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死霊術師の未来編
外道死霊術を排除せよ
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山岳地帯の北側、サンテイユ王国とは反対側の山間に帝国軍の野営地があった。
「監視の斥候より報告。ゾンビが反転し山を登り始めたとの事」
テントの中に駆け込んできた伝令兵がそう報告した。
「あちゃ~、また失敗か。暗示が途中で切れちゃうのかな。今度こそ上手くいくと思ったんだけど」
椅子に座って報告を聞いた魔術師らしき男が、軽い調子でぼやいた。
「ルイジ魔術技官よ、この調子で兵器転用などできるのか?」
向かいに座っていたゴツイ体格の軍人が、先ほどの魔術師、ルイジに胡乱な眼差しを向けた。
「大丈~夫ですよ。1期節前には命令することすらできてなかったんだから。今回なんて6日間も命令に従ってたんですから、新記録です。間違いなく、技術は進歩してます」
ルイジは大げさな身振りでゴツイ男に返答した。
ゴツイ男は帝国人らしく白い肌に金髪なのだが、ルイジと言う男は浅黒い肌に黒い髪で、南方系の人種に見える。
「これだから、南の蛮族は」
軍人はおちゃらけた態度のルイジにいら立っているようだった。
「あら~?そんなこと言っていいんですか?誰のおかげで、その太い首がつながってるんでしたっけ?」
ニヤニヤと笑いながら、ルイジは向かいの男の良く鍛えられた首を指さして揶揄する。
「くっ!悪かった。前言を撤回する」
指摘された男は、歯ぎしりをしながらそう絞り出すように声を出した。
「まあいいですよ。では、今回の実験はここまでですね。早く帰りましょう。改良策を検討しなければいけませんからね」
ルイジは上機嫌でテントを出て行った。
テントを出たところで、ルイジは誰もいないところへ視線を向けた。
「おや、まだ残ってたんですね。ここら一帯のガイストは全部ゾンビになったと思ってたんですが」
そう独り言をつぶやくと、すぐに関心を失い、馬車へと歩いて行った。
ルイジが馬車に乗り込むと、撤退準備を進める部隊を尻目に、一足先に出発して行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間を戻して、斥候を捕獲した後の事。
師匠が斥候達に洗脳を施し、さらに霊糸リンクを繋いだ。この斥候達をこちらの駒として帝国に送り込むのだ。
彼らから聞き出した情報でいくつかの事が分かった。
・ 実験の責任者はルイジ魔術技官という帝国技術研究所の人間である。
・ ”火砲類対抗魔術”のおかげで使い物にならなくなった主力兵器に代わる、新たな兵器としてゾンビの研究が急に着目された。
・ まだ実験段階であり、問題が起こることを前提として斥候が監視に当たっていた。
これを聞いて師匠が顔をしかめた。
「むむ、ここでもまた火砲類との関わりが出てくるとはな。嫌な因縁じゃ」
ゾンビを操る技術は不完全との事なので、今回のゾンビの異常を報告しても不審に思われることはなさそうだ。
斥候達を報告に向かわせて、帝国軍の陣地まで案内してもらうことにした。
偵察の使鬼として犯1を同伴させた。これは、敵に霊視能力者がいるかどうかを調べる目的も兼ねていた。
そして、先ほど犯1を通して見た光景を振り返る。
「ルイジって男は霊視能力者でしたね」
僕がそう言うと、師匠も頷く。
「ああ、間違いないな。想定する中で一番厄介な事態だ。霊視能力者が独自に開発した死霊術とはな。過去の事例からも、ろくなことにはならんぞ」
「都市一つを滅ぼしたという、昔話ですか?」
「ああ、そうだ。しかも帝国の軍と結びついている時点で最悪じゃな。技術が完成する前に対策せねばならん」
師匠は珍しく深刻な表情だった。
僕らは作戦会議を開いた。
状況を説明した後。
