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52.『眠り姫』

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 ○月〇日。
 待合ロビーにいると、病室に行っていた、イッチャンこと矢口一郎が帰って来た。
「どやった?」
「今日は、目が開いていました。台風の話をしましたが、分かっているのか分かっていないのか分からない。でも、私に反応してくれただけで充分です。」
 矢口は、昔、俺が住んでいた所の隣のニイチャンで、今は立派な高齢者や。
 俺は今でも、イッチャンって呼んでいる。
 矢口のお母さんは、介護施設に長いこと入っていたが、コロニーのワクチンのせいだったのか、ずっと寝たきりだ。
 俺は注射嫌いやから打たなかったけど、高齢者の死者や重症者には、ワクチンは強すぎたのではないだろうか?一時、子供にさえ打つのが当たり前みたいな風潮があった。
 普通の飲み薬でも、子供や重要疾患がある患者は量を減らす。
 何故「十把一絡げ」で同じ量を人数分打とうとするのか信じられへんかった。
 藤島先生も辻先輩も、「気にせんでええんや。元気な大人は。」と言った。
 国が認めたワクチンの副作用例は僅かに過ぎない。
 金を払うのが嫌だから、国の『出納係』が。渋ちんやから。脳みそが「合わせ味噌」やから。ちょっと、言い過ぎたかな?
 寝たきりのイッチャンのお母さんも辛いが、イッチャン自身も辛い。
「ダイエットしてへんのに、痩せたわ。」と、自嘲していた。
 僅かな副作用例の裁判は、来年かららしい。
 本庄先生は、「一度切り崩したら、案外脆い。前例主義の裁判官が多いから。まずはかつこと」とか言っていた。
 イッチャンは、裁判で勝訴しても、認定されへんやろうな。何より、本人が望んでいない。
 中津さんや大前さんと時々話すが、この国は、どんどん違う国に変わって行く。
 イッチャンは、自分の分の会計を済まして、戻って来た。
 イッチャンは足が悪い。腰も悪い。杖を突いている。
 その内、ご先祖の墓参りも行けなくなるかも、と言っていた。
 その時は、付いて行ってやる、と言っておいた。
 今日も、俺のクルマで送迎や。病気のことはよう分からん。
 俺の出来るのは、大してないんや。
 イッチャン、頑張りや。『眠り姫』言うてたけど、目を開ける日もたまには、あるんや。
 イッチャンは、「殺してくれ」と言われた時が一番ショックやったって言ってた。
 俺の両親は、もうとっくにいない。俺がイッチャンの立場やったら、堪らんな。耐えられへんかも知れんな。
「ほな、イクで、イッチャン。」
 俺は、ゆっくりクルマをスタートさせた。お互いに1分1秒を大切に生きる為に。
 ―完―

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