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12【眞空Diary】からかう友人
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「よぉ眞空! ……つーかおまえ朝から負のオーラ全開なんだけど? 何この世の終わりみたいなオーラ背負ってんの?」
ひとりとぼとぼと校門に向かって歩いていると、後ろからドンと肩を叩かれ声を掛けられた。必要以上に強く叩かれたらしく、なんだか左肩がじんじんする。
「あぁ純一か、おはよ。……全開? おれ負のオーラ全開? なんでもないんだ……なんでも、ない……なんでもないはず……」
と言いながら、眞空の顔は蒼白のままである。今朝の冬夜のとげのある物言いが思った以上に堪えているようだった。
「なんでもないって顔じゃねぇぞ」
「ほっとけ。……っていうか純一がこの時間に登校ってことは、おまえまた朝練サボり? 余裕だな」
「まぁな。ほら俺って、どっちかって言うと天才型だから」
本当に余裕そうに、純一と呼ばれた男はセンター分けの前髪を軽く整えている。
「わ、自分で言っちゃうんだ」
「はぁ? どっちかって言うと、って付けただろ? サボった分はちゃんと放課後残って練習してんだよ。冬夜だってそうだろ。俺ら一緒に居残りしてんの」
眞空のクラスメートである市原純一は、冬夜と同じ陸上部に所属している。少し長めの黒髪をワイルドにセンター分けしている純一は、スポーツマンらしい適度な筋肉をつけたからだを適度に日焼けさせている。きりっとした眉に強い目力が印象的な純一は、実際なんでも器用に要領よくこなす天才気質のイケメンで、少ない練習量にもかかわらず短距離走のエースを務めている男だ。冬夜とは違う意味でただ単純に朝が弱い純一は、よく朝練をさぼって眞空と同じくらいの時間に登校することが多かった。正式に朝練を免除されている冬夜はその分放課後に居残り練習をしているのだが、どうやら純一も冬夜に付き合って居残りをしているらしい。ばっさりと斬り捨てるような物言いが得意の淡白な純一だが、ヘンなところで律儀な面もある。
「あれ? そういや今日は弟と一緒じゃねぇの? いつもべったりひっついてご登校のくせに」
いつも隣にいるはずの冬夜の姿が見えないことに気づいて、純一は大袈裟に茶化して訊いた。
「あぁ……なんか風邪気味らしくって、遅刻していくって」
「ふーん。……冬夜が風邪気味で、なんでおまえがそんなシケたツラしてんの?」
「し、心配だろっ、普通に! おれ、兄貴だし!」
急に兄の立場を強調したのは逆に怪しまれたんじゃないかと、眞空は言ってしまってから悔やんだ。純一に鋭く痛いところを突かれたので、ついムキになってしまった。こういう観察眼が妙に冴えているところも純一の性質であり、敵には回したくないと眞空は心から思う。確かに今の自分は、風邪の心配をしているという顔ではない。
もちろんシケたツラの本当の理由は、あんなに近くにいた冬夜に指一本触れられなかった意気地なしの自分に対する落胆だ。眞空は改めて、家の中でけんかばかりしている二人の兄の一方を思い浮かべた。海斗は手のつけられない単純バカだけど、一度決めたらひたすら迷わず突き進む。兄を散々バカにしたけれど兄は本当はすごい人なのかもしれないと、眞空は自分には分け与えられなかった並外れた行動力をほんの少しだけうらやんだ。きっと母親のお腹の中にいるときに海斗に全部持っていかれたのだと、この臆病者を自分に言い訳する。そう言い訳せずにはいられないほど、眞空はしっかりと落ち込んでいた。
「末っ子でかわいいのはわかるけど、ブラコンもほどほどにしねぇと気持ちわりぃって」
そんな眞空の落ち込みに気づいているのかいないのか、純一が能天気に苦笑する。
「そういうわけじゃ……」
「兄貴がそんなに過保護じゃ、冬夜に恋人のひとりもできねぇんじゃねぇの?」
