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四話 悪者どもの思考(リカルド視点)

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「す、すいません……」
 下を向き、必死に涙を堪えている姿を見ると笑顔を浮かべそうになる。胸の奥から喜びの感情が湧いて、ああ、もっと泣かせたいと叫んでくる。
 しかし、ただ怯えさせるのはだめだ。人間を支配するには、飴と鞭をうまく使う必要がある。
「……怒っているのではありませんよ。ただモニカさんはもっとやれるのにもったいないと、成長する見込みがあるからつい厳しく言ってしまうのです」
 眉を下げ、善人に見られやすい顔を悲しげに彩る。
 ああ、ほら。もう顔を上げた。本当に良い子ですねモニカは。
「……そうなん、ですか」
 頬が緩み、ほんのり嬉しそうな顔を浮かべる。私も同調するように笑みを浮かべ言葉を続けていく。
「ビルは優しいですが、少し雑というか、おおざっぱなところがあるでしょう? おおらかでそれもまた彼の良さなのですが、それでは人間社会でやっていくのに不都合な場合もあります。私もあなたの実力は認めていますし、親友の弟子なのですから可愛く思っているんですよ」
「……は、い」
 照れたように少し頬を染め、なんと返したら良いのか迷っている様子だ。
「ですが私はこの魔法部隊の長で、あなたの上司にあたります。他にも部下がいる以上、特別扱いをするわけにはいかないのです」
「はい。もちろん、理解しています」
(まぁ、別の意味で特別扱いはしていますがね……ふふ)
「けれど、モニカさんが人一倍努力していることは私も理解していますよ。ああ、あとベルからの手紙は来ていますか?」
「あ、いえ……最初の頃は来ていたんですけど、近頃は全然……」
 そうでしょうともと答えたくなるのを笑みを深くすることで隠し、不幸のエッセンスを加えていく。
「そうでしたか。気にしないでくださいね、モニカさん。ビルは集中したり楽しくなると手紙を送ることを止める時期があるんです。私への手紙も一緒にいる部下が書くように頼んでやっと送ってきている状況なんですよ」
「あっ、そうなんですね!」
 ぱぁっと分かりやすく顔を明るくしたモニカ。必死にその滑稽な姿を笑わないようにした後、「ダンジョン攻略は順調のようなのでもう少しで帰ってくるでしょう」とメンタルを回復させることを言っておく。
「……師匠。楽しみだなぁ」
 るんるんと楽しそうな笑みを浮かべるモニカは、最初に部屋の中へ入ってきたときの表情と打って変わって喜びであふれていた。
「なのでモニカさん、提案なのですが……師匠を驚かせたいと思いませんか?」
「師匠を……? はい、驚かせたいです!」
 私はその提案をモニカに話し、お互い笑顔で話を終わらせることができた。

 *
「ふふふっ、あははっ!」
 モニカが部屋を出たあと、もう隠さなくていいため笑いが止まらない。
「あー、師弟そろってバカで助かります。……そうだ。念には念を入れておかないといけませんね」
 計画を成功させるため、部下のアリアンヌを呼び寄せる。
「リカルドさん!」
 声をかけるとすぐに駆け寄ってきたアリアンヌに悲しげな顔を作った。
「ど、どうしたんですか? またモニカさんに意地悪されたんですか⁉」
「意地悪なんてされていませんよ。ただ……」
「ただ?」
 激情型のアリアンヌは物事の本質を見極めることなく、ただ盲目的に自分が信じた者の考えを守る。私に憧れてこの部署に入った彼女は私の良き傀儡となって動いてくれている。
 きっと私が介入しなければモニカとも仲良くできただろうに、自分で本質を見ないから、私という濁ったフィルターによって歪められていく。
「買っておいたポーションを机の上に置いていたのですが盗られてしまったみたいで。どうしたものかと思いまして」
「リカルドさんのポーションを⁉ 許せない! あたしが言ってきますよ!」
「ああ待ってくださいアリアンヌさん。あまり事を大きくしたくないのです。私はただポーションが戻ってくればそれでいいので、一つお願いしてもいいですか?」
「はい! なんでも言ってください!」
「モニカさんの荷物に入っている回復薬をこれと入れ替えておいてください」
 懐から出したのは一つの小瓶。見た目は回復薬と一緒だが中身はただの水だ。
「分かりました! まかせておいてください! それにしてもどうしてあんなにも回復薬を使うんでしょうか? 普通に戦っていれば怪我なんてほとんどしないのに」
「分かりませんが、もしかしたら疲れたりしたときにも飲んでいるのかもしれませんね。回復薬には傷を癒すだけでなく疲労回復の効果もありますから」
「そんなもったいない! 傷以外に使うなんて! あたし注意してきますよ!」
 ふんっと鼻息荒くアリアンヌは今すぐにでも本人へ直撃してしまいそうな勢いだ。それはまずいとリードを引っ張る。
「いえ、それはやめておきましょう。師匠であるビルにもなにか考えがあるのかもしれませんし、回復薬を入れ替えておけばそれで十分ですよ。くれぐれも本人には伝えないでくださいね」
「はい! では早速入れ替えてきます!」
「頼みましたよ」
 モニカは城にある売店で携帯食料を買っているはずだ。荷物は机に置かれたまま。上司である私がそこに近づくと周りから怪しまれるかもしれないが、アリアンヌがいる場合はそれほど違和感はないだろう。早速机に向かい、入れ替えている様子だが手元は見えない。誰にも見られることなく入れ替えを終え、素知らぬ顔で自分の机に戻ったアリアンヌを見て私も自分の部屋へと戻る。

「ふふっ、ふふふっ。いよいよですね。……それにしてもアリアンヌは本当に私のことだけを信じていて面白いですね。アリアンヌが怪我をしないのは二人組だからなのに。モニカはたった一人で魔物を倒しているのですから怪我をするのは当たり前なのにそれに気づかないで回復薬を入れ替えて……はぁ、早くビルの絶望した顔が見たいです。ああ、どんな顔をするんでしょうか? 大切に大切に育てた愛弟子が、親友の策略で殺されるんですから!」
 机の上に置いた依頼書を手に取りうっとりと眺める。
「九雲の森の水竜、討伐依頼。非常に獰猛で危険度が高いため最強の魔法使いビルにお願いしたい。ダンジョン帰還後にリカルドから要請してくれ、ですか。国王様も私を便利に使ってくれやがりますね。直接ビルにお願いするのではなく私伝いにお願いする方が受けてくれる可能性が高いからって……まぁ、そのせいで彼の弟子が死ぬんですけどね。ざまあみやがれですよ」
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