上 下
5 / 310

5.立てこもり未遂

しおりを挟む
 ======== この物語はあくまでもフィクションです =========
 ============== 主な登場人物 ================
 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。
 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師。
 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。
 愛宕みちる・・・愛宕の妻。丸髷署勤務。
 高峰くるみ・・・みちるの姉。
 山田店長・・・くるみの勤めるスーパーの店長。
 久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。
 ==================================

 濡れ衣。それは悲劇しか産まない。
「高遠。おい、高遠。起きろ!」
「ん?」「お前うわごと言っていたぞ。何か怖い夢を見たか?」
 伝子は高遠の顔をのぞき込んで尋ねた。「はい。よく分からないです。」
「セックスが足りなかったか?ほら、おっぱい吸ってみろ。」と伝子は胸をはだけた。そして、自分の膝に高遠の顔を乗せた。「あ、いいです。先輩。すぐ朝食の用意をし
 ます。」
 元気のない高遠をベッドから送り出すと、伝子はすぐに着替えた。高遠は洗面所でボーッとしていた。背後から近寄った伝子は自分の額を左手で押さえ、高遠の額を右手で押さえることで、高遠の熱を計った。やはり熱があるようだった。伝子は高遠を軽々と『御姫様抱っこ』をして、ベッドに運んだ。
 急いで、台所の救急箱から解熱剤を出し、水をコップに入れた。
 「これを飲め、高遠。」「ありがとうございます。」
 「私より先に死ぬことは許さんぞ。」「大袈裟ですよ。」
 その時、チャイムが鳴った。玄関の扉を開けると、愛宕夫妻が立っていた。
 「まだ、お休みでしたか。すみません、先輩。素敵なお寝間着ですね。」
 伝子はネグリジェのままだった。きっと愛宕を睨んで「お前、いやらしい妄想しているだろ。」「いや、そんな・・・。」「すぐ着替える。」
 5分ほど待たせた後、伝子は愛宕夫婦を迎え入れた。「高遠は寝ている。風邪だと思う。」「カレーライス、ご一緒にと思って材料持ってきたんだけど、カレーうどんにします?」とみちるが言った。
 「何故?」「風邪にはカレーうどんでしょう。」「そうなのか?風邪薬入ってんのか?」
 「風邪薬は入っていないけど、スパイスが効くのかな?消化はいいでしょ。ちょっと仕入れて来るわ。先輩、買い物行きましょうよ。あなた、下拵えしておいてよ。」
 「分かった。高遠さんの様子も見ておくよ。」
 伝子のマンションから近いスーパーに伝子とみちるは来ていた。
 スーパーの入り口近くに野次馬が出来ていて、警察が続々と到着してきた。
 伝子は野次馬の一人のおばさんに尋ねた。「何かあったのか?」
 「お客さん同士揉めていたけど、その内一方がナイフを出してきたのよ。怖いわー。」
 「立てこもっているのか?」「立てこもりじゃないみたいよ。」
 「そうか。みちる、行くぞ!」「あ、はい。」
 伝子はみちると店内に入った。
 レジ係がレジのブースで青ざめた顔で立っていた。レジの先頭だった場所に男Aが男Bにナイフを突きつけられていた。「謝れ、謝れよお。」男Bの側には遺骨らしき箱があった。
「あんた、謝ったらどうだ。」と伝子が言うと、「謝る必要はない。」と男Aが返す。
「なんでだ。」と伝子が尋ねると、「バイトごときに謝る必要はない!」と男Aが応えた。
「みんなあ。3秒だけ目をつぶってくれ。1、2、3!」
 思わず、レジ係も、離れて見守っていた客や店員も目をつぶった。
 伝子は『3!』を言う前に男Bのナイフを取り上げ、男Aの頬とボディを殴った。そして、背負い投げをした。
 「みちる。外にいる久保田刑事達を呼んで来い!」「はい!」みちるは素早く敬礼し、外で待機している警察官に合図を送った。
