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西国の幽霊城編
作戦会議と実験
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僕らは平原を囲む柵の門まで戻り、門番に声をかける。
「よう、無事だったか」
門番が声をかけてきたが、おざなりに返事をして町へと駆け戻った。
精神的に疲れたので、大人達は酒場に向かい、子供はベッドへ直行した。
僕は屋敷の本体に戻り、アネットさんの手料理を堪能したり、お風呂に入ったりして疲れを癒してもらった。
翌日、屋敷で作戦会議を開いた。
<幻影会合>で向こうのジルベール隊長も参加している。
まず、予想外の事態が多すぎた。
・スケルトンが多過ぎる。
・城下町の道が迷路のようだ。
・城壁の周りになぜか幽霊が溜まってる。
・そこに悪霊が複数体いる。
・城内には超巨大悪霊。
師匠が今回の偵察結果から推論を述べる。
「恐らくは、何者かがこの悪霊災害を止めるために、城壁周辺に何らかの対策を施したのじゃろう。都市全体に仕掛けられた幽霊を引き寄せるお呪いと拮抗して、城壁の周囲一帯で幽霊が渋滞してしまった、というわけだな。
このおかげで、中心の超巨大悪霊があれ以上に大きくなるのを防げたわけだ。何者か知らんが、感謝せねばならんな」
その対策が無ければ、この一国だけの問題に収まらず、大陸の西側が広範囲に滅亡していたかもしれないとの事。恐ろしい。
これを踏まえたうえで、これからやることを考える。
まず、城下町全体に仕掛けられている悪霊払いのお呪いを反転させたお呪い、長いので”幽霊吸引呪”と命名、の状態を知る必要がある。
この”幽霊吸引呪”のおかげで城内の超巨大悪霊、これも長いので”城悪霊”と呼ぶ、が外に出てこられないわけだ。
もし経年劣化で壊れたりしたら、あの災厄が解き放たれてしまう可能性が高い。
次に、万が一にも”城悪霊”がこれ以上大きくならないよう、城壁周囲に滞留する大量の幽霊を何とかする。消滅させたり、捕獲したりする必要があるだろう。
その上で、あの”城悪霊”を討伐、または封印する。
討伐はほぼ不可能だと考えられる。師匠曰く、不眠不休で奥義の<霊素破壊>を使い続けても、何年かかるか分からないというのだ。
封印の場合は、城下町にあるであろう”幽霊吸引呪”のメンテナンスをしながら、100年以上かけて、悪霊の自然消滅を待つことになる。不用意に人間が城下町に入らないよう、警備体制も必要だ。
そんな体制を僕らだけで作れるわけがないので、ロッカーラ連合王国に方策を与えて、体制を整えてもらう必要があるだろう。
何をするにしても、まずはあの城塞都市の中に入って細かく調べなければならない。
城下町の地図は、昨日の上空からの偵察の時に諜報部門で作成してくれたそうだ。この地図を見ながら話し合おう。
拠点にしている町から最も近いのが外壁の東門。そこから最短距離で城門にたどり着く経路を地図上に書き込む。本当に迷路のようだ。
正解の通路以外にも脇道が多く、後ろや横からスケルトンに襲われ、包囲される可能性が高い。
「とにかくあの数が問題だ。囲まれたら流石にまずいぞ」
とジルベール隊長が悔しそうに言うが、師匠が助け舟を出す。
「死霊術にはあのように大量のスケルトンやゾンビがいる場合に有効な対策がある。なので、テオに任せてくれて良いぞ」
「そうなのか、そいつは助かるな。具体的にはどうなるんだ?」
