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9【亜楼+海斗Diary】乱暴な右手
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髪をひっつめて眼鏡を掛け、パソコンの画面を穴が開くほど凝視しているというのに、ディスプレイに浮かび上がっている図面にはまったく集中できない。マウスをクリックする落ち着きのない人指し指から、不機嫌と苛立ちが部屋中に伝染していく。
今夜も元気に仕事を持ち帰っている亜楼は、とにかく苛立っていた。柄が悪かった時代を思い起こさせる不機嫌ぶりに自分自身がいちばん幻滅している。イライラの原因は、もちろん自分でちゃんとわかっている。
それはなんの前触れもなく告げられた、上司のとんでもない戯れ言のせい。
ボク昨日結婚したんだ。でも、安心して、これからも亜楼とは遊んであげるからね。亜楼はボクのことがスキ、ボクも亜楼のことを気に入ってる、なんで別れる必要がある?
突然すぎて、今まで何も知らされてなくて、全然納得していない亜楼を前に、薄情な上司兼恋人はそう言って安っぽく笑った。
結婚しただと!? ふざけんな! 俺は何も聞いてない。まじで聞いてない。つーか、別れねぇってどういうことだ? 俺は愛人なのか!? ……そもそもその結婚相手が最初から本命で、俺はずっとセフレだったのか……?
あの軽薄な恋人に振り回されている、と思うと亜楼は正直なところもう白旗をあげるしかなくて途方に暮れた。図面もぼんやりとしか見えなくて、もうよくわからない。
「なぁ、もう仕事終わったの? 終わったなら話聞いてよ」
手が止まっている亜楼の背中に、海斗が隙をついて声を掛ける。イライラの原因のもうひとつが今夜も勝手に部屋に転がり込んでいることを思い出し、亜楼は完全な悪人顔で振り返り元凶の弟を睨みつけた。
結局あの告白の翌晩から、海斗は性懲りもなく毎晩亜楼の部屋を訪れては散々好きだ好きだとわめき散らし、今夜はもう四日目の求愛である。殴られたことなんて何もなかったようにけろりとしている海斗を見て、ガキのときにけんかしすぎて免疫ついちまってたか……と亜楼は今更ながら己のしつけを反省する。
さすがに仕事中は邪魔をしてはいけないと学習した海斗は終わるまで大人しく待つつもりで、ベッドに腰かけて亜楼の後方から熱視線を送っていた。最低な恋人のこともイラつくし、気味の悪い熱視線には背中が耐え切れないし、亜楼はもう早々に仕事をあきらめることにした。開いていた図面を閉じ、キャスター付きの椅子でぐるりと回って海斗の方にからだを向ける。
「おまえはなんで今日もここにいんの?」
「なんで……って、亜楼が好きだから? 好きならそばにいたいって思うだろ」
「だからなんでおまえが俺を好きとかになるわけ? まじで意味わかんねぇし」
もう何度くり返されたかわからない無限ループの会話にほとほと呆れて、亜楼は煙草に火をつけて深呼吸するように大きく吸って吐いた。
「俺はこの前、兄弟愛を確かめ合ったあの素晴らしい夕暮れ……を思い出したわけだ。あの、イイ話をな。あのとき家族になろうって誓ったじゃねぇか。それがどうしてコイだのアイだのになっちまうわけ? おかしいだろ、どう考えても」
「あの素晴らしい……何? そんなことあったっけ?」
兄としての誇り高き思い出を覚えていないどころか思い出す素振りすら見せない弟に、亜楼は嘆きを通り越して軽い憎しみさえ覚えた。あのとき家族になれたと思っていたのは自分だけだったのか。兄貴にしてくれるというのは偽りの約束だったのか。亜楼はもう、愚弟と張り合う気力も出ない。
「わーったよ。百歩譲っておまえが俺を……ってのは認めてやる。で、おまえはどうしたいの? 最初に断言しておくが、俺がおまえを恋愛対象として見ることは100%ない」