何気なく言った純一のひと言に、眞空はびくっと過剰反応して立ち止まった。
「冬夜に恋人!? え? コイビト? えぇ!? ……冬夜、恋人作るとかそんな話おまえにしてんの!?」
身を乗り出すように問いただす眞空の切迫した形相に、純一は可哀想なものを見るような冷たさでブラコンの友人を見る。
「いや、別にそんな話はしてねぇけど……」
「そう……なら、いいんだけど」
「でもさ、うざったいブラコン兄貴がいようがいまいが、冬夜ってやっぱ美少年だしさ、彼女でも彼氏でもいくらでも湧いてくんじゃねぇの?」
「えぇ!? やっぱ、そういうもん……!?」
「かわいい弟を持つと兄貴は苦労するな」
堂園家の複雑な事情を知らずに眞空と冬夜が普通の兄弟だと認識している純一は、あっけらかんと眞空の肩を叩いてなぐさめる。弟の恋人選抜も大変だなとでも言いたげに、純一は過保護な友人を憐れんでいるようだった。
やっぱ冬夜ってモテるんだ……と改めて弟の人気ぶりを意識させられた眞空は、今すぐにでも家に飛んで帰って冬夜の顔を見たくてたまらなくなった。顔を見て抱きしめて、おれの弟だから誰にもやらない、と冬夜を独占したくてたまらない。もちろん、そんな勇気はこれっぽっちもないのだけれど。
「おまえがぼーっとしてるうちに、かわいいかわいい弟くんは、どっかの誰かさんにあっという間に持ってかれるんじゃね?」
純一はにやりと口の端を持ち上げ、なんだか含みのあるからかい方をした。眞空の顔が、また元の蒼白に戻ってしまう。
「さ、行くぞブラコン。遅刻すんぞ」
絶望している友人を追い越し校門に向かって走り出した純一を、おれはブラコンなんかじゃねぇっつーの! と眞空が慌てて追いかける。
いっそ、本当の兄弟だったらよかったのか……そしたら笑ってブラコンで済むし。
純一の背中を追いかけながら、眞空は再び気弱の迷宮に迷い込む。兄と弟になれて、あのときはうれしかったはずなのに、今はこの微妙な枷がもどかしい。
おれはいつか兄の立場を越えられるんだろうか、と眞空は自分のかばんがカタカタと揺れる不安定な音を聞きながら渋々学校へ向かった。
ひとりとぼとぼと校門に向かって歩いていると、後ろからドンと肩を叩かれ声を掛けられた。必要以上に強く叩かれたらしく、なんだか左肩がじんじんする。
「あぁ純一か、おはよ。……全開? おれ負のオーラ全開? なんでもないんだ……なんでも、ない……なんでもないはず……」
と言いながら、眞空の顔は蒼白のままである。今朝の冬夜のとげのある物言いが思った以上に堪えているようだった。
「なんでもないって顔じゃねぇぞ」
「ほっとけ。……っていうか純一がこの時間に登校ってことは、おまえまた朝練サボり? 余裕だな」
「まぁな。ほら俺って、どっちかって言うと天才型だから」
本当に余裕そうに、純一と呼ばれた男はセンター分けの前髪を軽く整えている。
「わ、自分で言っちゃうんだ」
「はぁ? どっちかって言うと、って付けただろ? サボった分はちゃんと放課後残って練習してんだよ。冬夜だってそうだろ。俺ら一緒に居残りしてんの」
眞空のクラスメートである市原純一は、冬夜と同じ陸上部に所属している。少し長めの黒髪をワイルドにセンター分けしている純一は、スポーツマンらしい適度な筋肉をつけたからだを適度に日焼けさせている。きりっとした眉に強い目力が印象的な純一は、実際なんでも器用に要領よくこなす天才気質のイケメンで、少ない練習量にもかかわらず短距離走のエースを務めている男だ。冬夜とは違う意味でただ単純に朝が弱い純一は、よく朝練をさぼって眞空と同じくらいの時間に登校することが多かった。正式に朝練を免除されている冬夜はその分放課後に居残り練習をしているのだが、どうやら純一も冬夜に付き合って居残りをしているらしい。ばっさりと斬り捨てるような物言いが得意の淡白な純一だが、ヘンなところで律儀な面もある。
「あれ? そういや今日は弟と一緒じゃねぇの? いつもべったりひっついてご登校のくせに」
