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39【亜楼Diary】あやふや
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ぼんやりとほの暗いホテルの一室で、亜楼は涼を乱暴に組み敷いていた。乱暴なのは亜楼の専売特許のようなものだが今夜は一段と荒々しかったらしく、シーツに埋め込まれる涼は少し怪訝な顔で亜楼を見上げている。そんな顔を涼にさせていることにすら気づけない亜楼は、更にきつく上司の手首をつかんでモヤモヤする何かと懸命に闘っていた。
……なんで! なんで来ねぇんだよ!? なんで、なんで、なんで……っ。
自分の下でいとしい人がからだを横たえているというのに、亜楼の頭の中は、単細胞でひどく泣き虫な愚弟のことでいっぱいになっていた。
うかつに好きだと言ってしまったあの夜から、何故か海斗がぱったり部屋に来なくなってしまった。生活の中でもずっと避けられている気がするし、たわいないことを話しかけたりするだけでもするりとかわされてしまう。あんなにウザいほど好きだとわめき散らしていた弟がてのひらを返したように冷たくなってしまった事実に、亜楼は不安のような焦りのようなうまく言葉にできない感情を持て余していた。
好きだと言ったから? あまく見つめ合ったから? ……つーかあいつ、追いかけられると急に冷めるタイプかよ!?
形のないモヤモヤしたものに抗いながら、亜楼はこんなことを気にしてしまう自分自身にいちばん苛立っていた。目の前で艶っぽく自分を見上げる涼がいるのに、ほとんど欲情しない己に動揺を隠せない。
「亜楼? キミ、なんか今日ヘンだよ」
「変じゃねぇよ。……いいから黙っててくれ、集中したい……」
「青春だねぇ……集中しないとボクを抱けないなんて重症じゃないか」
いつか果敢に事務所に乗り込んできた純真な少年の存在を思い出した涼は面白がって茶化したが、その声さえ余裕のない亜楼には届いていなかった。誠実に涼の首筋にたくさんのくちづけを残そうと努力するが、どれも曖昧で、残したそばから意味のないものに成り下がってしまう。
ダメだ……全然集中できねぇ……あいつの顔が、ちらつく……。
亜楼は散々迷った挙げ句、ベッドの下に脱ぎ落としていた自分のシャツからネクタイをするっと引き抜いた。
「ごめん涼さん……ちょっと、これ、させて」
渋々手にしたタイで、亜楼は申し訳なさそうにぎこちなく涼の目を覆った。海斗とともに過ごすあやまちの夜に使っていた、自分を誤魔化すまじないだ。
「キミ、そんな趣味あったっけ? 付き合い長いけど初めてだよね、こんなの。……まぁいいか、せいぜい楽しませてよね」
口の端を持ち上げて愉快そうに笑む涼を見下ろしながら、亜楼は困り果てた眼を虚空に残し、涼に体重を預けた。
ごめん涼さん、今はとにかく、あんたの顔見て抱く自信がねぇんだよ。
あやふやに果てて、亜楼と涼はだるい下肢をベッドの上で投げ出して座り、並んで煙草を吸っていた。いいセックスだったと思えなかったのは互いに同じだったようで、ゆらゆらと踊り狂う煙をぼんやりと眺めているだけの何もない時間が静かに流れる。
「涼さん、俺……今日泊まってくから先帰っていいよ」
「どうしたの? 珍しいね。いつもはちゃんと家に帰るじゃない」
「……帰りたく、ねぇんだ」
昔から外泊は好きではなかった。たった一晩でも家に戻らなかったらもう帰る場所を失ってしまう気がして、ずっと怖かった。無条件で自分を待ってくれる人など、母親が死んでからもういないと思っていた。
でも今夜は家に帰りたくないと、亜楼は強く感じていた。帰るときっと、海斗が部屋に来るのを待ってしまうから。めちゃくちゃな告白をまた聞きたくなってしまうから。うまく涼を抱けなかった埋め合わせを海斗に求める、最低な兄になってしまうかもしれないから。
「じゃあボクも今日は泊まろうかな」
「……」
戸惑うように涼の方を向いた亜楼の目が、ひとりにしてほしいと無言で訴える。
「うそ、泊まらない。……ねぇ亜楼、ボクは去るものは追わない主義だよ」
涼は煙草を持っていない方の手を亜楼にそっと伸ばすと、柔らかい猫っ毛にやさしく指をうずめて撫でつけた。長男の亜楼には知ることのできなかった、それはまるで兄のようなあたたかさ。
「なんで、んなこと……」
「キミが、ボクから去りたそうな顔をしてボクを抱くから」
「なっ!? ……ん? つーか、顔は見えてなかっただろ、今日は」
「ハハハ、バレたか。でも目には見えなくても、感じることができるものはたくさんあるんだよ。特に目隠しなんかされてると、ね」
「……」
「答え、まちがえないようにね」
「答え……?」
「そう。もうほとんど出てると思うんだけど」
涼は天井を仰いで大きく煙を吐き出すと、子供をあやすような手つきで、幸いをつかむ覚悟ができずに迷子になっている部下の髪を撫で回す。
「ボクは一本吸い終わったら帰ろうかな、メグミも待ってるしね。キミも家族が待ってるんだろう? こんな味気ないホテル泊まらないで早く帰りなさい。弟くんたちが心配するよ」
帰らなかったら心配してくれるんだろうか……あいつは。もう愛想を尽かされちまったかもしれねぇのに、何を、期待している。
涼の親愛に満ちたやさしい指に少し甘えながら、亜楼は最後の一本になった煙草に火を入れて力なく煙を吸い込んだ。
……なんで! なんで来ねぇんだよ!? なんで、なんで、なんで……っ。
自分の下でいとしい人がからだを横たえているというのに、亜楼の頭の中は、単細胞でひどく泣き虫な愚弟のことでいっぱいになっていた。
うかつに好きだと言ってしまったあの夜から、何故か海斗がぱったり部屋に来なくなってしまった。生活の中でもずっと避けられている気がするし、たわいないことを話しかけたりするだけでもするりとかわされてしまう。あんなにウザいほど好きだとわめき散らしていた弟がてのひらを返したように冷たくなってしまった事実に、亜楼は不安のような焦りのようなうまく言葉にできない感情を持て余していた。
好きだと言ったから? あまく見つめ合ったから? ……つーかあいつ、追いかけられると急に冷めるタイプかよ!?