「スケルトンをこちらの支配下に置いて、命令できるようになるのだ」
「ほう。てことはスケルトン共に同士討ちさせることもできるってことか」
「その通りじゃ。まあ、肉壁ならぬ骨壁にして足止めするだけで十分じゃろ」
これで1つ目の問題はクリアだ。
迷路のような城下町だが、とりあえず地図があるし、飛空船&猫を使えば上空からの偵察もできると分かっているので、2つ目の問題もクリアだ。
次は城門前にいた悪霊への対処だ。
「師匠、あれを退治するにはどうしたらいいんです?」
「儂が前にやったのは、多数の使鬼を犠牲覚悟で突撃させ、<霊衝撃>で悪霊を構成する幽霊を引き剥がしてやり、徐々に弱らせていく作戦だった。
儂も使鬼を通じた遠隔魔術で悪霊を攻撃して支援をしたが、焼け石に水だったな。とにかく使鬼の数で勝負するしかなかった」
「犠牲覚悟、ですか?」
「ああ。悪霊は他の幽霊を捕獲して吸収しようとするからな。使鬼も喰われるぞ」
「ええ!そんなのダメですよ。使鬼たちは大切な仲間です。そんな危険な作戦は容認できません!」
「まあ、おぬしならそう言うと思っておった。となると、偽生体に憑依した使鬼が悪霊の近くで攻撃に耐えつつ、テオと儂が使鬼経由で悪霊を攻撃する手段しかないな。これでは手数が足りんから相当な時間がかかるぞ。その間に偽生体が破壊されれば、使鬼が喰われてしまう可能性も無いとは言えんぞ」
う~ん、困ったな。使鬼に犠牲が出るようなことはしたくないなぁ。
アネットさんが考えをまとめるように呟いた。
「つまり対策としては、使鬼が吸収されないようにするか、もしくは、吸収されても良い使鬼を使うか、ということですか」
それを聞いた師匠が何か閃いたようだ。
「お、あるではないか。犠牲になっても惜しくない幽霊が、あそこに五万とおるぞ」
なるほど。城壁の周囲にいる幽霊の事か。
「え、あの数を1体ずつ使鬼にするんですか?」
「いや、もっと簡単な方法があるが、これは後でテオだけに教える。とにかく、あの大量の幽霊を一時的に戦力とする方法があるから、それを試すとしよう」
てことは奥義に関するモノなのか。
アネットさんが手を上げて質問する。
「あの、以前準備していただいた、霊素攻撃に対する防御の魔術では、悪霊に吸収されるのを防げないのでしょうか?」
「ん?いや、試したことは無いな。なるほど、やってみる価値はあるな」
師匠も思い付いていなかったようだ。これが有効なら、使鬼を守ることができるのでさらに安心だ。
この防御方法も、城壁周囲の幽霊を使って実験することになった。
会議の後、師匠の部屋で話をする。
「さて、幽霊を一時的な戦力にする方法だな。奥義の<霊体支配>で幽霊に上書きする霊体情報、これを”雛形霊体”と言うんだが、それをあらかじめ<霊衝撃>だけ使えるように書き換えておくのだ。
それに加えて、魔術を使うためには霊糸リンクによる魔力供給が必要となるからな、適当な使鬼の霊糸アンカーを雛形霊体に書き込んでおけば、とりあえずリンクを繋ぐことはできるじゃろ。1体の使鬼に100以上のリンクを繋いで大丈夫かどうかの検証は必要だがな」
「雛形霊体ですか。それなら数が多くても手間はかからないですね」
大量の魔力供給が必要だから、リンクを繋ぐ使鬼は体外魔力操作のできるセラフィン君になるだろう。
でも、その前に別の使鬼で試してみよう。何かあったら大変だからね。
いくつか確認事項ができたので、もう一度幽霊城に行く必要がある。
