6 / 8
六話 師匠帰還(ビル視点)
しおりを挟む嫌な予感が止まらない。
荷物を最低限持って、買った馬に速度上昇の魔法をかけて走らせる。
無理やり体力を削って最大速度以上を出させるこの方法はあまり推奨されていないし、俺だって馬を潰すような真似はしたくないがずっと耳鳴りのような警鐘が止まないんだ。
こういうときの感は反吐が出るほど当たる。
両親が事故で死んだときもそうだった。
あれ以来大事な者は作らないと決めたのに、気づいたらモニカがとても大切な存在になっていた。
街に着くと乗ってきた馬を引き取ってもらい、新たな馬を購入する。それにまた魔法をかけて、一睡もせずに走り抜けた。
「早く、早く着いてくれ! どうしてこんなに遠いんだ!」
分かっている。国境近くのダンジョンから来ているのだから日数がかかるのくらい。手紙など軽い荷物は飼い慣らした鳥が運んでくれるが、平地を進むとなるとかなりの距離がある。
普通だったら一週間から二週間ほどはかかる道を、永遠と馬で走っている。途中で買ったポーションで体力と魔力を回復させて疲労を誤魔化す。馬を6頭も潰して、ようやく3日で城に着くことができた。
「はあっ、モニカ!」
まずは家に直行した。一目姿を見ればこの嫌な予感は消えてなくなる。どうかいてくれと思いながら扉を開けるも、ホコリ被ったそこには人の気配がなかった。明かりをつけると家の様子が良く分かる。
掃除が好きなモニカは魔法のコントロールが上手いのを生かしていつも楽しそうに掃除をしていた。風魔法でゴミを集め、水魔法で頑固な汚れまで取り除いていた。そんな彼女が住む家が、ホコリに塗れ、数か月放置されたような状態だった。
「ここに、住んでたんだよな?」
おかしい、と思った。だからすぐにモニカの部屋に向かう。もしかしたらそこにいるかもしれないという希望を抱き、コンコンと扉をノックする。しかし反応はなく、「入るぞ」と一声かけてから部屋に入るとゴミが溜まっていた。
「なんだ……これ」
別にこれが俺の部屋や他のやつなら何も問題ない。だけど綺麗好きのモニカがこの部屋の主というのが問題だった。机や床には使用済みのポーションが転がり、携帯食料の袋が申し訳程度にゴミ箱に入れられていた。しかしそのゴミ箱はまとめるのが面倒だったのかこんもりと山を作ったまま、おまけにまとめた後であるゴミ袋も2つほど出すのを忘れたのか部屋の奥に置かれていた。
「どうしたんだ?」
何があったのか分からない。それでも警鐘を鳴らすような耳鳴りは大きくなった。
次に城へと向かうことにした。リカルドに聞けばモニカがどこにいるのかきっと分かるはずだ。
まだ北東のダンジョンにいると思われている俺がやって来たことに驚いた顔をしたもののすぐに異常を感じたのか「どうしましたか?」と尋ねてきた。
「モニカがどこにいるか知らないか?」
そう言うとやはり、といった顔をして「分かりません。私も心配していて……実は四日ほど無断欠勤している状態なのです」と告げた。
「何人かに聞いたのですか、みな知らないと言っていまして……ビルが帰ってきてくれて助かりました。師匠のあなたなら荷物を見ても問題ないでしょう。早速見てもらえますか? なにか手がかりがあるかもしれません」
「ああ。案内してくれ」
リカルドも心配そうにしている。何かトラブルに巻き込まれたのか、体調でも崩してしまったのか。色々なケースを考えて不安がつのる。
モニカの机を見るとあまり使われた形跡はない。しかし、そもそも魔物討伐が主な魔法部隊は実働ばかりで、帰って書類を書くことくらいにしか机は使わないため当然といえるだろう。棚を一段一段開けていくが、筆くらいしか入っていない。それでも何かないかと最後の段を開けると一枚の紙が置かれていた。
それを取り出してみると「あっ」とリカルドから声がした。
「どうした?」
「実はそれ数日前から無くなっていたものなんです。どうしてモニカさんの机に……いや、もしかして?」
眉間に皺を寄せ何か考え始めたリカルド。そんなにまずいものなのかとその紙に視線を移すと俺の名前が記載されていた。
”九雲の森の水竜、討伐依頼
非常に獰猛で危険度が高いため最強の魔法使いビルにお願いしたい。ダンジョン帰還後にリカルドから要請してくれるよう頼んでくれ”
