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63.施設脱走
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○月〇日。
「あ。危ない。」倉持の声に、スマホを弄っていた俺は、その方向を見た。
高齢者の男が「自動灯油販売機」の前で自転車ごと、こけている。
ここは、無人のスタンドやない。すぐに待機所から社員が駆けつけた。
救急車は倉持に任せて、俺は、社員と共に高齢者を助け起こした。
どうやら、ポリタンクに灯油を入れて、自転車の荷台に積んで家に帰ろうとして、押して帰ればいいものを乗って帰ろうとして、こけたのだ。
自転車ロープは丈夫なものでないらしく、切れていた。
全部ではないが、ポリタンクの栓が緩かったらしく、灯油がタンクから、こぼれている。
「救急車来たら、付き添って行くわ。出血はしてないけど、骨折してるかもなあ。あ、灯油・・・。」
「あ。こちらで拭き取って、タンクは保管しておきます。確か南部興信所の・・。」
「ああ。幸田です。」と。俺は名刺を社員に渡した。
救急車がやって来た。
俺は、倉持に所長に連絡しておくように指示した。
高齢者は、うんうん唸っているが、上手く話せない。
俺は、救急隊員に事情を話して、救急車に同乗した。
「脚が自転車に挟まれていました。骨折したかも知れません。」と、俺は救急隊員に話した。
病院に着いたが、持ち物に住所の宛もない。お名前カードも持っていなかった。
連絡先を尋ねたが、要領を得ない。しかし、幸か不幸か、この病院に来たことがあると言う。名前はちゃんと言えたので、看護師に伝えてカルテを調べて貰った。
4年前に通院した記録があった。
事務員は、そのカルテに書いてある電話番号にかけたが、「現在使われておりません」というメッセージだけだった。
さあ、困った。
それから、おじいちゃんの、いや、折田忠三さんの身内捜しが始まった。
入院費は、南部興信所が肩代わりし、所長が保証人になった。
俺と倉持は、同僚の横ヤン、花ヤンに協力を申し出、病院、介護施設にポスターを貼った。
ポスターと言っても貼り紙だ。病院の古いカルテデータからの。
お名前カード所持なら、話は簡単だが、まだ作らない人もいる。
念の為、佐々ヤンには運転免許証データや前科者データにないか確認して貰ったが、外れだった。
口コミと言えば、辻先輩だ。
「お前、熱心やなあ。」「行きがかりでね。どことなくオヤジに似ている感じがあって。」
「ええよ。貼り紙は待合に貼っとく。馴染みの治療客には声をかけとく。自慢の後輩の頼みやからな。」
「恩に着ます。」「おんなと寝ます?」
悪い冗談は聞き流して、クルマに戻ると、倉持が明るく言った。
「先輩。分かりましたよ。流石、先輩のカンはいつも鋭いなあ。足立区の『とおらやんせ』って介護施設に入所している高齢者が行方不明になって、騒いでいたそうです。」
「佐々ヤンの話では、捜索願は出してなかったみたいやが。」
「家族が出そうとしたみたいですが、施設が反対したそうです。介護士の1人が貼り紙見て、こっそり警察に届けたみたいです。やっぱり、体面考えるんですかねえ。保証人の大体の住所が判って、生活保護課が家族に連絡取って、判ったそうです。今年になってから、家族が施設を適当に探して入所させたらしいです。今、病院に向かっているそうです。」
俺は、スマホで辻先輩に状況をかいつまんで話して、倉持と病院に向かった。
病室に向かうと、怒鳴り声が聞こえた。
「あのまま死んだら良かった。マッチ持ってたんや。焼け死んだら良かったんや。」
折田さんは、泣き叫んだ。看護師は、おろおろしている。
所長が、やって来た。
俺が、家族と揉めてることを言うと、病室に入り、家族を連れて出てきた。
横ヤンが、院長に会議室を開けて貰った。
「亀の甲より年の功、任しとき。」