「大量のゾンビを自在に操れるとなると、驚異的だな。何より臭くてかなわん」
ジルベール隊長が顔をしかめると、みんなも不快そうな顔になった。
「疫病の問題もありますし、何より殺した敵兵をゾンビにして取り込むことでいくらでも兵力を増やせるのが厄介ですね」
ペパン諜報部長も懸念を上げた。
対策については、まずペパン諜報部長から報告があった。
「諜報部門で潜入工作を進めている所です。ルイジ魔術技官とその周辺の情報収集を行っています」
「どこまで情報が広まっているかを正確に把握してくれ」
師匠が注文を付ける。
その他、出て来た意見をまとめると、主要な関係者の暗殺、研究資料等の隠滅が必要と言う事だ。
アネットさんが問題を指摘する。
「しかし、それだけだとゾンビ製造技術の有用性という情報は残ってしまいます。技術の復活を帝国が目指せば、いずれまた別の研究者が方法を見つけてしまうかもしれません」
なるほど、とみんなも頷く。
僕が話を引き継ぐ。
「つまり、ゾンビを作るのは有用どころか有害だと思わせて、二度と研究する気が起きないようにしてやれ、ってことだね」
「はい。ゾンビなんてこの世にあってはいけないのです」
アネットさんが珍しく強い口調でそう断言した。
この後も議論を続け、作戦を練り上げた。
そして、翌日から作戦を実行に移した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山岳地帯の北西の麓、東西に長い帝国領の中央からやや東に位置する大きな街、通称”山麓の街”に不穏な噂が流れていた。
酒場でもその話題で盛り上がっているテーブルがいくつもあった。
「おい、聞いたか。山から大量の不死系魔物が押し寄せてきてるって」
「ああ。そのせいで中腹にある鉱山も閉鎖された、って話だろ」
「街の外にできたテント村も、山村から避難してきた奴ららしいな」
「今年の冬は厳しかったからな。山岳地帯で多くの村が全滅したってぇ話だから、そのせいか?」
「いや、俺が聞いた話じゃ、帝国の研究所が何かやらかしたらしいぜ」
「俺もそう聞いたな」
「マジかよ!」
巷では、帝国の研究所の失敗で大量の不死系魔物が押し寄せてきた、という噂が急速に広まっていった。
「ルイジ魔術技官!これはどういうことだ!」
ガタイの良い軍人がテーブルをドン!と殴りながら怒声を上げた。
「いや~、まだ不完全な技術ですから、こういう事もありますよ」
ルイジはへらへらと笑いながら気にした様子もない。
「上層部からも責任を問われているんだぞ。もしこれ以上帝国領に被害が及べば、研究の打ち切りどころじゃ済まんぞ!」
「それは困りますね。とりあえず、新開発の”命令変更くん”を実験してみましょうか?」
手に持った道具を振り振り、緊張感のないルイジ。
「なんだ、そのふざけた名前は」
軍人は額に青筋を浮かべながらも、この頭のおかしい男に頼る以外の道は残されていなかった。
高速馬車を使って山麓の街までやってきたルイジ一行は、街のすぐそばまで迫っている不死系魔物の群れを、外壁の上から眺めている。
「おや、随分と白くなりましたね。夏らしく涼し気でいいじゃないですか」
ルイジの言葉通り、不死系魔物たちは、夏の陽気ですっかり肉が腐り落ち、ほとんど骨だけになっていたのだった。
「そんな事を言ってる場合か。さっさとやれ」
いら立つ軍人がきつい口調で指示すると、やれやれと言った表情でルイジが作業を開始した。
カバンから取り出した魔道具らしきもの、円錐形を横にして、下に持ち手を付けたもの、を構える。
円錐の太い方を外に、細い方を口元に近づけて、ルイジは声を出した。
『え~、ゾンビ?スケルトン?の皆様、私はルイジ魔術技官です。これから新しい命令を与えます。その場で止まりなさい』
ルイジの声が増幅されたのか、とんでもない音量で辺りに響き渡った。
隣の軍人も慌てて耳を塞いだ。
「お!成功かな」
ルイジが明るい声を上げた。
