幽霊が見えるので死霊術を極めます ~幽霊メイドが導く影の支配者への道~

雪窓

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死霊術師の未来編

死霊術師見習いの活躍

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ハスミンが死霊術師として修業を始めて4期節が過ぎた頃。

僕とハスミンは王宮に来ている。
「テオ、ハスミン、いらっしゃい」
「やあ、ソフィ」
「ごきげんよう、ソフィお姉さま」
ソフィの居室に入って挨拶すると、ソフィがハスミンに駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。
「ハスミンは今日も綺麗ね」
「ソフィお姉さまもお美しいですわ」
お互いに褒め合ってクスクスと笑い合っている。二人とも美人なので、こうしてじゃれ合っている様は正に眼福と言えよう。
二人は、以前の野外実習で知り合ってから一緒に魔術修業をする仲であり、今ではこのように親友か姉妹のように仲良くなっている。
ひとつ前の風の期節には、ハスミンの誕生節を祝うパーティーをソフィ王女が企画してくれて、王宮に招待されたのだが、僕の誕生節よりも豪華だったな、あれは。

今日はソフィ王女の魔術指南の日で、指導が終わったら僕は屋敷に帰るが、ハスミンはこのままお泊り会だ。ちなみに、バルバラさんもハスミンの侍女として同行している。
「それじゃ、明後日の昼過ぎに迎えに来るよ」
「はい、テオ師匠」
「ハスミンの事は私に任せなさい。またね、テオ」
二人に見送られて、僕だけ<簡易転移門>で屋敷に戻った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

王宮の一角には、人がほとんど寄り付かない場所が存在する。
かつては第一王妃として君臨していた人物が隠れるようにして暮らしている区画で、この離宮には第一王妃と侍女だけが暮らしている。1年程前に、子供たちと使用人は実家の公爵家に戻ったが、王妃が頑なに王宮で暮らすことを望み、実家に戻るのを拒んだのだそうだ。
今では、1巡りに3回ほど王宮のメイドがワゴンで食材や日用品を運び込む以外には人の出入りが無い。

その離宮に、ワゴンを押したメイドが入っていった。一見すると普通の光景だが、しかし今日は補給の予定日ではなかった。
「姫様、こちらの箱でございます」
メイドがワゴンから見事な細工の施された細長い箱を取り出し、恭しく差し出すと王妃がそれを受け取る。
「ご苦労。そう、これが」
暗い愉悦の混じった眼差しでその箱を見つめる。
「こちらが注意事項を記したものです。必ず目を通してください」
メイドが真剣な表情でそう伝えるが、王妃は面倒そうに頷くと、手を振って退室を命じる。
メイドは不安そうな表情を浮かべつつも、一礼して再びワゴンを押して離宮を出て行った。

「ふふ、これさえあれば、あの女さえいなければ、陛下の御寵愛は私のもの」
王妃は笑みを浮かべながら、その箱の蓋を撫で上げる。
この箱の中身は「嫉妬の首飾り」と呼ばれる呪物だ。ドルレアク公爵家にはこのような曰く付きの品がいくつか伝わっている。代々、これらの呪物を上手く活用して、政敵を潰してその地位を維持してきたのだ。
だから、この苦しい状況を脱するにはこれが一番いい方法なのだ。ご先祖様もそうしてきたのだから。と、王妃は考えていた。

この首飾りは恋敵の女性に贈ることで、想い人を自分の下に呼び戻す効果があると伝えられている。
”あの女”には平民の友人が沢山いるから、その中の誰かの名を騙って贈り物をすれば喜んで受け取るに違いない、と言うのが王妃の作戦だ。
侍女にその手配を任せると、ソファに腰かけて、再び綺麗な箱を手に取った。

箱を撫でていると、ふと中身が気になった。あの女に渡る前に、一度見ておくのも良いか。そう思うと、今見ておかなければ二度と見る機会はないかもしれない、という焦りにも似た気持ちが沸いてきた。
王妃はおもむろに蓋に手を掛けると留め金を外し、ゆっくりとそれを開けていった。
「ほう、これは」
金と銀の台座に、様々な宝石がちりばめられた見事な造形の首飾りが姿を現す。灯具の放つ光を反射してキラキラと輝いていた。
その美しさに目が離せなくなる。食い入るように見つめていると、頭の中に声が響いた。
『この首飾りが欲しい、身に付けたい、誰にも渡したくない』
誰かの声かと思ったが、これは自分の想いだ。そうだ、私はこれが欲しい!