横ヤンは花ヤンと、所長達の会議室に消えた。
廊下で倉持と待っていると、所長と家族が出てきた。
家族は、所長に『立替金』を払った上で、事務所で入院手続きをした。
所長は、「経緯」を話してくれた。
「今年の初め、家族の1人が言い出して、強引に介護施設に入ったらしい。折田さんは、散歩の途中、介護士の隙を見て、脱走した。歩いて「自宅」に帰った、とよ。10キロの行程をな。戦争に行った年代やないが、学生時代「陸上」やってたから脚には自信があった。暫く備蓄で暮していたが、朝晩冷えてきたから、スタンドに灯油買いに行った。流石に疲れが出て、転倒した。そこに幸田が登場、や。」
「それで、これから、どうするんです、折田さん。」
「院長の温情でナア、一週間、検査入院。その間に家族は『訪問介護』の手続きをして、訪問介護士さんに面倒見て貰う。面倒くさいからって、放置した施設をしかるべき訴え起こすって、本庄弁護士が言ってる。ああ、介護の段取りは本庄先生の紹介のケアマネージャーさんがやった。灯油はな。『危ないから止めとき、エアコンにしとき』ではなく、ネット注文することになった。注文と配達とする業者を本庄さんが紹介してくれた。切れる前に、『御用聞き』の注文してくれるらしい。便利な世の中になったな。」
その後、折田さんの家族から手紙が来て、商品券が同封されていた。
《お世話になったままで、ご挨拶が遅れました。私たちは皆、働いていて、父の面倒をろくに見られないものですから、施設に頼りました。ケアマネージャーさんの話によると、施設は『当たり外れ』が大きいそうです。デイケアは断られましたが、訪問入浴は、体が弱ってきたら利用してもいい、と言ってくれました。自転車は壊れてしまったけど、散歩は訪問介護士さんが別料金ですが付き添ってくれます。備蓄が不足しそうな時は、ケアマネージャーさんが紹介してくれた『便利屋さん』が手伝ってくれます。ウチは恵まれている方だともケアマネージャーさんが言っていました。些少ではありますが、商品券は何かの際にお使い下さい。
》
―完―
「あ。危ない。」倉持の声に、スマホを弄っていた俺は、その方向を見た。
高齢者の男が「自動灯油販売機」の前で自転車ごと、こけている。
ここは、無人のスタンドやない。すぐに待機所から社員が駆けつけた。
救急車は倉持に任せて、俺は、社員と共に高齢者を助け起こした。
どうやら、ポリタンクに灯油を入れて、自転車の荷台に積んで家に帰ろうとして、押して帰ればいいものを乗って帰ろうとして、こけたのだ。
自転車ロープは丈夫なものでないらしく、切れていた。
全部ではないが、ポリタンクの栓が緩かったらしく、灯油がタンクから、こぼれている。
「救急車来たら、付き添って行くわ。出血はしてないけど、骨折してるかもなあ。あ、灯油・・・。」
「あ。こちらで拭き取って、タンクは保管しておきます。確か南部興信所の・・。」
「ああ。幸田です。」と。俺は名刺を社員に渡した。
救急車がやって来た。
俺は、倉持に所長に連絡しておくように指示した。
高齢者は、うんうん唸っているが、上手く話せない。
俺は、救急隊員に事情を話して、救急車に同乗した。
「脚が自転車に挟まれていました。骨折したかも知れません。」と、俺は救急隊員に話した。
病院に着いたが、持ち物に住所の宛もない。お名前カードも持っていなかった。
連絡先を尋ねたが、要領を得ない。しかし、幸か不幸か、この病院に来たことがあると言う。名前はちゃんと言えたので、看護師に伝えてカルテを調べて貰った。
4年前に通院した記録があった。
事務員は、そのカルテに書いてある電話番号にかけたが、「現在使われておりません」というメッセージだけだった。
さあ、困った。
それから、おじいちゃんの、いや、折田忠三さんの身内捜しが始まった。
入院費は、南部興信所が肩代わりし、所長が保証人になった。
俺と倉持は、同僚の横ヤン、花ヤンに協力を申し出、病院、介護施設にポスターを貼った。
