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ゆりすみれ

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13【亜楼Diary】ゆびきり

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 秀春との思い出というと、何故か亜楼はあの夜のことを思い出す。遊びに出掛けたりおいしいものを食べに行ったりと他にも楽しい思い出はたくさんあったように思うのだが、もはや反射的にあの月の晩をいちばんに思い浮かべてしまう。それはまだ亜楼がやんちゃを引きずっていた18の夏で、開け放たれた窓から濃い月明かりがまっすぐに射し込んでくる少し蒸し暑い夜のことだった。

 月の光に照らされた双子と冬夜の寝顔を、亜楼はやさしく見つめていた。双子が末弟を守るように挟んで川の字を作り、タオルケットを取り合うようにしてすやすやと寝息を立てている。冬夜の手が眞空のTシャツの裾を握っているのに気づいて、

『冬夜はやっぱ眞空っ子なんだな』

 と、思わず口に出して微笑んでしまった。するとそこへ、うちわと缶ビールを手にした秀春が絶好のタイミングでやってきた。どこかで様子をうかがっていたのではないかと疑いたくなる。

『亜楼もそんなお兄ちゃんらしい顔するようになったんだね』

『ぬ、盗み見すんじゃねぇよ』

 ヘンなところを見られてバツが悪い亜楼は、そのまま恥ずかしさのあまりそっぽを向いた。

『かわいいよなぁ……寝顔は文句なくかわいい。ねぇ亜楼もそう思うよねぇ? かわいいだろう、俺の息子たち』

『ンなこといちいち訊くなよ』

 天使を見つけたようにうっとりとする秀春に呆れて、亜楼は小さくため息をついた。……ンなこと、わかりきってるっつーの。

 亜楼はふと顔つきを真剣なものにすり替えると、秀春にずっと訊きたかったことを思い切って口に出してみた。面と向かっては訊きづらいので、視線は彼方の月に預けてみる。

『……なぁ秀春さん。なんで俺たちのこと、息子にしたんだ?』

 息子からの思いがけない質問に、秀春は扇いでいたうちわを止めて亜楼をまじまじと見た。

『あんた仕事でも施設でガキの面倒見て大変で、しかも園長って立場で責任とかいろいろあるだろうし、それなのに結婚もしねぇで男手ひとつで、しんどくねぇわけねぇじゃん』

『あはは、そうだよねぇ、レベル高いよねぇ』

『笑いごとじゃねぇよ……しんどくねぇのかよ』

『ごめんごめん、俺を心配してくれてるんだよねぇ、ありがとう』

 秀春は慈しむように長男を見つめたあと、亜楼を真似て遠い月に双眸そうぼうをずらした。

『確かに男手ひとつで四人も子供抱えるなんて無謀だけどさ……守るべきものがあるって、心地いいと思わないか?』

『守ることが、心地いい……?』

『人間って弱くて愚かな生き物だからさ、守るべきものがないとダメになっちゃうだろ? ……何かを守る責任を負うことでしか、生きる価値を見出せなかったんだよ、俺は』

『なんか、テツガク的だな……』

『うん、でもおまえはそれをすごくわかってるはずだよ。病気のお袋さん亡くしたときを思い出してごらん』

 言われて亜楼は、母を亡くし激しく荒れていた中学の頃を思い浮かべた。病気でもなんでも、二人で寄り添って生きていたときはなんだってがんばれた。守らなければいけない人が死んで、ひとりになって、何もかもがどうでもよくなった。何をしても二人には戻れないと嘆き、ただ自棄になっていたあの闇の中のとき。

『少し、昔話をしようか』

 秀春はぬるくなった缶ビールを一口すすって、のどを潤してから普段より饒舌じょうぜつにしゃべり出した。

『昔ね、とても大好きな女性がいたんだ。心から大好きだった……きっと、最後の恋になるって思ってた。大好きで大好きで、彼女はちょっと特殊な立場にあったんだけど、それも全部含めて一生俺が守ってやるって、若造のくせに一丁前に誓ったんだよ』
 
『それって……結婚するつもりだったってことかよ』

『そう、俺なりに一生分の覚悟したんだ。……だけどある日、彼女は俺に何も告げることなく俺の前から去っていったんだ。……俺は、守る覚悟のあったものをあっさりと失ってしまった』

『フラれた……んだ』

『あはは、まぁそうだね。それからの俺は情けないことにひどく荒れてしまってね。酒は毎日浴びるように呑むし、仕事に身は入らないし、まさにフヌケ、ダメ人間まっしぐら』

『……想像できねぇな、そんなあんた』

『あまりにもひどかったみたいでね、周りの人間にもずいぶん叱られたよ。秀春は彼女がいないと本当にダメだなって。……それで、守るべきものに、実は守られていたんだって気づいたんだよ。守ろうとしていた覚悟はただの自己満足で、支えられていたのは自分の方だったんだと、ただ驚かされた』

 秀春はもう一度缶に口をつけると、残りを一気に飲み干す。

『だから亜楼を息子にしたのは俺のエゴだ、ごめんね。……守るべきものが欲しかったんだ。そして何より、その存在に俺が救われたかったから』

『謝んなよ……俺は別に、あんたの息子になったことは……嫌じゃない』

『弟たちをもらったのは、おまえにも守るべきものを作ってやりたかったから。似てたんだよ、迷って生きてたときの俺に。ごめん、これは俺のお節介』

 そう言って苦笑を見せた秀春は、なんだかすっきりしたように見えた。秀春もずっと自分にこのことを伝えたかったのかもしれないと、亜楼はまだぎこちなさの残る家族に思わず笑みをこぼす。

『俺はお父さんをがんばってみるからさ、亜楼にはお兄ちゃんをがんばってみてほしい。約束』

 小指を立ててゆびきりのポーズだけをする秀春に、亜楼は火がついたように眼をぎらつかせた。

『上等じゃねぇか。完璧にやってやるよ、兄貴』

 亜楼は再び、寝転がっている三人に視線を落とした。幸せそうな寝顔。かわいすぎる重荷を三つも背負ったけれど、全然重くない。

『なくしたものの分まで、きっと幸せになろう? 守り守られ、五人でずっと……』

『当たり前だ』

 亜楼は得意げに胸を張った。自分たちは何も不幸ではない。寄り添える、家族がいる。

『さ、亜楼は明日もバイトでしょ、もう寝なさい。……亜楼は偉いね。ちゃんと将来のこと考えて、デザイン事務所で修行中なんだもんね』

『早く働きてぇんだ……こいつらデカくなって大飯食らいになったら、うち、ぜってぇ食費やべぇだろ?』

 秀春ははっとしたのち、極上の笑みで亜楼を見つめた。亜楼ありがとうね、と言うと小さい子供にするみたいにポンポンと頭を撫でつける。

『なっ!? ガキくせぇことすんじゃねぇよ!』

 照れる亜楼を本当は抱きしめたかったけれど、それはさすがに殴られるだろうと自重した秀春は、頬を紅潮させている息子を見つめて言葉をもらす。

『ガキだよ。亜楼は俺の、大切な大切な子供だよ……』
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