リカルド宛の書類で、国王の印が押されている。
「水竜が出たのか。俺じゃなくとも数人魔法使いを集めれば倒せるだろうに……しかしなぜこの紙がモニカの棚にあるんだ」
「……ビル。あくまでも可能性の話ですが、モニカは水竜の元に行ったのかもしれません」
「……なに? どういうことだ?」
この書類がモニカの机にあった時点でもしかしたらと思ったが、リカルドは確信したような口ぶりだ。
「最後にモニカさんに会った日、ビルがそろそろ帰ってくるという話をしたんです。そのときに、師匠に良いところを見せたいのでなにか難しい任務はありませんかと聞かれました。そのときはちょうど良い任務がなくて諦めてもらったのですが……私の机に置いていたこの依頼書を見て向かったのかもしれません」
「俺、行ってくる!」
「あ、待ってください! 私の部下も向かわせます!」
「いい! 邪魔だ!」
足手まといはいらない。
しかし城の出口へ走りながら足がないことに気づいた。チッと舌打ちして騎士団がいる場所へ向かう。
魔法使いと騎士が協力して戦う場面は少ないため、ほとんど交流がないものの騎士団の団長とは何度か酒を飲んだことがある。実直で部下思いの良い奴だ。
そいつに馬を借りよう。
「アンドレ!」
訓練中だったのかたくさんの騎士がいた。前方にいる騎士団長アンドレを叫ぶように呼んだ。
「ビルじゃないか。どうしたんだ血相変えて……」
「っ、はぁっ、馬を貸してくれ! 最悪ダメにするかもしれない!」
「お前、目の下の隈がひどいぞ……それにどういうことだ?」
「モニカがっ、俺の弟子がいなくなった! もしかしたら水竜を倒しに行ったのかもしれないっ」
説明する時間すら惜しいと焦りを滲ませながら言うとアンドレも非常事態だと理解したのか詳しいことは聞かずに「分かった」と頷いてくれた。
「どんな強敵を相手にしても飄々として、国王様にすら敬意を示さないこいつに余裕がないのを初めて見た。よっぽどの事態なんだろう。よし、俺も行こう。第一部隊も着いてきてくれ」
「いや、馬を貸してくれたら俺一人で……」
「水竜がいるのは九雲の森だろ? 騎士団しか知らない最短ルートがあるんだ。俺が先導して案内しよう」
「そうなのか……分かった。頼む!」
アンドレの指示の元、すぐに出立の準備が整えられた。俺にも一頭用意してくれ、さっきの言葉通りアンドレが先行した。
一度休憩は挟んだものの、最短ルートというのは本当らしく俺が思っているよりも早く森の入り口に着くことができた。
目に魔力を回し、モニカの痕跡を探る。弟子であるモニカの魔力は俺が一番良く知っている、数日経っていることでだいぶ薄れてはいるものの足跡を辿るように魔力の跡を辿っていく。
「ビル! あそこを見ろ!」
「あれはっ! 戦闘の跡か!」
木の幹に叩きつけたのか抉られたような跡があり、今にも折れてしまいそうだ。その下には黒焦げになった魔物の死体がある。大半は焼けて消失しているものの黒い触覚のような手足が残っていることから九雲の森に生息する蜘蛛の魔物だと分かった。
「モニカさんがやったのか?」
「魔力の痕跡からおそらくな。他に手がかりがあるかもしれない」
まずは蜘蛛に魔法を当てたであろう場所に行ってみようと木を目印に直進していく。すると地面になにかを引きずったような跡があった。よく見ると草の一部が溶けている。
「これは……おそらくさっきの蜘蛛の毒だろう。九雲の蜘蛛は紫色の毒を手足から出すことが出来ると聞いたことがある。──おいビル、これ!」
慌てたような声で名前を呼ばれ、アンドレの方を見た。
指で指示された場所にあったのは血痕で、血の気が引いた。
「まさかっ、モニカの⁉」
怪我をしたのかと考えるとドクンと心臓が大きく動いた。はあ、と荒い息が零れる。
それを自覚してゆっくりと深呼吸した。焦るな、と自分に言い聞かせる。
怪我をして、もしかしたら動けない状態なのかもしれない。
早く見つけてあげないと……そう考えた俺が次に見たのは
「……」
膝を曲げ、地面に落ちている杖を拾う。裏返しても、穴が開くくらい見つけても、紛れもなくモニカの杖だ。
そしてその近くには……近くには……。
「まてビル! 毒がついているかもしれない。直接触れるのは止せ!」
