上 下
18 / 130
それでも私は聖女にはなれませんからね!

国王の思惑を知りました

しおりを挟む

「となると、朝露の館に移り住むことになるのでしょうか」

 アンドリューの話を聞いて、シスターが静かに問いかける。朝露の館……? というか、シスターはなんとなくこうなることを予想していたのかな。

「ああ! あの場所ならオレも守りやすいですね。教会の居心地が良すぎてすっかり忘れていました」

 お茶を配りながら、シルヴィオも嬉しそうに賛同している。そっか、シルヴィオも知っているんだ。もしかすると、前聖女様もそこに住んでいらしたのかも。でも……。

「そうなると、教会のみんなとは離れ離れになるんですね……」

 せっかく仲良くなれたのに、そこだけが心残りだ。もちろん、ワガママを言うつもりはない。私がここにい続けたら、シスターやカラ、子どもたちを危険な目に遭わせてしまう可能性があるんだもの。
 国がそこまで手荒な真似をするとは思えないけど、揉め事に巻き込むのは私も嫌だ。

「ああ、そうなる。どのみち、これから幻獣人様は増えていく。教会に全員が押し掛ける形になるのは無理があるだろう」
「それは、確かにそうですね」

 一瞬、シルヴィオみたいな幻獣人が九人、教会に集まる図を想像しちゃった。うん、無理。そもそも、寝泊まりする部屋がない。
 さすがに礼拝堂でみんな夜を明かせだなんて言えないもの。世界を救ってくれる存在なんだから。……シルヴィオは私の部屋の前で座って夜を明かしているみたいだけど。

「時告げの塔の鐘の音を聞いて、皆不安に思っている。あの音が告げたのは聖女様が現れた希望の音なのか、禍獣の王が復活した絶望の音なのか、と」

 私がこの世界に来た時のことか……。あの鐘が鳴ったって言っていたもんね。どれほどの音かはわからないけど、多くの人が聞いたのは間違いなさそう。噂なんて簡単に広がるもの。

「だからこそ、すぐに国王はエマの存在に気付く。私がずっと誤魔化してはいるが……いつまでも隠し切れるものではない。事は一刻を争う」

 だから、幻獣人の復活と朝露の館への避難は出来るだけ急いだ方が良いとアンドリューは告げた。

「アンドリュー? 何度も言いますけど、オレはまだ反対ですからね!」
「ああ……まずはその件から話すか。シルヴィオ、これを見てくれ」

 軽く頬を膨らましながら抗議をするシルヴィオに対し、アンドリューはそう言うと上着の内ポケットから革袋を取り出した。
 袋の中には何かが詰まっているようで、ズッシリと重たそう。なんだろう? 首を傾げてその様子を見守っていると、今度はその袋の中身を机の上にバラバラと広げて見せている。

「魔石ですか? 魔力が空っぽの」
「そうだ。この二十年、国中の魔力がなくなった魔石が城に集められている」

 ……二十年。その年数に私はほんの少し嫌な予感がした。一方でシルヴィオはまだ余裕な素振りだ。

「それがなんだっていうんですか。そのくらい、オレが補充すればいいでしょう?」
「一人でか? 二十年分だぞ?」
「……それって、長いんですか?」

 あ、時間の感覚が違うのか。幻獣人は長命なんだもんね。私たちとは感じている時間の長さが違うのかも。

「城の地下倉庫、二部屋分だ。この袋が十ずつ入った箱で埋め尽くされている。ちなみに一袋に石は百ほどだ」
「……」

 魔石が千ずつ入った箱が、地下の倉庫二部屋分を占領しているってことだよね? それは、かなりの数なのでは? 倉庫がどの程度の広さかはわからないけど、お城の地下倉庫だもん。それなりに広いはずだよね……。
 これ、九人全員揃ったとしても、なかなかにハードな作業じゃない?

「さすがにやりたくありませんよ、そんな面倒な作業。そもそも魔石なんか人しか使わないじゃないですか。人々のためにー、だなんて言うほど善人じゃないですしね、オレ」

 フンッ、とシルヴィオは鼻を鳴らしてアンドリューを見下ろす。そうだ、幻獣人はその存在自体が魔石みたいなもの、って言っていたっけ。つまり、そんな道具に頼らなくても本人たちは困らないんだ。

 教会の魔石に魔力を補充してくれたのは、私がお願いしたからにすぎない。わざわざ見ず知らずの人のために、そこまでの労力を割く必要は確かにないよね。

 アンドリューはその言葉を受けても、とくに焦るでもなく一つ頷いている。あ、その返事は予想していたっぽい。

「そうだな。だが、魔力が補充された魔石は切り札になる。現国王派への、な」

 曰く、現国王派はずっと、各地から魔石を集め回っているのだそう。鉱山で採掘も進めているんだって。そのせいで魔石不足の地域が増加していて、問題になっている、と。

 それって、現国王派の支持率が落ちるだけなのでは……?

 このトリルビィ教会でだって節約のため、結界箱以外に魔石を使っていなかった。このままだったら、結界箱の維持も難しくなる、よね? そうなったら幻獣人の件がなくても暴動が起きそうなものだけど。

 それとも、そこまでして集めたい理由があるのかな。私と同じ疑問を持ったらしいシスターが、アンドリューに質問を投げかける。

「そこまでして陛下が魔石を集める理由に、お心当たりが?」

 アンドリューは重々しく頷き、真偽は定かではないが、と低い声で前置きを口にした。

「魔石に魔力を補充する道具が完成間近なのだ、という噂が城下町に広がっている。そのために多量の魔石を集めているのだと」
「そんなことが可能なのでしょうか……? いえ、もし本当にそのような道具が出来るのなら、とても素晴らしいことですわ。ですが、そうなりますと……」

 アンドリューの言葉を受けて、シスターが私に目を向ける。うん、そうだよね。

「幻獣人を解放する必要がなくなり、私の存在が邪魔にしかならなくなる、ということですね……」

 魔石さえあれば、禍獣を倒す道具が作れるかもしれないもの。幻獣人に頼らなくても、何とか出来てしまうかもしれないんだ。
 そんな中、幻獣人を解放する私がいたら国王の立場が危うくなる。せっかくここまで計画を進めてきたのに、国民の不満が全て国王に向いてしまうから。

 シルヴィオの周囲にピリッとした空気が走った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...