 ばたばたと人が雪崩をうって入館してきた。「大文字さん。これは・・・。」
 「二人とも逮捕してくれ、久保田さん。立てこもりではなく、喧嘩だ。一人はナイフを持ち、一人はその箱で振りかぶろうとしていた。」
 久保田がレジ近くを見ると、証拠品は2つともあった。
「分かりました。」久保田は警察官に男Aと男Bを連行させた。証拠品も持って行かせた。「事情を説明してくれるかな?白藤巡査。」と、久保田はみちるに言った。「大文字先輩に従ったまでです。」
 久保田が唸っていると、店長の名札を付けた男がやってきた。「店長の山田です。」「久保田です。こちらは白藤巡査。そして、こちらは・・・。」
 久保田が迷っているのを見て、みちるが助け舟を出した。「オブザーバーです。臨床心理士。」「はあ。高峰くん、持ち場に戻って。」「いや、店長。少しお願いが・・・。」と、伝子は何やら店長に耳打ちをした。
 「と、いう訳だ。」と帰宅した伝子は愛宕に言った。「先輩。省略箇所多すぎですよ。」と愛宕は文句を言った。
 「店長に『潜入捜査をマスコミに知られるとまずいから裏口から出してくれ』と頼んだ。店長はレジ係高峰くるみに裏口を案内させた。みちるのお姉さんだって、後で聞いて驚いた。」「高峰は嫁ぎ先の姓です。」とみちるが口を挟んだ。
 「で、肝心の買い物を忘れていた。高峰くるみはバックヤードから持って来たが、みちるが贈収賄になると言い出したので、安く分けて貰った。高遠、領収書だ。家計簿につけとけ。」「家計簿?」と一同は声を揃えて言った。
 「大文字家の主夫は私ですので。」と高遠は説明したが、「10円?」
 「創業祭の見切り品の値段だそうだ。因みに、賞味期限は切れていないし、手前でもない。」
 一同は笑った。「さ、本格的なカレーうどん作りましょ。」とみちるが言った。
 「食べれるかなあ。」と高遠が言うと、愛宕が補足して言った。「さっき『梅がゆ』を食べて貰ったんですけどね。まあ、ダイジョブですよ、少しくらい。」
 そこへ、伝子のスマホに久保田から連絡があった。
「大文字さん。少し長くなりますが、いいですか?」「勿論。」
「大文字さんが投げた方が野上慎太郎、ナイフと遺骨の箱らしきものを持っていた方が西浦英二。西浦がボコ版印刷カード工房の課長、野上は同社の部下の元準社員。西浦が野上に怨恨を抱いての犯行。大文字さんの読みがまた当たりましたね。西浦は野上を利用して、野上の先輩格の準社員堂本を追い込み、追い出し、堂本は絶望して自殺した。野上は、辞めたアルバイトから、堂本が自殺した原因の一部は自分にもある、と思い悩んだ。」
「何てことだ。」
「堂本が野上に遺した遺書を野上は所持していました。野上は堂本が『タバコ依存症』と思い込まされていたらしい。それで、他の従業員にも嘘つきと吹き込まれていた。彼らの上司である課長代理松波も加担していた。堂本はアルバイトから準社員になったことで、少しは給料が上がったものの、いつまで経っても正社員に引き上げてくれない松波にも不満があったが、表向きは人当たりのいい西浦にも不満を持っていた。アルバイトが辞める度に『餞別』と称して金を集め、私服を肥やしていた。そして、製品の不良品が出た時に、堂本をスケープゴートにして、責任回避しようとしたのが松波と西浦。会社も馬鹿じゃない。事故調査をして古い機械の故障で起こった事故であり、堂本はクビにはならなかった。でも、絶望感を抱いた堂本は自殺した。」
「それで?」
「遺書には、西浦を案じて『同じ目に遭わない為にも早く辞めた方がいい』と忠告していた。悪夢はやって来た。会社の納品で不祥事があり、西浦は依願退職を野上に勧めた。西浦は平社員から、松波を追い抜いて課長に昇進したのがその不祥事発覚の1か月前。野上は、辞めたアルバイトから昇進にも裏がある、と聞いた。母親が病気になったことも影響して自棄になった。真相を正そうとして、スーパーに入った西浦に、たまたま道で拾ったナイフを持って迫った。風呂敷に入れた箱は持参したものだそうですが、あのナイフでは傷つけるのも難しいそうですよ。」
 スマホのスピーカーをオンにして皆と聞いていた伝子は久保田に言った。
