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ゆりすみれ

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22【眞空+冬夜Diary】兄の反応

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 控えめなノックの音が、トントントンと三回した。

 はい、と眞空が返事をすると、小さく開けたドアの隙間から冬夜がそっと顔をのぞかせた。

「冬夜? どうかした?」

 課題をしていた眞空は、テキストから顔を上げるとやさしく冬夜を招き入れた。

「夜遅くにごめんね。数学見てもらいたくて。明日授業で当たる番なんだ」

 いいよとにっこり微笑んだ眞空に、無自覚のやさしさは罪だ……と、冬夜はすかさず胸の内でつぶやく。そういう笑顔はいくら兄でも、ずるい。

 冬夜は眞空の勉強机の前に座らせてもらい、眞空は横にもうひとつ椅子を持ってきて座った。亜楼が趣味のDIYで作った、木製の折りたたみ式の椅子である。インテリア系の事務所に勤めている長兄は、昔から暇があるとデザインを起こすところから家具を作る。完成した数々のちょっとした家具たちは、弟たちの部屋に半ば無理やり置かれていた。

 ……ホントは数学、得意なんだけどね。

 さっそく一生懸命勉強を見てくれている眞空を見て、冬夜は兄のお人好しぶりに苦笑した。眞空と二人でいたくて口実を作ってきたのに、それに気づかないのも眞空らしくていとおしい。

 冬夜は説明を聞く振りをして、眞空の真剣な横顔をじっと見つめていた。十年ずっと、離れていた期間も含めてずっと想ってきた。ずっと眞空しか見えていなかった。

 6歳の冬夜が初めて眞空に持った印象は、折り紙を教えてくれるちょっとお節介な人、だった。ひばり園の片隅でひっそりと折り紙遊びをしていると、眞空は勝手に混ざってきて勝手に折り紙を教えてくれた。最初は迷惑でとにかく放っておいてほしかったが、いつの間にかなくてはならない大切な友達になっていた。おかげで特に好きでもなかった折り紙がずいぶんとうまくなってしまった。うまくできると、眞空がとびきりの顔で笑んでくれるから。それがうれしくて夢中で折り紙をした。3歳で親に捨てられ、ただぼんやりと生かされていただけの自分を、眞空はまだ小さかったその手を精一杯に伸ばして引っ張り上げてくれた。ずっと、こんな人がお兄ちゃんになってくれたらいいのにと願っていた。

 ある日、眞空は双子の兄とともに突然ひばり園からいなくなった。新しい家族にもらわれたのだと施設の大人に聞き絶望したが、大切な友の幸いを祈って忘れようと思っていた。もう会えない、またひとりぼっちに戻るんだとあきらめていたのに、また会えた。今度はもう二度と離れたくないと強く思った。再会の奇跡が、憧れを恋に変えた。

「……僕、純一さんに誘われたんだよね」

 ノートの上で眞空に言われた通りの公式を使いながら、冬夜は唐突にぽつりとつぶやいた。兄の威厳を見せようと冬夜が持ってきた問題を真剣に解いていた眞空は、うかつにも反応が遅れてしまう。

「ふーん……んん? えっ!? さ、誘われたって、な、何に……?」

「デート」

「デートぉ……?」

 デートと聞いて、眞空は解の途中でシャープの芯を激しく折る。

「純一さんって僕のこと好きなのかな。僕さ、そういうのなんとなくわかっちゃうんだよね。親に捨てられた子供だったから、昔から人の顔色うかがうのクセになっちゃってて。迷惑かけないように、浮かないようにって周りをよく見るから、いろいろ、よくわかるようになったみたい」

「冬夜……それもあるかもしれないけど、……そうじゃなくてもおまえは異常にモテるから、そういう機能が勝手に搭載されちゃったんだよ……」

 眞空は顔をひきつらせて、弟の鋭利な感覚に冷や汗をかいた。

「僕、まぁ顔は確かに女の子っぽいキレイめ系なのかもしれないけど、性格は結構男らしいつもりなんだけどな。そういえば僕、男だけどいいのかな?」

「それは、人それぞれの好みだと思うよ……」

 眞空の声が消え入りそうにか細くなってしまったのに気づいて、冬夜はあまりいじめるのも可哀想かと、本当に訊きたかったことをまっすぐ眞空に投げかける。

「ねぇ眞空は僕と純一さんがデートするのどう思う? 眞空と純一さんは友達でしょ? 友達と弟がデートするのって、眞空はどんな風に思うのかなって」

「それは……おまえと純一の問題だし、冬夜の好きにしたらいいんじゃないかな……」

 眞空は目を伏せていた。何かをぐっとこらえるように、太ももの上で拳を固く握りしめている。

 やっぱり止めてはくれないのだと、冬夜はあきらめにも似た淋しさに襲われた。たったひと言、行くなと言ってくれたら、それだけで救われるのに。

「そっか……そうだよね。僕のことだから、眞空がとやかく口出すこと、ないもんね」

 ただの兄が、弟の色恋に口を出すことなどできないと眞空がうつむく。相手が最低最悪のクズ男だったらさすがに口を出すが、人として信頼し尊敬もしている親友が相手では何も言えるはずがない。口を出すことは、純一を否定することにもなる。

「……もし純一が、冬夜のこと……本当に好きだったら、おまえ、どうするの?」

 太ももの上の拳を睨みつけたまま、眞空はのどの奥を震わせておそるおそる訊いた。

「……気になるの?」

「……っ」

 きっと、ただ少しの勇気が足りないだけの兄を急かそうかと、冬夜は少し考えてからにっこり笑む。

「うーん、内緒。僕と純一さんの問題なんでしょ? だから眞空には内緒だよ、教えてあげない」

「うっ……」

 逆手にとられ反論できない眞空は、背中を丸めて小さくなった。

 ちょっとイヤミっぽかったかな? またイヤな言い方しちゃった。……僕、眞空の前だと、いつもちょっとイヤな子になってるかも。

 冬夜は自己嫌悪におちいりながらも、眞空を責めるような気持ちを抑えることができなかった。好きすぎて、期待する。好きすぎて、焦れる。

 眞空さえ覚悟を決めてくれたら、僕たちすぐに恋人同士になれるのに。覚悟ができないのは、やっぱり……。

 明日当たるところの予習を終え部屋を出るとき、冬夜は眞空に背を向けたまま言葉を紡いだ。

「僕は眞空が行くなって言ったら、行かないよ、デート」

「!? な、なんで……?」

 ドキリとした眞空はまたのどの奥を震わせて問い、冬夜の背中を見つめた。冬夜はくるりと眞空を振り返ると、顔中に華を盛ったような美しい笑みで答える。

「眞空が僕のお兄ちゃんだから! お兄ちゃんの言うこと聞く、いい弟なの僕。昔からそうだったでしょ?」

 眞空ごめんね、試すようなことして。眞空がお兄ちゃんになってくれてうれしかった。ずっとそうなったらいいなと願っていたことが、奇跡のように叶ってうれしかった。

 でも今はこの兄弟という距離がもどかしいと、冬夜は華を盛った笑顔の下で心細く嘆いた。
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