大文字伝子が行く

79．蘭のデート

　＝＝＝＝＝＝＝＝　この物語はあくまでもフィクションです　＝＝＝＝＝＝＝＝＝
　==============　主な登場人物　================
　大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。
　大文字（高遠）学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
　愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。
　愛宕（白藤）みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。
　久保田（渡辺）あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。
　橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。
　金森和子空曹長・・・空自からのEITO出向。
　増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。
　大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
　田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
　馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
　浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。
　斉藤理事官・・・EITO司令官。EITO創設者の1人。
　新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署勤務。EITOに出向。
　結城たまき警部・・・警視庁捜査一課の刑事。EITOに出向。
　依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。宅配便ドライバー。
　南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。
　山城順・・・伝子の中学の書道部後輩。愛宕と同窓生。
　福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。
　江南（えなみ）美由紀警部補・・・警察犬チーム班長
　副島はるか・・・伝子の小学校の書道部の先輩。書道塾を経営しているが、EITOに準隊員として参加。
　久保田誠警部補・・・警視庁捜査一課刑事。EITOの協力者。あつこの夫。久保田管理官の甥。
　久保田管理官・・・EITO前司令官。
　草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。
　天童晃（ひかる）・・・かつて、公民館で伝子と対決した剣士の一人。
　矢田浩一郎・・・天童に同じ。
　松本悦司・・・天童に同じ。

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　午後3時。大文字邸。
「えーー。じゃあ、一佐は知らなかったんすかあ？」と、依田は素っ頓狂な声を上げた。
「うん。なぎさ抜きで会議し直した。あつこは賛成してくれた。昔のなぎさならポーカーフェイスなんか何でもないが、今は無理だろうって。」と伝子は依田に応えた。
「『敵を欺くにはまず味方から』だろ？」と物部が言うと、「流石、副部長。先輩、ちょっと気になるんですけど、その話の『どんでん返し』って？何かの比喩ですか？」と福本は伝子に質問をした。
「さすが、芝居やってるだけあるな、福本は。実は、そのお寺はセットなんだ。」
「セットぉ？」皆、異口同音に叫んだ。
「南部さんに頼んで東栄映画から撮影場所を借りたんだ。ついでに、坊さんもね。普通のお寺にどんでん返しはないよ。これも、なぎさやなぎさの親族、一ノ瀬さんの親族、弔問客には報せていない。後で変な印象は残るだろうけど。」
「先輩。一ノ瀬さんの事故は？」と、祥子が手を挙げて尋ねた。