 「なるほど。私がみちると入館した時、二人は言い争っていた。多分、堂本に謝れと迫っていたのだろう。そばでナイフを見て危険ではないと判断して、投げた。因みに、私は合気道の有段者です。」「成程。白藤巡査だけでなくて、良かった。」
 「参考までに、『タバコ依存症』のトリックなら簡単だ。西浦は堂本が休憩している休憩室に入って来て、タバコに火を点け、『すぐに戻ってくるから』と火を点けたままのタバコを灰皿に置いて、休憩室を出た。堂本はその言葉を信じて、本でも読んで休憩を続けたのだろう。そこで、野上にこう言う。『タバコは吸わない筈の奴がタバコを吸っているぞ』と。先入観を持たされていた野上は簡単に信じた。堂本がタバコに火を点けるシーンも口に咥えているシーンも灰皿にタバコを押しつけ消すシーンも見ていないのに。」
 伝子は推理を続けた。
『タバコ依存症』は堂本でなく、西浦です。買い物カートにはタバコのマイフレンドが5カートン入っていました。ああ、そうだ。久保田さん。別室で西浦を調べている刑事さんに『この歌で揺さぶりをかけてみて欲しい』と教えて下さい。『仲間はずれはだーれだあ』」
 「面白い。了解しました。」と久保田が応えた。
 カレーライスとカレーうどんパーティが始まった。
 皆が食べ終わった頃、久保田がやって来た。高遠もカレーうどんを少し食べていた。
 「いやあ、いい匂いがするなあ、と思ったらカレーですか。」と久保田は言った。
 「みちる。久保田さんにもカレーうどん。愛宕、ナプキンを。」
 カレーうどんを食べ終えた久保田は、「ああ、旨かった。我々生活安全課の取り調べ自体はできないし、飯食う暇もないし。あ、すみません、つい愚痴を。あ、例の歌。刑事が歌うと西浦は震えていたそうですよ。なんですかね?」
 「野上が歌ってたんですよ。だから、口げんかしていたと言ったんです。そして、割って入った。野上が殺意までは持っていないことも判断出来たし。」
 「さすが、大文字先輩です。」と、みちるが褒めた。
 「刑事課はマルサにも連絡を取ったようですよ。」と久保田が付け加えた。
 「バイトの金ちょろまかすぐらいだから、横領やっててもおかしくはないですね。」と愛宕は言った。「私も、人目見て悪いのは西浦だと感じた。みちるもそう思っただろ?」
 「はい。ふてぶてしい感じでした。自分は被害者みたいなアピールしていたし。」
 「ああ、堂本は20代でタバコを止めていたし、糖尿病になっていたから吸う訳はない、と堂本の母親が言っていたそうです。」と、久保田は追加報告をした。
 「私の叔父は糖尿病だった。周囲は冷たかった。バランスよく食べるのは、意外と難しい。タバコが止めれなくて合併症を起こす人もいる。叔父はタバコを吸っていなかったけれどね。叔父の話では、糖尿病という病気は膵臓の病気で、タバコは治療薬を阻害する物質を持っているらしい。もし、西浦が糖尿病だったら、間違いなく進行する。」
 伝子の話に高遠が続けた。「野上さん、刑務所に行くんですか?可愛そうだなあ。」
 「人質に取ったたてこもりじゃない。お騒がせしたからって騒乱罪ってことでもない。騒乱罪っていうのは、『多数が集合して暴行すること』だ。傷害罪も暴行罪も成立しにくい。大文字さんが西浦を投げた『瞬間』は誰も見ていないから、『正当防衛』だ。刑事課がどう判断するか、だな。起訴する案件とも思えないが。まあ、銃刀法違反と言えなくもないが、切れないナイフだからなあ。」
 「ところで、みちるさん、復職したの?」「はい。今日。」
 「お手柄だ。出世するぞ。」と久保田が横から言った。
 「おとり捜査官ですか?」と高遠は言ったが、久保田は「そういうのは、フィクションですよ、高遠さんの世界。」
 「さ、そろそろお開きにするか。高遠、昼寝でもしとけ。今日はセックスお休みだ。」と伝子が言うと、「はい。」と高遠が応えると、「ん?何か嬉しそうだな。セックス、やはりしたいのか?」「いえ、先輩の愛情に打ち震えているだけです。」
 一同は爆笑した。
 ―完―
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...