社畜生活の果て、最後に師匠に会いたいと願った。

黒鴉宙ニ

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二話  少女の胸中 (モニカside)

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「またですか?」
 はあ、とため息を吐かれ身体がびくりと小さく震えた。
 最初は優しかったリカルドさん。いつからか態度がおざなりになっていった。
 手が震えそうになるのを必死で堪える。
「先月も給金の前借りをしていますよね? やりくりが下手なんじゃないですか?」
「……でも、ポーション高いですし、給金減ってるの「それはあなたの討伐数が少ないからでしょう⁉」」
 いきなり大声で怒鳴られ、怖くて逃げだしたくなった。
「……すいません」
 これ以上怒られたくなくてすぐに謝る。
 魔物の討伐数は確かに少なくなった。だけどそれは頼まれる魔物のランクが上がったからだ。単純に数では少なくなっていても一つ一つの魔物は強く、今までの倍は時間はかかるし、ポーションはそれ以上に使ってしまう。
 私の立ち回りが悪いせいもあるかもしれないけれど、そもそも魔力が足りなくなると魔法使いは戦えなくなるのだから魔法薬は必需品だ。
 なのに討伐数が少ないと責められ、給金を減らされた。使うポーションの数は増えているのにも関わらずだ。
 おかしい。
 どう考えてもおかしいと思う。
 だけどリカルドさんにそれを言っても「言い訳はやめてください」としか返ってこない。
「他の人はもっと頑張っていますよ。そんなことを言うのはあなただけです」と言われてしまえば二度と疑問に思ったことを口に出せなかった。
 嫌いだ、と心の奥で声がする。
 そのたびに必死に違うと言い訳をする。
 リカルドさんは師匠の大事な友達なんですから悪く言ったらだめ。嫌いになっちゃだめ。
 きっと私ができない人間だから、だからイライラさせているんだ。
(私が……悪いんだ)
 どんどん深みへと嵌っているとき、「モニカさん!」と大きな声で呼ばれた。
「……アリアンヌさん」
 彼女の名前を呟く。……最悪だ。
 ……いけない。笑顔を作らないと。無理やり口角を上げ、歓迎するような笑みを作る。
 彼女にこれ以上嫌われるわけにはいかなかった。
「またリカルド様に前借要求ですの? 散財が過ぎるんじゃありません?」
「……ポーションが、足りなくて」
 周りにも聞こえるような声で前借のことを言われ、恥ずかしさから下を向いて小声でその用途を説明した。
 もしかしたら分かってくれるかも、そう思いながら言ったけれど、眉間に皺を寄させるだけだった。
「まぁ! 大方無駄に強い魔法を使っているのではありません? だめですわよ? その魔物の弱点を把握して、適切な魔法を使えば消費魔力を大幅に抑えることができますから。お勉強なさいな」
 前半は少し怒ったように、後半はたしなめるように言われた。
 ……そんなこと、わざわざあなたに言われなくても知っている。
「……助言、ありがとうございます」
 薄く笑みを作りお礼の言葉を言った。そうしないと、彼女は怒るから。
 勝気な性格の彼女に合った赤い髪を手で払い、「あたしは先輩ですからね。それくらいの助言、どうってことないですわよ」と今度は甘く言ってくる。
 その様子に集まってきていた野次馬達は「アリアンヌは良い子だなぁ」なんて頬を赤らめる。女性が二人しかいないこの部署でアリアンヌはマドンナ的存在だった。先輩を立て、時に可憐に、時に魅惑的に微笑む彼女。
 豊満な胸をたまに当てられ、鼻を伸ばす姿を何回見たことか。
(男の人って胸が好きなんですね。どうでもいいですけど!)
 小柄で、わずかに膨らんでいる程度の胸しかないモニカは女としての敗北を感じつつ、すでに固まってしまった評価にうんざりした。
 後輩に優しく助言するアリアンヌに、その助言を生かさない私……皆さんの中ではそういう評価になっているんでしょうね。
 頑張っても、頑張っても、ただ叱責されるだけ。
 粗探しのようにここができていないと言われ、丁寧にし過ぎると今度は遅いと文句を言われる。
 八方塞がりの中、それでも私が頑張れているのは師匠のためだ。

