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ゆりすみれ

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1【双子Diary】黄昏の教室①

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 それは、せーの! の合図から始まった。

「オレ、亜楼あろうが好きだ」
「おれ……冬夜とうやのことが好きだと思う」

 二人一緒に叫んだせーの! の合図のあと、海斗かいと眞空まそらのよく似た声音がふたりぼっちの教室で綺麗に重なり合った。

 夕焼けの橙色を溜め込んで淡く輝いている教室には、海斗と眞空以外もう誰も残っていない。話しておきたいことがある、といつになく真剣な様子で眞空を自分のクラスに呼び出したのは髪を明るい茶色に染めている海斗の方で、おれもちょうど海斗に相談したいことがあったんだ、と便乗する形で隣の教室にやって来たのは髪を地毛のままの黒色にしている眞空だった。瓜二つの二人は見分けがつかないと高校入学当初から散々クレームを受けたので、髪の色だけを変えている。髪型は同じなので、ただの色違い。海斗だけが髪を染めるようになってもう三年目だ。

 丸みを帯びた輪郭に、まん丸のぱっちりした二重の瞳がよく目立つ。生まれ持ったアヒル口と、小さめの鼻で全体的に幼い印象の顔立ちだったが、二人並んでいるとデュオアイドルのような華やかさがあり、双子ということもあって校内ではまずまずの有名人だった。

 こうして同じ顔を持つ二人は、同じ家に住んでいるのにもかかわらずわざわざ放課後の教室に集い、互いの胸の内をせーので言い合った。どっちから話す? をやると永遠にどっちから話すか決まらない一卵性の双子たちは、昔から大事な話はせーのの合図で一緒に話してきた。

「今、海斗、なんて……? 亜楼が好き……って言った!?」

「眞空こそ、冬夜が好きって言ったよな!? まじかよ……」

 椅子の背もたれを抱えるようにして座っていた海斗はそこにからだのすべてを預けたまま凍結してしまい、向かいの眞空は驚きのあまりふさがらない口を鯉のようにぱくぱくさせている。衝撃に戸惑う妙な沈黙だけが、黄昏の教室に重く満ちていく。

 そうやってしばらく複雑な気持ちで時をやり過ごしたあと、双子は突然この緊迫した空気を切り裂くようにげらげらと笑い出した。笑い合うタイミングがずれることもなければ、似た声質の笑い声もまた綺麗に重なり合う。

「いくら双子が似るからって、そっちの趣味まで同じとはな! まじで笑うしかない!」

 海斗は背もたれを乱暴に抱え込んで、腹がよじれんばかりの豪快な笑い声をあげた。

「しかもそれぞれの相手が亜楼と冬夜って……どんだけ身近な人たち好きになってんのおれたち! 単純っていうか、お手軽っていうか」

 眞空も負けじとけたたましく笑い、自分たちの性癖を自嘲気味に分析する。

「だよな! どこまで一緒なのオレたち! ……って、父さんも母さんも草葉の陰で泣くよな、これ」

 何気なくこぼした海斗の意見はもっともで、天国の両親もまさか双子の息子が揃って男を好きになるとは思ってもみなかっただろうと、眞空はひっそりと胸を痛めた。

「これも親不孝って言うのかな」

「親不孝のゲイの双子……ごめんな、父さん母さん」

 双子はそれぞれ、胸の中で亡き両親に小さく合掌する。

秀春ひではるさんショック受けるかなぁ……孫の顔、見たかったよなぁ……」

 今自分たちを養ってくれている義父の名を眞空が出すと、いつもは思い込んだら疑わず何がなんでも突き進む型の海斗もさすがに後ろめたい気持ちでいっぱいになり、なりふり構わず突き進む足にブレーキを掛けざるを得なかった。秀春さんオレたち実は双子揃ってゲイなんですごめんなさい、と告げなければならない日がいつか来るのかと思うと海斗は気が滅入ってしまう。

「……でもさ、なんか安心した」

 橙色の柔らかい光が、眞空の顔の上で揺れている。眞空はおだやかに苦笑してそう言った。

「おれだけが苦しかったわけじゃないんだなって。味方見つけた……って感じ」

 ほとんど分身のような永遠の対が、いつもそばにいてくれること。そばで同じ悩みを抱えていたこと。眞空はその幸福に勇気づけられる。

「今までだってこれからだって、ずっと味方だろ? オレたち」

 同じ顔を持つ片割れをやさしく見つめて、海斗もそっと苦笑した。
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