軍人が外を見ると、押し寄せてきていた不死系魔物たちが動きを止めている。
「おお!やるではないか、ルイジ魔術技官!」
バシバシとルイジの背中を叩く。
「痛い!痛いですって、もう。さて、この後どうしますかね」
「とりあえずは、街から離れた場所に集めるしかあるまい」
二人がそんな相談をしている最中。
「おい!また動き出したぞ」
見物していた野次馬から声が上がった。
「おや?そんなはずは、…動いてますね」
「ルイジ魔術技官!どうにかしろ!」
ルイジはその後も何度か”命令変更くん”で指示を出したが、その都度少しの間は指示に従うが、またすぐに勝手に動き出す、と言うのを繰り返した。
「う~ん、お手上げですね。研究所の実験とは結果が大きく異なっていますね。実に興味深い」
ルイジは楽しそうだが、隣の軍人は「終わった、俺はもうダメだ」とつぶやいて頭を抱えていた。
その後、この街は完全に不死系魔物に包囲されてしまった。
帝国軍の部隊が到着してそれらの排除が完了するまで、およそ1巡り(8日間)かかった。その間、街の中では暴動が起きて多数の死傷者が出た。
その暴動に巻き込まれる形で、一人の研究者が運悪く命を落としたが、混乱の最中の事であり詳細は不明だった。
この事件の後、帝国軍の上層部は、密かに進めていた新兵器の開発中止を決定した。それだけにとどまらず、関連する研究の破棄を各所に通達し、情報統制を徹底した。
こうして、山麓の街で起きた事件の真相は闇へと葬られた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「思った以上に上手くいったね」
「うむ。帝国が自ら研究資料を処分してくれたからな。手間が省けたというものだ」
僕と師匠は一連の事件を振り返った。
まず最初に、山に戻したゾンビたちの一部をリーダーとして霊糸リンクを繋いでおき、遠隔から指示できるようにした。
ゾンビたちにはリーダーを介して、帝国側の麓へ向かうよう指示を出した。なるべく危機感を感じてもらいたかったから、ゆっくり歩くよう命じておいた。
次に、諜報部門には麓の街で噂話を流してもらった。なるべく犠牲者が出ないよう、不死系魔物が押し寄せている事を知らせると同時に、これらの不死系魔物が帝国軍の実験のせいだという内容を広めた。
洗脳した斥候達には、現場で実際に見たという触れ込みで、「ゾンビの制御は難しいらしい」という噂を、部隊の中に流してもらった。
これらの仕込みのおかげで、「ゾンビ部隊は制御不能に陥り、自国に牙をむいた」という認識を軍と民衆の中に作り出すことに成功した。
ルイジが”命令変更くん”とかいう魔道具で命令してきたときは、正直焦った。本当に命令が上書きされるとは思っていなかったので、意外に優秀な奴だなと思った。
しかし、その度にゾンビ(スケルトン?)に再度命令すれば良いだけだったので、数回繰り返せば、ルイジはあきらめてくれた。
街を包囲した後は、住民を扇動して「軍の研究が失敗したからこんなことになった」と吹き込み、暴動を起こすよう仕向けた。
その暴動に紛れる形で、潜伏していたジルベール隊長がルイジを暗殺。抜け出た死霊を回収したのだった。
回収したルイジの霊体球から記憶を探り、研究に関わるものの処分をしようと検討していた矢先、帝国軍に動きがあった。
ゾンビ兵の開発中止と、関連研究の破棄だ。流石に自国に与えた損害は無視できず、責任を追及しようにも当事者は死亡。研究内容を理解している後継者もいなかったため、当然の結果ではある。
お蔭で、こちらが動かずとも、帝国が自発的に研究に関連した資料や機材を回収して一か所に集めてくれた。
後は、使鬼を忍び込ませて、それらを<物品庫>に収納すれば、隠滅完了だった。
一応ルイジの記憶を再度確認し、技術を知っている人物が他にいないか調べたが、弟子や助手も最近ついたばかりだったようで、ほとんど何もわかっていなかった。
これで作戦は完了だ。