アンドレがそう言い、自身のマントを脱いで丁寧にそれを拾った。
赤黒く変色し、腐敗しかけている片足。靴は見覚えのある赤いブーツで、信じたくないと脳が拒否する。
「、ビルっ、ビル! ……落ち着け。まだ希望はある。探しに行こう」
放心状態の俺の肩を叩き、アンドレが真剣な眼差しで訴えかけた。
最悪の想像を打ち払い、ああと頷いた。
少し歩くと小川があり、またもや血痕を見つけた。しかし今度のは魔物の血のようだと魔力で分かった。
「小川に血痕……それにモニカが怪我をしたということは確実に相手は水竜だろう。俺は奴のねぐらを探す。アンドレ、これを預かっていてくれ」
そっとマントに巻かれたモニカの足を渡す。水竜は他の魔物よりも強い。倒せるだろうが怪我をする可能性が高い。
仕事でもないことに巻き込むわけにはいかないと下がらせるつもりだった。しかし、アンドレはゆっくりと首を振る。
「俺も行こう。前衛が一人いるだけでもだいぶ楽になるだろう」
部下にモニカの足を預け、森の入り口まで下がるように命令を出した。もし戻ってこなかったときは上に報告するように話し、彼らを見送る。
俺とアンドレの二人で山を見上げた。血痕から感じる魔力は九雲の山から感じる。
下から登っていき山の中腹へと着いた。魔力を強く感じることから水竜が近いことが分かる。
目線でアンドレに合図を送り慎重に進んでいく。
大きな横穴を見つけ、おそらくそこにいると確信を持った。
音を立てないように進んだつもりだったが、ヴォォォという咆哮が轟いた。これ以上近づくなという威嚇だろう。
俺は杖を、アンドレは剣を構え、竜の前に姿を現す。
薄暗いと思った穴の中は竜の住処に相応しく平らに広がっており、頂上は空いているため日光が入ってきている。翼のある竜にしかできない移動方法でこの穴へは出入りしているらしい、
とぐろを巻くように横たわる竜の目は開いている。その近くには骸が転がっており、この竜が人間の敵なのだと再認識した。
「やるぞ」
アンドレは短くそう言った。
まずは雷魔法をお見舞いしてやる。余裕そうに見つめるだけだった竜は怒りに震え、立ち上がって大きな翼を広げた。右足を上げ、爪を振り上げてきたがアンドレがそれを剣で防ぐ。
その間に杖へ魔力を回し、近距離でまた雷をぶち当てる。
「グギャッ」
狙いを俺に定め、水魔法をぶつけてくる。チッと舌打ちして相殺させるための魔法を生み出そうとしたが、その前にアンドレが剣で切り捨て霧散させた。
驚きで目を見張ると「騎士団長を舐めてもらっては困る」と頼もしい様子を見せる。
前衛のアンドレ、後衛の俺。守りはアンドレに任せ、俺は水竜の弱点である雷の塊を作り出し何度もぶつける。
魔力が残り僅かになったところで、ようやく水竜が倒れた。
「やったな」
「ああ」
安堵のため息を吐き、ポーションを飲んでいく。体力と魔力を共に回復させたところで水竜の死体へと向かう。
辺りを見渡すも腐りきった死体や既に白骨化した骨しか置いていない。
どこかに隠れているのか、それとも──
「ビル? っ、……手伝おう」
杖の先端を刃に変え、竜の腹へと向ける。その意図を察したアンドレが手伝おうと剣を抜いたが黙って首を振り断った。
「ぐっ、硬いな……」
竜の皮膚は硬く、杖に強化を施した。すると沈むように刃が入っていき、切れ味の良いナイフのように腹を裂いていった。
ぬとり。切った先から新鮮な血液が溢れ出す。地面を濡らし、服にも垂れてくる。終わった後、血だらけになるなと思いつつも、どうでもいいと目の前を睨むだけ。
どうか違ってくれと願いながら、刃でどんどん竜の傷口を広げていく。
倒れる竜の腹目掛けて縦に一閃。線はガタガタながらも無事に切り終えた。
グローブが真っ赤に染まるのも、顔に血が飛び散るのも気にしない。
傷の中へ手を入れ、横に開くと崩れ落ちるように胃の内容物が流れていく。身体が大きな竜は胃の大きさも規格外だ。ごろりと人間の死体がいくつも転がり出る。丸のみにしたのか服までも一緒に落ちてくる。一つ、また一つ、消化途中の死体が地面へと落ちる。
それを無造作に下へ落としたり、横に流しながら探していく。
ない、ない、ない、ない。
良かった。いない。良かった。
これは違う。これも違う。服が、少し似ているけど違う。
(これは違、……?)
