幽霊が見えるので死霊術を極めます ~幽霊メイドが導く影の支配者への道~

雪窓

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死霊術師の未来編

永遠の人生を共に

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「テオ様、1000歳の誕生節、おめでとうございます」
アネットさんはあれから外見的には全く変化していない。さすが天人族、なんてね。
スカートにブラウスというシンプルな服装だが、凛とした清楚な雰囲気のアネットさんには良く似合っている。
「ありがとう、アネットさん」
テーブルの上にアネットさんお手製の豪華なデコレーションケーキが飾られ、慎ましやかなお祝いの席が設けられている。
1000歳の記念すべき誕生節だが、こうしてテーブルを囲むのは僕とアネットさんの二人だけになってしまった。

ああ、僕はいわゆるテオ2の方、<真・自己幽霊化>で幽霊になった方の僕だ。
もう一人の僕、生身のまま生きていたテオは、結局<真・自己幽霊化>を使うことなく、天寿を全うして82歳で人生を終えている。カタリナとの間に1男2女を儲け、子、孫、ひ孫たちに囲まれての大往生だったよ。
おかげ様で、普通の人間の幸せな一生という貴重な経験を積むことができた。

僕はあのままずっと、大都市サイユの一等地に建つ屋敷に住んでいる。何度か改築して、近代的な建物になっているし、最新の設備が導入されてもいる。
僕は一般人の振りをするために、模造偽生体の身体を50年ごとに作り変えて姿を変えているが、今回はテオの28歳時点の肉体を再現して使っている。
なお、アネットさんは天人族なのを隠していないのでずっとそのままの姿だ。

先ほどサイユを王都と呼ばなかった理由だが、サンテイユ王国はその後ロッカーラ連合王国や、帝国から独立した小国家群と合併し、「大陸南部から西部までの連合汎王国」通称、汎王国となった。国境がなくなり、人と物の流れが活発になったことで、急速に経済と文化が発展した。
戦争は無くなったが、その代わりとでもいうかのように魔物の氾濫が約100年の周期で発生するので、油断はできない。まあ、そのおかげで技術は進歩したけれど。
特に、この300年ほどで魔道具の技術が急激に発達して、生活がとても便利になった。産業構造もすっかり変わったし、人も物も大陸の端から端までその日のうちに移動できるようになり、海を越えた大陸の情報もほぼ遅延なく知ることができるようになった。

一方で、魔道具の発達に伴い魔術は廃れていった。魔術師は希少な存在、と言うか変人の類しか残っていない。
当然、死霊術師は変人だから残っているけどね。ハスミンから数えて29代目の死霊術師が現役だが、後継者を見つけるのに難儀しているみたいだ。勧誘しても、魔術師と聞いた途端に白い目で見られるらしい。

また、錬金術の分野では200年ほど前に飛躍的な進歩があり、万能回復薬に近い薬が開発された。そのため、今の社会では怪我や病気で死ぬ人はほとんどいない。まあ、それが効かない「生活習慣病」という新たな病で亡くなる人は年々増加中だけどね。

天人族として世に受け入れられた使鬼たちだったが、数百年生きた時点で、死を望む者が多かった。
リアーヌ様はシャルル国王の5代後のシャルル2世の時代に、合併によって汎王国が成立するのを見届けてから、永眠することを選んだ。
盛大な国葬が行われ、彼女の遺体はガラスの棺に入れられ、今も王宮の一角に祀られている。数百年経った今でも、その美しさが変わることは無く、天人族の謎として今でも雑誌で特集が組まれるほどの人気を維持している。
(ちなみに、その遺体は魔道具が入っていない模造死体と置き換えてあるので、調査されても大丈夫だ)

セラフィン君、ココちゃんも既にこの世を去っている。
ココちゃんは「次に生まれ変わる時は背の高くて胸があって腰の括れた大人な身体になりますように」と祈りを捧げてから消えていった。
動物の使鬼たちや、ダヤン商会のお目付け役など外部に派遣した使鬼なども、大半は永眠を選んだ。

あと、師匠は僕が300歳になった時に、「儂のすべての記憶と経験をお前に託す」と言って自らを休眠させて霊体球になってしまった。僕は10年ほど悩んだ末、師匠の霊体球を吸収せずにそのまま保管することにした。
時々取り出しては<霊素分析>で知識を参照して、辞典のように使わせてもらっている。ありがとう師匠、これからもよろしく。

