異世界少女は大人になる

黒鴉宙ニ

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第1章 難民キャンプ

11 洗礼

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「えっ!?」
 たっか、と言いそうになり急いで口を閉じた。
 言わんとしたことに気づいたのかギロリと睨まれる。
「確かに高いかもしれないけどねぇ、普通国籍を持たないもんに貸してくれる不動産はなかなかないよ? スタンピードで国が滅んだかなんだかしらないけど、あたしらには関係ないんだからね」
 神経質そうなおばあさんが唾を吐きそうな表情で言う。
 登録証で見つけた1件目の不動産屋は最初はにこやかだったものの、一人で来たことややってきた経緯を話すと態度が豹変した。
 詳しくは分からないが「移民はこれだから」などぶつくさ言うことから過去になにかあったのか移民全体を毛嫌いしているよだった。
(移民になるかのかもしれないけど、みんな避難して来たんだからそんな言い方しなくても……)
 一応移民扱いにはなっているものの実際に国が滅ぼされたわけではない琴乃にはそこまでダメージはない。けれど嫌悪感を露わにした接客は不快だった。
 しかも提示された物件はかなり高い。
 トイレ・シャワー付きで8万円、トイレ付き・シャワーなしで7万円の2件を紹介された。
 現在の所持金は支度金でもらった10万円のみ。
 初回月は入居前に支払うことになるので、給料が入るまで2~3万円で生活することになってしまう。
 日本とは違って敷金・礼金などが発生しないのは良いことだったが、それでも予想以上の出費に困惑してしまった。
(首都だから高いとは思ってたけど、他の人たちから聞いた話だと3~5万くらいだって言われてたのに……)
 まだ14歳の琴乃だが事前リサーチはきちんと行っていた。カトリーヌにも相場を聞いて高くとも6万じゃない?と言われていたのだからあまりにも高額過ぎる。
「す、少し考えてみます。また出直しますね」
 当たり障りない返答で不動産を出る。まだ1件目だ。他に安い物件があるかもしれない。
 それに身体が空腹を訴えてきた。宿舎は2週間滞在できるのと仕事は来週からなのでまだ時間はある。
 とりあえず食べ物を買って今日は帰ろうと、これまた地図を開いて店を探す。
 冒険者ギルドのマークが付いている店は提携しているので1割引きになるはず。
 そこを目指して入店して買い物をするとほんとに一割引きで購入することができた。
 会計時に店員に言われるまま機械に登録証をかざすと1割分の値段が引かれるシステムになっていた。
 割引が実感できて良いシステムだ。
 この世界での買い物は初めてだったがこれも講習で習っていたのでスムーズに行えた。
 5000円札や500円玉、5円玉など一部の紙幣や硬貨はないけれど日本と同じ単位なので計算はしやすい。
 しかし紙幣に描かれている鳥の絵は見たことがない種類だし、硬貨は必要最低限のデザインといった感じでなんだか寂しい。
 今更ながらにここが異世界なのだと再認識してしまった。
 間違いなくくれたお釣りを仕舞い、購入したパンをカトリーヌにもらった布袋に入れる。
(そうだ。靴も買わないといけないんだった)
 学校の指定靴であるローファーは来た時は綺麗だったのにもうボロボロだ。服はキャンプ地で支給されたけれど靴の支給はなかったのだ。
 裸足でいた人は布で作った簡易的な靴を履いていた。
「ま、明日でいっか」
 身体的にも肉体的にも疲れた琴乃はとぼとぼと宿舎へと帰る。
 早く帰ってベッドに横たわりたかった。

「美味しそう! いただきます」
 昼食は買ったパンを食べ、夕食は得意なメンバーを手伝って一緒に作った。
 食卓を囲んだメンバーと話をすると数日後には家を借りて出て行く者も多いようだ。
「そういえばコゼとクヌギも出て行ったぞ。早速ギルドで依頼受けたんだってさ。ヒイナに俺らがいないこと伝えといてくれって頼まれてた」
「そうなんですか? 伝言、あむっ、ありがとうございます。さっそく仕事とか、すごいですね」
「まぁ支度金で10万もらったけど生活費で結構飛びそうだしな。早く金稼ぎたいって気持ちも分かるよ。2、3日したら結構な人数がこの宿舎出るらしいって話だよ。ヒイナちゃんは次の家はどうするの?」
「んぐっ……」
 ごくん。口の中の食べ物を飲み込んだ後に話し始める。愚痴りたい気分だった。
 これまでキャンプ地で話したことがないメンバーも同じ街に来て同じ宿舎で寝泊まりしたことで連帯感が高まっていた。
「それが7万と8万の物件しかなくって。しかも移民嫌いみたいな人で疲れちゃいました」
 はぁーと大きなため息を吐いた。
「あらぁ、大変だったわね」
 よしよしと一緒に夕食を作った女性がヒイナを慰めるように頭を撫でる。
「たっか! あーでも冒険者ギルドの辺りって家賃高めなんだっけ? にしても高いなー。支度金ほとんど飛んじゃうじゃん」
「他の地域だったらもっと安いんですか? ……だったら多少距離があってもそっちの方が良いんでしょうか」
「うーん、やめといた方が良いわよ。仕事が終わった頃には外も暗くなってるだろうし女の子の一人歩きは危ないわよ。近い方が良いわ」
「そうだなぁ。あの辺は店が多くて明るいからめったなことはないだろうし、高くてもギルドと近い方がいいぜ」
「確かに……そうですね。でもまだ1件目なので他にも色々回ってみようと思います。他の人はみんな家を借りるんですかね?」
 この際だから他の人はどうしているのか情報を集めようと琴乃は尋ねてみた。うまくお金を使わない方法があったら教えてもらいたい。
「借りない人も何人かいるみたいよ。住み込みで狭いけど寝る部屋用意してくれる職場もあったり、隅っこでいいんでってお願いして寝させてもらう人もいるみたいだし。けど女の子は大抵家を借りてるわね。2人とか3人でルームシェアする子も多いわ。私もその予定よ」
 なでなでと髪を撫でられる。つい触りたくなるらしい。

