スイートホームダイアリー

ゆりすみれ

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15【亜楼+海斗Diary】うれしい

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 ベッドの上には、裸で、ネクタイで目隠しをした弟が横たわっている。顔を見ると萎えるから、と亜楼はだらしなく脱ぎ捨ててあったスーツの山からネクタイを引っ張り出すと、海斗の両の目を覆った。さすがに八年家族として共にいた弟の顔を直視しながら己の男根をたかぶらせる自信がなく、亜楼は今転がっている男を別の次元の何かだと思うことにする。海斗だけを丸裸にし、自分は部屋着を乱れさせることもなく、平然とシーツの上に乗り上げていた。

 以前のような狂気じみた手荒さを反省し、亜楼は極力なんの感情ものせないような触れ方で海斗のからだをいじっていた。苛立ちも、興奮も、ない。事務的に淡々と、海斗がからだを跳ね上がらせるところを的確に探し当てていく。

「……あっ、あ、ん、あぁ」

 あくまで手ほどきなのだから大袈裟に寄り道をする必要もないだろうと、亜楼は海斗の陰茎をたっぷりと追い詰めることと、己をねじ込む入口を開け広げることに徹した。前は素直にすぐ勃ってくれたが、後ろは正直難航していた。

「んぁっ、ああ、やっ、……こわい、こわっ……それ、っ、だめ……」

 とろとろにした手で、本当に少しずつ指を入れ進めていくが、進めるごとに海斗がひどく怖がる。

「……もぅ、こんなの、いいから……一気に、無理やり、突っ込めよぉ……」

「ダメだ、ちゃんとやっとかねぇと、おまえのからだが傷つく」

「……別に、いいだろ、亜楼には関係、ねぇじゃん……オレが、痛いだけだろ、……別に、いい……」

 こんなところで投げやりになっている海斗にも、亜楼はきちんと怒る。兄として弟のまちがいは正したかった。セックスで自分の肉体が傷ついてもいいなどという自己犠牲は、この先誰が相手でも、嘘でも、言ってほしくない。

「ダメだ、これは手本だっつっただろ。……外でやるときも、相手にそんなこと言うんじゃねぇぞ。ほんとにめちゃくちゃ乱暴にされたらどうすんだ」

 自分のことは適度に棚に上げ、亜楼がやはり怒った。

「……外で、やんねぇ、よ……っ、……はぁっ、あっ……ん、だめっ……いやっ」

「……あと、少しだ……辛抱しろ……」

 今まで味わったことのない刺激に海斗はびくんとからだを反らせてもっと暴れようとしたが、突然はっと我に返り大人しく耐えることを選んだ。覚悟を見せろと亜楼に言われたことも律儀に覚えていた海斗は、未知の感覚にからだが壊れそうになっていくのを遠のく意識の中でぼんやりと感じながら、亜楼の器用な指が自分をじりじりと切迫させていくのをじっと待つ。もう、何かを伝える声を上げるのも、つらい。

 準備が整うまでには長い時間が掛かった。相当からだがつらいのか、それともただ怖いのか、海斗は音も立てずにずっと泣いていた。目を覆ったネクタイがびしょびしょに濡れている。

 そんな弟の必死すぎる健気さを見て、亜楼はこの先に進むことをためらった。結局自身の性器は海斗のからだをいじっているうちに勝手に膨れ、もうすっかり爆ぜるための刺激を欲してはいるが、これ以上海斗を泣かせたくない亜楼は鈍りゆく決意の前で揺らいでしまう。

「なに、してんだよ……っ、はやく、やれよ、……っ」

 裸で転がされているだけの海斗が亜楼を呼ぶ。目隠しで何も見えていないのでここに亜楼がちゃんといるのかもわからず、海斗は急に不安になった。

「……なぁ、もういいんじゃねぇの? おまえつらそうだし……そもそもこんなの無理やりすることじゃねぇんだよ。前みたいに触って抜いてやるから、もうそれでいいだろ、な?」

 亜楼は困り果て、遠慮がちに一応提案する。

「やめ、んな、よっ……」

 泣きながら、海斗は懇願するように言葉を紡いだ。知らない感覚に怯えるからだを気力だけで支え、暗闇の中精一杯腕を伸ばす。手探りですぐ近くによく知ったぬくもりを見つけ、海斗は亜楼の腕を思いきりつかんだ。ちゃんと近くにいてくれて、それだけで不安が少し和らぐ。