今回は、門番とのやり取りが面倒なので、飛空船で猫たちを平原に送り込み、<簡易転移門>で移動することにした。
作戦会議の翌日。早速幽霊城に移動した。
まずは、スケルトン対策の実験。
皆には僕の側面で防御だけしてもらって、前には立たないようにしてもらう。
一番前で、僕は平原にいた3体のスケルトンたちと対峙する。
<霊体剥がし>からの<霊体支配>をスムーズに発動。支配した幽霊は全て同じように無表情で命令待ちになった。
それらに骸骨に憑依するよう命じると、再びスケルトンとして動き出した。これで味方のスケルトンが3体完成した。
僕の命令に従って、敵のスケルトンに組み付いて足止めをしている。
成功だ。
これをどんどん繰り返せば、あの沢山のスケルトンを味方にすることができるわけだ。
「うーん、あれじゃあどっちが味方のスケルトンか分からねぇな」
ジルベール隊長が首を傾げている。
確かに。使鬼と違って霊糸リンクがつながってないので、判別がつかない。
『いい方法があるぞ。<発光>と言う魔術だ。物体の表面を一定時間光らせるものだ。魔力を多めに注げば一巡りほどの間、光らせることも可能じゃ』
と師匠が魔術を教えてくれた。
早速試してみる。味方になったスケルトンの頭蓋骨を光らせてみた。すると、黄緑色の光がボゥと灯った。
「おお、それなら分かるな。あ、頭だけ光らせたらどうだ?」
ジルベール隊長がの提案を、試してみた。まるで光る帽子をかぶっているみたいで、こっちの方が見栄えがよさそうだ。
セラフィン君も<発光>を覚えてもらって、二人で印をつけることにした。
こうして平原には10体ほどの頭が光るスケルトンが生まれた。
引き続き実験だ。
次の実験では、<霊体防護>の魔術が悪霊の吸収攻撃を防げるのか、確かめる。
昨日スケルトンを破壊した時に集めておいた霊体球から、特に状態の悪いものを選んで休眠解除すると目がうつろで何か叫んでいる幽霊が現れる。完全に自我が崩壊している。
そいつに<霊体支配>をかけると、目に知性が戻り無表情の命令待ち状態になった。壊れてしまった幽霊でさえ、このようになってしまうのだから、奥義とは恐ろしいものだ。
この幽霊固有の霊糸アンカーを魔術で作成し、猫使鬼6号との間に霊糸リンクを張る。
同じようにして、もう1体の幽霊を用意した。
これらの幽霊たちは”実験くん1号、2号”と呼ぶとしよう。
これで準備完了だ。
一度休眠させて<物品庫>に格納し、飛空船を城門前に居座る悪霊の近くまで飛ばし、そこで再び取り出して幽霊に戻す。
この幽霊たちに対して遠隔から<感覚公開>をかけてやれば、その視界を皆で見ることができる。
比較のため、実験くん1号には<霊体防護>の魔術をかけてやって、2号はそのままだ。
これで、準備は完了だ。
『では、実験くん1号と2号は、あの大きい奴の近くに行くんだ』
僕が霊糸通信で命令すると、実験くん1号2号は飛空船から飛び降りた。フワフワと下降していく。
悪霊の周りは他の幽霊が近寄らないのでぽっかりと周囲が空いている。
そこに降りていくのだから、目立つ。
悪霊が動き出した。
その姿は、多数の人骨が絡み合ってできた鎧を着た巨人、のように見える。鎧から露出している部分は色が濃くて赤みがかった霊体だ。
そいつが手を伸ばして、実験くん1号を掴み、持ち上げた。普通の幽霊は、他の幽霊を見ることも、触れることもできないので、これが悪霊の能力か。
掴んだまま口元に運んで、実験くん1号を頭から丸呑みした。
続いて実験くん2号もつかまり、飲み込まれた。
さあ、どうだ?