 昨日は夕食後にお湯をもらって身体を洗っていたのだが、今日は試してみたいことがあったのでもらわなかった。
 部屋にはきちんと鍵をかけ、能力を使う。
 ぷかぷかと水の塊を作り、それを維持するようにコントロールしていく。
 だんだん浮かせていって、頭に付着させる。
 ぴとっ。
「このままこぼれないように……」
 そうしながら両手で頭皮をマッサージしていく。毛穴に詰まった汚れを落とすように、指の腹でゴシゴシと。
「あっ、なんか……気持ち良いかも……」
 じんわりと疲れが癒えていく感覚がする。一通り洗った後に水を消し、今度は頭皮ではなく髪自体を揉み込むように水で洗っていく。胸元まである髪をすべて洗い終え、水を消して触ってみると……サラァッ。
「すごい! 美容室で洗ってもらったみたいにサラサラになってる!」
 結果は想像通り。
 水はそれほど多くは出せないが、一度自分が出した水は消せるという能力を生かして髪の毛を洗ってみた。
 もしこれができればシャワー付きの物件じゃなくても良いからだ。しかも能力で出した水だからか普通の水で洗う時よりも綺麗になっている。
「これで最悪他の物件が見つからなかったとしても7万円の家賃で済むよね。いや、もっと安い所が良いけど……」
 身体も水で洗い、なんだったらとベッドも洗ってみた。するとかび臭い匂いは消え、色も黄ばんだ部分が白くなった。新品のよう、までは言わないがかなり綺麗になったようだった。
 意外な能力の使い道に驚き、同時に嬉しくなった。
「しょぼい能力だと思ってたけど、案外便利かも。いつでも美味しい水が飲めるし、悪くないよね」
 今日はブルーなこともあったが、良い気分で眠れそうだ。

 翌日になり、早い時間から動き出した。
 色々な不動産を回りたかったので地図を見ながらルートを考えて出発だ。
 身体を能力で洗えることが分かったのでトイレさえ付いていればそれでいい。広さも寝れるスペースさえあれば問題ない。
 きっと安い物件はあるだろう。朝から気合を入れて踏み出した。
 ……しかし。
「えっ?」
「ごめんねぇ、そういう物件はあるんだけど君には紹介できないんだよね」
「スタンピードのせいで難民になったってのは理解できるけど、平たく言うと移民でしょ。移民には貸せないよ」
「14歳? えっ、ほんとに? 誰か大人の人連れて来てからもう一回来てくれる?」
「6カ月分先に払ってくれるなら考えてもいいかな。え、無理? じゃあこっちも無理だね」
 どこもだめ。
 最後に見つけづらい場所にあった不動産屋へ行ってみると、
「ほんっとーにごめんね! 紹介したくないわけじゃないんだけど、あ~代わりにお菓子あげるから」
 と眉を思い切り下げて申し訳なさそうな顔で謝られた。
 謝るくらいなら物件を紹介して欲しい。
「あの、どうしてもだめですか? 冒険者ギルドへの仕事も決まってますし、きちんとお支払いはしますから」
 縋るようにそう言うも「ごめんね」と言葉は変わらない。
(やっぱ借りれないのかな……)
 もしやあのおばさんは良い人なのだろうか。仕方がない。
「無理言ってすいませんでした」
「う、うん……」
「あのっ」
「はい! ど、どしたの?」
 挙動不審な不動産屋のお兄さんはビクビクしながら話を促す。
「もし私が移民じゃなくなったら、今度は物件を紹介してくれますか?」
(どうしたらエアロネストの国民になれるのかは分からないけど、今日出会った人の中で一番優しい対応をしてくれた。だから次は紹介してもらいたいな……)
「それはもちろん! もちろんだよ! ほんとにごめんねぇ~~」
「いえ、私こそ時間使わせてしまって申し訳ありません。失礼しました」
 ぺこり。あまりお辞儀の風習はないので使わないようにしていたがたまに癖で出てしまう。一礼した後に早々と立ち去った。
 気持ちを切り替えて、向かったのは1件目の不動産。
 結局あそこで借りるしかないようだった。


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