帝国のゾンビ作成技術はこれで完全に途絶えた。
山岳地帯の北側、サンテイユ王国とは反対側の山間に帝国軍の野営地があった。
「監視の斥候より報告。ゾンビが反転し山を登り始めたとの事」
テントの中に駆け込んできた伝令兵がそう報告した。
「あちゃ~、また失敗か。暗示が途中で切れちゃうのかな。今度こそ上手くいくと思ったんだけど」
椅子に座って報告を聞いた魔術師らしき男が、軽い調子でぼやいた。
「ルイジ魔術技官よ、この調子で兵器転用などできるのか?」
向かいに座っていたゴツイ体格の軍人が、先ほどの魔術師、ルイジに胡乱な眼差しを向けた。
「大丈~夫ですよ。1期節前には命令することすらできてなかったんだから。今回なんて6日間も命令に従ってたんですから、新記録です。間違いなく、技術は進歩してます」
ルイジは大げさな身振りでゴツイ男に返答した。
ゴツイ男は帝国人らしく白い肌に金髪なのだが、ルイジと言う男は浅黒い肌に黒い髪で、南方系の人種に見える。
「これだから、南の蛮族は」
軍人はおちゃらけた態度のルイジにいら立っているようだった。
「あら~?そんなこと言っていいんですか?誰のおかげで、その太い首がつながってるんでしたっけ?」
ニヤニヤと笑いながら、ルイジは向かいの男の良く鍛えられた首を指さして揶揄する。
「くっ!悪かった。前言を撤回する」
指摘された男は、歯ぎしりをしながらそう絞り出すように声を出した。
「まあいいですよ。では、今回の実験はここまでですね。早く帰りましょう。改良策を検討しなければいけませんからね」
ルイジは上機嫌でテントを出て行った。
テントを出たところで、ルイジは誰もいないところへ視線を向けた。
「おや、まだ残ってたんですね。ここら一帯のガイストは全部ゾンビになったと思ってたんですが」
そう独り言をつぶやくと、すぐに関心を失い、馬車へと歩いて行った。
ルイジが馬車に乗り込むと、撤退準備を進める部隊を尻目に、一足先に出発して行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間を戻して、斥候を捕獲した後の事。
師匠が斥候達に洗脳を施し、さらに霊糸リンクを繋いだ。この斥候達をこちらの駒として帝国に送り込むのだ。
彼らから聞き出した情報でいくつかの事が分かった。
・ 実験の責任者はルイジ魔術技官という帝国技術研究所の人間である。
・ ”火砲類対抗魔術”のおかげで使い物にならなくなった主力兵器に代わる、新たな兵器としてゾンビの研究が急に着目された。
・ まだ実験段階であり、問題が起こることを前提として斥候が監視に当たっていた。
これを聞いて師匠が顔をしかめた。
「むむ、ここでもまた火砲類との関わりが出てくるとはな。嫌な因縁じゃ」
ゾンビを操る技術は不完全との事なので、今回のゾンビの異常を報告しても不審に思われることはなさそうだ。
斥候達を報告に向かわせて、帝国軍の陣地まで案内してもらうことにした。
偵察の使鬼として犯1を同伴させた。これは、敵に霊視能力者がいるかどうかを調べる目的も兼ねていた。
そして、先ほど犯1を通して見た光景を振り返る。
「ルイジって男は霊視能力者でしたね」
僕がそう言うと、師匠も頷く。
「ああ、間違いないな。想定する中で一番厄介な事態だ。霊視能力者が独自に開発した死霊術とはな。過去の事例からも、ろくなことにはならんぞ」
「都市一つを滅ぼしたという、昔話ですか?」
「ああ、そうだ。しかも帝国の軍と結びついている時点で最悪じゃな。技術が完成する前に対策せねばならん」
師匠は珍しく深刻な表情だった。
僕らは作戦会議を開いた。
状況を説明した後。
「大量のゾンビを自在に操れるとなると、驚異的だな。何より臭くてかなわん」
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「疫病の問題もありますし、何より殺した敵兵をゾンビにして取り込むことでいくらでも兵力を増やせるのが厄介ですね」
