ビターシロップ

ゆりすみれ

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“神様の気まぐれ”

5-3 贅沢なフォーク

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 今夜はこうしたいと、ベッドのふちに腰かけた和唯は、裸にした琉架を裸の自分の太腿ふとももまたがらせた。向かい合って座らせ、腰と背に手を回し抱き寄せる。

「……ん……っ」

 どちらからともなく吸い寄せられるように口唇を重ね、唾液を口内でとろとろに混ぜる。素直に跨がってくれた琉架の手が、しっかりと自分の背中に回されていることに和唯はひどく安堵した。今だけはちゃんと求められていると勘違いできる。舌を暴れさせてやると琉架の指先に少し力が入り、和唯の背の皮膚に爪が食い込んだ。

「……このセックスは、何に対する対価ですか?」

 和唯が琉架の腰をねっとりと撫でながら訊いた。抱き合っている脚の中央で互いの性器は強く勃ち上がり、向かい合わせにぴたりと密着させている。

「……っ、……あ」

 和唯が少し動いてわざと擦れさせると、琉架が小さく声を漏らして目を細めた。

「おまえ、そればっか……気にすんだな……」

 前のときも訊かれた気がして、琉架がぼんやりと考える。和唯はすぐにセックスに理由をつけたがる。

「ギブアンドテイクが成立してないと不安です。あとからすごい見返り要求されたら困りますし」

 夕飯を用意していないどころか、キッチンを破壊していたのに。とても対価などもらえる状態ではないのに、なぜ琉架が誘ってくれたのか和唯はわからなかった。慰めて、などとつい言ってしまったが、琉架がわざわざ自分を慰める理由だって本当は思いつかない。

「……今日のは、ボランティア、でいいだろ……和唯があんな風に弱ってんの、見てらんなかった……」

 よほど憐れに見えたのかと和唯が苦笑した。情けなかったが、今さら琉架の前で取りつくろったところでどうにもならない。ぼろぼろと泣く姿だってとっくに見られている。

「琉架さんヘンな人……ボランティアで同居人に抱かれるの? 危なっかしい人だな」

 からかった和唯は、このお人好しにもほどがある家主を、ただ大事に抱き寄せる。

「おまえだって……同居人はキスもセックスもしないって言ってたのに……やっぱするんじゃん」

 あの日傷ついた言葉を何気に根に持っていた琉架は、拗ねるような言い方で和唯を責めた。覚えていたのかと和唯の頬が少し緩む。キスもセックスも本当におかしいのに、ケーキとフォークの自分たちには許されると、もう勝手に正当化する。

「キスしていい? ベッド行く? って訊いてきたの琉架さんだよ」

「……っ、それは、なんか勢いっていうか流れっていうか、……でも、キスしてきたの、おまえが先だし……やっぱおまえが悪い……おまえのせいっ……」

 痛いところをつかれた琉架が慌てて言い訳した。裸で自分を跨ぐこんなはしたない姿で責められたら、濡れ衣も喜んで着てやると和唯が微笑む。

「ごめんなさい、全部俺のせいですね。……同居人があまくてかわいいから、我慢できませんでした」

 食べていいよと言うケーキを、琉架を、ダメだと思いながらも和唯はまた食べる。意志の弱い自分に呆れる。まだ大切な気持ちを伝えられていないのに、与えられる幸福のあまさにあらがえない。でも今日は弱っているから許してほしい。本当に抗えない。

 和唯は琉架の後ろ髪に手を添えて自分の顔に引き寄せると、懲りずにまた、大好きなあまい口唇を丁寧に吸った。





「ねぇ琉架さん、どこ舐めてほしい?」

 琉架にくちづけの雨を散々降らせたあと、和唯が琉架に訊く。首に回された琉架の腕は、キスを重ねるたびに強く巻きついてきていた。

「……え」

 ほとんど瞳をとろけさせている琉架が、不思議そうに和唯を見る。

「オレは、いいよ……今日は、おまえが気持ちいいこと、しよ……」

「俺がしたいんです。琉架さんはいつも俺の好きなとこ舐めさせてくれるから、今日は琉架さんが舐めてほしいとこ教えて」

「……言う、の……?」

 琉架が困惑しているのがいとしくて、和唯は意地でも言わせたくなる。

「教えて」

「……っ」

 それでも口に出してねだるのは羞恥にのぼせそうで、琉架は胸の辺りに視線を落とし、瞳の方向だけでそれを伝えた。

「どこ?」

「わかれよっ……」

「……素直じゃないな。……でも、よくできました」

 そう言って、和唯は琉架の乳首に口唇を寄せる。

「……あっ、……っ、……ん」

 きつめに吸ってやると、そこを触れられるのを待っていたかのように、すぐに上から琉架の善い声が降ってきた。ぷくりと形よく浮き上がっている二つの粒を、舐めて、甘く噛んで、吸って、いじって、を何度もくり返す。

