幽霊が見えるので死霊術を極めます ~幽霊メイドが導く影の支配者への道~

雪窓

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死霊術師の未来編

テオと二人の弟子

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みんなの近況を思い浮かべつつ、アネットさんにお茶のお代わりを注いでもらって、僕は深く椅子に身を預けた。

さて、一見すると庭でのんびりとお茶を楽しんでいるだけに見える僕だが、実は今まさに旅行中でもある。
僕のもう一つの視界には岩と砂利だらけの荒野が広がっている。

半年ほど前、師匠から死霊術の免許皆伝を言い渡された後、僕が独自に開発した死霊術がある。
”分霊体”と名付けた技術で、簡単に言えばもう一人の自分を作り出し、それぞれの経験を共有することができる、というものだ。
<幻影会合>で使っている”写影身”の技術と同様に、自分の霊素の一部を分けてもう一つの霊体を作るのだが、分けた霊素を使鬼と結合することで、人格を持ち独立して行動できる霊体を作った。
これが”分霊体”だ。
分霊体の人格は、基本的には僕のものに近いが、使鬼の影響も受けるので、個性が生まれる。

そして一番重要な点が、本人と分霊体が別々の場所で異なる情景を見聞きしても、違和感なく両方を自分の体験として認識することができる、と言う事だ。
本体が書斎で本を読んでいる間に、分霊体がソフィ王女の魔術指南をする、なんてことも普通にできた。
実質、普通の人の2倍の時間を使えるわけだ。

犯1の使鬼を利用した分霊体を作り、これを僕の18歳時点の模造偽生体に憑依させて、この半年ほど別行動してもらっている。
なので、こうして庭でお茶を楽しんでいる間も、分霊体の見聞きしたもののすべてが僕の経験になっているというわけだ。

分霊体の行動は、その都度相談はするが、基本的に自分で考えて予定を立ててもらっているので、僕が命令や指示しているわけではない。
彼は「世界をこの目で見て回りたい」と言って出て行き、その後ずっと各地を旅行して回っている。
僕だったら、途中の移動が面倒くさくて<簡易転移門>を使うだろうけど、彼はそれさえも楽しんでいるようだ。この辺は、犯1の使鬼の影響を受けた個性だろう。

分霊体は魔動船を利用して海岸沿いに西に向かい、ロッカーラの各地を見て回った後、元・帝国領に入り、独立して間もない小国を見て回った。衰退した帝国を見届けた後は、再び魔動船に乗って、海の向こうの南大陸へと渡り、現在はその大陸の北西にある荒野を縦断している最中というわけだ。
何でも、旧時代の遺跡があるらしくて、それを見に行くのだそうだ。僕も楽しみなので、ぜひ頑張ってもらいたい。

◇◆◇◆◇

「テオにいちゃーん」
声の方に目をやると、庭に二人の女の子が姿を現したところだった。
小さい方の女の子は庭を駆け抜けると、僕の膝の上に飛び乗った。
「練習終わったよ」
「ちゃんとできたかい?」
「うん、ばっちり!」
頭をなでてやるとニコッと嬉しそうに笑った。
この子が僕の弟子の1人で、名前はカタリナ、8歳の女の子で、帝国の片田舎の生まれだ。帝国人らしく真っ白な肌と金色の綺麗な髪、翠の瞳を持つ、可愛らしい子だ。
兄弟が多くて家が貧しかったせいでいつも飢えていたらしく、この屋敷に来た頃はガリガリに痩せていた。初めてこの屋敷で食べた夕食の時には涙を流しながら口に詰め込んでいたのを思い出す。

それが今ではふっくら、を通り越してぽっちゃりしてきたので、最近は間食を制限されていたりする。
今もどさくさに紛れてテーブル上の僕のお菓子に、手を伸ばそうとしてアネットさんにガシッと手首を掴まれた。
「ダメですよ、カタリナ」
「う~」
カタリナとアネットさんが視線をぶつけ合っていると、もう一人の弟子がテーブルの横に立った。

彼女の名前はハスミン、12歳の女の子で、ロッカーラ連合王国と旧帝国の国境付近にある、中規模の街を治める貴族の令嬢だ。亜麻色の長い髪に、茶色の瞳、すらっと背の高い綺麗な子だ。
彼女はちょっと訳ありだった。

