上 下
5 / 130
私が聖女!? 無理です! 無理無理!

シスターのお話を聞きました

しおりを挟む

 食事を終え、いつも通りまた手伝いをし、暗くなってから子どもたちを寝かしつけた後には少し自分だけの時間がやってくる。そんな時、カラにシスターが呼んでいることを伝えられた。
 私も話をしたいと思っていたところだったので、二つ返事で了承すると、カラにおやすみの挨拶をしてからシスターの部屋へと向かう。

「ああ、エマ。呼び出して悪かったわね」

 執務机に座って書類を端に片付けながら、シスターはこちらに微笑みかけてくれた。この優しい笑顔がすごく好き。

「いえ、私も少しお話をしたいと思っていたので」

 シスターはこの教会の責任者だ。ご高齢ながらいつもシャンと背筋を伸ばしていて、それでいて穏やかな雰囲気を纏う魅力的な方。カラが大きくなるまではずっと一人でこの教会と子どもたちの面倒を見ていたというから頭が上がらない。とても尊敬出来る人で、私を住まわせてくれる恩人だ。

 最初は、真っ白な髪に、顔や身体の所々にある白い鱗や黄色くて鋭い眼光に驚いたけど、白蛇の獣人だと聞いて納得したし、少し話したらとても素敵な方だってわかった。う、あの時の反応は失礼だったよなぁ、って今でも反省しちゃう。
 今後もここにいる間はずっと、この教会のお手伝いをしていきたいなって最近は思っているんだ。元の世界に帰れるかなんてわからないし、他にすることなんて何もないもの。

 シスターは私を部屋に招き入れるとソファに座るよう指示をした。淹れたばかりのお茶がそっと差し出される。彼女の淹れるお茶を飲むと心も身体も温まるんだ。

「カラに聞いたわ。一歩、踏み出せたみたいね」

 お茶を一口飲んでほぅ、と息を吐くと、シスターがそう切り出した。そっか、カラが伝えてくれたんだ。それなら話も早い。心の中でカラに感謝を告げながら私はカップを置いて軽く頷く。

「はい。相変わらず過去を思い出そうとするとダメなんですけど……今の状況を考えたり知ったりする分には大丈夫なので。あの、ご迷惑をおかけしました」
「あらあら、迷惑だなんて思っていないわ。ここをどこだと思っているの」

 申し訳ない気持ちで頭を下げると、シスターはコロコロと笑いながらそんな風に言ってくれる。本当に優しいな。けど、私みたいな得体の知れない人物を受け入れて置いてくれるっていうのは事実、すごいことだと思う。

「それに、貴女のことは王太子様に頼まれているもの。身の保証は出来ているし、実際に働き者で優しい貴女を追い出す理由なんてどこにもないわ」
「そ、それが不思議なんです! 王太子様、えっと、アンドリュー様、でしたよね? お会いしたこともないのに、どうしてあの方は私を助けてくれたんでしょうか……」

 溺れている人を助けるのには、確かに理由はいらないと思う。国の代表として困っている人を助けるのも。
 だけど、それだけで身元不明な人物をここまで手厚く保護してくれるものだろうか。人柄だと言ってしまえばそれまでだけど、たぶん他に理由があるんじゃないかって気がしてならないんだ。

 最初に私の顔を見た時の彼の驚いたような表情といい、人間かどうかを真剣に確認したり、何より「聖女」と私を呼んだことが気になっている。
 これが聞き間違いだったらかなり恥ずかしいんだけど。

「そうね。でも、私も全てを知っているわけではないの。わかる範囲で良ければ話そうと思っているわ」

 そのために今夜貴女を呼んだのよ、とシスターは微笑んだ。
 私が落ち着くのを待ってくれていたんだ。いずれ説明してくれるつもりだったことがわかってじん、とする。うう、優しい。

「ありがとう、ございます。私なんかのために……」
「もう。そんな言い方をしないでと、初めにお願いしたでしょう? 自分を下げてはダメよ、エマ」

 やんわりと自分を卑下する私を窘めながら、シスターは少しだけ身を乗り出した。その瞳が真剣だったので、私も自然と背筋が伸びる。

「貴女はね、この国にとってとても重要な人物である可能性が高いの。その理由とあわせて、少しこの国のことを説明させてちょうだい」
「は、はい」

 重要人物? 私が? そのことにかなりの引っ掛かりを覚えたけど、今はまずシスターの話を聞こうと思う。この人ならきっと順を追って説明してくれるという信頼もあるからね。

「まず、貴女はこの世界に蔓延る禍獣という存在については聞いたかしら」
「かじゅう、ですか? いいえ、まだ」

 曰く、この世界には禍獣と呼ばれる災いをもたらす獣がいるという。獣の姿は様々だけど、黒ずんだ身体に黒いオーラを纏っているのが特徴だとか。
 す、すごく怖そう。獣自体に馴染みがない私としては、野生の猿や熊と遭遇しただけでも怖いのに。

 そんな禍獣は、生物の悪しき感情が元となって生まれたと言われているのだそう。生きている限り悪しき感情はなくならない。ゆえに、禍獣もこの世からいなくなることはないんだって。

「禍獣は人を襲う。ただ獣に襲われるのとは違って、襲った相手を絶望に陥らせて死を呼ぶの。一度触れたら最後、悪夢に襲われてその間にやられてしまうわ。とても恐ろしい災い。……ここで保護した子どもたちの家族は、みんな禍獣にやられてしまったのよ」
「え……」

 だから、出来れば禍獣の話は子どもたちにはしないでくれると助かるわ、とシスターは告げた。
 まさか、いつも元気で明るい子どもたちにそんな悲しい事情があったなんて。身寄りのない子たちとは知っていたけど、想像以上に辛くて悲しい。きっと、すごく怖い思いもしたんだろうな。

 それを想像したら、とてもその話題を出す気にはなれない。シスターの言葉に私は重々しく頷いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...