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17【眞空Diary】手紙あそび
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……にしても、簡単に言ってくれるよな。した……って、いくらなんでも急展開すぎだし。なんか、なんか……なんかやっぱちょっとショックっていうか……兄と兄なわけだし……あぁ、もうっ、……なんか……なんだかなぁ、もう。
窓際の席で頬杖をつきながら、眞空は昼休みの海斗のことを思い出していた。午後一の授業は生物で、教卓の方からはおじいちゃん先生の間延びした声が聞こえてくる。
繊細な兄が思い詰めて破裂しないか、実は海斗よりも心は強いつもりの眞空は心配になるが、少し贅沢な悩みだと思うのも本音である。亜楼に気持ちがないと言ってはいたが、眞空から見たら二人はずっと昔から充分に寄り添っていた。手がつけられないほどやんちゃな海斗を、亜楼は文句を垂れながらもうれしそうに大切にしていた。片割れにまで筒抜けなそのあたたかい感情は、恋にはなり得ないのだろうか。
それに比べておれは……と、眞空はまた不甲斐なさの無限迷路に足を踏み入れた。おれは冬夜の気持ちを確かめることも、からだを求めることも、ままならない。自虐的になるのは悪い癖だと自覚しているが、眞空はやはり自分はままごとのような恋をしているだけなのではないかと自信を失いかける。
そんなことをぼんやりと考えていると、前の席に座っている純一から小さな紙切れが飛んできた。それはノートの切れ端を適当に畳んだもので、どうやら純一としては手紙のつもりらしい。純一は退屈になると時々こういうくだらない遊びを思いつく男だった。授業中に手紙回しとか、女子かよ。
【下で冬夜が体育やってる】
紙切れには一行そう綴られていて、眞空が下のグラウンドをのぞき込むと確かに冬夜が体育の授業をしているところだった。ミニサッカーをしているようで、周りに集まっている女子たちが冬夜に注目しているのがここから見ていてもなんとなくわかる。やっぱ美少年だし、やっぱ人気者だし、と眞空はつい自慢の弟に見惚れてしまった。陸上部の冬夜だがスポーツはなんでもそつなくこなせるらしく、サッカーボールを追いかける姿も様になっている。
【冬夜、サッカーも結構うまいだろ。さすがおれの弟】
生物の授業に退屈していたのは眞空も同じだったので、純一のくだらない遊びに付き合ってやることにした。眞空もノートを破いてひと言書くと、純一の机の上にうまく落ちるようにそっと飛ばす。そのまま、手紙でのやり取りが始まる。
【さすが海斗の弟、のまちがいだろ? おまえはスポーツたいしたことないしな。海斗に似てよかったな】
【うるさい、余計なお世話】
確かに海斗のサッカーの腕前は素直に認める眞空だったが、おまえはたいしたことないと親友にはっきりと言われたらさすがに傷つく。おれは家事担当なんだからほっとけ。
おじいちゃん先生ののんびりした声音が眠りを誘うのか、陽気のいい午後の授業ではクラスの大半がうとうとしていた。眞空も大きなあくびを隠さずにぼんやりと冬夜の勇姿を眺めていると、次の手紙がすぐに降ってきた。
【俺、冬夜のことが好き】
ノートの切れ端に整然と並んだ文字。迷いのない、力強い書き方。
「!?」
あまりの唐突さ、脈絡のなさに、眞空はただ唖然とするしかない。純一の肩を叩いてこちらを向かせようとしたら手元が狂って、誤ってペンケースをがっしゃんと派手に落としてしまった。大きな音にクラスメートが一斉に眞空を見る。うとうとしかけていた生徒もはっと目を覚ます。皆の視線を集めた眞空は、すみません……と小さくなって散乱した筆記具を拾い出した。
【突然何言ってんの? お兄ちゃんの心臓に悪い冗談はよしてくれ】
と、ペンケースを整えた眞空はジョークで返事を書いてみた。慌てて書いたので文字が震えている。動揺している……と、眞空はじっとりと自分が冷や汗をかいているのに気づいて驚いた。
眞空の返事を読んだ純一は、くるりとからだをひねり眞空を振り返って見つめた。強張っている眞空をじっと見つめ、ひと言、
「本気だよ」
と、こっそり告げ、またくるりとからだを教卓の方へ戻す。
ここまで手紙ごっこしといて大事なとこは口で言うのかよ! と眞空は純一が見せた本気の目に不覚にもどぎまぎしてしまった。本気だよとさらりと告げた純一の口調は、授業中に問3の答えなんだった? と訊くのとまるで同じ軽さでほとんど真実味を帯びていないのに、何故か眞空の心は深く爪が食い込んだみたいにキリキリと痛んで仕方がない。