「っ、はっ……ぁ」

「耳も弱いけど、こっちでもこんなになるんだ……琉架さんここ好きだったの? 教えてくれればソファでも舐めてあげたのに……服まくってくれれば、いくらでも……」

「……んなの、するわけねぇ、し、……ンッ、っ」

「……ん、かわいい……気持ちいいの? ……乳首だけで琉架さんトロトロにできそ……」

 またひとつ琉架を知れたのがうれしくて、和唯の舌が生き生きと這い回る。

「んっ、……はぁ、も、ぅ……いいって……しつこい……」

 舌で可愛がって、指でいじめて、琉架を存分にあまくする。

「……しつこい俺、嫌いじゃないでしょ?」

「……っ、!?」

 耳の近くでそう低くささやかれ、琉架のからだがびくんとなった。

「琉架さん、俺にしつこくされるの、ホントは好きだよね……」

「なっ、……ちがっ、……あぁっ、ン……」

「ちがわないよ、……しつこくされると、琉架さん、すっごい勃つから……」

 触れてもいない琉架の根は強く張り、向かい合う和唯の根に寄りかかって圧迫する。

「ほら、ガチガチ……わざと当ててきてるの? やらし……」

 和唯は琉架の右手を取ると、その手で二つの太い陰茎を束ねて握らせた。琉架のてのひらが、膨れた二つの欲を丁寧にまとめて包み込む。

「俺は琉架さんの気持ちいいとこいじりたいから、琉架さんは俺の気持ちいいとこ一緒に持って、振って?」

「ん……」

 琉架は和唯に言われた通り、手を上下に動かしてしごき出した。重ねた性器が擦れ合い、熱を上げていく。和唯は琉架が望んだ両胸の突起を指でつまんで、器用にしつこく弾いてやった。

「……っ、あっ、ん……かずい、っ、……これ、気持ちい?」

 与えられる淫らな刺激に瞳を潤ませながら健気に確認してくる琉架がたまらなくて、和唯は手だけですぐイクかと思ってしまった。気をしっかり持たないと、琉架のとろんとした顔を見るだけでのぼりつめそうになる。

「……は、……っ、気持ちいいよ、琉架さんが……俺の気持ちよくしてくれてんの、やばい……、っ……」

「んっ……はぁ、……なら、いい……」

 好きな人の手が自分を慰めてくれていることに感動すら覚え、和唯の興奮は止まらなかった。規則的に動いている琉架の手に思わず自身の手をそっと添え、和唯も二人分の熱い芯を揺らす。

 やがてあまい香りが濃くなって、琉架の指先を濡らした。

「琉架さんの先走り……蜜みたいに、いい匂いするね……」

「……っ、おまえのも、出てる、……ぬるぬる、する……」

「混ぜて……、どっちのか、わかんなくなるくらい」

 久しぶりにこの距離で浴びる琉架の獰猛どうもうなあまさにあまり長くは耐えられそうにないと、和唯は少し焦って、近くに置いておいた準備の道具を手元に手繰り寄せた。

「……そんなに待てない……もう、いれたい」

「ん……」

 琉架は和唯が入口を潤せるように腰を浮かせ、和唯の首に腕を巻きつけてしがみつく。ふと見覚えのある小さな箱が目に入った琉架は、和唯の肩に顔を預けながら拗ねてつぶやいた。

「結局それ……オレに使ってんじゃん……」

 いつかコンビニでからかわれたゴムの箱を、琉架が憎らしそうにぼんやりと見た。オレには使わないって言ってたくせにと、多少捏造ねつぞうした記憶で琉架が呆れる。

「……だって、琉架さんに使うために買ったから」

「……!?」

 しれっと言われ、そんな風に返されると思わなかった琉架がうかつにも驚いた。

「この前、知らない男の使いかけで琉架さん抱いたのすごく嫌だったし後悔したから。……これはちゃんと、俺と琉架さん専用の新品」

 本音を教えながら、和唯はとろみをつけた指を琉架の中に少しずつ埋めていく。

「……はっ、あ……っン……なん、で……」

 和唯の指を後ろで上手に飲み込みながら、琉架がとけそうな頭で必死に考えを巡らせる。ケーキの精液を欲しがらないフォークがわざわざ専用のゴムを用意する意味を知りたくて琉架は落ち着かなかったが、和唯はもうそれ以上何も教えてくれなかった。挿入することで頭がいっぱいなのか、無言で琉架を柔らかくすることだけに没頭している。

