グラウンドの隅で落ち合った。
『あー、やっぱそっかぁ……。うん、まぁ、薄々勘づいてはいたから』
勘づいていたというわりには弱々しい目を隠さず、それでも莉奈は笑って海斗に向き合ってくれる。
『ごめんね、私のわがままに付き合わせて』
『オレの方こそごめん』
『気持ちないのに嘘ついて付き合ってもらうより、潔く振ってもらう方が全然いいよ。次、いけるしね』
傷つけてしまったのにまだちゃんと笑ってくれる莉奈に甘えて、海斗が今の気持ちを吐露する。
『……オレさ、好きって、正直よくわかんねぇんだ』
かわいいとか、綺麗だなとか、女子に対して思うことはあっても、そこにそれ以上の感情はのらない。人並みにエロいことはしてみたいとは思うが、じゃあ誰と? となるとその誰かは思い浮かばない。
『人、好きになったことないの?』
莉奈が少し驚いて、海斗を見つめる。彼女がいないことはもちろん知っていたが、今までにそういう感情さえも抱いたことがないのかと、モテるのにどうりで手強いわけだと苦笑するしかない。
『ない、はず……』
正確には怪しい存在がいるのだが、そんなわけないと激しく否定してくる自分もいる。否定してくる自分は、その感情をとても悪いもののように扱ってくる。
『なにそれ。迷ってる感じ』
『ほんとにわかんねぇんだよ。……おまえに訊くのもまじでおかしいけど、好きって、なんだ?』
悪気なく純粋な目で訊いてくる海斗に呆れて、莉奈は本気で笑ってしまう。振った相手にそれを訊くかぁと苦い顔をしつつも、その海斗らしさに口元はふと緩んでしまった。何かに迷っているような海斗に、莉奈は仕方なく肩を貸す。
『もう、しょうがないなぁ。……これは持論だけど、いちばんの要素は……嫉妬、って思ってる』
『嫉妬……』
『他の人にとられたり、他の人と幸せになるのが、すっごく嫌だって思う』
『とられるのが、嫌……?』
『そう。人を好きって思うのって、もっとふわふわして、あったかい感情のイメージあるけど、私は結構重たくて苦しくて、ぐちゃぐちゃな気持ちになることの方が多いかな。ずっと余裕なくて、みっともない感じ。そういうの、わかる?』
振られた相手に何を教えているのかと馬鹿らしくもなるが、あまりにも素直に言葉を吸収しようとしてくれている海斗に、莉奈は静かに悟ってしまった。自分には到底越えられない存在が、きっともうすでに海斗の心を占めている。本人が認めていないだけで。
『その人が自分以外の誰かのものになるの、許せないの。誰にもとられたくない。とられたら哀しくてつらくて、自分を保っていられなくなる』
『……』
海斗はいつの間にか、うつむいていた。グラウンドのよく見慣れた土をじっと見つめている。
『……海斗にも、ほんとはいるんじゃないの? そういう人』
悔しかったが、莉奈はそう口にした。はっきり教えてもらった方が、自分の想いを供養できる気がした。
『それってさ』
『?』
『家族を大事に思う気持ちとは、全然違う気持ちだよな?』
海斗は顔を上げ、きょとんとしている莉奈の顔を見た。
『え?』
海斗にとって、とられて嫌だと思う人は、ずっと昔からひとりしかいない。
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