見たことのある栗色の髪が手に纏わりついた。ハッとして触るも、小さな血の塊にこびり付いていただけでドロリと崩れた。後には数本の髪だけが残る。
それをじっと見ながら考える。
(いや、栗色の髪なんてよくある色だ。きっと他の人間のものだろう)
そう納得させ、手から外した。
竜の中に残っているのも、あと半分くらいだ。それを調べ終えれば、モニカは水竜に食われていないと言えるだろう。
そう思い、竜の胃へと手を伸ばしていく。
──ボォーン、ボォーン
耳鳴りが響いた。
閉塞感に襲われる。嫌な予感がして、背筋に悪寒が走った。
あ、と喉奥で声を発した。
しっかりとした皮で作られた茶色いポーチ。モニカの腰にいつも着いていた。俺が、プレゼントしたポーチ。
肉塊と血でドロリとした胃の中を掻き分けていく。袖口どころか肘部分まで血で服が汚れるがどうでもいい。ただ一心不乱に見覚えのあるそれを目指して腕を進める。──掴んだ。
竜の胃液によって一部溶けている部分はあるものの、まだ原型を留めている。中を開けて見てみると、瓶とその中身であろうポーションも無事だった。
あった、と思うのと同時に、絶望的な答えを叩きつけられたような気分だ。
はっ、はっと過呼吸の前兆のように呼吸が荒くなる。手を胸に当て、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「魔力を……感じ取れば、分かるはずだ……」
ここにいるのか。
目へ魔力を送り、魔力の流れを感じ取っていく。竜の大きな魔力に紛れ、他の魔力は感じにくい。だけど、一から魔法について教えた弟子の魔力ならそんな中でも見つけられる。……見つけてしまった。
血の池のような全体から薄っすらと感じるのは液体状になった肉塊か血液から感じる物だろう。だけどいくつか塊のような魔力を感じる。
腕だったもの。骨。骨。皮膚が解けて誰か分からなくなっている頭部。それがすべてだった。
顔の皮膚は溶け、骨に肉がついているだけの状態だ。後頭部にはうっすらとモニカの栗色の髪が残っている。全てかき集め、胸に抱いた。
血に塗れた俺に、そっとアンドレが近づいた。
保存食やポーションを入れていた袋を空にし、「こんなものしかなくてすまない」と渡してくる。
「……ありがとう」
なんとかそれだけを言って受け取り、崩さないよう丁寧に袋の中へと入れていった。
*
そのあとのことはあまり覚えていない。血だらけの俺をリカルドが出迎え、モニカの葬式手配をほとんどやってくれた。
わずかに残った遺骸を棺の中に入れ、燃やされる光景を見てもまだ現実味がない。
ダンジョンの依頼については無事に完了したらしく、途中で離脱した俺にも報酬が与えられた。
やることもなくなって暇になった俺は自分の存在意義が分からなくなり、ただ虚無に過ごす日々。
そんな俺を心配してリカルドはたまに魔物の討伐依頼を頼んでくる。
今日も討伐を完了させ、報告を済ませて城の中を歩いていると「ビル様!」と声をかけられた。魔法部隊に所属する少年で、まだ若い新人だ。確かモニカよりも半年早く所属していた子だったなと思い出し、悲しい気持ちになった。
「どうした?」
怖がらせないように優しく問いかけると「ぼ、ぼくっ!」とやけに緊張している様子だった。
何度も口ごもり、開いては閉じてを繰り返している。
「少し散歩でもするか?」
ここでは話しにくい内容なんだと思い場所を変えることにした。
二人で外を歩いていると少年はきょろきょろと周りを見渡したあとに、「ビル様」と小さく声をかけられる。
「こんなことを今更言われても、困られると思うのですが……でも、自分の中で抱えるのは辛くて……それに、それにっ」
様子がおかしい少年の肩を優しく叩き、ベンチへと移動する。一応周囲からは見えないよう結界を張っておいた。
とても大事な話な気がする。
「リ、リカルドさんはっ、モニカさんのこと、ビル様の前では私も大事に思っていました、とか言っていましたけどっ、僕、僕には、どうしてもそうは見えなくて!」
しどろもどろな少年の話はこうだった。
どことなくモニカを雑に扱う空気が流れていた、と。
悪口を言う人たちもいて、リカルドはそれに気づいていたのに黙認していた、と。
「それに、おかっ、おかしいんです! アリアンヌさんがモニカさんはポーションを無駄遣いしてお金が足りなくなってるって言ってましたけど、ポーションは申請すればある程度は経費が出るし、その分以上を使ってるようには見えなかったんです。僕、モニカさんが最初に入ってきたとき、少しだけお話したことがあったんですけど……いつも腰につけてたポーチ、ビル様がプレゼントした物なんですよね? その中に入る分だけしかポーションは入れないって、それ以上は戦うときに邪魔になるからってモニカさん言ってました。だから、使い過ぎるってことはないと、思うんです」