「買い物中、意気投合した人がいて、馴れ馴れしくバーに誘われて、危険を感じていた。こっそり、『おかよい』用の薬、実は頭痛薬と胃の消化薬を飲んでおいた。帰り道、タクシーを拾おうとしていたら、後頭部をガツン。で、車がダイブしたところで、乗せられていたレンタカーに常備している脱出用セットを使って車外に脱出。遠くまで潜ったまま泳いで、岸に着いたら、部隊に電話。EITOに連絡が入ったから、私と久保田管理官と斉藤理事官で、大まかなストーリーを作って、マスコミに発表した。一ノ瀬さんは、作戦が終るまで待機する筈だった。ところが、EITO資材部が何故か弓矢のセット3組以外にボウガンを用意していた。一ノ瀬一佐は、米軍との合同訓練の時にボウガンを習ったそうだ。それで、急遽後方支援部隊に参加した。」
「あ。先輩。みちるさんがペッパーガン撃ったってことは乱闘も参加したんですか？」と、今度は慶子が尋ねた。
「いや。後方支援だが、大事な役目だ、と言って説得したが、なかなか納得しないから、副島先輩から説諭して貰った。」
「説諭って、田坂さんのお母さんも、副島先輩が説諭したんですか？」と、今度は南原が尋ねた。
「そうだ。やはり『亀の甲』かな？」と伝子が言うと、現れた天童が言った。
「年の功より亀の甲？まだ若いよ、副島さんは。」「多分、色々の苦労をされてきたんじゃないのかな。」「まあ、人生経験から来る『器』かな？」
　天童、矢田、松本が言った。「まあ、坊さん役の役者さんがビビっていたから、安心しなさい、我々が守るからって言ったのは私なんだけどね。」と天童は笑った。
　午後5時。山手線池袋駅近く。
「痴漢ですぅ！！」女の金切り声が車内に響いた。池袋駅で、女は無理矢理、ある男を引き釣り降ろした。女は、駅員に「痴漢ですぅ！！」とまた喚いた。
　男は山城順だった。青くなって震えている。「黙っているのが、その証拠よ。」
「ちょっと待ったあ！」と、南原蘭は前に出た。「この人、触ってません。この人は私の隣にいました。この人から、この女の人まで1メーター30センチほどありました。」
　蘭は、駅員に言った。「どうして、そんな距離が分かるのよ、メジャーで測ったの？」女は挑発的に言った。鉄道警察の警察官がやって来た。
「痴漢被害に遭ったにしては、高圧的だな。」後からやって来た久保田警部補が言った。
「私は美容師です。距離は目分量で分かります。」と、蘭は胸を張って言った。
「警部補。この女は常習犯です。えん罪を作っては、示談に持ち込み、『生計を立てている』詐欺師、大前実子です。執行猶予中に犯罪を起こすと、実刑ですよね。」と、あつこは言った。そして、あつこは警察官に身分証を見せた。
「警視殿。この女は常習犯でしたか。助かりました。」と、警察官は最敬礼した。
「今日は非番なの。ここはあなたに任せるわ。」「了解しました。あ。あなたは危うくえん罪になるところでしたね。お引き取り頂いて結構です。ご安心下さい。しっかり『調べ』ますので。失礼しました。行きましょう。」と警察官は駅員を促して去って行った。
　野次馬が散り、あつこは蘭と山城と久保田警部補を促し、反対側に歩き出した。
　駅の外に出てから、蘭は「警視、ありがとう。」と言った。
「長波ホイッスルを吹いたのは正解ね。2回も拉致されているから、持たせたのが役に立ったわ。」と、あつこは言った。長波ホイッスルとは、犬笛に似た特殊な音波で、決められた回数だけで危険信号をEITOに送ることが出来る。近くにいるEITO関係者が出動することになっている。
「3つ向こうのホームに警視が見えたから吹いたの。」「本当に目がいいのね、美容師だから？」「はい。」
　二人の会話に山城が、「ありがとうございます。蘭さん。それに警視。それに警部補。」と言った。
「私たちは買い物に行く途中だったの。蘭ちゃんは？」と、あつこが尋ねると、「買い物の帰りです。何も買わなかったけど。あ。途中下車しちゃった。」
「山城さんは？」「同じです。駅出ちゃいましたね。もう1度乗らなきゃ。」
　二人は、駅に引き返した。
　デパートに向かいながら、あつこは夫である久保田誠に言った。
「案外、お似合いかもよ、まこちゃん。」「蘭ちゃんのお相手はひかる君じゃなかったの？」「映画を観る相棒だっただけみたいよ。ひかる君は、蘭ちゃんに興味ないみたいだし。みちるには好意持っているみたいだけどさ。」「ふうん。あっちゃんはよく知ってるね。」
　一方、蘭と山城は架線トラブルで遅れが出たという電光表示を見て、タクシーで帰ることにした。
　30分後。「じゃあ。」と言ってタクシーを降りようとする山城に、「待って。私も降りる。」と、言って蘭は運転手に料金を払った。
　山城は料金の一部を払って先に降りたのだが、蘭の行動に驚いた。
「この人、痴漢です、なんて言わないでよ。」「ははは。山城さんでも、そういう冗談は言うんだ。私のバックには、あつこ警視がついてるのよ。」
