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それでも私は聖女にはなれませんからね!
国王の思惑を知りました
しおりを挟む「となると、朝露の館に移り住むことになるのでしょうか」
アンドリューの話を聞いて、シスターが静かに問いかける。朝露の館……? というか、シスターはなんとなくこうなることを予想していたのかな。
「ああ! あの場所ならオレも守りやすいですね。教会の居心地が良すぎてすっかり忘れていました」
お茶を配りながら、シルヴィオも嬉しそうに賛同している。そっか、シルヴィオも知っているんだ。もしかすると、前聖女様もそこに住んでいらしたのかも。でも……。
「そうなると、教会のみんなとは離れ離れになるんですね……」
せっかく仲良くなれたのに、そこだけが心残りだ。もちろん、ワガママを言うつもりはない。私がここにい続けたら、シスターやカラ、子どもたちを危険な目に遭わせてしまう可能性があるんだもの。
国がそこまで手荒な真似をするとは思えないけど、揉め事に巻き込むのは私も嫌だ。
「ああ、そうなる。どのみち、これから幻獣人様は増えていく。教会に全員が押し掛ける形になるのは無理があるだろう」
「それは、確かにそうですね」
一瞬、シルヴィオみたいな幻獣人が九人、教会に集まる図を想像しちゃった。うん、無理。そもそも、寝泊まりする部屋がない。
さすがに礼拝堂でみんな夜を明かせだなんて言えないもの。世界を救ってくれる存在なんだから。……シルヴィオは私の部屋の前で座って夜を明かしているみたいだけど。
「時告げの塔の鐘の音を聞いて、皆不安に思っている。あの音が告げたのは聖女様が現れた希望の音なのか、禍獣の王が復活した絶望の音なのか、と」
私がこの世界に来た時のことか……。あの鐘が鳴ったって言っていたもんね。どれほどの音かはわからないけど、多くの人が聞いたのは間違いなさそう。噂なんて簡単に広がるもの。
「だからこそ、すぐに国王はエマの存在に気付く。私がずっと誤魔化してはいるが……いつまでも隠し切れるものではない。事は一刻を争う」
だから、幻獣人の復活と朝露の館への避難は出来るだけ急いだ方が良いとアンドリューは告げた。
「アンドリュー? 何度も言いますけど、オレはまだ反対ですからね!」
「ああ……まずはその件から話すか。シルヴィオ、これを見てくれ」
軽く頬を膨らましながら抗議をするシルヴィオに対し、アンドリューはそう言うと上着の内ポケットから革袋を取り出した。
袋の中には何かが詰まっているようで、ズッシリと重たそう。なんだろう? 首を傾げてその様子を見守っていると、今度はその袋の中身を机の上にバラバラと広げて見せている。
「魔石ですか? 魔力が空っぽの」
「そうだ。この二十年、国中の魔力がなくなった魔石が城に集められている」
……二十年。その年数に私はほんの少し嫌な予感がした。一方でシルヴィオはまだ余裕な素振りだ。
「それがなんだっていうんですか。そのくらい、オレが補充すればいいでしょう?」
「一人でか? 二十年分だぞ?」
「……それって、長いんですか?」
あ、時間の感覚が違うのか。幻獣人は長命なんだもんね。私たちとは感じている時間の長さが違うのかも。
「城の地下倉庫、二部屋分だ。この袋が十ずつ入った箱で埋め尽くされている。ちなみに一袋に石は百ほどだ」
「……」
魔石が千ずつ入った箱が、地下の倉庫二部屋分を占領しているってことだよね? それは、かなりの数なのでは? 倉庫がどの程度の広さかはわからないけど、お城の地下倉庫だもん。それなりに広いはずだよね……。
これ、九人全員揃ったとしても、なかなかにハードな作業じゃない?
「さすがにやりたくありませんよ、そんな面倒な作業。そもそも魔石なんか人しか使わないじゃないですか。人々のためにー、だなんて言うほど善人じゃないですしね、オレ」
フンッ、とシルヴィオは鼻を鳴らしてアンドリューを見下ろす。そうだ、幻獣人はその存在自体が魔石みたいなもの、って言っていたっけ。つまり、そんな道具に頼らなくても本人たちは困らないんだ。
教会の魔石に魔力を補充してくれたのは、私がお願いしたからにすぎない。わざわざ見ず知らずの人のために、そこまでの労力を割く必要は確かにないよね。
アンドリューはその言葉を受けても、とくに焦るでもなく一つ頷いている。あ、その返事は予想していたっぽい。
「そうだな。だが、魔力が補充された魔石は切り札になる。現国王派への、な」
曰く、現国王派はずっと、各地から魔石を集め回っているのだそう。鉱山で採掘も進めているんだって。そのせいで魔石不足の地域が増加していて、問題になっている、と。
それって、現国王派の支持率が落ちるだけなのでは……?
このトリルビィ教会でだって節約のため、結界箱以外に魔石を使っていなかった。このままだったら、結界箱の維持も難しくなる、よね? そうなったら幻獣人の件がなくても暴動が起きそうなものだけど。
それとも、そこまでして集めたい理由があるのかな。私と同じ疑問を持ったらしいシスターが、アンドリューに質問を投げかける。
「そこまでして陛下が魔石を集める理由に、お心当たりが?」
アンドリューは重々しく頷き、真偽は定かではないが、と低い声で前置きを口にした。
「魔石に魔力を補充する道具が完成間近なのだ、という噂が城下町に広がっている。そのために多量の魔石を集めているのだと」
「そんなことが可能なのでしょうか……? いえ、もし本当にそのような道具が出来るのなら、とても素晴らしいことですわ。ですが、そうなりますと……」
アンドリューの言葉を受けて、シスターが私に目を向ける。うん、そうだよね。
「幻獣人を解放する必要がなくなり、私の存在が邪魔にしかならなくなる、ということですね……」
魔石さえあれば、禍獣を倒す道具が作れるかもしれないもの。幻獣人に頼らなくても、何とか出来てしまうかもしれないんだ。
そんな中、幻獣人を解放する私がいたら国王の立場が危うくなる。せっかくここまで計画を進めてきたのに、国民の不満が全て国王に向いてしまうから。
シルヴィオの周囲にピリッとした空気が走った。
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