亜楼はだるそうに髪をほどいて海斗の望みを問う。つきまとわれなくなるのならこの際素直にわがままを聞いてやるのも兄の務めなのかもしれないと、亜楼は半ば投げやりだった。
「んな、きっぱり言い切んなよ、普通に傷つくだろ。……それでもオレは、亜楼に好きになってもらいたい。何年掛かってもいい、どんなことでもする。だからいつか絶対、好きになってくれよ……」
肩を落としながらも精一杯そう主張する海斗に反論するのも面倒で、それで? と亜楼は冷たく言い放った。
「……それで、両想いになって、それで、それから、おまえを……抱きたい」
「はぁぁぁ!?」
世にも奇妙な生物に遭遇したみたいに、亜楼は海斗を凝視する。絶望を通り越した向こう側を見た気がした亜楼は、うかつにも煙草の灰を下に落としていた。
「おまえまじで頭イカれちまったんじゃねぇの!? おまえ、なんかほとんどまちがってるから、それ。まずさっきもきっぱり言ったが俺はおまえを好きにはならねぇ。まず、ない。それからおまえが俺を抱くとかありえねぇ。どう考えたって逆だろ」
「なんでそんなに全部決めつけんだよ! オレが先に亜楼を好きになったんだから、オレが亜楼を抱くんだよ! そーゆーモンだろ!?」
「はぁ? おまえ確かにバカだとは思ってたけど、ここまでバカだったとは……」
支離滅裂すぎて、手に負えない。思い込んだらひたすら突っ走る海斗にもう何を言っても無駄だと悟ったのか、亜楼は乾いた苦笑をこぼした。
「……ハハハ、つーか、おまえの望みってそんなくだらねぇことだったのか」
今まで呆れながらも海斗の相手をしてやっていた亜楼が、急に殺気立った。ただ自己主張に必死だった海斗も、こぼされた苦笑が冗談めいていないことを敏感に感じ取り急に不安になる。
「く、くだらなくなんかねぇだろ! 好き合ってることをちゃんとからだで確かめ合うって大事なことだろ!?」
「……好き合ってる、ねぇ?」
亜楼はいやらしくからかうように、感じの悪い微苦笑を浮かべて海斗を見る。
「海斗、知ってるか? ……いや、知らねぇからそんなこと言うのか。おまえ、童貞なんだろ」
「なっ……」
「いいか海斗、覚えとけ。セックスってのはな、そんな気持ち、これっぽっちもいらねぇんだよ」
ボクを好きだって? あぁ、ありがとう。ボク、キミのこと気に入ってるよ。だって、からだの相性がいいからね。
決して自分を好きとは言わなかった、やさしくてひどい人。からだは易々と繋げるのに、心は絶対にくれなかった軽薄な人。ひと言も告げず、結局女を選んでいった人。
目の前で自分をバカみたいに求める弟を見て、亜楼の中で何かがぷつりと弾け切れた。どこか虚ろな眼に、八年かけて大切に大切に守ってきた弟が妖しく映る。
……築いたものを壊すのなんて、一瞬だ。
亜楼は勢いよく椅子から立ち上がると眼鏡を外して床に投げ捨て、ベッドに腰かけている海斗の隣に滑り込んだ。そのまま殴りかかるように海斗を押し倒し、男二人の重みでベッドに深く沈み込ませる。
「何、すんだ、よっ……」
突然からだを乱暴に組み敷かれた海斗は肢体をばたばたさせて起き上がろうとするが、亜楼の重みからは逃れられない。両手をきつく束ねられ、頭の上でがっちりと縫い止められる。
「うるせぇ、黙れ」
何すんだ、離せ、やめろ、とうるさい海斗を亜楼が強くはねつけた。その眼はもはや兄のそれではない。いまだかつて見たことのない狂気を含んだ、どこかいびつな双眸に海斗は言葉を失う。こんな眼を、する人だっただろうか。亜楼はもっとやさしくて強くて……少なくとも本気で自分を痛めつけるようなことはしないはずだった。
「ちょっ、冗談きつ……ちょっと待てって……」
身の危険さえ感じた海斗は、とにかくこの状態から脱せねばと必死にじたばた抵抗した。シーツを波立たせて暴れる海斗を、亜楼が冷たく押さえつける。
「うっ!?」
亜楼の大きな右手が、海斗の口をすっぽりと塞いだ。衝撃で目が丸くなっているのを海斗は自覚する。
