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一話 虐げられる少女

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「サラマンダー二体の討伐が終わりました」
「ああ。遅かったですね」
「……遅かった、ですか?」
 眼鏡をかけた青年は少し嫌味たらしく少女に言った。
 褒められることはないにしても、遅いとまで言われるとは思っておらず少女は俯いた。
「では次は西の森での討伐依頼をお願いします」
「……」
「モニカさん?」
 返事が返ってこないことに気づき、青年は少女の名前を呼んだ。
「分かりました! すぐに向かいますね!」
 顔を上げたモニカは笑顔でそう言った。
「ええ。他にも仕事は溜まっているので急ぎでお願いしますね」
 今度は遅くならないようにと暗に含ませてモニカの上司である青年、リカルドは少しだけ口角を上げながら言う。
「はい! では失礼します」
 ぺこりと軽くお辞儀をして部屋を退室していく。
「……はぁっ」
 リカルドのいる執務室を出ると大きなため息がこぼれた。
(遅い、のかぁ。これでも急いだんだけどな……)
 腰まで伸びた栗色の髪は彼女の心情を表すかのようにしんなりとしていた。半年前まで艶々としていた髪は手入れをする時間がないためにパサパサになり、顔色も悪かった。
(お腹空いたなぁ……でも食べるのもめんどくさい。馬車に乗って、移動する間に身体を休めよう)
 頭の中にこれからの行動について計画を立てる。
「ご飯は……携帯食料でいっか」
 ガサゴソと鞄から見慣れた乾燥食を取り出して頬張る。
 薄味を好むモニカにとって安い魔物肉を塩で揉みこんで乾燥させただけの携帯食料は苦痛でしかなかったが水で胃の中へ流し込んでいく。
 ガタンゴトンと馬車が揺れる。
「結局、荷物を取りに帰るだけになっちゃったなぁ」
 帰宅しても寝具に横になることもせずに、倒した魔物の素材をしまい、買い込んだポーション類を使用済みのものと入れ替えた。
 攻撃魔法は難なく使えるモニカだったが回復魔法は使えない。そもそも相反する属性のため両方使える人などいないとすら言われている。
 そのため回復薬は消耗品として市場に出回っているものを基本は購入する。錬金術師によるポーションはギルドによって値段が決められているため一律の値段で買うことができるためどこの店で買っても値段は同じだ。
 高価ではあるものの、命には代えられない。それに魔法部隊に所属する者たちにとっては必需品だった。
「サラマンダーの討伐のときに回復薬一本と魔法薬二本使っちゃったぁ。ギリプラス……かなぁ?」
 昼頃に出発した西の森を経由する馬車は不人気なのか誰も乗っておらず、モニカの貸し切り状態だった。普通の馬車なら客がいない時点で出発はしないが、モニカが今乗っているのは荷物を運ぶのがメインの馬車だった。屋根はついておらず無造作に置かれた荷物の間に座らせてもらっている状態だ。下はただの板のためガタゴトと道で揺れるたびにお尻が痛いのをモニカは我慢していた。
(ほんとはちゃんとクッションが敷かれた馬車が良かったけどしょうがないよね。運んでくれる馬車があっただけ感謝しないと!)
 気を抜くと陰気な思考になってしまうのは良くないと自分を戒め、無理やり口角を上げた。

「師匠、いつ帰ってくるかなぁ?」
 もう半年が過ぎた。友達も、仲の良い同僚もいないのは師匠に怒られてしまうかもなと思いつつも、モニカは大好きな師匠と会える日を楽しみにしていた。

 まだかなぁ、まだかなぁ。
 一か月、二か月、三か月。
 精神の拠り所ともいえる師匠に合えない日々が続く。
(手紙、来なくなったなぁ)
 落ち込むことも増えた。
 周りからの冷たい視線が増えた。
 陰口が増えた。
 仕事が増えた。
 出費が、増えた。



「あー、しんどいかも」
 笑顔が、消えた。

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