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死霊術師の未来編
帝国の噂
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二人の王族の師匠になってから、僕の生活も少し変化した。
1巡り(8日間)に3回ほど、ソフィ王女の魔術指南のため王宮に出向くようになった。
そして、ロッカーラのステファノ王子の方も、約束通り1巡りに1回程度の頻度で様子を見に行っている。
ステファノ王子の方は基礎が出来ていて、訓練の指示を出しておけば次回までに自分でやっておいてくれるので、正確に難があるものの、指導する立場としては楽だった。
一方、ソフィ王女は元々魔術嫌いだと言うだけあり、基礎の基礎からやり直しが必要だった。
「それじゃ、魔力を流すよ」
僕とソフィ王女は向かい合って、両手を繋いでいる。
「ええ、どうぞ」
ソフィ王女は目をつぶって集中している。
僕は右手から、左手に向かって魔力を流す。繋いでいるソフィ王女の左手から入って、右手から出てくるわけだ。
「わ!アハハ、くすぐったい!」
ソフィ王女はグネグネと身体をくねらせて笑い声をあげた。
「ちょっと、ソフィ我慢して。魔力の流れを感じなきゃ」
「う、うん、分かってるけど、くふっ!」
こんな感じで、なかなか苦労させられている。
魔力の感知と、操作の感覚を身に付けてもらうまでは、こうして文字通り手取り足取り教えなくてはならないようだ。
結局、ステファノ王子は年末までには外部魔力操作を習得して、詠唱付きだが6系統の初級攻撃魔術を全てマスターしてしまった。これは一般的にはかなり早い成果だそうで、ロッカーラ王様から称賛と褒美をいただくことになった。
非常に熱心に自主練習に励んだステファノ王子が偉いと思うんだけど、「そのやる気を引き出したのが素晴らしい」との事だった。
そちらはひと段落がついたので、指導の頻度を1期節に2度くらいに減らしてもらった。ステファノ王子は嘆いていたけど、移動の手間があるという理由で突っぱねた。
一方、ソフィ王女はなかなか上達しなかった。
ステファノ王子の話を聞くにつけ、「あのおバカ王子にできて私ができないなんて」と言って悔しがっていた。
僕はこれまで、師匠やセラフィン君、ステファノ王子といった魔術の才能に恵まれた人達しか見てこなかったため、どんな難しくても繰り返し練習すればいずれ出来るもんだ、と思っていた。
なので、ソフィ王女に指導する中で、どのように説明しても、どれだけ練習しても、できるようにならないことがある、と言うのを初めて知った。
しかし、世の中ではソフィ王女の方が一般的なはずだ。僕もどうやら天才に毒されていたようだ。
そのことに気付いてから、その人にできる範囲で、どのように工夫すればより多くの事ができるのか、ということを考えるようになった。
同じ結果を生じる魔術にしても、ソフィ王女に合わせた発動の仕方というのがあるわけだ。
つまり、ソフィ王女のために新たな魔術を作るようなものなのだが、これが僕自身にとっても勉強になった。
ふと、僕が初めて師匠から魔術を教わる時に、師匠が同じようにしてくれていた事を思い出していた。師匠は事も無げにやっていたが、実際自分でやるとその凄さが分かる。
「やった!できたわ、テオ!」
「うん、おめでとう、ソフィ」
飛び上がって喜ぶソフィ王女に、僕は拍手を送った。
1年が経過する頃、ソフィ王女も詠唱付きではあるが、外部魔力を利用した6系統の攻撃魔術を成功させた。
「テオが私のために作ってくれた専用呪文のお蔭ね。流石は私の師匠だわ」
「ソフィが頑張ったからだよ。僕は手助けしただけ」
「そうね、私、かなり頑張ったわ」