「声出したら終いだ、他のやつらに気づかれたらシャレになんねぇからな。……言っておくが、これはおまえが望んだことだ」
「んっ……!?」
「どんなことでもするんだろ? なら、見せてもらおうじゃねぇか、おまえの覚悟ってやつを」
亜楼は口を塞いでいた右手を海斗の腹部へずらし、なんの感情もない顔をして弟の股間をまさぐり出した。ひとつも寄り道せず、ただ目当ての芯をつかみ振り動かす。淡々と上下に振られただけの柔い肉の塊は、すぐに信じられない熱を帯び太く強く張り詰めた。
「……はっ、あ、ろう……何すんだよ、ちがっ、オレ……ちがうよ、こんな……のっ」
覆い被さっている亜楼を突き飛ばしたいのに、無理やり陰茎を握られている驚愕と、亜楼が狂気じみている恐怖と、嫌なのにからだだけはあっさり反応してしまう羞恥とで、海斗のからだはうまく反応できていなかった。亜楼のてのひらの中で、海斗のたかぶりは易々と弾ける寸前まで達してしまう。
「ちがわねぇよ。俺はおまえのこと1ミクロンも想っちゃいねぇけど、こんな風にできる。えろいことするのって、こんな、くだらねぇことなんだよ」
妖艶な眼を見開いている亜楼は怒っていて、それでいて哀しんでいるようだった。どこか自分に言い聞かせているような言い方だった。もう何も考えられないがらんどうな頭で、海斗はぼんやりと亜楼の言葉を聞く。
亜楼の右手は機械のように、弟の硬くなった中心をひたすらにしごいていた。束ねた海斗の両手を左手で強く押さえつけながら、時々弟が大きな声を出しそうになると冷静にその左手を移動させ口を塞いだ。自分でも感心してしまうくらい、亜楼は感情をなくしていた。強く押さえつけなくても、海斗はもう暴れなかった。
「……やだっ、やめろ、やだ……でるっ」
悔しいやら恥ずかしいやら情けないやらで、海斗の眼からは必死の抵抗のしずくがぼろぼろとこぼれていた。流れた涙が、シーツに大きな染みを作っていく。
「……っ、やっ、こんなの、やだっ、……はぁっ、あっ、っ……ううっ!」
亜楼のてのひらの中で、海斗の熱が白濁の欲を吐いた。
乱暴な、たった一本の右手。家族になったあのときに差し伸べられた不器用な兄の手と同じはずなのに、こんなに冷たく、乱暴だったのか。大好きな人のもののはずなのに、どうしてこんなにも哀しい気持ちになってしまうのか。
何か大切なものをなくしてしまった感覚があって、海斗はそのまま呆然とベッドに沈んだままでいた。肩で荒く息をして、こぼれ落ちるしずくがいつまでも止まらない。
「……これで、満足か?」
てのひらで爆ぜた弟の欲望の液をぼんやりと眺めながら、亜楼もまたひどい喪失感に襲われていた。何やってんだ俺……と我に返り、当初のイライラをますます募らせる。
「これが現実だ、俺にヘンな夢見んじゃねぇよ。……今度ふざけたことぬかしやがったら、まじでヤる」
かすれたような低音で捨て台詞を残し、亜楼は部屋から出ていった。
海斗は天井を見つめ涙をごしごしと拭うと、ひとり残された空虚の部屋で小さくつぶやく。
「……上等じゃねぇか」
今夜も元気に仕事を持ち帰っている亜楼は、とにかく苛立っていた。柄が悪かった時代を思い起こさせる不機嫌ぶりに自分自身がいちばん幻滅している。イライラの原因は、もちろん自分でちゃんとわかっている。
それはなんの前触れもなく告げられた、上司のとんでもない戯れ言のせい。
ボク昨日結婚したんだ。でも、安心して、これからも亜楼とは遊んであげるからね。亜楼はボクのことがスキ、ボクも亜楼のことを気に入ってる、なんで別れる必要がある?
突然すぎて、今まで何も知らされてなくて、全然納得していない亜楼を前に、薄情な上司兼恋人はそう言って安っぽく笑った。
結婚しただと!? ふざけんな! 俺は何も聞いてない。まじで聞いてない。つーか、別れねぇってどういうことだ? 俺は愛人なのか!? ……そもそもその結婚相手が最初から本命で、俺はずっとセフレだったのか……?