1号の霊糸リンクは切れておらず、骨の巨人を体内から見ている映像が見えている。
一方、その後で飲み込まれた2号の方は、間もなく霊糸リンクが切れてしまって、通信できなくなった。
「これは、効き目があるんじゃない?」
『そうじゃな。成功とみて良いだろう』
僕と師匠はそのように判断した。
時間経過による変化があるかどうかも調べてみようということで、このまましばらく飲み込まれたままにしておく。
その間に、他の悪霊を確認することにした。
飛空船を幽霊密集地帯沿いに西へと飛ばす。ぐるっと城壁の周囲を回り、城の西に来たところで、悪霊らしき大きな塊を発見した。
その後もぐるりと一周し、城の北と東にも悪霊を発見した。悪霊は、城の東西南北に4体が存在すると確認できた。
これで4半刻(30分)ほど経過したが、実験くん1号は未だに健在だ。少なくともこのくらいの時間は飲み込まれていても吸収されないことが分かった。
では次に、奥義の<霊素破壊>を試してみよう。
実験くん1号の目の前には悪霊の霊素が満ちている。これに向かって遠隔から<霊素破壊>を発動すると、パチパチと小さな光を弾けさせながら霊素が消えていき、直径4尺(60㎝)ほどの穴が開いた。
おお、成功だ!
『実験くん1号。その穴を通って脱出してみて』
霊糸通信で指示を送るとともに、さらに<霊素破壊>を使って穴を掘り進めていく。実験くん1号もその穴を進んで行き、ついには霊素の無い空間、つまり外に出た。
やった、脱出成功だ。
外に出て骨の巨人を見ると、暴れ狂っていた。痛みがあるのか?苦しんでいるようだ。
何にせよ今のうちだ、実験くん1号に悪霊から離れるよう指示を出す。
お次は”幽霊吸引呪”の効果がどうなっているかを調べる。
まずは、実験くん1号を町の外に向かわせると、しばらく進むのだがそれ以上向こうに行けなくなった。お堀沿いの道路に面する建物の中に入るくらいはできる程度だ。
次に、城壁の方へ向かわせると、お堀の途中で進めなくなった。
『ふむ。城壁の手前、あの堀に何か仕掛けがあるようだな』
と師匠がこの実験結果から推測していた。
最後は、使鬼1体に100体の幽霊を霊糸リンクさせてみる実験だ。
まずは、実験くん1号に<使鬼使役>を使って、使鬼にする。
お堀沿いの道路に大量にいる幽霊に<霊体支配>の魔術を発動するのだが、この時の雛形霊体に実験くん1号の霊糸アンカーを埋め込んでおいた。
これで、100体の幽霊と実験くん1号の間に霊糸リンクを形成した。
すごい、こんなに大量の霊糸リンクを見たのは初めてだ。
とりあえず問題なさそうに見える。
霊糸通信で100体ほどの幽霊に整列するよう命令を下すと、フワフワ漂いながら道路上に整列した。
後は<霊衝撃>で使う魔力供給の実験だ。
ちなみに、あの幽霊たちは使鬼ではないので、維持のための体内魔力供給は不要、というか不可能だ。使鬼と幽霊の違いはそこで、幽霊は霊素の摩耗が激しいため、こき使うとすぐ消滅してしまうのだ。
100体の幽霊達に魔力を供給するため、僕は実験くん1号を介して体外魔力操作を使って霊糸リンクに魔力を供給している。
霊糸リンクの数が多いから、なかなか大変だぞ、これは。
『よし、では一斉に<霊衝撃>を発動!』
支配した幽霊達に命令すると、ずらっと並んだ幽霊たちが<霊衝撃>を発動した。
すると、3割くらいの幽霊が光の粒になって消えていった。
霊糸リンクから供給する魔力が不足したために、自身の魔力を失って消滅したようだ。