と言って胸を張るソフィ王女。苦手としていた魔術を克服して自信が付いたようだ。
これで、僕も魔術指南役として面目躍如を果たせただろう。
この一年間はこのように、魔術指導で忙しかったが、合間を縫っていろいろと遊びにも行った。<簡易転移門>があるから、どこに行くのも一瞬なのだ。
夏には南に行って、船に乗ったり、浜辺で新開発の水着を着て水遊びをしたりして海を満喫した。
年末には、ロッカーラの首都ポルツィアで盛大なお祭りを堪能したし、新年のお祝いはサンテイユの王都サイユでお祭りを楽しんだ。
太陽神の期節には、僕の12歳の誕生節を祝いたい、と僕の二人の弟子がそれぞれサンテイユの王宮とロッカーラの宮廷で盛大なパーティを開いてくれた。多分、そこらの貴族よりも頻繁に王族とパーティーしている気がするぞ。
その後訪れた冬は特に寒さが厳しくて、例年より暖房を強くする必要があった。そのため薪や燃石、魔石などの暖房に必要な物資の価格が上昇して庶民の生活が苦しくなっていた。
その話を聞き、僕は貧民対策としてダヤン商会に資金提供して動いてもらった。
結果、サンテイユ王国内では、凍死者をかなり減らすことができた。少なくとも、都市部では凍死者は出なかったはずだ。
一方で、周辺国では何万という凍死者が出たらしい。ひどい所では村がいくつも全滅した、なんて話も聞かされた。
そんな厳しい冬を乗り越え、春が過ぎ、また夏が近づいてきた頃の事。
今、僕らは王都サイユの喫茶店にいる。ペルピナルで研修期間を終えたサラは、サイユに転勤になり、ダヤン商会系列のこの喫茶店で店主をしているのだ。
凄いよね、お店一つを任されるなんて。
「なんかね、北の帝国が隣のロッカーラに攻め込んできたんだけど、あっさり返り討ちに遭って逃げ帰っていったらしいよ」
サラがそんな噂話を聞かせてくれた。
「へぇ、帝国ってそんなに弱かったっけ。それともロッカーラの軍が強いのかな?」
僕が聞くと、サラが待ってましたとばかりに答える。
「それがね、帝国が強力な最新兵器を揃えて意気揚々と攻めて来たんだけど、ロッカーラ軍が魔術でその兵器を役立たずにしてしまったんだって。それで帝国は為す術なく敗れたってことみたいよ」
「ロッカーラ軍の魔術師が凄かったってことか」
セラフィン君が感心したように言う。
「そうじゃないのよ。ほら、去年から魔法ギルドでなんとか対抗魔術ってのを無料で教えてるじゃない。っていうか、あんた達の方が詳しいでしょ」
「もしかして、火砲類対抗魔術の事?」
「そう、それ!あんな、誰でも覚えられるような無料の魔術で返り討ちにされるなんて、帝国も間抜けよねー」
サラが可笑しそうに笑う。
僕とセラフィン君もようやく合点がいって、なるほどと頷いた。
去年、師匠が開発して魔法ギルドに寄付した、大砲や小型砲を無力化するための魔術群の事だ。
ってことは、帝国の最新兵器が火砲類だったってことで、あの幽霊船で見つけた鉄の箱の本来の行き先は帝国だったのだろう。
帝国は5年ほど前から魔法ギルドを軽視するようになっていたらしいが、その原因も主力兵器を火砲類に切り替えたからなのだとしたら納得だ。
魔法ギルドをないがしろにしたせいで、火砲類対抗魔術の情報が伝わっていなかったのだろう。
せっかく最新鋭の兵器を海の向こうから調達したのに、それが全部ガラクタになってしまったとは、哀れだなぁ。
と、この時の僕はその程度にしか考えていなかった。
帝国軍敗北の噂を聞いた3巡り後くらいに、魔法ギルドから師匠を表彰したい、と話が来た。
帝国の侵略を防ぐのに、師匠の開発した魔術が大いに役に立ったことから、その功績を称えたいのだそうだ。
表彰式はペルピナルの魔法ギルドでこぢんまりと行われた。そこで、ロッカーラ連合王国からの感謝状と、報奨金も受け取った。