屋敷に来た当初のハスミンは無表情で感情を表さない、大人しい女の子という印象だった。そして、彼女の背後には、心配そうな表情で彼女を見守っている老いた女性の幽霊が付き従っていた。
ハスミンは男爵家の長女だったが、霊視能力のせいで家族には「悪魔憑き」と恐れられていた。離れの建物に半ば幽閉され、ただ一人の年老いた侍女以外とは接することなく10歳まで育てられたのだという。読み書きや礼儀作法などは全てその侍女に教わったものだ。
その後、その侍女は病で亡くなったが、侍女は死後も幽霊となってまでハスミンに寄り添い続けていた。
11歳になった時に、使用人の1人(侍女の血縁らしい)が慈善治療院の噂を聞き、神殿を通じて治療院に助けを求めたことで、ようやく「悪魔憑き」の誤解が解けた。幽閉生活は終わりを迎えたのだ。

しかしその後も、彼女にとって真に家族と呼べるのは幽霊となった侍女だけだった。
なので、ハスミンはここに来て死霊術の話を聞くとすぐに幽霊と会話する方法を知りたがり、魔術の訓練を積めばいずれ会話できるようになると聞いて、涙を流して喜んだ。

そんなハスミンも、今ではすっかり元気になり、いつも穏やかな笑みを浮かべている。
「ごきげんよう、テオ師匠、アネットさん。同席してもよろしいですか?」
「もちろんだよ、ハスミン。アネットさん、二人にもお茶を」
「かしこまりました」
アネットさんがお茶を淹れるために立ち上がり、ワゴンの方へ向かうと、カタリナがその隙をついてお菓子に手を伸ばした。
しかし、お菓子に手が届く直前、お菓子が皿ごとスーッと動いてその手が空振りした。ハスミンが<念動力>の魔術を発動したのだ。
「いけませんよ、カタリナ。間食はしばらく禁止と言われていたでしょう?」
「もう、ハスミン姉ちゃんまで」
カタリナがその可愛いほっぺをぷくっと膨らませて抗議する。
僕はその頭を撫でて宥める。
「もう少しでお昼ご飯だよ。お茶を飲んで我慢しよう」
ちょうど、アネットさんが二人の前にお茶の入ったカップを置いた。
カタリナが「はーい」と項垂れながらカップを手に取り一口すする。
「ん!甘~い!このお茶も美味しいね」
途端に笑顔になってまたカップに口を付けるカタリナを、アネットさんが微笑みながら眺めている。なんだかんだで、アネットさんもカタリナを甘やかしているなぁ。
ちなみに、僕のお菓子はいつの間にかハスミンのお腹に収まっていたようだ。

ハスミンはある程度の教育を受けていたこともあり、順調に魔術師としての実力を伸ばしている。多分、ロッカーラ連合王国の基準だと4級魔術師(魔法学院の優秀な卒業生程度)に相当するだろう。
以前やった魔術野外演習に、ステファノ王子、ソフィ王女と一緒に参加できるくらいには実力がある。

一方、カタリナは田舎の農民の子だったので、まずは読み書き計算から始めている。
が、あまり勤勉な性格ではないので、自習させるのがとても難しい。なので、ピエールさんに勧められた、文字学習用のおもちゃを取り寄せて、一緒に遊びながら文字を教えている。ハスミンやアネットさんにも手伝ってもらいつつ、何とか文字を覚えさせることに成功し、読みの方は結構できるようになった。
正直、魔術を教えるより何倍も難しいと思った。

何とか魔術で学習を楽にできないものか。そう考えるのは魔術師として当然の事だろう。だが、いろんな文献を当たってみたがそれらしき魔術を見つけることはできなかった。
しかし、ふと思い出した。ダヤン会頭を暗殺してトムさんが成り済ましたとき、死霊の持つ記憶をトムさんに移植したことがあった。それを学習に応用できないだろうか?
この思い付きを師匠に相談してみた。
「ふむ。まあ、できない事もないが、そうして楽することを覚えると、自分で学習する努力がいつまでも身に付かんだろう。自ら学ばない魔術師など、成長の余地が無いぞ」
と指摘されて、ようやく自分の過ちに気が付いた。
僕自身が楽をする事ばかりを考えて、カタリナの未来について全く考えが及んでいなかった。
「師匠、ありがとうございます。僕が間違ってました」
「良い良い。おぬしはまだ若いからな。そう言う失敗からどんどん学ぶが良い」
「はい、師匠」
僕は、弟子を指導することの難しさと大切さを改めて考え直すこととなった。

カタリナについては、学習することの楽しさを知って、自分で学ぶ力を育むように、気長にじっくりとやっていくつもりだ。
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