それから眞空はグラウンドにいる冬夜を眺めるのもすっかり忘れて、固まったまま純一の背中だけをずっと見つめていた。
窓際の席で頬杖をつきながら、眞空は昼休みの海斗のことを思い出していた。午後一の授業は生物で、教卓の方からはおじいちゃん先生の間延びした声が聞こえてくる。
繊細な兄が思い詰めて破裂しないか、実は海斗よりも心は強いつもりの眞空は心配になるが、少し贅沢な悩みだと思うのも本音である。亜楼に気持ちがないと言ってはいたが、眞空から見たら二人はずっと昔から充分に寄り添っていた。手がつけられないほどやんちゃな海斗を、亜楼は文句を垂れながらもうれしそうに大切にしていた。片割れにまで筒抜けなそのあたたかい感情は、恋にはなり得ないのだろうか。
それに比べておれは……と、眞空はまた不甲斐なさの無限迷路に足を踏み入れた。おれは冬夜の気持ちを確かめることも、からだを求めることも、ままならない。自虐的になるのは悪い癖だと自覚しているが、眞空はやはり自分はままごとのような恋をしているだけなのではないかと自信を失いかける。
そんなことをぼんやりと考えていると、前の席に座っている純一から小さな紙切れが飛んできた。それはノートの切れ端を適当に畳んだもので、どうやら純一としては手紙のつもりらしい。純一は退屈になると時々こういうくだらない遊びを思いつく男だった。授業中に手紙回しとか、女子かよ。
【下で冬夜が体育やってる】
紙切れには一行そう綴られていて、眞空が下のグラウンドをのぞき込むと確かに冬夜が体育の授業をしているところだった。ミニサッカーをしているようで、周りに集まっている女子たちが冬夜に注目しているのがここから見ていてもなんとなくわかる。やっぱ美少年だし、やっぱ人気者だし、と眞空はつい自慢の弟に見惚れてしまった。陸上部の冬夜だがスポーツはなんでもそつなくこなせるらしく、サッカーボールを追いかける姿も様になっている。
【冬夜、サッカーも結構うまいだろ。さすがおれの弟】
生物の授業に退屈していたのは眞空も同じだったので、純一のくだらない遊びに付き合ってやることにした。眞空もノートを破いてひと言書くと、純一の机の上にうまく落ちるようにそっと飛ばす。そのまま、手紙でのやり取りが始まる。
【さすが海斗の弟、のまちがいだろ? おまえはスポーツたいしたことないしな。海斗に似てよかったな】
【うるさい、余計なお世話】
確かに海斗のサッカーの腕前は素直に認める眞空だったが、おまえはたいしたことないと親友にはっきりと言われたらさすがに傷つく。おれは家事担当なんだからほっとけ。
おじいちゃん先生ののんびりした声音が眠りを誘うのか、陽気のいい午後の授業ではクラスの大半がうとうとしていた。眞空も大きなあくびを隠さずにぼんやりと冬夜の勇姿を眺めていると、次の手紙がすぐに降ってきた。
【俺、冬夜のことが好き】
ノートの切れ端に整然と並んだ文字。迷いのない、力強い書き方。
「!?」
あまりの唐突さ、脈絡のなさに、眞空はただ唖然とするしかない。純一の肩を叩いてこちらを向かせようとしたら手元が狂って、誤ってペンケースをがっしゃんと派手に落としてしまった。大きな音にクラスメートが一斉に眞空を見る。うとうとしかけていた生徒もはっと目を覚ます。皆の視線を集めた眞空は、すみません……と小さくなって散乱した筆記具を拾い出した。
【突然何言ってんの? お兄ちゃんの心臓に悪い冗談はよしてくれ】
と、ペンケースを整えた眞空はジョークで返事を書いてみた。慌てて書いたので文字が震えている。動揺している……と、眞空はじっとりと自分が冷や汗をかいているのに気づいて驚いた。
眞空の返事を読んだ純一は、くるりとからだをひねり眞空を振り返って見つめた。強張っている眞空をじっと見つめ、ひと言、
「本気だよ」
と、こっそり告げ、またくるりとからだを教卓の方へ戻す。
ここまで手紙ごっこしといて大事なとこは口で言うのかよ! と眞空は純一が見せた本気の目に不覚にもどぎまぎしてしまった。本気だよとさらりと告げた純一の口調は、授業中に問3の答えなんだった? と訊くのとまるで同じ軽さでほとんど真実味を帯びていないのに、何故か眞空の心は深く爪が食い込んだみたいにキリキリと痛んで仕方がない。
それから眞空はグラウンドにいる冬夜を眺めるのもすっかり忘れて、固まったまま純一の背中だけをずっと見つめていた。
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