「儂のやりたいことをやったまでの事。感謝されるほどのものではないのだがな」
と師匠は嘯いていた。
1巡り(8日間)に3回ほど、ソフィ王女の魔術指南のため王宮に出向くようになった。
そして、ロッカーラのステファノ王子の方も、約束通り1巡りに1回程度の頻度で様子を見に行っている。
ステファノ王子の方は基礎が出来ていて、訓練の指示を出しておけば次回までに自分でやっておいてくれるので、正確に難があるものの、指導する立場としては楽だった。
一方、ソフィ王女は元々魔術嫌いだと言うだけあり、基礎の基礎からやり直しが必要だった。
「それじゃ、魔力を流すよ」
僕とソフィ王女は向かい合って、両手を繋いでいる。
「ええ、どうぞ」
ソフィ王女は目をつぶって集中している。
僕は右手から、左手に向かって魔力を流す。繋いでいるソフィ王女の左手から入って、右手から出てくるわけだ。
「わ!アハハ、くすぐったい!」
ソフィ王女はグネグネと身体をくねらせて笑い声をあげた。
「ちょっと、ソフィ我慢して。魔力の流れを感じなきゃ」
「う、うん、分かってるけど、くふっ!」
こんな感じで、なかなか苦労させられている。
魔力の感知と、操作の感覚を身に付けてもらうまでは、こうして文字通り手取り足取り教えなくてはならないようだ。
結局、ステファノ王子は年末までには外部魔力操作を習得して、詠唱付きだが6系統の初級攻撃魔術を全てマスターしてしまった。これは一般的にはかなり早い成果だそうで、ロッカーラ王様から称賛と褒美をいただくことになった。
非常に熱心に自主練習に励んだステファノ王子が偉いと思うんだけど、「そのやる気を引き出したのが素晴らしい」との事だった。
そちらはひと段落がついたので、指導の頻度を1期節に2度くらいに減らしてもらった。ステファノ王子は嘆いていたけど、移動の手間があるという理由で突っぱねた。
一方、ソフィ王女はなかなか上達しなかった。
ステファノ王子の話を聞くにつけ、「あのおバカ王子にできて私ができないなんて」と言って悔しがっていた。
僕はこれまで、師匠やセラフィン君、ステファノ王子といった魔術の才能に恵まれた人達しか見てこなかったため、どんな難しくても繰り返し練習すればいずれ出来るもんだ、と思っていた。
なので、ソフィ王女に指導する中で、どのように説明しても、どれだけ練習しても、できるようにならないことがある、と言うのを初めて知った。
しかし、世の中ではソフィ王女の方が一般的なはずだ。僕もどうやら天才に毒されていたようだ。
そのことに気付いてから、その人にできる範囲で、どのように工夫すればより多くの事ができるのか、ということを考えるようになった。
同じ結果を生じる魔術にしても、ソフィ王女に合わせた発動の仕方というのがあるわけだ。
つまり、ソフィ王女のために新たな魔術を作るようなものなのだが、これが僕自身にとっても勉強になった。
ふと、僕が初めて師匠から魔術を教わる時に、師匠が同じようにしてくれていた事を思い出していた。師匠は事も無げにやっていたが、実際自分でやるとその凄さが分かる。
「やった!できたわ、テオ!」
「うん、おめでとう、ソフィ」
飛び上がって喜ぶソフィ王女に、僕は拍手を送った。
1年が経過する頃、ソフィ王女も詠唱付きではあるが、外部魔力を利用した6系統の攻撃魔術を成功させた。
「テオが私のために作ってくれた専用呪文のお蔭ね。流石は私の師匠だわ」
「ソフィが頑張ったからだよ。僕は手助けしただけ」
「そうね、私、かなり頑張ったわ」
と言って胸を張るソフィ王女。苦手としていた魔術を克服して自信が付いたようだ。
これで、僕も魔術指南役として面目躍如を果たせただろう。