いつも隣にいるはずの冬夜の姿が見えないことに気づいて、純一は大袈裟に茶化して訊いた。
「あぁ……なんか風邪気味らしくって、遅刻していくって」
「ふーん。……冬夜が風邪気味で、なんでおまえがそんなシケたツラしてんの?」
「し、心配だろっ、普通に! おれ、兄貴だし!」
急に兄の立場を強調したのは逆に怪しまれたんじゃないかと、眞空は言ってしまってから悔やんだ。純一に鋭く痛いところを突かれたので、ついムキになってしまった。こういう観察眼が妙に冴えているところも純一の性質であり、敵には回したくないと眞空は心から思う。確かに今の自分は、風邪の心配をしているという顔ではない。
もちろんシケたツラの本当の理由は、あんなに近くにいた冬夜に指一本触れられなかった意気地なしの自分に対する落胆だ。眞空は改めて、家の中でけんかばかりしている二人の兄の一方を思い浮かべた。海斗は手のつけられない単純バカだけど、一度決めたらひたすら迷わず突き進む。兄を散々バカにしたけれど兄は本当はすごい人なのかもしれないと、眞空は自分には分け与えられなかった並外れた行動力をほんの少しだけうらやんだ。きっと母親のお腹の中にいるときに海斗に全部持っていかれたのだと、この臆病者を自分に言い訳する。そう言い訳せずにはいられないほど、眞空はしっかりと落ち込んでいた。
「末っ子でかわいいのはわかるけど、ブラコンもほどほどにしねぇと気持ちわりぃって」
そんな眞空の落ち込みに気づいているのかいないのか、純一が能天気に苦笑する。
「そういうわけじゃ……」
「兄貴がそんなに過保護じゃ、冬夜に恋人のひとりもできねぇんじゃねぇの?」
何気なく言った純一のひと言に、眞空はびくっと過剰反応して立ち止まった。
「冬夜に恋人!? え? コイビト? えぇ!? ……冬夜、恋人作るとかそんな話おまえにしてんの!?」
身を乗り出すように問いただす眞空の切迫した形相に、純一は可哀想なものを見るような冷たさでブラコンの友人を見る。
「いや、別にそんな話はしてねぇけど……」
「そう……なら、いいんだけど」
「でもさ、うざったいブラコン兄貴がいようがいまいが、冬夜ってやっぱ美少年だしさ、彼女でも彼氏でもいくらでも湧いてくんじゃねぇの?」
「えぇ!? やっぱ、そういうもん……!?」
「かわいい弟を持つと兄貴は苦労するな」
堂園家の複雑な事情を知らずに眞空と冬夜が普通の兄弟だと認識している純一は、あっけらかんと眞空の肩を叩いてなぐさめる。弟の恋人選抜も大変だなとでも言いたげに、純一は過保護な友人を憐れんでいるようだった。
やっぱ冬夜ってモテるんだ……と改めて弟の人気ぶりを意識させられた眞空は、今すぐにでも家に飛んで帰って冬夜の顔を見たくてたまらなくなった。顔を見て抱きしめて、おれの弟だから誰にもやらない、と冬夜を独占したくてたまらない。もちろん、そんな勇気はこれっぽっちもないのだけれど。
「おまえがぼーっとしてるうちに、かわいいかわいい弟くんは、どっかの誰かさんにあっという間に持ってかれるんじゃね?」
純一はにやりと口の端を持ち上げ、なんだか含みのあるからかい方をした。眞空の顔が、また元の蒼白に戻ってしまう。
「さ、行くぞブラコン。遅刻すんぞ」
絶望している友人を追い越し校門に向かって走り出した純一を、おれはブラコンなんかじゃねぇっつーの! と眞空が慌てて追いかける。
いっそ、本当の兄弟だったらよかったのか……そしたら笑ってブラコンで済むし。
純一の背中を追いかけながら、眞空は再び気弱の迷宮に迷い込む。兄と弟になれて、あのときはうれしかったはずなのに、今はこの微妙な枷がもどかしい。
おれはいつか兄の立場を越えられるんだろうか、と眞空は自分のかばんがカタカタと揺れる不安定な音を聞きながら渋々学校へ向かった。
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