形のないモヤモヤしたものに抗いながら、亜楼はこんなことを気にしてしまう自分自身にいちばん苛立っていた。目の前で艶っぽく自分を見上げる涼がいるのに、ほとんど欲情しない己に動揺を隠せない。
「亜楼? キミ、なんか今日ヘンだよ」
「変じゃねぇよ。……いいから黙っててくれ、集中したい……」
「青春だねぇ……集中しないとボクを抱けないなんて重症じゃないか」
いつか果敢に事務所に乗り込んできた純真な少年の存在を思い出した涼は面白がって茶化したが、その声さえ余裕のない亜楼には届いていなかった。誠実に涼の首筋にたくさんのくちづけを残そうと努力するが、どれも曖昧で、残したそばから意味のないものに成り下がってしまう。
ダメだ……全然集中できねぇ……あいつの顔が、ちらつく……。
亜楼は散々迷った挙げ句、ベッドの下に脱ぎ落としていた自分のシャツからネクタイをするっと引き抜いた。
「ごめん涼さん……ちょっと、これ、させて」
渋々手にしたタイで、亜楼は申し訳なさそうにぎこちなく涼の目を覆った。海斗とともに過ごすあやまちの夜に使っていた、自分を誤魔化すまじないだ。
「キミ、そんな趣味あったっけ? 付き合い長いけど初めてだよね、こんなの。……まぁいいか、せいぜい楽しませてよね」
口の端を持ち上げて愉快そうに笑む涼を見下ろしながら、亜楼は困り果てた眼を虚空に残し、涼に体重を預けた。
ごめん涼さん、今はとにかく、あんたの顔見て抱く自信がねぇんだよ。
あやふやに果てて、亜楼と涼はだるい下肢をベッドの上で投げ出して座り、並んで煙草を吸っていた。いいセックスだったと思えなかったのは互いに同じだったようで、ゆらゆらと踊り狂う煙をぼんやりと眺めているだけの何もない時間が静かに流れる。
「涼さん、俺……今日泊まってくから先帰っていいよ」
「どうしたの? 珍しいね。いつもはちゃんと家に帰るじゃない」
「……帰りたく、ねぇんだ」
昔から外泊は好きではなかった。たった一晩でも家に戻らなかったらもう帰る場所を失ってしまう気がして、ずっと怖かった。無条件で自分を待ってくれる人など、母親が死んでからもういないと思っていた。
でも今夜は家に帰りたくないと、亜楼は強く感じていた。帰るときっと、海斗が部屋に来るのを待ってしまうから。めちゃくちゃな告白をまた聞きたくなってしまうから。うまく涼を抱けなかった埋め合わせを海斗に求める、最低な兄になってしまうかもしれないから。
「じゃあボクも今日は泊まろうかな」
「……」
戸惑うように涼の方を向いた亜楼の目が、ひとりにしてほしいと無言で訴える。
「うそ、泊まらない。……ねぇ亜楼、ボクは去るものは追わない主義だよ」
涼は煙草を持っていない方の手を亜楼にそっと伸ばすと、柔らかい猫っ毛にやさしく指をうずめて撫でつけた。長男の亜楼には知ることのできなかった、それはまるで兄のようなあたたかさ。
「なんで、んなこと……」
「キミが、ボクから去りたそうな顔をしてボクを抱くから」
「なっ!? ……ん? つーか、顔は見えてなかっただろ、今日は」
「ハハハ、バレたか。でも目には見えなくても、感じることができるものはたくさんあるんだよ。特に目隠しなんかされてると、ね」
「……」
「答え、まちがえないようにね」
「答え……?」
「そう。もうほとんど出てると思うんだけど」
涼は天井を仰いで大きく煙を吐き出すと、子供をあやすような手つきで、幸いをつかむ覚悟ができずに迷子になっている部下の髪を撫で回す。
「ボクは一本吸い終わったら帰ろうかな、メグミも待ってるしね。キミも家族が待ってるんだろう? こんな味気ないホテル泊まらないで早く帰りなさい。弟くんたちが心配するよ」
帰らなかったら心配してくれるんだろうか……あいつは。もう愛想を尽かされちまったかもしれねぇのに、何を、期待している。
涼の親愛に満ちたやさしい指に少し甘えながら、亜楼は最後の一本になった煙草に火を入れて力なく煙を吸い込んだ。
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