『う~ん、流石に多すぎたか。一度に50体くらいが限界のようだな。儂ら3人で魔力供給をするとして150体くらいしか戦力にできないか』
師匠も当てが外れた、と残念そうだ。
とにかく、これで実験は全て終了だ。
実験くん1号はこのままここに残して、50個以上の霊糸リンクによる悪影響が無いか様子を見ることにした。
飛空船を帰還させ、僕らは拠点の町に戻った。
必要な情報は集まった。これなら何とかなりそうだ。
「よう、無事だったか」
門番が声をかけてきたが、おざなりに返事をして町へと駆け戻った。
精神的に疲れたので、大人達は酒場に向かい、子供はベッドへ直行した。
僕は屋敷の本体に戻り、アネットさんの手料理を堪能したり、お風呂に入ったりして疲れを癒してもらった。
翌日、屋敷で作戦会議を開いた。
<幻影会合>で向こうのジルベール隊長も参加している。
まず、予想外の事態が多すぎた。
・スケルトンが多過ぎる。
・城下町の道が迷路のようだ。
・城壁の周りになぜか幽霊が溜まってる。
・そこに悪霊が複数体いる。
・城内には超巨大悪霊。
師匠が今回の偵察結果から推論を述べる。
「恐らくは、何者かがこの悪霊災害を止めるために、城壁周辺に何らかの対策を施したのじゃろう。都市全体に仕掛けられた幽霊を引き寄せるお呪いと拮抗して、城壁の周囲一帯で幽霊が渋滞してしまった、というわけだな。
このおかげで、中心の超巨大悪霊があれ以上に大きくなるのを防げたわけだ。何者か知らんが、感謝せねばならんな」
その対策が無ければ、この一国だけの問題に収まらず、大陸の西側が広範囲に滅亡していたかもしれないとの事。恐ろしい。
これを踏まえたうえで、これからやることを考える。
まず、城下町全体に仕掛けられている悪霊払いのお呪いを反転させたお呪い、長いので”幽霊吸引呪”と命名、の状態を知る必要がある。
この”幽霊吸引呪”のおかげで城内の超巨大悪霊、これも長いので”城悪霊”と呼ぶ、が外に出てこられないわけだ。
もし経年劣化で壊れたりしたら、あの災厄が解き放たれてしまう可能性が高い。
次に、万が一にも”城悪霊”がこれ以上大きくならないよう、城壁周囲に滞留する大量の幽霊を何とかする。消滅させたり、捕獲したりする必要があるだろう。
その上で、あの”城悪霊”を討伐、または封印する。
討伐はほぼ不可能だと考えられる。師匠曰く、不眠不休で奥義の<霊素破壊>を使い続けても、何年かかるか分からないというのだ。
封印の場合は、城下町にあるであろう”幽霊吸引呪”のメンテナンスをしながら、100年以上かけて、悪霊の自然消滅を待つことになる。不用意に人間が城下町に入らないよう、警備体制も必要だ。
そんな体制を僕らだけで作れるわけがないので、ロッカーラ連合王国に方策を与えて、体制を整えてもらう必要があるだろう。
何をするにしても、まずはあの城塞都市の中に入って細かく調べなければならない。
城下町の地図は、昨日の上空からの偵察の時に諜報部門で作成してくれたそうだ。この地図を見ながら話し合おう。
拠点にしている町から最も近いのが外壁の東門。そこから最短距離で城門にたどり着く経路を地図上に書き込む。本当に迷路のようだ。
正解の通路以外にも脇道が多く、後ろや横からスケルトンに襲われ、包囲される可能性が高い。
「とにかくあの数が問題だ。囲まれたら流石にまずいぞ」
とジルベール隊長が悔しそうに言うが、師匠が助け舟を出す。
「死霊術にはあのように大量のスケルトンやゾンビがいる場合に有効な対策がある。なので、テオに任せてくれて良いぞ」