王妃は何かに導かれるかのようにゆっくりと手を伸ばし、箱の中身に手を触れた。

ここに他の人間がいたのならその箱の中には、人の指の骨をいくつもつなげて作ったと思われる、禍々しい首飾りが収められているのが見えた事だろう。
彼女は焦点の合わない瞳で虚空を見つめながら、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべて、その首飾りを自分の首にかけていった。

すると、首飾りから青紫の煙のようなものが噴出した。それは見る間に彼女の口や鼻、耳の穴へと吸い込まれるように入っていく。
すると、彼女の眼球はぐるりとひっくり返って白目を剥き、全身が小刻みに震え始めた。
「ガ、ゲゲ、ガボ」
口からは異音を発し、全身から薄紫の霧が立ち上ると同時にどんどんとその体がやせ細っていく。頬がこけ、目が落ちくぼみ、手足が枯れ枝のようになり、皮膚はカサカサに乾き、その外見はまるでミイラのようになり果てていた。

もはや到底生きているとは思えない外見にもかかわらず、彼女はソファからすっくと立ちあがると、両手を高々と掲げて叫び声をあげた。
「アヒヒヒハハハアア」
笑い声とも鳴き声ともつかぬ、しわがれた声を上げると、薄紫の霧を全身にまとわせながら、窓に向けて歩き出した。
窓には高価なガラスがはめられていたが、それがまるで見えないハンマーを叩きつけたかのようにいきなり砕け散る。壊れたガラスの欠片を踏み越えて、元王妃だった化け物は外へと歩みを進めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「きゃあああー」
「誰か!助けて!」
突如として、王宮内に悲鳴が響き渡った。
その時、ハスミンはソフィ王女の居室で夕食を共に楽しんでいる所だった。
「何事?」
「ただ事ではありませんね」
すぐに口を拭うと、席を立つハスミン。今優先すべきはソフィ王女の身の安全だ。侍女のバルバラと共に、ソフィ王女の両脇に立って警戒する。
ソフィ王女は自分の侍女に状況を確認するよう指示を出した。

廊下からは悲鳴と、何かがぶつかる鈍い音が響いている。
ソフィ王女の侍女が戻って来て報告した。
「姫様、混乱していて状況が把握できませんが、化け物に襲われたとの証言があります。騒動の中心から離れるべきでしょう」
「分かりました。案内しなさい」
「かしこまりました」
侍女と、常駐の近衛騎士の誘導で奥の部屋へ向かう。どうやら避難用の隠し通路を使うようだ。
「ハスミン、他言無用ですわよ」
「承知しました、ソフィお姉さま」
こんな時だが、冗談めかしてそんなやり取りをする余裕が二人にはあった。野外実習で共に魔物と戦った経験が活きている。

隠し通路を通って行きついた先は、王宮のより奥の方、リアーヌ王妃の部屋だった。
「お母さま」
「ソフィ、良かった無事だったのね」
ハグをしてお互いの無事を喜ぶ二人。部屋には近衛騎士が数名おり、物々しい雰囲気になっていた。
「一体何があったのですか?」
ソフィ王女が問いかけると、リアーヌ王妃付の侍女が答えた。
「魔物による襲撃です。近衛騎士が現在交戦中と聞いております」
近衛騎士と言えば、この国の中でも精鋭ぞろいのはず。それで、今だに仕留め切れていないとは、どれだけ強力な魔物なのか。ハスミンはその事実に危機感を募らせた。

とその時、外の騒動が急に近づいてきた。
廊下から「マズイ、止めろ!」という大声が聞こえたかと思うと、ドカン!と大きな音を立てて、立派なドアが吹き飛んだ。
そして、ぽっかりと開いた入り口から、異形の化け物が入り込んできた。
一瞬、立派なドレスに身を包んだ女性に見えたが、しかしその顔は骨と皮だけのミイラで、よく見ると手足も枯れ枝のようだった。そして、その身にまとった薄紫の霧がより不気味さを引き立てていた。

「あれは!」
ハスミンにはその薄紫の霧が霊素であることが分かった。つまりあれは霊体。しかも色から判断するに悪霊化している。
あれは普通の人間には対処できない。死霊術師の出番だ。
「バルバラ、ソフィお姉さまをお願い!リアーヌ様、テオ師匠に連絡を!」
「かしこまりました、お嬢様」
バルバラがソフィ王女を背後に庇う。
リアーヌ王妃は既に霊糸通信を繋いでいたのだろう、無言でうなずいた。

近衛騎士が悪霊憑きの怪物に立ち向かうが、見えない何かに殴られて吹き飛ばされた。その隙に別の騎士が剣で斬りつけたが、全身を包む霧に阻まれてそのミイラのごとき体には届かなかった。
「くっ!何だこいつは」
「剣が効かない!魔術を使え!」
近衛騎士たちは怯まずに立ちふさがるが、打つ手がない状態だ。