あの軽薄な恋人に振り回されている、と思うと亜楼は正直なところもう白旗をあげるしかなくて途方に暮れた。図面もぼんやりとしか見えなくて、もうよくわからない。
「なぁ、もう仕事終わったの? 終わったなら話聞いてよ」
手が止まっている亜楼の背中に、海斗が隙をついて声を掛ける。イライラの原因のもうひとつが今夜も勝手に部屋に転がり込んでいることを思い出し、亜楼は完全な悪人顔で振り返り元凶の弟を睨みつけた。
結局あの告白の翌晩から、海斗は性懲りもなく毎晩亜楼の部屋を訪れては散々好きだ好きだとわめき散らし、今夜はもう四日目の求愛である。殴られたことなんて何もなかったようにけろりとしている海斗を見て、ガキのときにけんかしすぎて免疫ついちまってたか……と亜楼は今更ながら己のしつけを反省する。
さすがに仕事中は邪魔をしてはいけないと学習した海斗は終わるまで大人しく待つつもりで、ベッドに腰かけて亜楼の後方から熱視線を送っていた。最低な恋人のこともイラつくし、気味の悪い熱視線には背中が耐え切れないし、亜楼はもう早々に仕事をあきらめることにした。開いていた図面を閉じ、キャスター付きの椅子でぐるりと回って海斗の方にからだを向ける。
「おまえはなんで今日もここにいんの?」
「なんで……って、亜楼が好きだから? 好きならそばにいたいって思うだろ」
「だからなんでおまえが俺を好きとかになるわけ? まじで意味わかんねぇし」
もう何度くり返されたかわからない無限ループの会話にほとほと呆れて、亜楼は煙草に火をつけて深呼吸するように大きく吸って吐いた。
「俺はこの前、兄弟愛を確かめ合ったあの素晴らしい夕暮れ……を思い出したわけだ。あの、イイ話をな。あのとき家族になろうって誓ったじゃねぇか。それがどうしてコイだのアイだのになっちまうわけ? おかしいだろ、どう考えても」
「あの素晴らしい……何? そんなことあったっけ?」
兄としての誇り高き思い出を覚えていないどころか思い出す素振りすら見せない弟に、亜楼は嘆きを通り越して軽い憎しみさえ覚えた。あのとき家族になれたと思っていたのは自分だけだったのか。兄貴にしてくれるというのは偽りの約束だったのか。亜楼はもう、愚弟と張り合う気力も出ない。
「わーったよ。百歩譲っておまえが俺を……ってのは認めてやる。で、おまえはどうしたいの? 最初に断言しておくが、俺がおまえを恋愛対象として見ることは100%ない」
亜楼はだるそうに髪をほどいて海斗の望みを問う。つきまとわれなくなるのならこの際素直にわがままを聞いてやるのも兄の務めなのかもしれないと、亜楼は半ば投げやりだった。
「んな、きっぱり言い切んなよ、普通に傷つくだろ。……それでもオレは、亜楼に好きになってもらいたい。何年掛かってもいい、どんなことでもする。だからいつか絶対、好きになってくれよ……」
肩を落としながらも精一杯そう主張する海斗に反論するのも面倒で、それで? と亜楼は冷たく言い放った。
「……それで、両想いになって、それで、それから、おまえを……抱きたい」
「はぁぁぁ!?」
世にも奇妙な生物に遭遇したみたいに、亜楼は海斗を凝視する。絶望を通り越した向こう側を見た気がした亜楼は、うかつにも煙草の灰を下に落としていた。
「おまえまじで頭イカれちまったんじゃねぇの!? おまえ、なんかほとんどまちがってるから、それ。まずさっきもきっぱり言ったが俺はおまえを好きにはならねぇ。まず、ない。それからおまえが俺を抱くとかありえねぇ。どう考えたって逆だろ」
「なんでそんなに全部決めつけんだよ! オレが先に亜楼を好きになったんだから、オレが亜楼を抱くんだよ! そーゆーモンだろ!?」
「はぁ? おまえ確かにバカだとは思ってたけど、ここまでバカだったとは……」
支離滅裂すぎて、手に負えない。思い込んだらひたすら突っ走る海斗にもう何を言っても無駄だと悟ったのか、亜楼は乾いた苦笑をこぼした。
「……ハハハ、つーか、おまえの望みってそんなくだらねぇことだったのか」
今まで呆れながらも海斗の相手をしてやっていた亜楼が、急に殺気立った。ただ自己主張に必死だった海斗も、こぼされた苦笑が冗談めいていないことを敏感に感じ取り急に不安になる。
「く、くだらなくなんかねぇだろ! 好き合ってることをちゃんとからだで確かめ合うって大事なことだろ!?」
「……好き合ってる、ねぇ?」
亜楼はいやらしくからかうように、感じの悪い微苦笑を浮かべて海斗を見る。
「海斗、知ってるか? ……いや、知らねぇからそんなこと言うのか。おまえ、童貞なんだろ」
「なっ……」
「いいか海斗、覚えとけ。セックスってのはな、そんな気持ち、これっぽっちもいらねぇんだよ」
ボクを好きだって? あぁ、ありがとう。ボク、キミのこと気に入ってるよ。だって、からだの相性がいいからね。