「そうなのか、そいつは助かるな。具体的にはどうなるんだ?」
「スケルトンをこちらの支配下に置いて、命令できるようになるのだ」
「ほう。てことはスケルトン共に同士討ちさせることもできるってことか」
「その通りじゃ。まあ、肉壁ならぬ骨壁にして足止めするだけで十分じゃろ」
これで1つ目の問題はクリアだ。
迷路のような城下町だが、とりあえず地図があるし、飛空船&猫を使えば上空からの偵察もできると分かっているので、2つ目の問題もクリアだ。
次は城門前にいた悪霊への対処だ。
「師匠、あれを退治するにはどうしたらいいんです?」
「儂が前にやったのは、多数の使鬼を犠牲覚悟で突撃させ、<霊衝撃>で悪霊を構成する幽霊を引き剥がしてやり、徐々に弱らせていく作戦だった。
儂も使鬼を通じた遠隔魔術で悪霊を攻撃して支援をしたが、焼け石に水だったな。とにかく使鬼の数で勝負するしかなかった」
「犠牲覚悟、ですか?」
「ああ。悪霊は他の幽霊を捕獲して吸収しようとするからな。使鬼も喰われるぞ」
「ええ!そんなのダメですよ。使鬼たちは大切な仲間です。そんな危険な作戦は容認できません!」
「まあ、おぬしならそう言うと思っておった。となると、偽生体に憑依した使鬼が悪霊の近くで攻撃に耐えつつ、テオと儂が使鬼経由で悪霊を攻撃する手段しかないな。これでは手数が足りんから相当な時間がかかるぞ。その間に偽生体が破壊されれば、使鬼が喰われてしまう可能性も無いとは言えんぞ」
う~ん、困ったな。使鬼に犠牲が出るようなことはしたくないなぁ。
アネットさんが考えをまとめるように呟いた。
「つまり対策としては、使鬼が吸収されないようにするか、もしくは、吸収されても良い使鬼を使うか、ということですか」
それを聞いた師匠が何か閃いたようだ。
「お、あるではないか。犠牲になっても惜しくない幽霊が、あそこに五万とおるぞ」
なるほど。城壁の周囲にいる幽霊の事か。
「え、あの数を1体ずつ使鬼にするんですか?」
「いや、もっと簡単な方法があるが、これは後でテオだけに教える。とにかく、あの大量の幽霊を一時的に戦力とする方法があるから、それを試すとしよう」
てことは奥義に関するモノなのか。
アネットさんが手を上げて質問する。
「あの、以前準備していただいた、霊素攻撃に対する防御の魔術では、悪霊に吸収されるのを防げないのでしょうか?」
「ん?いや、試したことは無いな。なるほど、やってみる価値はあるな」
師匠も思い付いていなかったようだ。これが有効なら、使鬼を守ることができるのでさらに安心だ。
この防御方法も、城壁周囲の幽霊を使って実験することになった。
会議の後、師匠の部屋で話をする。
「さて、幽霊を一時的な戦力にする方法だな。奥義の<霊体支配>で幽霊に上書きする霊体情報、これを”雛形霊体”と言うんだが、それをあらかじめ<霊衝撃>だけ使えるように書き換えておくのだ。
それに加えて、魔術を使うためには霊糸リンクによる魔力供給が必要となるからな、適当な使鬼の霊糸アンカーを雛形霊体に書き込んでおけば、とりあえずリンクを繋ぐことはできるじゃろ。1体の使鬼に100以上のリンクを繋いで大丈夫かどうかの検証は必要だがな」
「雛形霊体ですか。それなら数が多くても手間はかからないですね」
大量の魔力供給が必要だから、リンクを繋ぐ使鬼は体外魔力操作のできるセラフィン君になるだろう。
でも、その前に別の使鬼で試してみよう。何かあったら大変だからね。
いくつか確認事項ができたので、もう一度幽霊城に行く必要がある。