「そうだったね。」二人は笑い合いながら、自然と山城のアパートに入った。
「何のおもてなしも出来ないけれど。」と、山城が遠慮しながら言い、テーブルの上のミニチュアを片付けた。
「それ、軍艦？」「ん？護衛艦。これは僕のオリジナルなんだ。こっちは本物がモデルだけど。」山城が指を指した先は、押し入れ一杯に広がった、ミニチュアのジオラマワールドだった。
「山城さん、何か悩んでるでしょ。私、本当に近くにいたのよ。何か考え事しているみたいだった。声をかけづらいな、って思ってたら痴漢騒ぎ。山城さんは降りる為にドアに近づき、あの女とぶつかったのよ。池袋で何か買う予定だったんじゃないの？」
「いや、気分転換に降りようかな、と移動した。隙だらけだったんだね。実は僕・・・またリストラされそうなんだ。」
「また？」「気のいい人間は切りやすいんだね。」
　蘭は数秒考えて、山城が作った模型を写して、どこかへメールをした。
「ねえ。模型の話、聞かせて。」二人はずっと話し込み、気が付けば、午後10時になっていた。山城は流しのタクシーを拾い、蘭を乗せた。
「ありがとう。」「こっちこそありがとう。」
　翌日。午前10時。大文字邸。伝子はパジャマ姿で遅い朝食を採っていた。
「おねえちゃま。徹夜だったの？」「うん。」「それで、山城を押し倒さなかったのか？」
「朝っぱらから、いやらしいこと言うのね、おねえちゃま。」と、蘭は膨れた。
「私ね。店長からコンテスト出るように勧められているの。でも、自信が無くて。山城さん、真剣に聞いてくれたわ。」と、蘭はため息をついた。
「山城さんのプライベート、意外に知らないなあ。お婆ちゃんや叔父さんの心配事の相談ばかりで。ねえ、伝子。」「そうだな。今勤めている所は？」「ガソリンスタンド。そこが早期退職を募っているらしいの。優しい人間は損ね。痴漢騒ぎも、危うくえん罪。警視が上手く裁いてくれたけど。」
「顔を見てすぐ常習犯って見破るのは流石だね。」「そんなこと言ったら、私を誰だと思ってるの？って言われるぞ。」と伝子が言うと、高遠は舌を出した。
　伝子が朝食の後片付けに台所に向かうと、EITO用の部屋からアラームが鳴った。
　高遠と伝子が行くと、「おねえさま、朝っぱらからセックス？それとも徹夜で？」となぎさが言った。
「お前、この頃、変だぞ。ウチのくそババアの影響受けたか？横で理事官が困っているんじゃないのか？」「今はいないわ。山城さんの件。仁礼海将が事務員に採用してくれるって。但し、事務官入隊試験に合格したら、ね。試験のこと、直接山城さんに連絡を入れてくれる、って。蘭ちゃん、いる？」
　蘭が顔を出すと、「押し倒さなかったの？」となぎさが言った。
「もう、みんなして揶揄って！」と蘭は二階の方に逃げた。
　蘭は店長に電話をかけた。「店長。コンテスト受けます。絶対優勝します！」
「よく言った。南原さん、一緒に頑張りましょう。」と、電話の向こうで店長は弾んだ声で言った。廊下の端で綾子が、そっと見守っていた。
　午前11時。総理官邸。記者会見会場。総理の発表直後、シューターが飛んできた。
　総理は咄嗟に避けて、壁にシューターが刺さった。
　午後1時。警視庁。記者会見会場。
　久保田管理官が会見を行っている。
「EITOの敵はテロリストじゃなかったんですか？総理を襲うなんて前代未聞じゃないですか。」と、記者の一人が言った。
「あなたは？」「ドコサヘキサエン新聞の木谷です。」「EITOのシューターという証拠は？」「証拠は？どう見てもEITOのシューターじゃないですか。EITOの殺傷武器ではないですか。」「EITOの斉藤理事官に代わりましょう。」
　壇上に理事官が上がった。「結論から先に申し上げましょう。総理を襲ったブツはシューターじゃありません。シリアルナンバーがないから。それと、シューターが紛失されたことはありません。闘いの後、全てEITOで回収しています。また、シリアルナンバーがないシューターが流出した事件も存在しない。以前、皆さんに『銃火器でない武器』として紹介した時の映像から模倣したのでしょうな。物真似が得意でいつも本物に及ばないものを短時間で拵える、あの国らしい製品です。」
　会場がざわめいた。「それと、この際念押しします。拳銃やマシンガンや爆弾を使わない、という極めて難しい戦い方をするのは、殺すための闘いではないからです。あなた方はテロリストでも最低限の人権は守られるべき、と常々言っておられるのでは？警察官や自衛官に対して『武装』とおっしゃるが、簡単に拳銃で襲うことはできない。国民を守る為の組織だから。EITOは、それを踏襲している。捕まえる為に闘っている。逮捕するのは、警察の役目だ。連携して後方支援をしている警察官達は、逮捕連行する為に動く。」