「はぁ、……っあ、……かず、い……もぅ……」

「もう、いれていい?」

「ん……、あ、おまえ、バックがいいんだっけ……」

 前のとき最初から最後までずっと背後から挿れられていたことを思い出し、琉架が小さく口に出した。そもそも恋人同士でもないし、顔を見ながら挿入するのはきついと思われていたからこその後背位だったのかもしれないと、ふと和唯に気を遣う。それにまたあまい精液をいらないと言われるのも傷つくし……と、琉架は及び腰にもなった。唯一の誇れるものなのに。いらないと拒否されるくらいなら、前みたいに全部シーツにこぼしてしまった方がマシだ。

 琉架が体勢を変えるために和唯の太腿から下りようとすると、驚いた和唯が琉架の腕を強く掴んで引き止めた。

「どこ行くの? ……このままで」

「え、でも……」

「琉架さん、上にのってよ」

 和唯は少し上にある琉架の瞳を見上げて、まっすぐにねだった。

「それで、俺にあまい唾液ずっと垂らしてて? 少しでも味がなくなると、怖い……」

「……あまいの、ほんとに、ほしいの……?」

 和唯から求められることに飢えていた琉架が、口唇を震わせて訊く。これで和唯を繋ぎ止めておけるなら、いくらでも垂らしてやる。

「欲しいよ……」

「ずっと、キス……しててほしいの……?」

「……はい、お願いします」

 急にいつもの敬語に戻って真面目にお願いをする和唯に、琉架は気が緩んだようにそっと笑った。よかった、和唯はまだケーキを求めていてくれる。あまい自分はまだ和唯に必要とされているのだと、琉架は安堵で胸がいっぱいになった。

「いれる……」

 琉架は一旦和唯をベッドに押し倒すと、跨がったまま和唯の強く勃ち上がった根に手を添え、先程まで指を飲み込んでいた自身の入口へと導いた。ゆっくりと慎重に腰を落としていき、和唯の肥大した陰茎を自分の内側に沈ませていく。

「……はぁッ、……ンんっ……あ」

 ゆっくりと深いところまで進めていくと、琉架は倒した和唯を引っ張り上げて起こし、そのままぎゅっとしがみつくように抱きついた。

「……っ、はぁ、ナカきつ……琉架さん、つらく、ない? 平気……?」

「ん……へーき……っ、ッ……」

 琉架をいたわるように和唯がやさしく支えてやると、少しずつ馴染んでいくからだに琉架も力を抜いて和唯にからだをゆだねる。琉架の中で互いが互いを圧迫し、擦れ合い、快楽を増幅させていく。

「はっ、やば、……琉架さん、気持ちい……っ、キスして……?」

「んんっ……んッ、……」

 言われた通り琉架が和唯に口唇を寄せて唾液を与えると、和唯がいとおしそうに悦んで飲む。

「……っ、あン、……すこし、うごく……」

 琉架は膝をついて、和唯の上でゆっくりと動き出した。和唯は琉架が動きやすいように、臀部でんぶに手を添えて下からそっと支えてやる。

「あ、んッ……はぁっ、……あ、あ、……」

「……琉架さんが、俺のために腰振ってんの、やばいな、っ……」

 とろんとした顔を惜しげもなく見せながら、琉架がからだを規則的に揺らした。琉架の加減で、和唯のたかぶりを奥に深く入れたり、浅く入れたりをくり返す。それを少し下から見上げる和唯は、この光景の圧倒的破壊力に、しばらく夢見心地から戻ってこられそうになかった。琉架の中の熱さも、抱き合う肌の熱さも、暴力のような強いあまさも、信じられないほどすんなり己に溶け込んでいく。

「今日は、……っ、おまえのために、とくべつ……」

 慰めようとしてくれているのが、強く強く伝わってきた。この人はいつも、そうすることがケーキの義務のように、フォークを癒やすから。もう何も考えられなくなるくらい、あまい、大好きな人。