 小さな頃に両親を亡くし、村で独りぼっちだった私を、魔法の才能があるからとここまで育ててくれた師匠。
 師匠の名前はビル。上司であるリカルドさんと同級生だったらしく仲が良い。
 国一番の魔法使いと言われるほどすごくて、でも何かに縛られるのが嫌いでずっと逃げていたらしい。
 何度も何度も国からの要請を断っていたけど、私が16歳になったのを機に、国からの大きな依頼を受けることにしたらしい。
 理由をはっきりと師匠は言わなかったけど、多分私のため。
 ずっとずっと師匠と二人で暮らして、魔法の腕は上がったけれど他の人との交流がない。このままだとだめだと思った師匠は信頼する友人であるリカルドさんの元へ私を預け、北東にある炭鉱へ行っている。
 炭鉱を掘り当てたものの、中がダンジョンになっていおり最奥まで行ってコアを破壊しなければ安全に炭鉱作業ができない。他の魔法使いや騎士と協力しながら攻略を頑張っていると最初の頃の手紙に書いてあった。
 ……もう手紙は来ないけど。
 最初の一月は週に二回は必ず来ていた。だけど、月に一度へ減り、三か月後にはゼロになった。
 あれ? と思いながらも手紙を私から出すも、返ってはこない。
 忙しいのかなと思ったけど、リカルドさんの机の上には師匠からの手紙が置いてあった。
(私にはくれないのに……)
 思わず恨みがましくそう思ってしまった。
 必死にそれを否定する。
 違う。違う。忙しいから、だから、だから、ないだけ。
 師匠は私のことを思ってくれている。だって一緒にいた師匠はいつも優しかった。
 リカルドさんは言う。
「私の部署からも数名炭鉱に行っているのですがビルが随分と活躍している様子ですよ。それに魔法を教えてもらっていると自慢してきました。あなたの師匠は周りに尊敬されるすごい人ですね」
 優しいトーンの言葉にザクリと心臓が痛む。
 まるで私なんて特別じゃないんだ。師匠はすごい人で、おまえなんかを相手にしている暇はない。
 言われてもいないのに、勝手に、被害妄想のように、そうリカルドさんが暗に言っているのではないかと思ってしまう。
「はい。さすが師匠です」
「……そうですね。ですので、その弟子であるモニカさんにはもっと頑張っていただがないと」
(あれ……今、リカルドさんイラっとした? 師匠を褒めてきたのはリカルドさんなのに?)
 疑問を抱いたが、追加で頼まれた仕事に追われ、そのことはすぐに忘れてしまった。

「お金……全然足りない。どうしよう」
 魔力が全然足りない。アリアンヌさんが言ってたような方法は城に来る前から知ってる。サラマンダーには水魔法を、水スライムには雷を……倒したことのない魔物は事前に調べてから行くようにしているし、できるだけ急所に当て、魔法を使う回数だって減らしている。
 それでも、魔法薬はそれなりに値段はするし、生きていくのには衣食住が必要だ。
 住居は師匠が買った家だから家賃はかからないけれど、食料や服にはお金がかかる。
 最初に支給された制服は、保護魔法がかかっていて攻撃を受けてその効果が切れると衣服を提出するように言われている。その魔法は国家お抱えの錬金術師によるもので、攻撃を吸収してくれる。しかし、申請のたびに給金から引かれるため、今着ている制服には保護魔法はかかっていない。
 本当はモニカも保護魔法をかけたかったがただでさえ前借要求を先月もして、保護魔法の申請までしたらリカルドをさらに激高させるだろうと予想がついていた。
 制服の保護申請にポーション購入。魔物討伐の給金は一般に比べて高いが、その分出費が大きすぎる。
 毎月赤字、その分は最初の低ランクの魔物を倒していた月の貯金や、休暇の日にアルバイトをすることで補っている。そのためモニカは休みなく働き、毎日死んだように眠りにつくことが多かった。
 魔物討伐の場所が遠い日は家で寝ることは諦め、移動時間を睡眠に当てている。
 ガリガリと命が削れているような、そんな感覚がする。ただ魔物を倒すだけの人形にでもなった気分だった。
 今すぐ前に師匠と住んでいた森の中の家に帰りたい……逃げたい。でも、そんなことしたら師匠に迷惑がかかっちゃう。
 師匠に嫌われたくない。大丈夫、炭鉱での仕事が終わったら師匠が帰ってくるから。それまでは頑張ろう。
 ギリギリの中、感情がどんどん消えていくのを感じながら、毎日生きて、魔物を倒していく。
 お金がなくて、市場で食べ物を買えなくて……魔物討伐の帰りに雑草を持って帰った。
(手間暇かければ雑草だって美味しく食べられるんだから! あーでも、お肉食べたい、お魚、野菜、甘い物……)
 ぐぅぅぅとお腹が鳴る。そんな贅沢品を買える余裕はなかった。
 給料の前借を二か月分しているのだ。もっと切り詰めなければならない。
 ガタンゴトン。揺れる馬車の中で持つのは木でできたコップ。その中に魔法で作った水を入れ、ごくりごくりと飲んでいく。
(魔法で作った水を飲めばお金がかからないし、私頭が良い!)
 そう思ったのは最初だけ。すぐに水では食事の代わりにならないと気づき、むしゃむしゃと雑草をそのまま口に含んだ。
 馬車は行ってしまったし、見ている者はだれもいない。だけどその姿を客観的に考えて、すごくみじめだなと感じた。
「なにしてるんだろ……私」
 頑張ってるのに、頑張ってるはずなのに……どうしてこんなことになっているのだろう。
 分からない。誰にも相談できない。逃げられない。

 ねぇ、師匠。まだ帰ってこないの?
 お手紙、いつお返事くれるの?
 忙しいのかな? 私のことなんてどうでも良くなっちゃったかな?
 それとも、困難な場所で成長させようとしてるってこと?
 そうだよね。そうだよ、ね。
 うん。私頑張る。もっと頑張るよ。
 だから、早く帰ってきてね。

 
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