「シューターは、無傷で押さえ込めないでしょう。それに、ペッパーガンも銃ではありませんか。」木谷は食い下がった。
「シューターでは無傷で相手を倒せないのは当然です。足止めが目的です。ペッパーガンは、以前に説明した通り、こしょう等の調味料で出来ています。火薬が入った弾丸ではありません。」
「では、弓矢隊はどうです。矢は殺傷の能力がないとでも？」「矢は人に向かって放ってはいません。銃やマシンガンを叩き落とす為です。しゃべり過ぎましたね、木谷さん。」
　久保田管理官が合図を送ると、3人の警察官が取り囲み、逮捕し連行しようとした。
「何故だ？私はジャーナリストとして・・・。」木谷の発言を遮って理事官は言った。
「一ノ瀬一佐のお通夜には、マスコミを呼んでいません。告別式なら出席していい、とお伝えしました。弓矢隊が、先ほど申し上げた武器を叩き落とす仕事をしたのは、一ノ瀬一佐のお通夜のみです。まだマスコミの皆さんにはお知らせしていませんでしたが、『故人の墓を暴きたがる』民族の一味が、お通夜を急襲しました。我々は、弔問客を傷つけることなく、賊を殲滅しました。彼は那珂国のスパイです。テロリストの仲間です。だから、逮捕したのです。」と理事官は語気を荒げて言った。
　木谷は、警察官を振り切って、何かを飲もうとした。警察官の一人、早乙女はそれを叩き落とし、一本背負いをかけた。失神した木谷と名乗る男を、後ろ手に手錠をかけ、早乙女を含む3人の警察官は連行していった。
「マスコミの皆さんをだます結果になり、申し訳ありません。全ては、お通夜の晩と、今現れた賊を倒す為でした。一ノ瀬一佐は生きています。お通夜はフェイクでした。何故？『敵を欺くにはまず味方から』って言うでしょ、味方の皆さん。」
　理事官は、意気揚々と引き上げて行った。
　午後2時。大文字邸。
　リビングルームで高遠と伝子は記者会見を見ていた。
「だんだん、うまくなって来たね、理事官の記者会見。」「それは失礼だろ。必死なんだよ、国民を味方にする為に。ジョークで理事官は『味方』って言ったけど、マスコミと野党は『敵』だからな。」
　EITOの部屋のアラームが鳴った。
　二人が急いで行ってみると、草薙が画面に映っていた。「アンバサダー。銀行強盗事件です。成増銀行おくび駅前支店です。何と山城さんと蘭ちゃんのDDバッジが押されました。」
「了解しました。草薙さん。取り敢えず、なぎさと結城警部に連絡して下さい。」「了解しました。」
　伝子は、何故二人が、と思いながら、通路を走った。高遠は、DDメンバーにLinenで報せた。
　午後3時。成増銀行おくび駅前支店前。
　警察官が、野次馬の整理をしている。何故か橋爪警部補が中の犯人と交渉をしている。
　銀行の自動シャッターが降りた。制服警察官姿の結城警部が到着し、支店長に警察手帳を見せて橋爪警部補に尋ねた。「警視庁の結城です。どうですか、様子は？橋爪警部補。」「はあ。私も10分前に到着したばかりですが、犯人と話が出来ました。支店長に電話して貰って。犯人は一人です。お腹にダイナマイトを巻いているようです。拳銃は所持していないようでようですが、チャッキマンを持っています。ライターの代わりでしょうね。人質の一人が既に犯人と接触、説諭しているようです。」
「その人質の名前は？」と後から来た制服警察官姿のあつこが警察手帳を橋爪に見せて尋ねた。
「山城順と名乗っています。」「山城さんが？」「お知り合いで？」「ええ。ああ、それからテロかも知れないということで、EITOが出動したようです。追っ付け到着するでしょう。」
「今、到着しました。」と、なぎさと伝子がエマージェンシーガールズ姿でやって来た。
　橋爪は、ざっと到着した伝子たちにも分かるように、説明した。
「山城氏が銀行に出金しに訪れたのが午後2時。犯人はコートを脱ぎ、ダイナマイトを見せ、チャッキマンを取り出しました。金は要求しなかったようです。副支店長の代田氏が、咄嗟に警察通報ベルを鳴らしました。シャッターを下ろそうとボタンに手をかけた時に犯人に見つかり、来客も行員も隅に寄せられました。金を要求しなかった事を不思議に思い、山城氏が説得にかかったそうです。私たちが到着し、支店長に電話をかけて貰って、私は『要求』を聞き出そうと説得を始めました。話は山城氏から中継しています。犯人に同情して、庇っています。」
「とにかく、中に侵入しないと。支店長。女子トイレの窓は開いていますか？」と、伝子が尋ねると、「開いていることは開いていますが・・・小さいですよ。」と応えた。