決して自分を好きとは言わなかった、やさしくてひどい人。からだは易々と繋げるのに、心は絶対にくれなかった軽薄な人。ひと言も告げず、結局女を選んでいった人。
目の前で自分をバカみたいに求める弟を見て、亜楼の中で何かがぷつりと弾け切れた。どこか虚ろな眼に、八年かけて大切に大切に守ってきた弟が妖しく映る。
……築いたものを壊すのなんて、一瞬だ。
亜楼は勢いよく椅子から立ち上がると眼鏡を外して床に投げ捨て、ベッドに腰かけている海斗の隣に滑り込んだ。そのまま殴りかかるように海斗を押し倒し、男二人の重みでベッドに深く沈み込ませる。
「何、すんだ、よっ……」
突然からだを乱暴に組み敷かれた海斗は肢体をばたばたさせて起き上がろうとするが、亜楼の重みからは逃れられない。両手をきつく束ねられ、頭の上でがっちりと縫い止められる。
「うるせぇ、黙れ」
何すんだ、離せ、やめろ、とうるさい海斗を亜楼が強くはねつけた。その眼はもはや兄のそれではない。いまだかつて見たことのない狂気を含んだ、どこかいびつな双眸に海斗は言葉を失う。こんな眼を、する人だっただろうか。亜楼はもっとやさしくて強くて……少なくとも本気で自分を痛めつけるようなことはしないはずだった。
「ちょっ、冗談きつ……ちょっと待てって……」
身の危険さえ感じた海斗は、とにかくこの状態から脱せねばと必死にじたばた抵抗した。シーツを波立たせて暴れる海斗を、亜楼が冷たく押さえつける。
「うっ!?」
亜楼の大きな右手が、海斗の口をすっぽりと塞いだ。衝撃で目が丸くなっているのを海斗は自覚する。
「声出したら終いだ、他のやつらに気づかれたらシャレになんねぇからな。……言っておくが、これはおまえが望んだことだ」
「んっ……!?」
「どんなことでもするんだろ? なら、見せてもらおうじゃねぇか、おまえの覚悟ってやつを」
亜楼は口を塞いでいた右手を海斗の腹部へずらし、なんの感情もない顔をして弟の股間をまさぐり出した。ひとつも寄り道せず、ただ目当ての芯をつかみ振り動かす。淡々と上下に振られただけの柔い肉の塊は、すぐに信じられない熱を帯び太く強く張り詰めた。
「……はっ、あ、ろう……何すんだよ、ちがっ、オレ……ちがうよ、こんな……のっ」
覆い被さっている亜楼を突き飛ばしたいのに、無理やり陰茎を握られている驚愕と、亜楼が狂気じみている恐怖と、嫌なのにからだだけはあっさり反応してしまう羞恥とで、海斗のからだはうまく反応できていなかった。亜楼のてのひらの中で、海斗のたかぶりは易々と弾ける寸前まで達してしまう。
「ちがわねぇよ。俺はおまえのこと1ミクロンも想っちゃいねぇけど、こんな風にできる。えろいことするのって、こんな、くだらねぇことなんだよ」
妖艶な眼を見開いている亜楼は怒っていて、それでいて哀しんでいるようだった。どこか自分に言い聞かせているような言い方だった。もう何も考えられないがらんどうな頭で、海斗はぼんやりと亜楼の言葉を聞く。
亜楼の右手は機械のように、弟の硬くなった中心をひたすらにしごいていた。束ねた海斗の両手を左手で強く押さえつけながら、時々弟が大きな声を出しそうになると冷静にその左手を移動させ口を塞いだ。自分でも感心してしまうくらい、亜楼は感情をなくしていた。強く押さえつけなくても、海斗はもう暴れなかった。
「……やだっ、やめろ、やだ……でるっ」
悔しいやら恥ずかしいやら情けないやらで、海斗の眼からは必死の抵抗のしずくがぼろぼろとこぼれていた。流れた涙が、シーツに大きな染みを作っていく。
「……っ、やっ、こんなの、やだっ、……はぁっ、あっ、っ……ううっ!」
亜楼のてのひらの中で、海斗の熱が白濁の欲を吐いた。
乱暴な、たった一本の右手。家族になったあのときに差し伸べられた不器用な兄の手と同じはずなのに、こんなに冷たく、乱暴だったのか。大好きな人のもののはずなのに、どうしてこんなにも哀しい気持ちになってしまうのか。
何か大切なものをなくしてしまった感覚があって、海斗はそのまま呆然とベッドに沈んだままでいた。肩で荒く息をして、こぼれ落ちるしずくがいつまでも止まらない。
「……これで、満足か?」
てのひらで爆ぜた弟の欲望の液をぼんやりと眺めながら、亜楼もまたひどい喪失感に襲われていた。何やってんだ俺……と我に返り、当初のイライラをますます募らせる。
「これが現実だ、俺にヘンな夢見んじゃねぇよ。……今度ふざけたことぬかしやがったら、まじでヤる」
かすれたような低音で捨て台詞を残し、亜楼は部屋から出ていった。
海斗は天井を見つめ涙をごしごしと拭うと、ひとり残された空虚の部屋で小さくつぶやく。
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