「そう、だな。ポーチは俺がモニカにプレゼントした物だ。それに、その考え方は俺が教えた。残り一本になったら迷わず離脱しろ、と。だから必要以上にポーションは持たないようにしていたはずだ」
「はい。あと、……あと!」
「……聞こう」
心臓が嫌なリズムを刻む。落ち着かない。これ以上聞いてしまえば、もう引き返せないような気がした。だが、それでも俺は聞きたいと願った。
「服が……僕たちの制服には錬金術師がかけた防御の魔法がついていますよね。それが切れたら無料で交換できるようになってるという仕組みも。……でも、モニカさんの制服には、多分、その効果はついてなかったと思うんです。いえ、正確にはついていたけど切れてしまったの方が正しいですね。なんだか制服があまり綺麗ではないなって気づいて……でもそのときは、土で汚れただけなのかなとか単純なことを思ってたんですけど、ある日リカルドさんの部屋に入ったときに制服交換の申請書類を見たらモニカさんの名前がなくて……でもこっそり書類を見たって知られたら怒られてしまうし、モニカさんとは入れ違うことが多かったから確認できないし、ペアを組んでる先輩に聞いても避けるのが上手いんだろって言われてそっかぁって納得しちゃって」
堰を切ったようにすべてをぶちまけられた。
薄汚れた制服に身を包む弟子の姿を想像するだけで胸が痛んだ。
「そうか。話してくれてありがとう。すぐ確認してみる」
そう言って立ち上がった俺を追うように少年は慌てた。
「違うんです!」
「……違う?」
何が違う? 今言ったことか? そう思って訝し気に眺めると「あ、う……だから信じてもらえないんじゃないかって思ったんです」と消沈した様子だ。
再び腰を落ち着けてまた話を聞くことにした。
「モニカさんが、その、亡くなられて……そのさっき話した出来事があったから何かが裏にあったんじゃないかって疑って、リカルドさんの部屋に入れたタイミングでまた制服交換の申請書類を見たんです。そしたら、前は一枚もモニカさんの名前が書かれてなかったのに、何枚もあって、交換されていたことになっていて……多分、改竄されたんだと思うんです。僕、そしたら急に怖くなっちゃって。書類の改竄は重罪です。最悪処刑だってあり得る。そう考えたら関わるのも怖くなって、僕が書類を見たことは誰も知らないし、このまま見なかったことにしようって……そう思ったんですけど」
ちらっと俺の顔を見られた。
「ビル様がずっと落ち込んでいらっしゃるのを見て、罪悪感に耐えきれなくなったんです。……今まで黙っていてすいませんでした」
立ち上がり、地面に頭がつきそうなほど深いお辞儀を受ける。
俺はすぐに顔を上げるように言い、むしろ礼を言った。
「言いづらいことを教えてくれてありがとう。君はそう言ったが、俺も調べてみようと思う。もちろん、君の名前は絶対に出さない」
安心させるようにそう言い、一緒にいることがバレないようタイミングをずらしてそこから離れた。
10
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
異世界少女は大人になる
黒鴉宙ニ
ファンタジー
突然異世界へとやって来た14歳の緋井奈 琴乃(ひいな ことの)。彼女の能力はただ水を出すだけ。異世界生活にワクワクする時間はなく、たまたまスタンピードの影響で難民となった人たちの間に紛れることに。故郷を魔物によって奪われた人々は琴乃以上に大変そうで、異世界生活を楽しむなんて忘れてただただ順応していく。王子や騎士と出会っても自分が異世界人と告げることもなく難民の1人として親交を深めていく。就職したり人間関係で戸惑ったり……14歳の少女は傷つきながらも一歩ずつ前へ進んでいく。
4万字ほどストックがあるのでそれまで連続更新していきます。またストックが溜まったら更新していく感じです。
女性が少ない世界へ異世界転生してしまった件
りん
恋愛
水野理沙15歳は鬱だった。何で生きているのかわからないし、将来なりたいものもない。親は馬鹿で話が通じない。生きても意味がないと思い自殺してしまった。でも、死んだと思ったら異世界に転生していてなんとそこは男女500:1の200年後の未来に転生してしまった。
俺の娘、チョロインじゃん!
ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ?
乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……?
男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?
アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね?