今回は、門番とのやり取りが面倒なので、飛空船で猫たちを平原に送り込み、<簡易転移門>で移動することにした。
作戦会議の翌日。早速幽霊城に移動した。
まずは、スケルトン対策の実験。
皆には僕の側面で防御だけしてもらって、前には立たないようにしてもらう。
一番前で、僕は平原にいた3体のスケルトンたちと対峙する。
<霊体剥がし>からの<霊体支配>をスムーズに発動。支配した幽霊は全て同じように無表情で命令待ちになった。
それらに骸骨に憑依するよう命じると、再びスケルトンとして動き出した。これで味方のスケルトンが3体完成した。
僕の命令に従って、敵のスケルトンに組み付いて足止めをしている。
成功だ。
これをどんどん繰り返せば、あの沢山のスケルトンを味方にすることができるわけだ。
「うーん、あれじゃあどっちが味方のスケルトンか分からねぇな」
ジルベール隊長が首を傾げている。
確かに。使鬼と違って霊糸リンクがつながってないので、判別がつかない。
『いい方法があるぞ。<発光>と言う魔術だ。物体の表面を一定時間光らせるものだ。魔力を多めに注げば一巡りほどの間、光らせることも可能じゃ』
と師匠が魔術を教えてくれた。
早速試してみる。味方になったスケルトンの頭蓋骨を光らせてみた。すると、黄緑色の光がボゥと灯った。
「おお、それなら分かるな。あ、頭だけ光らせたらどうだ?」
ジルベール隊長がの提案を、試してみた。まるで光る帽子をかぶっているみたいで、こっちの方が見栄えがよさそうだ。
セラフィン君も<発光>を覚えてもらって、二人で印をつけることにした。
こうして平原には10体ほどの頭が光るスケルトンが生まれた。
引き続き実験だ。
次の実験では、<霊体防護>の魔術が悪霊の吸収攻撃を防げるのか、確かめる。
昨日スケルトンを破壊した時に集めておいた霊体球から、特に状態の悪いものを選んで休眠解除すると目がうつろで何か叫んでいる幽霊が現れる。完全に自我が崩壊している。
そいつに<霊体支配>をかけると、目に知性が戻り無表情の命令待ち状態になった。壊れてしまった幽霊でさえ、このようになってしまうのだから、奥義とは恐ろしいものだ。
この幽霊固有の霊糸アンカーを魔術で作成し、猫使鬼6号との間に霊糸リンクを張る。
同じようにして、もう1体の幽霊を用意した。
これらの幽霊たちは”実験くん1号、2号”と呼ぶとしよう。
これで準備完了だ。
一度休眠させて<物品庫>に格納し、飛空船を城門前に居座る悪霊の近くまで飛ばし、そこで再び取り出して幽霊に戻す。
この幽霊たちに対して遠隔から<感覚公開>をかけてやれば、その視界を皆で見ることができる。
比較のため、実験くん1号には<霊体防護>の魔術をかけてやって、2号はそのままだ。
これで、準備は完了だ。
『では、実験くん1号と2号は、あの大きい奴の近くに行くんだ』
僕が霊糸通信で命令すると、実験くん1号2号は飛空船から飛び降りた。フワフワと下降していく。
悪霊の周りは他の幽霊が近寄らないのでぽっかりと周囲が空いている。
そこに降りていくのだから、目立つ。
悪霊が動き出した。
その姿は、多数の人骨が絡み合ってできた鎧を着た巨人、のように見える。鎧から露出している部分は色が濃くて赤みがかった霊体だ。
そいつが手を伸ばして、実験くん1号を掴み、持ち上げた。普通の幽霊は、他の幽霊を見ることも、触れることもできないので、これが悪霊の能力か。
掴んだまま口元に運んで、実験くん1号を頭から丸呑みした。
続いて実験くん2号もつかまり、飲み込まれた。
さあ、どうだ?
