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ゆりすみれ

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28【眞空+冬夜Diary】折り紙あそび

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 あまり笑わない子だと、ずっと思っていた。

 いつもひばり園の隅でぼんやりと折り紙を広げ、いつもここではないどこか遠くを見ているような子だった。

 施設の先生からこっそりと、冬夜はまだ3歳のときに、遠くにある別の児童養護施設に冬夜という名だけを持ってこっそりと預けられたと聞いた。特別な事情で預けられたとは言っていたが、捨てられたも同然だと眞空は思った。その施設が閉園になり、他の施設を転々としたあと、巡り巡ってひばり園に来たらしい。父親も母親も覚えていない。名字も知らない。子供が平等に持っているはずの親に愛される権利を、与えられなかった子供。だからきっと、ずっと淋しいんだろうと、眞空はどうしてか放っておけなかった。それがただのお人好しだったのか、それとももうすでに何かはじまっていたからなのか、今となってはもう定かではない。

『ここをこうして……ほらできた、ティラノサウルス』

 眞空は冬夜の許可もほとんど得ないまま、勝手に冬夜の折り紙遊びに混ざっていた。八つのこの頃からすでに器用だった眞空は、複雑な折り紙を冬夜のために折ってやる。

『……すごい』

 特にすごいと思っていなさそうに、冬夜は淡々としていた。まだ知り合ったばかりの冬夜は本当に表情の変化に乏しい子供で、すごいものを見せてやっても、おもしろいことを言ってみても、同じ顔しか見せてくれなかった。

『ホントにすごいと思ってる……? これけっこうムズカシイんだけど』

『うん眞空すごい。僕にはムリそうだ』

 またあっさりとほとんど無表情で答えられ、眞空は苦笑するしかなかった。

 冬夜は整った顔立ちの、中性的な美しい少年だった。なんでもそつなくこなしそうな雰囲気を持ってはいたが、実際はあまり指先が器用ではなく、折り紙ばかりしているわりには折り紙は全然うまくなくて、いつも簡単な同じものばかりをくり返し折っていた。眞空は子供ながらに、この子は折り紙がしたいんじゃなくて、こうして誰にも構われずにひとりで過ごしたいのだと気づいた。折り紙は誰にも心配されないためのカムフラージュで、周りに気を遣わせないためのささやかな配慮だった。たった8歳の眞空が気づいたのだ、それくらい冬夜の孤独は大きかった。

 つれない冬夜に懲りずに何度も図々しく折り紙を教えていたら、だんだんと心を開いてくれるようになった。時々見せてくれる貴重な笑顔がうれしくて、眞空はものすごい勢いで難しい折り紙を覚えていった。

 そんなはじまりから二年あとに、眞空は双子の兄とともに或る家にもらわれることになる。堂園家の養子になる前の晩、眞空はやっぱり冬夜に折り紙を教えていた。

 明日ひばり園からいなくなることは、最後まで冬夜には言えなかった。おれには結局海斗もいるし、これから新しい家族もできるらしくて、完全に冬夜を裏切っている、と眞空は子供ながらに後ろめたい気持ちでいっぱいになっていた。自分には冬夜の孤独なんて一生わかってあげられないのだと、少しでも冬夜と心を通わせた気でいた眞空は打ちのめされた。

『……眞空、手止まってる。次は? このあとどう折ったらいいの?』

『あ、ごめん……』

『へんなの。……何かあったの?』

『ううん……』

 しばらく二人とも無言で黙々と折り紙を折っていると、

『眞空、ありがとう』

 と、視線は手元の折り紙に落としたままで冬夜が言った。え? と眞空の手がまた止まる。

『僕に折り紙おしえてくれてありがとう。僕とあそんでくれてありがとう』

 冬夜はゆっくりと顔を上げ、眞空の目を見つめてにっこりと笑った。

『ど、どうして急にそんなこと言うの?』

『なんとなく』

 別れのあいさつの気がして、眞空はうろたえた。今思えば、さとい冬夜は何かを察していたのかもしれない。

『僕、お父さんもお母さんもはじめからいなくて……たぶん僕ずっとさみしかったんだけど、眞空はいつも僕とあそんでくれたから……だから、ありがとう』

『……冬夜……、実はおれ、明日……』

 ちゃんと自分の口から言わなければいけなかったのに、冬夜の目を見たら決心が鈍ってしまった。

『眞空がひばり園に入ってきてくれてよかった。僕、眞空、だいすき』

 今まで見た中でいちばんまぶしい笑顔に、眞空は思わずドキリとしてしまった。ただでさえ、美少年なのだ。この笑顔を引き出したのが自分かと思うとびっくりする。

 あぁ、おれはずっと、冬夜にこんな風に笑ってほしかったんだ。あまり、笑わない子だったから。

『できたよ、ティラノサウルス。これ、眞空にあげる』

 そう言って差し出された、眞空が最初に教えてやった難しい折り紙は、いつの間にかすっかりうまくなっていた。
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