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30.【お薬手帳は何の為】

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 ○月〇日。
「お帰り。どうやった?」
「やっと終った。ふう。」
 澄子は、昆布茶を出した。「お疲れさま」の意味や。
 南部興信所に依頼者が訪ねて来たのは1年前や。
 依頼内容は、素行調査。嫁は、いつもガミガミ言って、次の日に仕事に出て行くのが分かってて『1日1万歩』をしろ、と命令をする。一緒に歩いたことはない。宗教に填まっていて、毎日、重労働だから、それくらいは歩いている、と言う。見れば、依頼者は、少し小太りには違い無い。1日1万歩歩いたところで、必ずダイエット出来るとは限らない。
 嫁は、殆ど料理をしない。家事は、たまにやる掃除くらい。ビデオのセットやPCの動かし方を知っていると威張るが、自分と大差ないようにも思える。思いあまった原因は、薬。薬の飲み過ぎだから痩せない、などと言い出した。
 とうとう、嫁は非現実的な行動を起こした。宗教のせいか、偏執的な傾向があるのは分かっていたが、依頼者が通院しているクリニックに、知らぬ間に乗り込んで医師に説教を始めた。
 医師は根気よく説明し、ダブっている薬なぞない、無駄にはなってないと説明した。その為に『お薬手帳』があり、医師がダブった薬を処方したり、日数回数指定が間違えたりすると。提携している処方箋薬局が問い合わせてくる、ダブルチェックをしている、と説明した。
 依頼者が、膝の故障があるため、無理に歩かないように医師に説諭されていることを知ると、嫁は激高した。「藪医者!」と罵って帰って来て、自分に通院を止めるよう、命令した。
 そして、知らぬ間に薬を捨ててしまった。
 南部所長は、涙を流しながら、幾ら年の差婚で、人生観が違ってても、やることが極端だ。所長と総子は、30歳以上離れていて一緒になった。お互いに引く所は引いている。
 その嫁と依頼者は14歳違いだ。一回り以上違うカップルとは言え、所長夫妻程離れてはいない。問題は、誰が見ても『性格の不一致』だ。
 依頼者は、苦労して、再度薬を処方して貰った。依頼者は糖尿病で高血圧だ。心筋梗塞になったこともある。だから、薬は多めなのだ。血糖値の薬、血圧の薬、心臓の薬、皆一緒になった薬なぞ無い。
 無理矢理歩かされた結果、痛み止めや湿布薬も増えた。リハビリもして貰っているのに、頑固な嫁の為に体全体が悪化した。
 俺は、本庄先生に言われて、多額の保険金をかけていないか調べた。
 保険会社は、『保険金詐欺の疑いがある』と一言だけ言えば、チャッチャと調べてくれる。保険会社は『なるべく払う額が少ない方がいい』というポリシーがあるから、協力的だ。
 幸か不幸か、保険金は、一般的なものだった。友人も、宗教団体も簡単に話してくれた。『嫌われている』。俺のカンは正しかった。救いようがある性格なら、人は口が重くなる。『冷えた、ふかしいも』、それが、嫁のあだ名だった。
 この『ふかし』は『吹かし』だ。詰まり、はったりだけで『実』がない。宗教団体が、彼女を追い出さないのは、宗教団体の関連政党の選挙の際に、その『ふかし』が役に立つからだ、と言う。友人も部下(と呼んでいるが、後輩)も、食事を奢ってくれるから仕方無く付き合っていた。
 本庄先生は、再三夫婦に面会をし、離婚を勧めた。調停は終った。
 そして、依頼者は、天に召された。俺は、葬儀には行かなかった。代わりに所長が行ってくれた。俺は、所長に業務連絡を受けただけだった。
 物思いにふけっていた俺は、「チン」という音に我にかえった。
「出耒たで。」と、澄子はトースターから『ふかし芋』を取り出し、アルミホイルを解いて、割って2つの皿に載せ、俺に軍手を指し出した。
「お前、優しいな。やっぱり、ふかし芋は、冷めたら旨ないわな。」と、俺は思わず呟いた。
 ―完―

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