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対策については、まずペパン諜報部長から報告があった。
「諜報部門で潜入工作を進めている所です。ルイジ魔術技官とその周辺の情報収集を行っています」
「どこまで情報が広まっているかを正確に把握してくれ」
師匠が注文を付ける。
その他、出て来た意見をまとめると、主要な関係者の暗殺、研究資料等の隠滅が必要と言う事だ。
アネットさんが問題を指摘する。
「しかし、それだけだとゾンビ製造技術の有用性という情報は残ってしまいます。技術の復活を帝国が目指せば、いずれまた別の研究者が方法を見つけてしまうかもしれません」
なるほど、とみんなも頷く。
僕が話を引き継ぐ。
「つまり、ゾンビを作るのは有用どころか有害だと思わせて、二度と研究する気が起きないようにしてやれ、ってことだね」
「はい。ゾンビなんてこの世にあってはいけないのです」
アネットさんが珍しく強い口調でそう断言した。
この後も議論を続け、作戦を練り上げた。
そして、翌日から作戦を実行に移した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
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酒場でもその話題で盛り上がっているテーブルがいくつもあった。
「おい、聞いたか。山から大量の不死系魔物が押し寄せてきてるって」
「ああ。そのせいで中腹にある鉱山も閉鎖された、って話だろ」
「街の外にできたテント村も、山村から避難してきた奴ららしいな」
「今年の冬は厳しかったからな。山岳地帯で多くの村が全滅したってぇ話だから、そのせいか?」
「いや、俺が聞いた話じゃ、帝国の研究所が何かやらかしたらしいぜ」
「俺もそう聞いたな」
「マジかよ!」
巷では、帝国の研究所の失敗で大量の不死系魔物が押し寄せてきた、という噂が急速に広まっていった。
「ルイジ魔術技官!これはどういうことだ!」
ガタイの良い軍人がテーブルをドン!と殴りながら怒声を上げた。
「いや~、まだ不完全な技術ですから、こういう事もありますよ」
ルイジはへらへらと笑いながら気にした様子もない。
「上層部からも責任を問われているんだぞ。もしこれ以上帝国領に被害が及べば、研究の打ち切りどころじゃ済まんぞ!」
「それは困りますね。とりあえず、新開発の”命令変更くん”を実験してみましょうか?」
手に持った道具を振り振り、緊張感のないルイジ。
「なんだ、そのふざけた名前は」
軍人は額に青筋を浮かべながらも、この頭のおかしい男に頼る以外の道は残されていなかった。
高速馬車を使って山麓の街までやってきたルイジ一行は、街のすぐそばまで迫っている不死系魔物の群れを、外壁の上から眺めている。
「おや、随分と白くなりましたね。夏らしく涼し気でいいじゃないですか」
ルイジの言葉通り、不死系魔物たちは、夏の陽気ですっかり肉が腐り落ち、ほとんど骨だけになっていたのだった。
「そんな事を言ってる場合か。さっさとやれ」
いら立つ軍人がきつい口調で指示すると、やれやれと言った表情でルイジが作業を開始した。
カバンから取り出した魔道具らしきもの、円錐形を横にして、下に持ち手を付けたもの、を構える。
円錐の太い方を外に、細い方を口元に近づけて、ルイジは声を出した。
『え~、ゾンビ?スケルトン?の皆様、私はルイジ魔術技官です。これから新しい命令を与えます。その場で止まりなさい』
ルイジの声が増幅されたのか、とんでもない音量で辺りに響き渡った。
隣の軍人も慌てて耳を塞いだ。
「お!成功かな」
ルイジが明るい声を上げた。
軍人が外を見ると、押し寄せてきていた不死系魔物たちが動きを止めている。
「おお!やるではないか、ルイジ魔術技官!」