今でも残っている天人族(使鬼)はアネットさんと、聖女アンジェリーヌの他には数人だけだ。

他には、こちらからお願いして僕の分霊体になってもらった使鬼もいて、トムさん、シメオンさん、ナナさん、ジルベールさん、ペパンさん、ポリーヌさん(魔道具の暴発で死んで使鬼になっていた)がそうだ。初期に作った2体と合わせ、8体の分霊体が今も活動している。

8体の分霊体たちは、合体した使鬼の影響を受けてそれぞれ好き勝手に生きている。
世界の隅々まで見て回る者、東の魔境に踏み入り魔物の発生原因を探る者、魔道具開発に心血を注ぐもの、僕たちが見聞きしてきた歴史を元に娯楽小説を書いている者、全大陸を股にかける世界最大規模の国際企業の相談役として暗躍する者、とある国で宰相として辣腕を振るう者、世界の危機に人知れず立ち向かい人類を影で救っている者。


豪華なケーキをアネットさんが切り分けて皿にのせてくれる。
そしてアネットさんがフォークでケーキを一口大に切り取り、僕の方に差し出してくる。
「はい、あーんです」
ペルピナルの屋敷で誕生節を祝ってもらっていた頃に何故か定着した風習で、今でも誕生節の時だけはこれをやらされている。
「あ~ん…。うん、とても美味しいよ、アネットさん」
流石、一流パティシエにも負けない腕前だけあって、素晴らしい出来だ。ミルクも卵も新鮮なものが手に入るからこそ出せる味だ。あの頃はこんなの無理だったなぁ。
「恐れ入ります」
しばし、この素晴らしい甘味を味わうのに集中する。
食事を必要としない体ではあるが、だからこそ食は娯楽として質が重要になった。なので、社会が豊かになり、様々な食材が安価で手に入るようになって、多様な食文化が生まれたのは、とても素晴らしい事だった。

娯楽に関して言えば、今の社会はとても充実している。書籍が安価になり、子供でさえ気軽に入手できるようになった。映像を記録し再現する魔道具が普及したことで、歌劇や芸能を誰でもどこにいても楽しめる。模擬戦をより安全にした”競技”というものが発達し、様々な種目で競い合わせ、それを観覧する娯楽も人気がある。
次から次へと新たな娯楽が生み出され、洗練されていくから、飽きる暇もない。永い時を生きる僕らにとっては、とてもありがたい世の中になった。

ケーキを楽しみ、お茶を飲み干して一息を吐く。
「さて、今日は久しぶりに遠乗りしてみようか。アネットさんもどう?」
「はい、ご一緒させてください」
二人で連れ立って屋上へ向かう。
そこには空陸海対応の汎魔動車の発着場がある。停めてあるのはポリーヌ魔機社製の最新型だ。と言っても、毎年点検の名目で持って行かれては最新型になって帰ってくるだけで、僕が新しもの好きと言うわけではない。
車に乗り込み、空へと飛びあがる。最近は背の高い建物が増えたので、かなり上空まで昇る。ほんの50年前まではせいぜい3階建ての建物しかなかったのに、随分と景色が変わったものだ。

上空からしばしサイユの街並みを眺めていると昔の、まだここが王都と呼ばれていた時代の事を思い出す。
「1000年も長いようで、あっという間でしたね」
まるで僕の考えを読んだかのようにアネットさんがそうつぶやく。
「ああ、そうだね」
若かりしあの頃の記憶は今でも鮮明に思い出すことができる。
分霊体も増えて多くの体験を積み重ねてきたから、たくさんの記憶の山に埋もれているはずなのに、ふとした時に蘇る思い出は今でも色あせていない。
それはきっと、これからどれだけ長い時を経たとしても変わらないのだろう。

サイユ郊外に出て、地上に降りて道路を走行する。どんどん後方に流れていく景色を眺めながら、隣に座るアネットさんと他愛もない話をする。
今の世の中は、あの頃には全く想像もできなかったような発展を遂げた。 
次の1000年で人類は一体どんな社会を作り上げるのだろうか。全く想像がつかないが、だからこそ楽しみだ。
僕はこれからもアネットさんと共に、この平和で豊かで変化に満ちた世界を生きていく。
人知れず人類を見守りながら。

【完】
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