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ゆりすみれ

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34【双子Diary】ブラコン②

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「あれ? 海斗ひとり? こんなところで何やってんの?」

 化学の用具を抱えて理科室に向かっていた眞空と純一は、海斗が廊下の窓にへばりついて下をのぞき込んでいる不審な姿を目撃し、気安く声を掛けた。

「あぁ、眞空……と、純一か」

 まったく覇気のない声で双子の兄に名を呼ばれた純一は、なんだこっちも落ちてんのかよ……と少しうんざりするが、落ち込みを払拭してやろうとわざと調子を上げて海斗に話しかけてやる。

「聞けよ海斗。眞空がさ、冬夜が一緒に登校してくれなかったくらいで、落ち込んでフテ寝だぜ? ったく、ブラコンもいい加減にしろっつーの。なぁ?」

 海斗の肩にポンと手をのせて苦笑した純一に、海斗は何も返さなかった。うつむき、口唇を少し震わせて言う。くぐもった、悔しさのようなものを噛みしめる、声。

「……ブラコンの何がわりぃんだよ……ブラコン上等じゃねぇか……」

「は?」

「……わりぃ、オレ、戻る」

 走って教室に戻る海斗の背中を呆然と目で追って、

「なんだあれ? 俺、なんか悪いこと言ったか?」

 と、純一がきょとんとする。兄の様子がおかしいことは明瞭で、眞空は落ち込みから来る自身の間抜け面を、険しい顔つきのものにすっとすり替えた。また、亜楼と何かあったんだ。

「ごめん純一、先に理科室行ってて。おれちょっと海斗の様子見てくる。海斗……ヘンだ」

「は? どうしたんだよ」

 問われ、眞空が苦い顔をして純一に教える。

「おれも冬夜に多分ブラコン……だけどさ、海斗も上の兄ちゃんにゾッコン……っていうか、ブラコンなんだよ」

「はぁ?」





 走って追いかけて、眞空はひと気のない階段の踊り場で海斗の腕をつかまえた。振り向かせると、海斗は静かに泣いていた。

「!? 海斗? どうしたの!?」

「離せよ……見んなバカ」

 イヤイヤをして必死に腕を振り払おうとする海斗を、それでも眞空は力ずくで押さえ込んで、涙の理由を問う。

「海斗、黙ってたらわかんないよ。おまえがそんな風に泣いてるの、放っておけるわけないだろ」

「……」

 それでも海斗は何も言わず、ただぽろぽろと涙をこぼすだけだった。初めは泣き顔を見られないようにうつむいていたが、眞空の前だからか途中から気にしなくなっていた。豪快なしずくが、制服のシャツに染みを作っていく。

「ねぇ海斗、おれにだけは教えてよ。大丈夫、誰にも言わないし、何言ってもおれは笑わないよ」

 眞空がそう言って海斗をやさしく抱き寄せると、海斗はその家族のあたたかみに触れて、ますますのどの奥を詰まらせた。それでも懸命に言葉にする。大事な片割れに、涙の理由を聞いてもらう。

「もう……オレ……亜楼と顔、合わせたくねぇよ……」

「けんかしちゃった?」

「違う、違うんだ……でも次に顔合わせたとき、あのとき言ったことやっぱナシって言われるのが、怖くて……やっぱり夢だったんだってがっかりしたくねぇから、だからオレ、すげぇビビってて……」

「なんか、言われたの?」

「……好きだ、って言われた」

「!」

 好きだと言われて、怖くなって、こんなに泣いてしまうなんて。こんなに泣いてしまうほど、その幸せなはずのひと言に、怯えてしまうなんて。

 眞空は海斗に共鳴してしまったように、胸がぎゅっと締めつけられる痛みを覚えた。うまくいかないもどかしさから来るその痛みは、眞空もよく知っている。同じ痛みを共有している永遠の対に、眞空がそっと寄り添った。

「海斗も胸の辺り、ぎゅってなってる?」

「……そう。怖くて、……ずっと苦しい」

「おれもなってるよ。冬夜のこと考えて、いつかおれじゃない誰かのものになるかもしれないって思うと、不安で、怖くて、どうしようもなくなる。そんなの許せるのかわからなくて、すごく自分が嫌になる」

「うん、わかる……」

 互いの痛みを分かち合う。口に出せば、互いに少しは楽になれる気がする。

「おれは意気地なしで何も動けないくせに、冬夜を誰にもとられたくなくて、どんどん理不尽な嫌なやつになってる」

「オレだって、亜楼に振り向いてほしいだけなのに、毎回めちゃくちゃに困らせて、いっつも怒らせてばっか」

 からだを寄せ合い、同じ顔を互いに見つめ、持て余す想いに二人で弱気になった。

「同じ家に住んでる兄弟のことでこんな気持ちになるなんてさ、おれたち、ほんと、どうしようもないね……」

「うん、まじで、どうしようもねぇよ……」

 本当にどうしようもなくなって、海斗がまた頬に大粒のしずくを滑らせる。

「眞空、どうしよ、……やっぱ幻聴だったのかも……まじでわかんねぇよ……亜楼に、ほんとのこと、聞けない」

「きっと幻なんかじゃないよ。ほら、もうそんなに泣かないの。海斗がそんな顔してたら、亜楼もきっと悲しむよ」

 眞空は本当に泣き虫な兄の涙をそっと指で拭うと、やさしく肩を抱いて包み込んでやった。
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