バシバシとルイジの背中を叩く。
「痛い!痛いですって、もう。さて、この後どうしますかね」
「とりあえずは、街から離れた場所に集めるしかあるまい」
二人がそんな相談をしている最中。
「おい!また動き出したぞ」
見物していた野次馬から声が上がった。
「おや?そんなはずは、…動いてますね」
「ルイジ魔術技官!どうにかしろ!」
ルイジはその後も何度か”命令変更くん”で指示を出したが、その都度少しの間は指示に従うが、またすぐに勝手に動き出す、と言うのを繰り返した。
「う~ん、お手上げですね。研究所の実験とは結果が大きく異なっていますね。実に興味深い」
ルイジは楽しそうだが、隣の軍人は「終わった、俺はもうダメだ」とつぶやいて頭を抱えていた。
その後、この街は完全に不死系魔物に包囲されてしまった。
帝国軍の部隊が到着してそれらの排除が完了するまで、およそ1巡り(8日間)かかった。その間、街の中では暴動が起きて多数の死傷者が出た。
その暴動に巻き込まれる形で、一人の研究者が運悪く命を落としたが、混乱の最中の事であり詳細は不明だった。
この事件の後、帝国軍の上層部は、密かに進めていた新兵器の開発中止を決定した。それだけにとどまらず、関連する研究の破棄を各所に通達し、情報統制を徹底した。
こうして、山麓の街で起きた事件の真相は闇へと葬られた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「思った以上に上手くいったね」
「うむ。帝国が自ら研究資料を処分してくれたからな。手間が省けたというものだ」
僕と師匠は一連の事件を振り返った。
まず最初に、山に戻したゾンビたちの一部をリーダーとして霊糸リンクを繋いでおき、遠隔から指示できるようにした。
ゾンビたちにはリーダーを介して、帝国側の麓へ向かうよう指示を出した。なるべく危機感を感じてもらいたかったから、ゆっくり歩くよう命じておいた。
次に、諜報部門には麓の街で噂話を流してもらった。なるべく犠牲者が出ないよう、不死系魔物が押し寄せている事を知らせると同時に、これらの不死系魔物が帝国軍の実験のせいだという内容を広めた。
洗脳した斥候達には、現場で実際に見たという触れ込みで、「ゾンビの制御は難しいらしい」という噂を、部隊の中に流してもらった。
これらの仕込みのおかげで、「ゾンビ部隊は制御不能に陥り、自国に牙をむいた」という認識を軍と民衆の中に作り出すことに成功した。
ルイジが”命令変更くん”とかいう魔道具で命令してきたときは、正直焦った。本当に命令が上書きされるとは思っていなかったので、意外に優秀な奴だなと思った。
しかし、その度にゾンビ(スケルトン?)に再度命令すれば良いだけだったので、数回繰り返せば、ルイジはあきらめてくれた。
街を包囲した後は、住民を扇動して「軍の研究が失敗したからこんなことになった」と吹き込み、暴動を起こすよう仕向けた。
その暴動に紛れる形で、潜伏していたジルベール隊長がルイジを暗殺。抜け出た死霊を回収したのだった。
回収したルイジの霊体球から記憶を探り、研究に関わるものの処分をしようと検討していた矢先、帝国軍に動きがあった。
ゾンビ兵の開発中止と、関連研究の破棄だ。流石に自国に与えた損害は無視できず、責任を追及しようにも当事者は死亡。研究内容を理解している後継者もいなかったため、当然の結果ではある。
お蔭で、こちらが動かずとも、帝国が自発的に研究に関連した資料や機材を回収して一か所に集めてくれた。
後は、使鬼を忍び込ませて、それらを<物品庫>に収納すれば、隠滅完了だった。
一応ルイジの記憶を再度確認し、技術を知っている人物が他にいないか調べたが、弟子や助手も最近ついたばかりだったようで、ほとんど何もわかっていなかった。
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