「いいから、そのまま、いれろよ……。オレ、覚悟、見せたい、んだよ……。オレが、ちゃんと、亜楼を、好きって、覚悟……」

 どうしてこんなに必死になれるのか、亜楼にはわからなかった。ただ、海斗のこの覚悟を茶化すような真似だけは絶対にしてはいけない、ということは本能ではっきりとわかった。無責任に始めてしまったのだ、こっちも生半可な気持ちでは海斗に失礼だと亜楼が心を決める。

「オレだって、ちゃんと、できる……って、証明してぇんだよ……そうじゃねぇと、亜楼に、全然、相手にして、もらえ……」

「……もう、なんも言うな」

 海斗が最後まで言い終わらないうちに、亜楼は寝転がっている海斗にまたがった。Tシャツを勢いよくベッドの下に脱ぎ捨て、ズボンをずり下げ、弟のからだで勃ち上がった男根をあらわにする。手早く薄い膜を被せると、左右に割った海斗の脚の間に入り、亜楼はたかぶったものを入口に当てた。

「……!」

「……力抜け」

 当てられたものの、太くて、硬いことに、海斗はひどく驚いた。当たり前だが先程の指の比ではないと改めて気づかされ、海斗がネクタイの下の瞳をまたじわっとさせる。

「……こわ、い、……むり……」

 見えていないのに当てられた感覚だけでも、よくわかった。自分のものよりもずいぶんと太くて大きい亜楼の欲の塊に、覚悟とは裏腹に海斗がたじろぐ。気持ちとからだがどうしたって不一致を起こす。

「やれっつったり、無理っつったり、うるせぇやつだな……もう黙れって言っただろうが」

 亜楼はじわじわと、先端を押し込み始めた。少しずつ、少しずつ、歓迎されてないものを無理やりねじ込むような感覚に後ろめたさを感じながらも、それでももうこんなところでやめてはやれないと海斗を追い詰める。

「……っ、やっ……だってこんな、デケェの、はいんねぇ、よっ、……サイズ、ばかじゃん……」

「まだしゃべる余裕あんじゃねぇか……もっと奥、いくぞ」

「……っ!? いっ、や、こわっ、……」

「怖ぇか……でもおまえ、こういうことがしたかったんだろ? ……セックスして、この先にあるモン知りてぇんだろ……?」

「!?」

 この先にあるもの、と言われ、機能がぐっと低下している足りない頭で海斗が想像する。この行為の先にあるもの。亜楼の硬い芯を上手に受け入れられたら、亜楼が自分の中で気持ちいいと思ってくれたら、亜楼が心を近づけてくれるかもしれない。最初からその一縷いちるの望みに賭けていたことをちゃんと思い出し、怯えるからだをもう一度奮い立たせる。

「……覚悟、見せてくれんだろ?」

 顔の見えない亜楼に挑発的にそう言われ、海斗ももう余計な言葉を口にするのをやめた。

「……さっさと、いちばん奥まで、突っ込んでみろよっ……」

 喧嘩腰で返してきた海斗にふっと軽く笑みをもらして、亜楼ももう、容赦はしなかった。





「……うっ、ん……はぁっ、あ、あ、はっ……」

 乱暴な物言いに反して亜楼の茎はずいぶんと丁寧に、紳士的に挿入され、やがて海斗の中をいっぱいに充たした。海斗ももう黙って、浅く速い呼吸だけをくり返す。余裕はなかったが、それでもうまく挿れてもらえたのは亜楼が時間を掛けてじっくりほぐしてくれたからだと気づき、海斗はそのやさしさに苦しくなった。亜楼はこんなときでも、やさしい自慢の兄だった。

「……っ、……痛ぇか?」

 亜楼の、少し追い詰められたようなかすれた声が耳に落ちてきた。海斗は首を横に振り、平気だと伝える。

「……動いたら、もう、……泣き叫んでも、やめてやれねぇからな……?」

 余裕がないのは亜楼も同じなのか、浅い息の音が海斗の耳に直接届く。視界が暗闇のせいで、亜楼の声や呼吸の音だけが研ぎ澄まされたように際立って響いてくる。八年一緒にいて初めて知る亜楼の淫らな息づかいを拾うと、海斗は自身のたかぶりを熱く強く張らせて亜楼を求めた。