ハスミンは近衛騎士たちに一歩近づくと、犬の使鬼と、ゴツイ男性の使鬼を呼びだすなり、鋭く命令を出す。
「アキレス、ダニーロ、<霊体防護>を発動後、<霊衝撃>で攻撃!」
2体の使鬼に淡い黄色の膜が張られたと思うと、悪霊に向かって突撃して行った。間に立ちはだかっている近衛騎士をすり抜け、タイミングを合わせて悪霊に体当たりすると、<霊衝撃>の青白い光が弾けた。

弾けた光は通常の人間には見えていないが、ハスミンには声なき叫びをあげる幽霊として見えていた。この悪霊は、どうやら正気を失った人間の幽霊が集合して出来ているようだ。
ハスミンはそれらの分離した幽霊を<強制休眠>で霊体球にして、<霊体操作>の”腕”で掴んで、悪霊から遠ざけていく。
悪霊は2体の使鬼に薄紫の霧をぶつけて攻撃するが、<霊体防護>の膜に阻まれてダメージを与えることができない。一方的に<霊衝撃>で霊体を削られていく。

悪霊は危機感を覚えたのだろう。2体の使鬼を無視してその奥、リアーヌ王妃やソフィ王女のいる方へと突進してきた。
「くっ!行かせない!」
ハスミンが立ちはだかり、<霊体操作>の”腕”を操って、悪霊をガッチリと捕まえた。悪霊は薄紫の霧を振りまいて暴れ、もがいて何とか抜け出そうとする。
その背後から追いすがった使鬼たちが体当たりをぶちかまし、青白い火花を散らす。
「~っ!」
逃げ出そうとする悪霊を捕まえるために”腕”の制御に集中するハスミンの額に汗がにじむ。ギュッと握る手に力が入り、息が上がる。
「はぁ、はぁ、ふっ!」
目の前の悪霊の動きを見逃すまいと、必死に目を凝らし、既に周囲の事を気に掛ける余裕はなくなっていた。

と、突然ミイラから立ち上っていた薄紫の霧が一斉に消えた。
「よく頑張ったね、ハスミン」
いつの間にかテオ師匠が隣に立っていた。
そのいつもと変わらぬ穏やかな顔を見て、ハスミンは体の力が抜け、その場にぺたんと尻もちをついた。
「ハスミン!」
ソフィ王女が慌てて駆けよって来て、屈みこみハスミンの様子を伺う。
「大丈夫?」
「はい、ホッとして力が抜けただけです」
「ああ、良かった。ハスミン、凄かったわ。ありがとう、私たちを守ってくれて」
ソフィ王女はそう言って、ハスミンをギュッと抱きしめながら髪を撫でていた。


その後の調べで、負傷者が数十名出たものの、幸い死者はいなかったと分かった。
この化け物がどこから来たのか痕跡を辿ったところ、どうやら第一王妃の住む離宮が起点だったことが判明し、怪物の着ていたドレスから、第一王妃本人が怪物に変化した可能性が示唆された。
第一王妃付きの侍女を逮捕して尋問した結果、呪物の首飾りがドルレアク公爵家から持ち込まれたことが明らかとなり、怪物の首に付いていた禍々しい首飾りが騒動の原因と断定される。
後日、ドルレアク公爵家に大々的な捜査の手が入り、次々に曰く付きの呪物が発見、押収された。
ご禁制の呪物を隠し持っていた罪により、ドルレアク公爵家は降格され、伯爵家となり、分家筋の男子が当主に据えられた。前当主は処刑され、本家筋は生涯幽閉された。

王国は正式に第一王妃を記録から抹消することを決定し、第二王妃リアーヌが正妃として記録されることとなった。

◇◆◇◆◇

この騒動の後、ソフィ王女の強い要望により、ハスミンが王宮で勤める事になった。一応護衛と言うことになっているが、もう一つ目的があった。

ハスミンは一応貴族の生まれではあるが、侍女のバルバラさんによる部分的な教育しか受けていなかったため、これを機に王宮付きの教師陣から一流の貴族教育を受けることになったのだ。こっちの屋敷ではなかなかそう言う教育は難しいので、助かっている。

それと、どうやらソフィ王女は、シャルル王太子とセラフィン君が常に一緒にいるのを羨ましく思っていたようだ。ハスミンを一流の淑女に育て上げ、同じように二人で行動したかったらしい。

なお、ハスミンの死霊術の修業は、どこにいてもできるので特に問題は無い。あの事件以来、ますます熱心に修業に取り組んでくれている。
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