「……っ……ほら、口唇、離れてる……ダメだよ、俺に、ずっと、つば垂らしてて……」

「……んっ、……んぅ……」

 口唇をふさがれ、琉架は和唯の口内で窮屈そうに喘ぐ。口の中も、下も、すべて和唯で満たされて、琉架も意識を飛ばさないように必死だった。二人の好いところを探して、和唯の欲をしっかりと咥え込んだまま、琉架は和唯の上でゆったりと暴れる。

 琉架の唾液は、もう枯れるほど和唯に飲まれていた。こんなにキスを続けて、口唇はとっくにれている。

「……こんなんじゃ、おまえ、いけねぇだろ……っ」

 体位的に激しい刺激は与えてやれなくて、琉架は和唯にそう言った。このまま絶頂に連れていけないのを申し訳なく思うのか、琉架は一旦動くのをやめ、潤む瞳で和唯にどうするか問う。

「……いかないと、ダメ?」

 和唯はひどくいとおしいものを見るように、美しい瞳で琉架を見つめた。この瞳を、琉架はとても気に入っている。大好きな、和唯の瞳。

「……え……?」

「いけなくてもいいよ……琉架さんの中で慰めてもらいながら、ずっとこうしてたい……」

「……っ!?」

 そう伝えて、和唯は琉架を強く抱き寄せた。密着する肌と肌の熱さに、互いが驚く。

「な、んだよ……こんなの、ただ、挿れてるだけじゃん……」

「うん……ただこうしてるだけが、すごくいい……」

「……っ、こんなの……」

「こんなの……嫌?」

「……じゃ、なくて、……こんなの……」

 まるで恋人同士のセックスみたいだ──と琉架はつい思ってしまったが、さっき聞いてしまった元同僚のことをしっかりと思い出し、すぐに口をつぐんだ。勘違いするなんてバカだと琉架が呆れる。和唯はこの最上級ランクのあまさに、依存しているだけなのに。

 あまいことが武器で、あまいので和唯を縛るのに、あまいことが琉架を苦しめる。求められてうれしいのに、時々琉架はわからなくなった。

「……おまえマジで、贅沢なフォーク」

 琉架は大人しく和唯に抱きしめられながら、ぼそっとそうつぶやいた。

「オレ、予約の取れない男なのに」

「そんな男に、無償で、腰振らせて?」

 和唯がくすっと、まったくその通りだと笑う。この家で毎日琉架を独占し対価をもらっている時間を料金に換算したら、きっと破産してしまう。

「……そう。あぁしろこうしろって、いろいろ要求してくるしさ……贅沢で、わがままなフォークだよ、おまえ」

 まぁそれを素直に全部受け入れてしまう自分もどうかと思うが……と、琉架も静かに笑った。

 琉架は抱きついていた和唯から少しだけからだを離すと、ちぅ、と和唯の口唇に自分のそれを押しつけた。舌を入れない、触れるだけのキスを軽く落として、和唯をまっすぐに見つめる。

「……おまえ、オレの味に慣れたら、他のケーキ食えなくなるよ?」

 琉架の眼は妖艶だった。自信に満ち溢れた、和唯が時々目にする、人を堕落に誘い込むような狡猾こうかつな眼だ。

「……でも、もう、他のは食えなくしてやりてぇな」

 琉架は、自分が最高にあまいことを知っている。

「!?」

 突然の言葉の暴力に、和唯が目を丸くした。凶暴なあまさでも殴られて、勘違いするような言葉でも殴られて、せっかく今夜は暴走しないようにと抑えていたのに……と参ってしまう。

 なんで、そんなこと言うんですか──。

 触発され、スイッチが入ったように、急に和唯が琉架を下から激しく突き上げた。

「え、ま……っ、て……はっ、ちょ、っ、と……ああっ、んっ……っ」

 完全に油断していた琉架が、慌てて和唯の肩にしがみつく。急に中を乱暴されて、琉架はただ呼吸を荒くするしかない。

「あ、ッ……やば、って……まって、きゅう、に、……おく、だめ、やばっ、はぁっ……まっ、て……い、くッ」

「待たない。……琉架さん、っ、……キスして」

 すぐにいきそうで、琉架が重ねた口唇はめちゃくちゃだった。高級な唾液も、和唯は上手に受け止めきれずに、口の端からだらだらと垂らしてしまう。贅沢だ、と和唯は思った。

「……っ、おいしいよ、琉架さん……」

 ──他のケーキなんて、一生いらない。

 和唯は琉架のあまさを忘れないように、舌に刻みつける。

 この生ぬるくてやさしい世界が壊れて、もしいつかこの家を出ることになっても、ずっと、覚えていられるように。
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