1号の霊糸リンクは切れておらず、骨の巨人を体内から見ている映像が見えている。
一方、その後で飲み込まれた2号の方は、間もなく霊糸リンクが切れてしまって、通信できなくなった。
「これは、効き目があるんじゃない?」
『そうじゃな。成功とみて良いだろう』
僕と師匠はそのように判断した。
時間経過による変化があるかどうかも調べてみようということで、このまましばらく飲み込まれたままにしておく。
その間に、他の悪霊を確認することにした。
飛空船を幽霊密集地帯沿いに西へと飛ばす。ぐるっと城壁の周囲を回り、城の西に来たところで、悪霊らしき大きな塊を発見した。
その後もぐるりと一周し、城の北と東にも悪霊を発見した。悪霊は、城の東西南北に4体が存在すると確認できた。
これで4半刻(30分)ほど経過したが、実験くん1号は未だに健在だ。少なくともこのくらいの時間は飲み込まれていても吸収されないことが分かった。
では次に、奥義の<霊素破壊>を試してみよう。
実験くん1号の目の前には悪霊の霊素が満ちている。これに向かって遠隔から<霊素破壊>を発動すると、パチパチと小さな光を弾けさせながら霊素が消えていき、直径4尺(60㎝)ほどの穴が開いた。
おお、成功だ!
『実験くん1号。その穴を通って脱出してみて』
霊糸通信で指示を送るとともに、さらに<霊素破壊>を使って穴を掘り進めていく。実験くん1号もその穴を進んで行き、ついには霊素の無い空間、つまり外に出た。
やった、脱出成功だ。
外に出て骨の巨人を見ると、暴れ狂っていた。痛みがあるのか?苦しんでいるようだ。
何にせよ今のうちだ、実験くん1号に悪霊から離れるよう指示を出す。
お次は”幽霊吸引呪”の効果がどうなっているかを調べる。
まずは、実験くん1号を町の外に向かわせると、しばらく進むのだがそれ以上向こうに行けなくなった。お堀沿いの道路に面する建物の中に入るくらいはできる程度だ。
次に、城壁の方へ向かわせると、お堀の途中で進めなくなった。
『ふむ。城壁の手前、あの堀に何か仕掛けがあるようだな』
と師匠がこの実験結果から推測していた。
最後は、使鬼1体に100体の幽霊を霊糸リンクさせてみる実験だ。
まずは、実験くん1号に<使鬼使役>を使って、使鬼にする。
お堀沿いの道路に大量にいる幽霊に<霊体支配>の魔術を発動するのだが、この時の雛形霊体に実験くん1号の霊糸アンカーを埋め込んでおいた。
これで、100体の幽霊と実験くん1号の間に霊糸リンクを形成した。
すごい、こんなに大量の霊糸リンクを見たのは初めてだ。
とりあえず問題なさそうに見える。
霊糸通信で100体ほどの幽霊に整列するよう命令を下すと、フワフワ漂いながら道路上に整列した。
後は<霊衝撃>で使う魔力供給の実験だ。
ちなみに、あの幽霊たちは使鬼ではないので、維持のための体内魔力供給は不要、というか不可能だ。使鬼と幽霊の違いはそこで、幽霊は霊素の摩耗が激しいため、こき使うとすぐ消滅してしまうのだ。
100体の幽霊達に魔力を供給するため、僕は実験くん1号を介して体外魔力操作を使って霊糸リンクに魔力を供給している。
霊糸リンクの数が多いから、なかなか大変だぞ、これは。
『よし、では一斉に<霊衝撃>を発動!』
支配した幽霊達に命令すると、ずらっと並んだ幽霊たちが<霊衝撃>を発動した。
すると、3割くらいの幽霊が光の粒になって消えていった。
霊糸リンクから供給する魔力が不足したために、自身の魔力を失って消滅したようだ。
『う~ん、流石に多すぎたか。一度に50体くらいが限界のようだな。儂ら3人で魔力供給をするとして150体くらいしか戦力にできないか』
師匠も当てが外れた、と残念そうだ。
とにかく、これで実験は全て終了だ。
実験くん1号はこのままここに残して、50個以上の霊糸リンクによる悪影響が無いか様子を見ることにした。
飛空船を帰還させ、僕らは拠点の町に戻った。
必要な情報は集まった。これなら何とかなりそうだ。
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赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
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