　伝子となぎさは、銀行裏手の女子トイレの窓を確認したが、確かに小さい。
「草薙さん。金森は？」「今、バイクで向かっているところですが、渋滞に巻き込まれたようなので、オスプレイが出動しました。」
「間に合わないか。金森は小柄だから、と思ったが。」「先輩。私なら入れます。小柄だから。と、伝子の後方から蘭が言った。
「山城と一緒だったのか、蘭。しかし、危険な任務だし、お前は一般人だ。」と、伝子が言うと、蘭は２階を指さした。「あそこを開けることが出来れば・・・。」
　イヤリング越しに聞いていた草薙が、「アンバサダー。女子トイレの横に内階段があります。蘭ちゃんが言っているのは、階段の踊り場の窓ですね。女子トイレの窓より大きいのなら、侵入出来るかも知れない。」と言った。
「階段の踊り場の窓だったか。しかし、どうやって上ろうか、なぎさ。」と、なぎさに言った時、「ロープが要るとか？」と声がした。依田だった。「ヨーダ。どうして？」
「配達の途中だけど、高遠から連絡が入ってね。先輩。持ってきますよ。」と、依田は走った。
　伝子がなぎさと短い打ち合わせをしていると、依田がロープを持って来た。
「じゃ、俺は配達があるから、これで。」と依田は走り去った。
　蘭が女子トイレの窓から侵入し、階段の踊り場からロープを投げるまで、1分とかからなかった。すぐに、伝子が、そして、なぎさが階段の踊り場の窓から侵入し、「蘭は、ここで待っていろ。」と伝子は蘭に命令し、なぎさと階下に降りた。蘭は、そっとついてきた。
　山城と犯人が並んでいる。山城は外と、銀行の電話のコードレスフォンで話しているようだ。
　山城は、副店長に「開けて下さい。」と言った。副店長は、シャッターの中の開閉口の鍵を開けた。山城は、犯人の手を繋いで外に出た。
　午後3時半。支店の外。
　銃を身構える警察官もいたが、あつこが制した。
「撃たないで。彼は自首します。自首にならないかも知れないけど、事件は終わりです。爆弾は『おもちゃ』です。爆発しません。」山城と犯人は手を挙げていた。
　犯人は逮捕連行された。
　勘違いして、山城を逮捕しようとする警察官に「馬鹿。彼は犯人じゃない。立派なネゴシエーターだ。」と橋爪警部補は一喝した。
　支店の内側。伝子は副店長に言った。「事件は解決しました。無血でね。お客さんを帰してあげてください。」
　利用客は、誰に言われるともなく、既に山城達が出た出口に向かっていた。蘭は、それとなく客に交じって出ていった。
　蘭の存在を副支店長から見えなくするために、なぎさは「お金は？取られたお金はどこですか？」と副支店長に尋ねた。
「いえ。お金を取るのが目的では無くて、無理心中しようとしたようですよ。でも、あのお客さんが説得されて思いとどまったようです。」と、副支店長は説明した。
「それは良かった。副隊長。我々も引き上げよう。ああ。我々が侵入する際に外壁を汚したかも知れません。後でEITOが補償しますので。」と伝子が言うと、副支店長は「とんでもない。」と手を横に振った。
　なぎさと伝子は副支店長に一礼して外に出た。
「エマージェンシーガールズ。今回は出番が無かったようですね。ダイナマイトは偽物だったようですよ。」と、あつこが言った。
「では、我々はここで。」伝子となぎさは走り去った。
「橋爪警部補。ご苦労様でした。我々も引き上げましょう。野次馬も散って行ったことだし。」「はい。でも、マスコミが待ち受けているようですが。」と、橋爪は困った顔で言った。
「私の出番かな。橋爪警部補、ご苦労様でした。帰宅途中だったのに、大変でしたね。」と、現れた久保田管理官が言った。
「では、後はお任せします。管理官。」と言って橋爪は去って行った。
「警部。私のバイク、乗っていく？」とあつこが結城を誘った。
「喜んで。」あつこは、結城と共に駐車してあったバイクの方向に歩き出した。
　山城がキョロキョロしていると、山城の目を後ろから来た人物が両手で塞いだ。
「僕の目をまっすぐな手で塞ぐことが出来るのは・・・蘭ちゃん。」「ばれた？」
　二人はタクシーで山城のアパートに行った。
　山城は、犯人が失業者で自棄になっていることを知り、自分の体験を踏まえて、思いとどまるように説得したことを説明した。
　蘭は得意げに、伝子達を助けたことを言った。
　すると、山城は、蘭を平手打ちした。
「南原蘭。僕の妻になれ！はい以外の返事は許さない！！」目に涙を一杯溜めた蘭は山城に抱きつき、「はい。あなた。私は一生ついて行きます。」山城の服は、蘭と山城が流した涙で濡れていた。
　カップルは誕生した。新しいカップルが。
　―完―