上 下
39 / 58

39【亜楼Diary】あやふや

しおりを挟む
 ぼんやりとほの暗いホテルの一室で、亜楼は涼を乱暴に組み敷いていた。乱暴なのは亜楼の専売特許のようなものだが今夜は一段と荒々しかったらしく、シーツに埋め込まれる涼は少し怪訝な顔で亜楼を見上げている。そんな顔を涼にさせていることにすら気づけない亜楼は、更にきつく上司の手首をつかんでモヤモヤする何かと懸命に闘っていた。

 ……なんで! なんで来ねぇんだよ!? なんで、なんで、なんで……っ。

 自分の下でいとしい人がからだを横たえているというのに、亜楼の頭の中は、単細胞でひどく泣き虫な愚弟のことでいっぱいになっていた。

 うかつに好きだと言ってしまったあの夜から、何故か海斗がぱったり部屋に来なくなってしまった。生活の中でもずっと避けられている気がするし、たわいないことを話しかけたりするだけでもするりとかわされてしまう。あんなにウザいほど好きだとわめき散らしていた弟がてのひらを返したように冷たくなってしまった事実に、亜楼は不安のような焦りのようなうまく言葉にできない感情を持て余していた。

 好きだと言ったから? あまく見つめ合ったから? ……つーかあいつ、追いかけられると急に冷めるタイプかよ!?

 形のないモヤモヤしたものに抗いながら、亜楼はこんなことを気にしてしまう自分自身にいちばん苛立っていた。目の前で艶っぽく自分を見上げる涼がいるのに、ほとんど欲情しない己に動揺を隠せない。

「亜楼? キミ、なんか今日ヘンだよ」

「変じゃねぇよ。……いいから黙っててくれ、集中したい……」

「青春だねぇ……集中しないとボクを抱けないなんて重症じゃないか」

 いつか果敢に事務所に乗り込んできた純真な少年の存在を思い出した涼は面白がって茶化したが、その声さえ余裕のない亜楼には届いていなかった。誠実に涼の首筋にたくさんのくちづけを残そうと努力するが、どれも曖昧で、残したそばから意味のないものに成り下がってしまう。

 ダメだ……全然集中できねぇ……あいつの顔が、ちらつく……。

 亜楼は散々迷った挙げ句、ベッドの下に脱ぎ落としていた自分のシャツからネクタイをするっと引き抜いた。

「ごめん涼さん……ちょっと、これ、させて」

 渋々手にしたタイで、亜楼は申し訳なさそうにぎこちなく涼の目を覆った。海斗とともに過ごすあやまちの夜に使っていた、自分を誤魔化すまじないだ。

「キミ、そんな趣味あったっけ? 付き合い長いけど初めてだよね、こんなの。……まぁいいか、せいぜい楽しませてよね」

 口の端を持ち上げて愉快そうに笑む涼を見下ろしながら、亜楼は困り果てた眼を虚空に残し、涼に体重を預けた。

 ごめん涼さん、今はとにかく、あんたの顔見て抱く自信がねぇんだよ。





 あやふやに果てて、亜楼と涼はだるい下肢をベッドの上で投げ出して座り、並んで煙草を吸っていた。いいセックスだったと思えなかったのは互いに同じだったようで、ゆらゆらと踊り狂う煙をぼんやりと眺めているだけの何もない時間が静かに流れる。

「涼さん、俺……今日泊まってくから先帰っていいよ」

「どうしたの? 珍しいね。いつもはちゃんと家に帰るじゃない」

「……帰りたく、ねぇんだ」

 昔から外泊は好きではなかった。たった一晩でも家に戻らなかったらもう帰る場所を失ってしまう気がして、ずっと怖かった。無条件で自分を待ってくれる人など、母親が死んでからもういないと思っていた。

 でも今夜は家に帰りたくないと、亜楼は強く感じていた。帰るときっと、海斗が部屋に来るのを待ってしまうから。めちゃくちゃな告白をまた聞きたくなってしまうから。うまく涼を抱けなかった埋め合わせを海斗に求める、最低な兄になってしまうかもしれないから。

「じゃあボクも今日は泊まろうかな」

「……」

 戸惑うように涼の方を向いた亜楼の目が、ひとりにしてほしいと無言で訴える。

「うそ、泊まらない。……ねぇ亜楼、ボクは去るものは追わない主義だよ」

 涼は煙草を持っていない方の手を亜楼にそっと伸ばすと、柔らかい猫っ毛にやさしく指をうずめて撫でつけた。長男の亜楼には知ることのできなかった、それはまるで兄のようなあたたかさ。

「なんで、んなこと……」

「キミが、ボクから去りたそうな顔をしてボクを抱くから」

「なっ!? ……ん? つーか、顔は見えてなかっただろ、今日は」

「ハハハ、バレたか。でも目には見えなくても、感じることができるものはたくさんあるんだよ。特に目隠しなんかされてると、ね」

「……」

「答え、まちがえないようにね」

「答え……?」

「そう。もうほとんど出てると思うんだけど」

 涼は天井を仰いで大きく煙を吐き出すと、子供をあやすような手つきで、幸いをつかむ覚悟ができずに迷子になっている部下の髪を撫で回す。

「ボクは一本吸い終わったら帰ろうかな、メグミも待ってるしね。キミも家族が待ってるんだろう? こんな味気ないホテル泊まらないで早く帰りなさい。弟くんたちが心配するよ」

 帰らなかったら心配してくれるんだろうか……あいつは。もう愛想を尽かされちまったかもしれねぇのに、何を、期待している。

 涼の親愛に満ちたやさしい指に少し甘えながら、亜楼は最後の一本になった煙草に火を入れて力なく煙を吸い込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!? ※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。 いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。 しかしまだ問題が残っていた。 その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。 果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか? また、恋の行方は如何に。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...