この一年間はこのように、魔術指導で忙しかったが、合間を縫っていろいろと遊びにも行った。<簡易転移門>があるから、どこに行くのも一瞬なのだ。
夏には南に行って、船に乗ったり、浜辺で新開発の水着を着て水遊びをしたりして海を満喫した。
年末には、ロッカーラの首都ポルツィアで盛大なお祭りを堪能したし、新年のお祝いはサンテイユの王都サイユでお祭りを楽しんだ。
太陽神の期節には、僕の12歳の誕生節を祝いたい、と僕の二人の弟子がそれぞれサンテイユの王宮とロッカーラの宮廷で盛大なパーティを開いてくれた。多分、そこらの貴族よりも頻繁に王族とパーティーしている気がするぞ。
その後訪れた冬は特に寒さが厳しくて、例年より暖房を強くする必要があった。そのため薪や燃石、魔石などの暖房に必要な物資の価格が上昇して庶民の生活が苦しくなっていた。
その話を聞き、僕は貧民対策としてダヤン商会に資金提供して動いてもらった。
結果、サンテイユ王国内では、凍死者をかなり減らすことができた。少なくとも、都市部では凍死者は出なかったはずだ。
一方で、周辺国では何万という凍死者が出たらしい。ひどい所では村がいくつも全滅した、なんて話も聞かされた。
そんな厳しい冬を乗り越え、春が過ぎ、また夏が近づいてきた頃の事。
今、僕らは王都サイユの喫茶店にいる。ペルピナルで研修期間を終えたサラは、サイユに転勤になり、ダヤン商会系列のこの喫茶店で店主をしているのだ。
凄いよね、お店一つを任されるなんて。
「なんかね、北の帝国が隣のロッカーラに攻め込んできたんだけど、あっさり返り討ちに遭って逃げ帰っていったらしいよ」
サラがそんな噂話を聞かせてくれた。
「へぇ、帝国ってそんなに弱かったっけ。それともロッカーラの軍が強いのかな?」
僕が聞くと、サラが待ってましたとばかりに答える。
「それがね、帝国が強力な最新兵器を揃えて意気揚々と攻めて来たんだけど、ロッカーラ軍が魔術でその兵器を役立たずにしてしまったんだって。それで帝国は為す術なく敗れたってことみたいよ」
「ロッカーラ軍の魔術師が凄かったってことか」
セラフィン君が感心したように言う。
「そうじゃないのよ。ほら、去年から魔法ギルドでなんとか対抗魔術ってのを無料で教えてるじゃない。っていうか、あんた達の方が詳しいでしょ」
「もしかして、火砲類対抗魔術の事?」
「そう、それ!あんな、誰でも覚えられるような無料の魔術で返り討ちにされるなんて、帝国も間抜けよねー」
サラが可笑しそうに笑う。
僕とセラフィン君もようやく合点がいって、なるほどと頷いた。
去年、師匠が開発して魔法ギルドに寄付した、大砲や小型砲を無力化するための魔術群の事だ。
ってことは、帝国の最新兵器が火砲類だったってことで、あの幽霊船で見つけた鉄の箱の本来の行き先は帝国だったのだろう。
帝国は5年ほど前から魔法ギルドを軽視するようになっていたらしいが、その原因も主力兵器を火砲類に切り替えたからなのだとしたら納得だ。
魔法ギルドをないがしろにしたせいで、火砲類対抗魔術の情報が伝わっていなかったのだろう。
せっかく最新鋭の兵器を海の向こうから調達したのに、それが全部ガラクタになってしまったとは、哀れだなぁ。
と、この時の僕はその程度にしか考えていなかった。
帝国軍敗北の噂を聞いた3巡り後くらいに、魔法ギルドから師匠を表彰したい、と話が来た。
帝国の侵略を防ぐのに、師匠の開発した魔術が大いに役に立ったことから、その功績を称えたいのだそうだ。
表彰式はペルピナルの魔法ギルドでこぢんまりと行われた。そこで、ロッカーラ連合王国からの感謝状と、報奨金も受け取った。
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