ポスターと言っても貼り紙だ。病院の古いカルテデータからの。
お名前カード所持なら、話は簡単だが、まだ作らない人もいる。
念の為、佐々ヤンには運転免許証データや前科者データにないか確認して貰ったが、外れだった。
口コミと言えば、辻先輩だ。
「お前、熱心やなあ。」「行きがかりでね。どことなくオヤジに似ている感じがあって。」
「ええよ。貼り紙は待合に貼っとく。馴染みの治療客には声をかけとく。自慢の後輩の頼みやからな。」
「恩に着ます。」「おんなと寝ます?」
悪い冗談は聞き流して、クルマに戻ると、倉持が明るく言った。
「先輩。分かりましたよ。流石、先輩のカンはいつも鋭いなあ。足立区の『とおらやんせ』って介護施設に入所している高齢者が行方不明になって、騒いでいたそうです。」
「佐々ヤンの話では、捜索願は出してなかったみたいやが。」
「家族が出そうとしたみたいですが、施設が反対したそうです。介護士の1人が貼り紙見て、こっそり警察に届けたみたいです。やっぱり、体面考えるんですかねえ。保証人の大体の住所が判って、生活保護課が家族に連絡取って、判ったそうです。今年になってから、家族が施設を適当に探して入所させたらしいです。今、病院に向かっているそうです。」
俺は、スマホで辻先輩に状況をかいつまんで話して、倉持と病院に向かった。
病室に向かうと、怒鳴り声が聞こえた。
「あのまま死んだら良かった。マッチ持ってたんや。焼け死んだら良かったんや。」
折田さんは、泣き叫んだ。看護師は、おろおろしている。
所長が、やって来た。
俺が、家族と揉めてることを言うと、病室に入り、家族を連れて出てきた。
横ヤンが、院長に会議室を開けて貰った。
「亀の甲より年の功、任しとき。」
横ヤンは花ヤンと、所長達の会議室に消えた。
廊下で倉持と待っていると、所長と家族が出てきた。
家族は、所長に『立替金』を払った上で、事務所で入院手続きをした。
所長は、「経緯」を話してくれた。
「今年の初め、家族の1人が言い出して、強引に介護施設に入ったらしい。折田さんは、散歩の途中、介護士の隙を見て、脱走した。歩いて「自宅」に帰った、とよ。10キロの行程をな。戦争に行った年代やないが、学生時代「陸上」やってたから脚には自信があった。暫く備蓄で暮していたが、朝晩冷えてきたから、スタンドに灯油買いに行った。流石に疲れが出て、転倒した。そこに幸田が登場、や。」
「それで、これから、どうするんです、折田さん。」
「院長の温情でナア、一週間、検査入院。その間に家族は『訪問介護』の手続きをして、訪問介護士さんに面倒見て貰う。面倒くさいからって、放置した施設をしかるべき訴え起こすって、本庄弁護士が言ってる。ああ、介護の段取りは本庄先生の紹介のケアマネージャーさんがやった。灯油はな。『危ないから止めとき、エアコンにしとき』ではなく、ネット注文することになった。注文と配達とする業者を本庄さんが紹介してくれた。切れる前に、『御用聞き』の注文してくれるらしい。便利な世の中になったな。」
その後、折田さんの家族から手紙が来て、商品券が同封されていた。
《お世話になったままで、ご挨拶が遅れました。私たちは皆、働いていて、父の面倒をろくに見られないものですから、施設に頼りました。ケアマネージャーさんの話によると、施設は『当たり外れ』が大きいそうです。デイケアは断られましたが、訪問入浴は、体が弱ってきたら利用してもいい、と言ってくれました。自転車は壊れてしまったけど、散歩は訪問介護士さんが別料金ですが付き添ってくれます。備蓄が不足しそうな時は、ケアマネージャーさんが紹介してくれた『便利屋さん』が手伝ってくれます。ウチは恵まれている方だともケアマネージャーさんが言っていました。些少ではありますが、商品券は何かの際にお使い下さい。
》
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