「……やめんなよ、っ……」

 海斗の答えを聞いて、こらえきれない亜楼は動き出した。

「──ああぁっ! うっ……」

 与えられた摩擦に驚いて、悲鳴に近い声を上げてしまい、海斗は慌てて自分の手で自身の口を塞いだ。声を出したら終いだと言われたことももちろん律儀に覚えていたため、声がもれないように窮屈に啼くしかない。

「……ん、んっ……んん……」

「……っ、ちゃんと、覚えてたのか……偉いじゃねぇか……バレたら、まじで、シャレになんねぇな、これ……」

 亜楼が顔を歪ませながら、海斗を揺さぶる。弟と交わっているという最低な背徳に、亜楼は多少なりとも興奮を覚えていた。大事に大事にしてきた弟を、この手でまた汚している。

「ん、ん、……んんっ……」

「……はっ、……あ、クッソ……、きっつ……力抜けって……」

「んっ、ん……っ、っん……」

 被せたてのひらの下で必死に啼いている海斗にうかつにもいとおしさを感じてしまった亜楼は、少し手荒に海斗の手をどけて、口唇で海斗の啼き声を塞いでやった。

「っ!?」

 急に侵入してきた亜楼の舌に海斗は動揺したが、驚く余裕も、感動する余裕もなく、亜楼の口唇の下で感じるままにうなり続けるしかなかった。二人のあまい息が、舌が、ぎこちなく絡まり合う。

「……はっ、あろ、……オレ、うれしい」

 長く揺さぶられて朦朧もうろうとなりながら、海斗はつながることができた悦びをまっすぐ亜楼に伝えた。多分自分が今何を言っているのかわかっていないのだろうと、ほとんど意識を手放している海斗に、亜楼はやりきれなさだけを募らせる。

 初めてでわけわかんねぇくせにうれしいとか言うなよバカじゃねぇの。





「くっそ……、いってぇ……」

 亜楼の熱い芯を引き抜かれてもまだ涙が止まらないようで、海斗は裸のままベッドにうずくまり、顔をシーツにうずめていた。びしょびしょの亜楼のネクタイは、ベッドの下で乱雑な曲線を描いて放置されている。

 コントロールのできる亜楼はきちんと海斗の中で達したが、初めての痛みと隣り合わせでわけのわからなくなっていた海斗はうまく後ろだけで吐精することができず、結局亜楼に陰茎を振ってもらって射精した。後ろが心の底から気持ちいいと思える日がいつか本当に訪れるのかとみんなに聞いて回りたいほど、海斗は痛がり縮こまっている。

「……うまく、いけなくて……ごめん、なさい……」

 海斗は顔を上げないまま、まるで子供の頃のけんかのあとのような弱々しさで亜楼に謝った。

「最初から完璧にできるやつなんていねぇだろ……」

 ベッドの端に座ってぼうっとしていた亜楼が、小さく返してやる。

「とにかく、俺から教えてやれることはこれだけだ。もうやり方わかっただろ……? あとはもう、他の男にしてもらえ」

「……っ」

 どんなに亜楼に冷酷に突き放されても、海斗の伝えたいことはやっぱり変わらない。

「……ごめん、っ、わけわかんねぇけど……オレ、……っ、オレ亜楼のこと、やっぱ好きだ……」

 うつ伏せになったまま言ったので、声がくぐもった。涙がじわっと溢れて、シーツをたくさん濡らしたのがわかる。

「……、っ、……勝手に言ってろ」

 亜楼だって、もうわけがわからなくなっていた。秀春とのゆびきりを果たしたくて、完璧な兄貴でいたくて、それなのに海斗を抱いてしまって、それでも海斗の想いはやっぱり受け入れてやれない。不整合もいいところだ。

 この先にあるものなんて、何もないのに。ないはずで、何もないことを証明するために禁断を承知でからだを重ねたのに。意味なんて、ないはずだったのに。

 さっきうかつにも自らキスをしてしまった口唇に指で触れ、少なからず動揺している自分に亜楼はぞっとした。矛盾だらけの自分に苛立って、自然と拳を固く握りしめる。

 本当のバカは俺じゃねぇかと、亜楼は握った拳を思いきりシーツに振り下ろした。
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