ざまぁされること必至じゃね?
でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん!
「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」
余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた!
え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ!
【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?
少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!
菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。
異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!
アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。
->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました!
ーーーー
ヤンキーが勇者として召喚された。
社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。
巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。
そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。
ほのぼのライフを目指してます。
設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。
6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。
【完結】 元魔王な兄と勇者な妹 (多視点オムニバス短編)
津籠睦月
ファンタジー
<あらすじ>
世界を救った元勇者を父、元賢者を母として育った少年は、魔法のコントロールがド下手な「ちょっと残念な子」と見なされながらも、最愛の妹とともに平穏な日々を送っていた。
しかしある日、魔王の片腕を名乗るコウモリが現れ、真実を告げる。
勇者たちは魔王を倒してはおらず、禁断の魔法で赤ん坊に戻しただけなのだと。そして彼こそが、その魔王なのだと…。
<小説の仕様>
ひとつのファンタジー世界を、1話ごとに、別々のキャラの視点で語る一人称オムニバスです(プロローグ(0.)のみ三人称)。
短編のため、大がかりな結末はありません。あるのは伏線回収のみ。
R15は、(直接表現や詳細な描写はありませんが)そういうシーンがあるため(←父母世代の話のみ)。
全体的に「ほのぼの(?)」ですが(ハードな展開はありません)、「誰の視点か」によりシリアス色が濃かったりコメディ色が濃かったり、雰囲気がだいぶ違います(父母世代は基本シリアス、子ども世代&猫はコメディ色強め)。
プロローグ含め全6話で完結です。
各話タイトルで誰の視点なのかを表しています。ラインナップは以下の通りです。
0.そして勇者は父になる(シリアス)
1.元魔王な兄(コメディ寄り)
2.元勇者な父(シリアス寄り)
3.元賢者な母(シリアス…?)
4.元魔王の片腕な飼い猫(コメディ寄り)
5.勇者な妹(兄への愛のみ)
異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」
マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。
目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。
近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。
さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。
新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。
※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。
※R15の章には☆マークを入れてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる